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魔王と勇者が死んだ後、俺が世界の主になる  作者: 我妻 ベルリ
第四章 魔法学校の勇者編
55/59

第54話 100代目勇者ノア・ファトリィブ

 中央帝国。

 アルカナ大陸の真ん中に位置する超巨大国家。

 皇帝と最上位貴族の住まう神聖域(しんせいいき)、貴族(正統な血に限る)や一般市民(年に一定額以上の税を納める者)が住む事を許される王都。ここまでを第一王域(だいいちおういき)と呼ぶ。

 中央帝国に絶対忠誠を誓い、王都の外側に遷都する事を許された国々からなる第二王域(だいにおういき)

 中央帝国は複数の国が集まった巨大な国である。そこには絶対的な格差が存在し、中心部の決めた規則が世界の規則として機能している。


 ○ ○ ○


 揺られる馬車の中、窓枠の外に広がるのは今までに見たことがない街並みだった。

 第二王域までは、まだ見たことのある家や建物が広がっていた。それでも凄かった。

 人々は皆、綺麗な服を見に纏い、見渡す限りどこも賑わっていた。

 子供が走り回り、道の両側に広げられた屋台には各地方の商品が並べられている。主婦と店主が仲良く談笑しながら買い物をする姿は、ノアには輝いて見えた。


 第一王域に入ると、さっきの賑やかさとは違い、まさに高貴の世界。

 建物は細部まで美を追求した彫刻が施され、天まで届きそうなほどの高さを誇っている。先程までは街中に人の姿が確認出来たが、道を歩く人などは居らず、皆んな豪華な馬車で移動していた。

 服装もドレスやタキシードを身に纏い、まさに貴族という生活を送っている。

 生活の違いと目がまわるほどの建物に若干の疲れを感じながら神聖域の中心、「アルカナ城」へ向かう。


 ○ ○ ○


 城に着いた僕達の馬車は隅々まで調べられ、許可が降りた。

 巨大な城門が、重々しい音を立てながら左右へと開かれていく。

 城門の向こうには、磨き上げられた白い石畳が真っ直ぐ奥まで続いていた。

 左右には整然と並ぶ近衛騎士たち。黄金に縁取られた白銀の鎧は陽光を反射し、一本の乱れもない。


「……すごい」


 思わずノアが声を漏らす。

 その隣ではアスも、アニーナも、ジンでさえ言葉を失っていた。

 クミだけは表情を変えない。

 しかし、その瞳だけが、この城を懐かしむように細められていた。


「ここが……アルカナ城」


 誰かが小さく呟いた。

 僕達は案内役の近衛騎士に導かれ、静かな城内を歩いていく。

 赤い絨毯が果てしなく続き、壁には歴代皇帝の肖像画や巨大な絵画が飾られている。

 高い天井には巨大なシャンデリア。一歩進む度、その荘厳さに圧倒された。

 やがて騎士が立ち止まる。


「謁見の間にございます」


 ゆっくりと扉が開かれた。

 その瞬間。

 視界が、一気に開ける。

 まるで一つの村がそのまま建物の中へ収まったかのような巨大な空間。

 白い柱が天井を支え、赤い絨毯は遥か奥の玉座へと一直線に伸びている。

 右には整列した騎士団。左に魔術師団が整列する。

 その数、およそ百名以上。

 鎧とマントの色はそれぞれ異なり、所属する騎士団を表している。

 魔術師団は全員がローブ姿で静かに並んでいた。

 その圧倒的な威圧感に、ノアは思わず息を呑む。


「……す、すごい……」


 前へ歩き始める。

 大勢の視線が、一斉にノアへ集まる。

 その重さに思わず足が止まりそうになる。

 しかし、クミが小さく背中を押した。


「前を向いて」


 その一言だけで、

 ノアはもう一度歩き始めた。

 青い鎧とマントが映える騎士団の最前列。

 そこには見覚えのある顔が並んでいた。


「……あっ!」


 思わず声が漏れる。

 フリンケルさんだった。そのすぐ後ろにはバンロさんもいる。

 二人は口元だけで笑みを浮かべる。


「よく来たな」


 バンロさんが小さく呟く。

 フリンケルさんは姿勢を崩さず頷くだけだった。

 赤い絨毯の終点。

 そこには玉座があった。

 しかし、玉座には誰も座っていない。

 代わりに立っていたのは、一人の壮年の男。

 深紅の礼装。胸元には帝国を示す黄金の紋章。

 白髪交じりの金髪を後ろへ流し、鋭い眼光がノアを見据える。

 その男が一歩前へ出た。


「余は皇帝代理大臣ビッツ・バルク・ランドームである」


 静かな声だった。

 だが、広大な謁見の間全体へ響き渡る。

 その右隣。

 一人の青年が静かに立っていた。

 腰まで届く金髪。

 純白の軍服。腰には一本の美しい長剣。

 帝国最強の剣士。

 帝国宝剣。ステラデス・アンストース。

 その眼差しは鋭く、ノアを静かに見つめている。

 そして左隣。赤いローブを身に纏った壮年の魔術師。

 四十代後半ほどに見える金髪の短髪の男性。

 鋭さと穏やかさを同時に宿した瞳が、クミを見た瞬間わずかに揺れた。


「……!」


クミさんの目が大きく見開かれる。

魔術師もまた、驚いたように目を見開いた。


「……クミ?」


 小さな声だった。

 クミさんは震えるように呟く。


 「ユリウス……」


 かつてメシア騎士団で共に戦った仲間。

 ユリウス・アルバート・クロノス。

 今は中央帝国宮廷魔術師。長い年月を経て、二人は再会した。


 静寂。

 ビッツが一歩前へ出る。


 「クミ・ヴィバール、アスベル・ジャック・シュベルト、アニーナ・ブラン、ジン・ダークベル、香薬皆華(かやくみなか)、ボーガス・ダイヤス。全員前へ。」


 クミさん達が前へ出ると、勲章を持った近衛騎士が前に現れ、一人一人の胸元へ付けていく。

 

