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最初にダンジョン入るのは?  作者: 九龍亭流星
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0:危険を冒す者達

―腕を前からうeピ、ガガガッ……―


(あ、余震だ……)


 聞き慣れた号令に従って両手を空に振り上げた瞬間、唐突にラジオの音声がノイズに呑まれ、靴の底からは地球が揺らぐ感触が響いて来た。頭の上では驚いた野鳥がガァガァという頭骨に響く悲鳴と共に一斉に飛び立ち、後には奥羽山脈から吹き下ろす寒風だけが残された。


―斜め上に……胸を反らせてー―


 そんな代わり映えのしない光景にラジオ体操を続ければ、案の定地震は数秒で終息する。


―手足の運動……指先をしっかり伸ばして―


中古のラジオの奥では少しずつ速くなる動きに合わせ、号令をかける男の人の声にも張りが出てくる。職業柄、これくらいで息が弾むということはないけれど、身体の動きに促されて血の巡りが少し滑らかになる。


―のびのびと深呼吸を―


「ふぅ……」


そうして十数秒、最後の体操に合わせて胸に溜め込んだ山風を吐き出すと、ぼくの体温を乗せたそれは口先でゆったりと尾を引き、やがて糸が切れる様にスッ……と唇から途切れてしまうのだった。


「……よし」


そのまま携帯ラジオをリュックサックに戻して、地面に手を突く。


「3、」


右脚を前に、左脚を尾の様に伸ばしてクラウチングスタートの体勢。


「2、」


顔を上げれば、目の前に待ち構えている暗い洞窟。


「1、」


その入り口に向けて両脚に力を籠める。


「0!」


声を張り上げてぽっかりと口を開けたそこへ飛び込む。いつもと変わらない仕事場、奥羽妖界(ダンジョン)へと。





     ◆





 1939年9月1日、突如日本列島を襲ったマグニチュード10超の巨大地震・奥羽大震災(ダンジョン・クエイク)により、山脈を背骨とした徳川幕府は文字通り壊滅した。しかし、皮肉にもこの大災害によって日本は本当の意味での強国へと成り上がることになったのだった。

 震災直後から奥羽で実しやかに語られる様になった怪奇現象と異形の化物達の目撃談。その出所は決まって、震災により各地に開口した無数の洞窟群だった。

 当初は災害時に飛び交う無責任な流言飛語の類だろうと一笑に付されていた怪奇譚だったけど、日に日に大きくなる被災者の目撃情報に、とうとう救助隊の一部が真実を確かめに向かうこととなった。




果たして、被災者の言葉は全て真実だった。




 洞窟内では世界各地の絵物語や伝承にしか存在しないはずの妖魔が跋扈し、宛ら魑魅魍魎の巣窟の様な有様だったという。そして、話はそれで終わらなかった。

 救助隊の一部は報告のための物証として、化物の一体を捕獲して当時大阪にあった政府機関へと持ち帰った。政府はそれをどこかの大学に調査する様に指示したらしいけど、その結果に再度日本全土が震撼することになった。

 解体した最初の化物、小鬼(ゴブリン)壱号と名付けられたその体液からは石油に近い成分が抽出され、更に肉体は合成樹脂やゴム、骨に至っては日本で採掘不可能な希少金属(レアメタル)までもが含まれていたのだった。

 まさに生きた天然資源とも言うべき存在に、大阪の議員や官僚という人達は震災の事も忘れて狂喜乱舞したという。化学、工学共に技術では劣らない日本において、素材が唯一のアキレス腱だったからだ。

 日本政府と大学の発表後、多くの人間が米国のゴールドラッシュの様に奥羽地方へと押し寄せることになる。

 西洋の単語に準えて“奥羽妖界(ダンジョン)”と命名されたそれに飛び込んだ彼らはのさばる異形の存在・“妖魔獣(モンスター)”猟を生業とし、腕っぷし一つで巨万の富を築くに至る。

 そして今日、自らの才覚で震災復興に寄与し日本を資源強国にまで押し上げた彼らを人々は畏敬を込めて“冒険者”と呼ぶ様になったのだった。


(まあ、ぼくにはあんまり関係の無い話だけど)





     ◆





(よっ……)


 足音を立てない様に注意しながら、地面、壁、天井を蹴って単眼巨人(サイクロプス)の縄張りをすり抜ける。ありがたいことに、彼らは電気の引かれていない洞窟型の奥羽妖界(ダンジョン)では貴重な火を焚く妖魔獣(モンスター)であり、動きも鈍重で逃げるのも割と簡単な部類に入る。


(全部で五匹か)


その群れの場所と規模、そして奥羽妖界(ダンジョン)の構造を頭に入れながら、岩壁にへばり付いて接続していた横穴へと滑り込む。


(大体、乙級(・・)くらいかな?)


