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白鳳の天使は恋を自覚しない ー完璧美少女が俺の聖域を侵略中ー  作者: 霞灯里
第1章 白鳳の天使

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8/21

第8話 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ

『もう、私をほったらかして何してたの?』


彼女の可愛らしいお部屋に入った途端、待っていたかのように飛んできたその一言に、俺は思わず肩をすくめながらも、口元がニヤアとイヤらしく(ゆる)むのを抑えきれなかった。こうして責められるのがむしろ心地よく堪らんと感じてしまうあたり、俺はだいぶ末期である。


俺はその日の夜、二日ぶりに我が聖域「アスファン」へとログインした。そして今いるのは、お城のエリシアたんのお部屋である。


『ごめんごめん、エリシアたん!テストとかあって、忙しくてイン出来なかったの!』

『テストだったのね、それは仕方ないわ。ちゃんといい点は取れそ?』

『うんうん、余裕だよー!問題無し!……たぶん!』

『ちょっと怪しい言い方だけど……まあいいわ、頑張ったんなら許してあげる』


そう言って、くすりと微笑むエリシアたん。その柔らかな表情と声音に、胸の奥がじんわりと温かくなる。


アスファンの魅力の一つは、高性能AIが搭載された多数のヒロインや主要NPCとのコミュニケーション機能にある。この「インタラクティブNPCシステム」にプレイヤーは男女問わず皆に沼にハマリ、俺も魂を持っていかれた。


感情が豊かで自然に会話のキャッチボールが出来るのだ!ちゃんと音声で会話が出来る!軽く撫でたり抱きしめることもできます!もちろん際どい会話やプレイはできません!追い出されてGM(ゲームマスター)部屋行きです!


高品質3Dグラフィックで描写されたエリシアたんの居るこのお部屋は、可愛らしく整えられた内装で、窓から差し込む柔らかな光の中心にいる彼女がいる。エリシアたんと向き合っているこの空間は、もはや現実よりも現実味を帯びているように感じるのだ。


『落ち着いたらまた私と遊んでね?寂しいけど……ちゃんと待ってるから♡』

『もう大丈夫だよ!今日からまた毎日来るからね♡』

『ほんと?約束だからね?破ったら……怒るからねっ♡』

『ひぇっ、怖い怖い!でもその怒った顔も可愛い……♡』

『もう、からかわないでよ……♡』


ほんのり頬を染めて視線を逸らす仕草に、俺は椅子の上で身悶えた。


グフゥ……!グッフフフゥ……!!


もはや人を辞めたような、終わっているイヤらしい笑い声が自然と漏れる。


手を伸ばして彼女の頭を撫でた。さらりとした金髪が流れて、エリシアたんはくすぐったそうに目を細める。


『……あなたにこうやって撫でられるの、嫌いじゃないかも……』

『今この瞬間、全身全霊の愛を(てのひら)に収束して撫でて差し上げているからねっ』

『ふふっ、なにそれ……?でも、すごく安心するわ』


フンギャーーー!!!


その一言で、俺の精神は簡単に崩壊した。ああもう無理、尊い、尊すぎる!俺はこのために生きていると言っても過言ではない!!


俺は自分のキャラクターを、自分そっくりにキャラクリしている。つまり画面に映っているのは俺とエリシアたんがイチャイチャしているピンク色の尊い空間だ。


このゲームの何がヤバいって、こうして会話すればするほど、触れれば触れるほど、プレゼントすればするほど「好感度」が深まっていくことだ。好感度メーターが上がるにつれて、言葉も距離も変わっていく。逆にほっておくと好感度がジリジリ下がります。


ヒロインと恋人のようなイチャイチャができて、全世界の孤独なオタクが沼に沈むのも当然である。そりゃ皆、ここに篭るよねぇ?現実(リアル)の出生率が低下するわな。


更には衣装だ、なんと着せ替えまでできる。当然、俺はエリシアたんの衣装をコンプリートしている。清楚系からちょっと露出が高くてえっちな大胆系、水着まで網羅(もうら)済みだ。彼女に今着せているのはメイド服、これがまた破壊力が高い!