そして、また音を立てない様にして走りながら、ぼくは内心でそんな感想を持ったのだった。

 現在、日本政府は冒険者の安全確保の目的で奥羽妖界(ダンジョン)と冒険者をそれぞれ甲~丁の4段階に区分けしている。その内、奥羽妖界(ダンジョン)の等級は生息する妖魔獣(モンスター)奥羽妖界(ダンジョン)自体の踏破難易度を指標としていて、冒険者は自身の等級以下の奥羽妖界(ダンジョン)にしか入ることが許されない決まりになっている。その等級設定の根拠となる事前調査、言ってしまえば鉱山のカナリアがぼくのお仕事なのだった。


(まあ、実際に等級を決定するのは奥羽妖界(ダンジョン)課の役人さんなんだけど)


埒の無い思考を打ち切って、更に奥へと足を向ける。今までの経験通りの規模だとしたら、急げばお昼には調査も終わるかもしれない。





―……なせっ! きさ……せっ!!―





と、そう思った瞬間、奥羽妖界(ダンジョン)の奥から、少し甲高い嗄声気味の怒号が反響してくる。その明確な意味を帯びた咆哮は妖魔獣(モンスター)同士の威嚇では決してありえない。それはつまり、


(また“抜け駆け”か……)


そういうことだった。

 莫大な資源と戦利品の塊である奥羽妖界(ダンジョン)では、他の冒険者に先んじることの価値が非常に大きい。特に高額で取引される希少金属(レアメタル)を体内に含有する妖魔獣(モンスター)の奪い合いは日常茶飯事で、そのための抜け駆けもまた同様だった。

 政府の方も自分達の米櫃に手を突っ込む抜け駆けには厳しく当たっているものの、如何せん無事に捌けた場合のリターンが大きすぎて根絶には至ってないのが実情だ。そして当然、曲がりなりにも政府の手先であるぼくも立場上対応する必要がある訳で。


(少し急ごうかな……)


幸いにもここの直線には妖魔獣(モンスター)の姿も見当たらない。

 ぼくは両脚に力を込めて、音を立てない様に注意しながら最大限全力で現場へと向かうのだった。





     ◆





(いた……)


 奥羽妖界(ダンジョン)を走ること数分、次第に大きくなる嗄声を辿り、やっと現場へと辿り着く。そこでは黄土色に似た肌から異臭を立ち昇らせる矮躯の妖魔獣(モンスター)小鬼(ゴブリン)達が雪原を思わせる白い肌の人影へと群がっているところだった。


(本当に女の子だったとは……)


道中、嗄声気味ではあるものの甲高い声のトーンにもしかしてと思っていたけれど、本当にそのもしかしてなのだった。


「くそっ! 離さんか!!」


無数の小鬼(ゴブリン)に集られたその女の子は特徴的な灰褐色の長髪を振り乱し、白い歯を剥いて必死に妖魔獣(モンスター)を追い散らそうと藻掻いている。実際、その激しい抵抗はそれなりの効果を上げているのか、群れの外縁では数匹の小鬼(ゴブリン)が血溜まりの中に沈んでいる。けれど、如何せん多勢に無勢で、完全に組み敷かれて苗床とされるのも時間の問題に思えた。


「ええいっ! 小鬼(ゴブリン)風情が!! その貧相な一物を引っ込めよ!!!」


 女の子は髪の毛と同じ灰褐色をした大粒の双眸で群がる小鬼(ゴブリン)達を気丈に睨み付けるも、その仕草が却って嗜虐心みたいなものを刺激するのか、小鬼(ゴブリン)達は「ギャギャッ!」と猿に似た鳴き声と共に涎を滴らせるだけだった。

 本来、妖魔獣(モンスター)は生殖能力というものを持っていない。けれど、何事にも例外がある様に、一部特殊な事情により仲間を増やす手段を持つものがいる。そして、小鬼(ゴブリン)はその代表格と言えた。その手段はごく一般的な生殖に近く、しかも大抵の生物と交配が可能ときている。要するに何が言いたいのかといえばだ、


「くっ、おごっ!?!?」


「ゲギャギャギャギャッ!!!」


あの抜け駆けをした女の子は十二分に小鬼(ゴブリン)の守備範囲内ということなのだ。

 ぐつぐつと煮え滾った獣欲と繁殖欲を漲らせて、一匹の小鬼(ゴブリン)が膨張した脂垢濡れの男根を女の子の口腔に捻じ込む。その不潔な異物に喉を犯されて目に涙を浮かべながらえずく彼女に、妖魔獣(モンスター)達は勝ち誇ったような奇声を上げる。


(あれじゃ、絶境(・・)も使えないか)


それが偶然なのか必然なのかは分からないけれど、結果的に唇から喉奥へと続く発声器官を封じられたことで、最後の切り札も封じられてしまった。見れば、彼女の下半身でも殺到した小鬼(ゴブリン)が白い両脚を捕えていて、固く締められた深紅の褌だけが彼女の操を守る最後の砦となっていた。


(潮時か)


 ぼく個人としては彼女が小鬼(ゴブリン)に犯されようが苗床にされようがどうでも良いんだけど、このまま放置して職務怠慢と看做されるのは避けたいところだ。幸い、小鬼(ゴブリン)の群れは一匹残らず灰褐色の髪をした彼女に夢中でこっちに気付く気配は毛ほど無い。


「3、2、1、0!」


最後の数字を叫びながら小鬼(ゴブリン)に向かって突貫する。

 まず、最初に反応したのは一番外側で自分の番を今か今かと待っていた小柄な小鬼(ゴブリン)達だった。突進するぼくと視線が合うと仲間達に敵の存在を告げるためにか「ギギャッ!」と鳴き声を上げる。

 次いで振り返ったのは一皮内側に居た小鬼(ゴブリン)達で、枝に石を縛り付けただけの簡素な槍を突き出して、ぼくを針鼠にしようとしてくる。


「ギャッ!!」


糞尿か何かを塗り付けていると思われる穂先がぞぶりとぼくの肉に沈み込んでくる。けれど、当然(・・)痛みは無い。そのまま全身を臭い穂先で掻き混ぜられながら走ると、彼女の四肢を舐めしゃぶり陰茎を擦り付けていた小鬼(ゴブリン)と目が合う。


「ギッ!?」


 二重に自分達のお楽しみ(・・・・)を守る壁が破られると思っていなかったのか、濁った黄土色の眼球に驚愕を浮かべる小鬼(ゴブリン)。けれど、用があるのはきみ達じゃない。


「ん、ぐっ!?」


「ギヒッ!!」


最後の関門を越え、今正に褌をずらされて男根を挿入されそうになっている女の子に手を伸ばす。


「なっ!? お、おぬしは!?」


「口開くと舌噛むよ」


小鬼(ゴブリン)の体液で汚れた華奢な身体を抱え上げた瞬間、口姦から解放された彼女の驚愕した様な声が上がる。


(さて、問題はここから)


ぼくだけならいくらでも逃げることは出来るけど、今は抱えた彼女が居る。


(まあ、予定通り行くしかないんだけどね)


「「「「「ギイイイイイイイイイイ!!!!」」」」」


地面を蹴り細い坑道の天井に掌を貼り付けてから反動を使って犇めき合った小鬼(ゴブリン)の群れを飛び越えると、お楽しみ(・・・・)を邪魔されたことに気付いた彼らが憤怒の奇声を上げる。そして一斉に追跡を始めた無数の気配を背に、ぼくは背後の妖魔獣(モンスター)達と距離を空けるため一旦足音を脇に置き、全速力で奥羽妖界(ダンジョン)の深部へと向かうのだった。





     ◆





「げほっ! けほっ!」


 ぼくが走り出すと、腕の彼女の方もようやく小鬼(ゴブリン)の口淫から解放されて一息ついたのか、散々喉奥に流し込まれたと思われる黄ばんだネバネバの精液をぺっぺっと吐き出す。