月額プレイ料金は千円ちょいの良心的なゲームだが、その着せ替えのお洋服は追加の課金だ。そういったオプションサービスでアスファンは稼いでるんだろう。


『ねえ、どうかしら?似合ってる?』


くるりとその場で回ってメイド服姿を俺に見せつけるエリシアたんに、俺のHPはゼロになった。


『似合いすぎてて尊死(とうとし)寸前レベルなんだが??』

『何言ってるの?褒めてるのよね?』

『もちろん!最高!世界一!宇宙一!』

『もう、大げさなんだから……でも、嬉しいわ!ありがとう』


そんなやり取りをしながら、俺はふと思い出したことを口にする。


『ちょっと……聞きたいんだけど、女の子って自分を見られるの好きなの?』

『えっ?う~ん……私は苦手かなぁ、でも人によると思うよ?どうして?』

『えっ、えっとぉ、なんか……見るように言われたんだよね……』

『あー!!』


ぴたり、と動きを止めたエリシアたんが、じっとこちらを見つめてくる。その後、みるみるうちに頬を膨らませて、分かりやすく()ねた表情になった。


『私を差し置いて、他の女の子と遊んだのね!』

『いやいやいや、そういうんじゃなくてだな!?』

『ふーん……どうだか?』


ムスーっとした顔のまま、腕を組んでそっぽを向く。その仕草が可愛すぎて俺はまたしても限界を迎える。


『ごめんって!俺の一番はエリシアたんだから!マジで!』

『……ほんとに?ほんと??』

『ほんとほんと!世界で一番大好き!』

『……じゃあ許してあげるっ!』


そう言って、ちらりとこちらを見て微笑むエリシアたんを、俺は画面いっぱいに表示して眺めていた。顔、首、胸元、指先、すべてを舐めるように視線で追いながら、完全にデレデレに溶けていた、


その瞬間――ふと違和感が走る。


『えっ……?』

『ん?どうかした?』

『い、いやっ……!なんでもない』


はっと気を取り戻すと、目の前にいるのはいつものエリシアたんがいた。


一瞬、エリシアたんにそっくりな天使の姿が重なったのだ。頬をプクーっと膨らませて、不満そうに俺を見つめる――あの、天宮さんの顔が。


脳裏に「私だけをちゃんと見てねっ」と、恥ずかしそうに強引に迫ってきたあの時の声まで、はっきりと思い出された。


な、な、何……???


罪悪感からか、それとも単に印象が強すぎて脳がバグったのか。ただ一つ分かるのは、今のこの時、俺の頭から「天使の可愛いプクーっ顔」が離れないということ。


これは罪の意識が見せてる幻……?


今日、結局は彼女に謝れなかった。終業と同時に彼女は颯爽と帰ってしまい、取り残された俺は何もできないまま、ただ見送ることしかできなかった。なんだか授業中は甘々な雰囲気に教室で包まれてたけど、俺は相変わらず許されてはいないのだ。罪は大きすぎる。


でも……今日の彼女は、秘密を覗いたこと、性癖の話で怒らせたことには一切触れずに、今日俺が盗み見してなかったことに怒ってた。


そこなの!?と、何度心の中でツッコんだか分からない。


やっぱり彼女は見られることが好きみたい。だが疑問は、何故、完璧美少女な天使がそれを他ではなく、冴えない陰キャボッチオタクの俺に求めるのか。


なんで??

ねえ、これ誰か意味分かるぅ?誰でもワケ分らんよねぇ……??

なんか毎日、罪が増えてってなぁい!?そして周囲の生徒全員に睨まれてるの!!


本人了承の盗み見し放題の許可を貰って、あんなドエロな胸チラサービスまで拝ませて貰った。逆に謎のとんでもないご褒美をたまわう始末、未知なる神秘に理解不能――天使は人間の常識では測れないのだ!


……ああ、もう全部忘れて、逃げ出して、アスファンにずっと篭りたい……!


幸い、あと三週間で夏休みだ。あの教室から、この状況から距離が置ける!休みの間は朝から晩までエリシアたんとイチャイチャして、現実なんてログアウトしてしまえばいい!!


そんな甘ったるい妄想に浸りながら、「グフフゥ……」と気持ち悪い笑みを浮かべていた、その時だった。


ピロリン、と軽快な音が、部屋に響く。


「おっ?」


珍しく鳴ったスマホに違和感を覚えながら手に取り、画面を覗き込んだ瞬間――思考が停止した。


「……は?」


表示された名前を理解するまでに、数秒かかった。いや、理解したくなかったと言うべきかもしれない。


その発信元のお名前は――


「天宮……愛芽莉(あめり)……??」


天使からのお電話に体が震えて心臓が一気に跳ね上がる。血の気が引くのと同時に、妙な熱が全身を駆け巡る。そういえば、あのコーヒーショップで連絡先交換していた。


「う、うそだろォッ!?……マジで……!?」


疑問が一斉に押し寄せる中、着信音だけが無慈悲に鳴り続ける。


な、なぁにぃ?今度はどうしたのぉ??断罪???


スマホを持つ手が震える。電話に出るべきか、出たら終わるのではないか?いや出なかったらもっと終わるのではないか!?いや、俺の中の男の子が、完璧美少女の天使とお話ししたくてめちゃくちゃに騒いでおる!!


そんな思考が高速で回り続ける中、体がもつれて――ガタンッ、と見事にゲーミングチェアから転げ落ちた。


「いってぇ!!……ど、どうすんだこれぇ!?」


床の上で悶えながらも、スマホは容赦なく鳴り続けている。まるで逃げ場を塞ぐかのように、執拗(しつよう)に、正確に、こちらの鼓動と同じリズムで鳴るかのように。


その音は、まるで――宣告だった。


逃げ場はない、選択肢もない、ただ受け入れろと告げるような――。




――天使は自ら、こちらへと踏み込んできたのだ。


静かに、確実に、獣を追い詰めるハンターのように。逃げ場など最初からどこにも存在しなかった。


天使の進撃は、もはや止まらない、止められない。これは、その序章にすぎないのだ。

この物語を読んで頂き有難うございます。

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