「の、のぐぉっ!? な、何を!?」


「スピードを上げるから。話は後でね」


その細腰を肩に担いで、両脚のギアを更に一段上げる。幸い、見るからに小柄で細身な上に装備も失っているお陰で比較的荷重は少ないものの、人一人を担いで妖魔獣(モンスター)の群れから逃走するのは例えそれが全妖魔獣(モンスター)の中でも最下級の一匹に位置する小鬼(ゴブリン)相手であっても結構骨だ。そして、流石にそれくらいの事は理解できるらしく、肩の上の彼女は「すまぬ」と呟いて、それ以上無理に話し掛けようとはしてこなかった。

 ぼくはその間にここまで調べた奥羽妖界(ダンジョン)の内部と今通り過ぎている景色を頭の中で繋げ合わせていく。洞窟型の奥羽妖界(ダンジョン)は基本的に崩落等が無い限り出入口は一か所のみで、脱出のためには最終的に必ず一本の通路を通らないといけない構造になっている。つまり、どこかで後ろの小鬼(ゴブリン)達を躱さない限り自分から挟撃されに行くことになっちゃうんだけど……


「! おい、おぬし!!」


どうしたものかと考えていると、不意に肩の上の彼女が声を上げる。あんまり声を上げられると小鬼(ゴブリン)や他の妖魔獣(モンスター)に場所を伝えることになっちゃうから静かにしてて欲しいんだけど……、


「前方からも小鬼(ゴブリン)の群れが近付いてきておる!」


「おっと」


どうやら、そうも言ってられない状況だったらしい。


「分かるの?」


「うむ、わしは鼻が利く故な」


「距離は?」


「不明じゃ。流石にまだ見えてはおらぬ」


「そっか」


なるほどなるほど……、


「どうする? この先は一本道じゃぞ?」


「そうだね……」


キュッと視線を鋭くする彼女に、ぼくは首を傾げる。正直、このまま放り出しても緊急避難の適用範囲ではあるんだろうけど、


「正直、わしはこの様じゃ。最早おぬしだけが頼りよ」


「……」


そうも言ってられなくなっちゃったしなあ……。


「賭けるしかないか」


一番の安全策を放棄する以上、次点は遅効性の自殺と同義だ。となれば、思い付く手立ては後一つしかない。幸い、小鬼(ゴブリン)は知能も低く五感の内四感も鈍い。唯一利くのは彼女と同じ鼻で、それさえやり過ごせばどうにかなるかもしれない。


(となると……)


「ねえ」


「む、なんじゃ?」


「この通路の天井で少しでも窪んでいる所を探して」


「窪みじゃと?」


「うん、出来れば人二人が入れるくらいだと良いんだけど」


「よし」


考えを纏めながら肩の上の女の子に頼むと、妙に堂に入った仕草で頷いた彼女は顔を上げて視線を鋭くする。


「! あそこじゃ、五丈先の天井!」


「ありがとっ」


どうやら彼女は夜目が利く方らしく、すぐに見付けた凹凸部分を指差してくれる。にしても五丈(・・)ね……


(妙に古めかしい言い方をする子だなあ……)


そんな埒も無いことを考えながら、窪みの下に着くと彼女を再び抱えて地面を蹴る。


「ぬっ!?」


そして、窪みの側面を両脚で突っ張る様にして踏ん張り、最後に広げた彼女の身体で蓋をする。


「ギッ!!」


「ギャギャッ!!!」


 そのまま数十秒が過ぎた頃、坑道の前後から押し寄せてきた小鬼(ゴブリン)の群れがぼく達の下で交錯する。まるで泥団子同士の衝突の様にもみくちゃになった二つの群体は数匹の衝突事故を起こしたものの、片方は性欲に突き動かされ、片方は特に意味も無く突撃を続け、やがて一匹残らずぼく達の前から姿を消したのだった。


「……行ったようじゃな」


「そうだね」


再び地面に降りると、女の子がポツリと呟く。


「まさか、こうも上手くいくとはの」


()を誤魔化す手があったからね」


ぼくが肩を竦めると、言わんとすることを察したのか、彼女は苦笑交じりに「怪我の功名じゃな」と自分の口元にへばり付いた小鬼(ゴブリン)の精液を拭ったのだった。けれど、すぐにフッと表情を緩めると妙に満足そうに頷く。んー?


「しかし、その手札を生かすおぬしの機転と身体能力も実に見事じゃ」


「あー……どうも?」


なぜか向けられた称賛の言葉に、つい頭を掻きながら首を傾げる。


「それより、このまま奥まで付き合ってもらうよ。躱された小鬼(ゴブリン)達がいつ気紛れで引き換ええして来るとも限らないし、そうでなくてもやることが終わってないからさ」


「承知した……すまぬが、わしのことはまた運んで貰えるかの?」


照れ臭さ半分、義務感半分に伝えると、こくりと頷いた彼女はバツが悪そうに頬を掻いた。先の小鬼(ゴブリン)達に襲われた時に装備を剥ぎ取られたせいで、ほっそりとした足先も当然の様に白い素肌が晒されている。家屋型なら兎も角、これで洞窟型の奥羽妖界(ダンジョン)を走るのは確かに無理があるだろう。


「ん、りょーかい」


「すまぬの」


ぼくが頷くと、彼女は謝罪の言葉と共に肩口に体を預けてくる。その重みを担ぎ上げながら、ぼくは再び奥羽妖界(ダンジョン)深部へと走るのだった。





     ◆





 また足音を殺して最深部へ向かっていると不意に胸元を突かれた。


「新調組」


そう囁いた方の上の女の子に、ぼくは軽く顎を引いた。

 新調組、正式名称・“新規奥羽妖界(ダンジョン)調査組”は冒険者の安全を確保するため、新しく出来た奥羽妖界(ダンジョン)の内部構造や生息妖魔獣(モンスター)を事前に調査する目的で設立された組織だ。そして、彼女の口にした通り、ぼくはその新調組の六九番隊に所属をしている隊員で合ってもいる。まあ、開口直後の奥羽妖界(ダンジョン)に入っている時点で抜け駆けとの二択しかないから当てずっぽうでも50%は的中する話ではあるから意外でも何でもないんだけど、


(ねった)い……」


(え?)


続けられた言葉には虚を突かれたというのが正直な感想だった。

 新調組はその目的から分かる通り良く言っても冒険者の露払い、率直に言うなら捨て石となる存在だ。当然、冒険者と利権を争う様な妖魔獣(モンスター)の討伐はおろか、危害を加える事すら許されていない立場では軽侮とはいかずとも無視が常で、嫉まれる日が来るなんて夢にも思っていなかった。


「! 焦げ臭い!」


そんなぼくの内心の疑問符を他所に、スンスンと鼻を鳴らしていた女の子が今度は鋭く声を潜めてきた。その意味するところに、ぼくも気を引き締める。焦げとはつまり炎を操る妖魔獣(モンスター)の存在を意味し、場合によっては奥羽妖界(ダンジョン)の等級が一段引き上がる可能性も持っている。


「……」


「っ! 突っ込むのか!?」


「仕事だから」


ぼくがそのまま前進を続けたのが意外だったのか、肩の上の女の子が驚いた様に目を見開いた。ここで引き返すならそもそも新調組なんて組織が存在する意味は無いし、これがぼくの日常でもあるんだけど、当たり前のことを答えただけなのに、なぜか肩の上の女の子は両眼をキラキラと輝かせて「天晴!」と叫んだ。


「そうじゃ! それでこそ日本男児! それでこそ真に危険を冒す者というものよ!」


「うん、分かったから少し静かにしてね」


奥に居る妖魔獣(モンスター)に気付かれちゃうから。

 興奮した様にバシバシと背中を叩いてくる女の子を嗜めて、幽かに光明の見える奥の一角に踏み込む。


洋龍(ドラゴン)!?)


果たして、ぼく達を待ち構えていたのは西洋の寓話に出てくる恐竜に似た強大な妖魔獣(モンスター)だった。

 その全身を覆う分厚い鱗は並みの刀や銃弾では刃が立たず、逆に鋭い爪牙は人間の鎧や盾を容易く引き裂き、更に吐き出す高熱の息吹(ブレス)は一撃で数多の生命を灰燼へと帰すほどの威力を誇っている。

 そんな奥羽妖界(ダンジョン)でも指折りの危険度を誇る妖魔獣(モンスター)は縄張りに侵入してきたぼく達に虫けらを見る様な視線を向けてくる。


「ギャオオオオオオオオオオオ!!!」


そして響き渡る雄叫び。敵への威嚇と自身への鼓舞を兼ねた咆哮はこの奥羽妖界(ダンジョン)全てを震わせるかの様にビリビリと肌に突き刺さってくる。


「どうする!?」


甲級奥羽妖界(ダンジョン)でも通用する妖魔獣(モンスター)の登場に、肩の上の女の子が鋭く声を上げる。


「合図したら思いっきり跳んで」


「承知っ!」


ぼくが指示を伝えると勢い良く女の子が頷く。何でこんなにやる気なんだろうと思ったけれど、変に邪魔されるよりはマシか。


「3」


洋龍(ドラゴン)に向かって走りながら、カウントを開始する。


「2」


ぼく達の突貫を破れかぶれとでも思ったのか、洋龍(ドラゴン)が大きく息を吸い込む。


「1」


周りの空気が乾燥し、洋龍(ドラゴン)の周りにゆらりと陽炎が揺らめき立つ。


「0!」


そして、投擲。

 斜め前方に向かって担いでいた女の子を投げ付けると、タイミングを合わせて女の子はパンッ!と洋龍(ドラゴン)の頭に手を突き、跳び箱をする様にその頭を乗り越えた。同時に、ぼくの全身が灼熱の炎に呑み込まれる。けれど、それがぼくに直撃することはない。ゴウッ!と轟音を上げながらぼくの中を通り過ぎた息吹(ブレス)はぼくが走り抜けた後をドロドロの溶岩に変貌させただけだった。


「っと」


「よしっ!」


そして、洋龍(ドラゴン)の股の下を潜り抜けて、上を跳び越えてきた女の子を再び受け止める。洋龍(ドラゴン)は確かに強力な妖魔獣(モンスター)ではあるけれど、その巨体のせいで小回りが利かないという欠点も持っている。案の定ぼく達を見失ったその後ろで、ぼくは予め目を付けておいたもう一つの通路に飛び込むのだった。





     ◆





 内部構造の網羅を終え、奥羽妖界(ダンジョン)を出たところで手を放すと、お尻から落ちたらしい女の子が「ぎゃんっ!?」と悲鳴を上げた。


(……尻尾?)


その獣染みた声にバサバサと野鳥が飛び立つ中、ぼくはある光景に首を傾げた。

 それは女の子がおっかなびっくりに触っている深紅の褌の上から伸びた長く太い灰褐色の毛束で、その根元は見間違い様も無く彼女の尾骶骨と接続しているのが見て取れた。


(耳……)


更に奥羽妖界(ダンジョン)の中では急いでいて気付かなかったけれど、俯く女の子の頭頂部では髪の毛と同じ灰褐色をした一対の三角耳が折りたたまれてプルプルと震えている。


妖魔獣(モンスター)?にしては会話が出来るし、獣人にしては人間に寄り過ぎてるけど……)


「ぷっ、くくっ……」


「?」


今更ながらにその特徴的な外見に首を傾げていると、当の彼女がフルフルと小さな肩を震わせ始めた。それに釣られてか旋毛の辺りで括られている尻尾とよく似た長い髪がゆらゆらと揺れる。


「くかかかか! かぁーかっかっか!!!」


「おぉぅ……」


そして唐突に上がる哄笑。近隣の山々にまで響きそうな呵呵大笑に、戻ってきていた山鳥が再び一斉に飛び立っていった。


「ふぅ……笑うた笑うた。実に愉快な心地じゃ」


「はあ……」


なぜか満足げに頷いた女の子は褌一丁なのも気にせずにぼくの方に向き直ると、妙に堂々とした所作でドカッと胡坐をかき、ギュッと握った小さな拳を地面に突いたのだった。


「まずは礼を言わせてもらおう。危なきところを助けてもろうた。この正心(せいしん)誇狼丸(ころうまる)、心より感謝いたす」


「あ、ご丁寧に」


「してっ!」


そうして深々と下げられる頭。その先ではピンッと立てられた三角耳がピコッと揺れた。慣れない反応につい頭を下げ返すと、満面の笑みのコロウマル……ちゃん?がズイッと鼻を突き出してくる。その唇の隙間からはハッハッという犬の様な吐息が漏れ、僅かに覗いた犬歯がギラリと輝いた気がした。


「おぬしの名は何という!?」


影殉(えいじゅん)だけど」


「えいじゅん?」


「うん、影に殉じるで影殉」


「殉じるか……良い名じゃな」


「……」


何か褒められた。どうも“殉”の字の方がツボだったらしい……なんでだろ?


「して影殉よ」


「なに?」


「おぬしがしておったあの抜き足は新調組の秘技か何かなのか?」


「いや、単に足音を立てないで走った方が妖魔獣(モンスター)に気付かれないから勝手にやってるだけだけど」


「つまり、純粋な実戦でもって自らの才智を頼みに工夫した技ということじゃな!?」


「まあ、そうとも言えるのかな……」


単に足音を立てない様に走ってるだけだから、そんな大仰なものじゃないと思うけど。


「天晴! 実に見事じゃ!!」


けれど、これまた何がツボだったのか、コロウマルちゃんは背中の尻尾をバサッバサッと振りながら満足そうに快哉を上げたのだった。


「いや、まったくもって素晴らしい! そうじゃ! 予想だにせぬ苦難を己が腕と閃き一つで切り抜ける。それを成してこその冒険者よ!!!」


「いや、まあ、ぼくは冒険者じゃなくて新調組なんだけどね」


「そうじゃったな!!!」


 小さな拳をギュッと握って熱弁を振るうコロウマルちゃんに訂正を入れるけど、カッカッカと大笑する彼女の頭頂部でピコッピコッと揺れる耳には何割くらいが入っているだろうか……。


「本当に……新調組の冒険はこんなにも満ち足りておるのじゃなあ……」


(うん?)


けれど、心行くまで笑い続けた彼女は不意に視線を落としてしんみりとした様にポツリと呟いたのだった。その声音の中に浮かぶのは深い“未練”の色だった。

 年若い、というかぼくよりも更に年下に見える女の子の妙に老成した口調と声音に、ぼくは思わず首を傾げる。少し掠れた嗄声も相まって、なぜか彼女が女の子ではなく年を取ったおじいちゃんに見えた気がした。


「このような様では口にする資格も無いがの……」


そう言って、今度は自嘲する様に卑屈な笑みを浮かべたコロウマルちゃんはフッと表情を緩めるとコホンと咳払いをして姿勢を正した。


「して、影殉殿よ」


「殿はいらないよ? 流石にそんな呼び方される身分じゃないし」


「む、では影殉よ」


「うん」


「おぬし何か望みはないか?」


「うん……うん?」


「わしはおぬしに命と操を救われた訳じゃ。何ぞ恩を返さねば正心誇狼丸の沽券に係わるというもの! 無論、武士道に背くは行えぬが、それでも出来得る限りおぬしの望みを叶えたい」


「はあ」


そう言って、フンッ!と鼻を鳴らしながら堂々と腕を組むコロウマルちゃん。正直、小柄な女の子がしても可愛らしいだけなんだけど、それを言うと彼女を怒らせてしまう気がしないでもない。


「んー……」


「そう悩むことはない。おぬしの捨て石となれというのであればすぐにでも露払いもするし、とく腹を切れというのであれば刀を手に入れ次第腹を切ろうぞ!」


「いや、そういうのは求めてないんだけど……」


「そうか……」


「いや、なんでちょっと残念そうなんだよ」


シュンとした様に倒れる彼女の耳に思わず突っ込みを入れてしまう。なんて言うか勇ましい……いや、勇ましすぎる気がする。


(下手なことを言ったら本当に実行しちゃいそうだしなあ……あ)


どうしたものかと考えていると、ふと今更ながらにあることに思い至る。


「む!? 思い付いたか!?」


「うん、まあそんなところ」


パッと表情を輝かせた彼女に頷いてその正面に座り込むと、コロウマルちゃんは「うむ、遠慮しいではないようじゃな。良い事じゃ!」と満足そうに頷く。


「よし、それでは言うてみよ! このわしがドーンと叶えて「じゃあ、ちょっと動かないでくれる?」うむ! ……うむ?」


ぼくが願い(・・)を告げると、その内容が意外だったのか両目をパチクリさせるコロウマルちゃん。その一拍空いた意識の間隙で、ぼくは彼女の細首に腕を絡めてそのまま一気に締め上げる。


「な゛……がっ!?」


瞠目した彼女の爪が腕に突き立てられるけど、流石にここまで極まってしまえば抜け出されることはなく、そのままコロウマルちゃんはカクンッと首を落としてそのまま動かなくなったのだった。


「ふぅ……上手くいったか」


普段あまり使うこと無い技に、念のため息を確かめると脈は正常に動いている。後はリュックサックから取り出した羽織で包んで背中に負ぶり、この場を後にする。市役所に戻る前に、警察署の方に行かないといけない。


「ふぁ……」


この後の事を算段しながら歩き出すと、丁度降りてきた奥羽山脈の山風に火照った身体をそよりと撫でられたのだった。







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