 「諸君らは銀世界のシルヴァト討伐、最悪の囚人ドロ・ディレティロ捕縛、そして仙船大千郷における厄災・羅刹、時帝龍との戦いにおいて多大なる戦功を挙げた。よってこれを証する」


 全員の胸に勲章がつけられると、皆んなは元の位置へ戻る。

 

「そして……ノア・ファトリィブ。前へ」


 名を呼ばれ、ノアは一歩前に出た。


「其方は数々の功績に加え、第94代目勇者マリス・ゴールドの意思を継ぎ、時代を担うに相応しい実力と人格を示した」


謁見の間が静まり返る。


 「これら数々の功績を鑑み」


 ビッツは右手を掲げる。


 その瞬間。

 近衛騎士が一つの箱を運んできた。

 箱が開かれる。中には、黄金に輝く勇者紋章。

 代々選ばれたの勇者だけが身につける証。

 近衛騎士は静かにそれを手に取った。


 「本日をもって其方を――」


 「記念すべき第100代目勇者として任命する」


 その場は静寂に満ちている。

 ただ、整列した騎士達も魔術師達も静かに新たな勇者を見つめる。


 ノアはまだ実感が湧かなかった。

 ただ、兄と同じ場所へ。ほんの少しだけ近付けた気がした。

 その小さな勇者の胸には、

 黄金の紋章が静かに輝いていた。


 ○ ○ ○


 その日の夜。

 アルカナ城 大広間。

 巨大な会場には、幾百もの魔導灯が天井から吊り下げられ、黄金色の光が大理石の床を照らしていた。

 中央には豪華な円卓。帝国各地から集められた料理や酒が並び、楽団の穏やかな演奏が静かに響いている。

 もっとも——。

 食事を楽しむものはいない。

 この場は勇者襲名を祝う席ではあるが、本来の目的は新たな勇者との顔合わせ。

 帝国最高戦力達が一堂に会する場だった。

 ノアは場違いなほど立派な正装に身を包み、落ち着かない様子で辺りを見回していた。


 「す、凄いですね……」


 ノアは辺りを不自然に見渡し、肩を強張らせていた。

 思わず漏れた言葉に、懐かしさと幼さを感じたのか、隣を歩くクミが小さく笑う。


 「帝国ではこういう催しは珍しくありません。でも、この規模は私も久しぶりです」

 「まぁ、ワシらもそうじゃったよ。慣れじゃ慣れ!」


 元メシア騎士団。流石と言わざるを得ない。


 その時だった。


 「おいノア!!」


 聞き覚えのある声が会場に響く。

 振り向くと、人混みを豪快に掻き分けながら見慣れない鎧を身につける男が歩いて来る。


 「バンロさん!」

 「よう!!」


 隣には、変わらぬ柔らかな笑みを浮かべるフリンケルさん。


 「久しぶりだね、ノア君」

 「フリンケルさん!」


 二人はノアの前まで来ると、嬉しそうに笑った。


 「聞いたぞ!まさか勇者になるなんて!」


 バンロは遠慮なくノアの背中を叩く。


 「い、痛っ!」

 「はっはっは!!まだまだ細っこいな!」

 「バンロさん、少し加減してください」


 フリンケルが苦笑する。


 「でも、本当に驚きました。まだ一年も経っていないのに、勇者ですから」


 「俺ぁ最初から伸びるとは思ってたぜ!」

 「いや、それは今だから言える事でしょう」

 「と言うか、バンロさんは騎士になったんですね」


 そう言うと、バンロはそうだった、と説明し忘れた事を思い出した。

 ダンジョンで出会った時は無精髭を生やしていて身なりも少し汚かったが、今は清潔感がある。今やフリンケルさんを支える副団長にまで出世したのだとか。


 「あの後フリンケルに説得されてな。また一から始めることにしたよ」

 「……ヴァロニスさんにも会いましたよ」 

 「らしいな。久しぶりに手紙が届いたよ。君はどこにでも現れるな」


 二人で笑い合う。久しい感覚が僕の緊張を少しだけ和らげた。


 その少し離れた場所では——。


 「クミ……。」


 静かな声が聞こえた。

 クミが振り返る。

 そこに立っていたのは、赤い宮廷魔術師のローブを纏った一人の男だった。

 短く整えられた金髪。歳を重ねた穏やかな顔立ち。

 しかし、その瞳だけは昔と何一つ変わっていなかった。


 「……ユリウス」


 互いに数秒間、言葉が出ない。

 そして——。


 「久しぶりだな」

 「ええ……本当に」


 クミが微笑む。

 その横ではボーガスも目を丸くしていた。


 「久しいのぉ。懐かしい顔ぶれじゃ」

 「こっちの台詞だよ」


 ユリウスは苦笑した。


 「宮廷魔術師になったとは聞いていたが、こんな再会になるとはな」

 「本当だよ。久しぶりにあった場所がこんな所なんてね」


 三人は自然と笑い合う。

 かつて共に戦った日々。メシア騎士団だった頃の記憶が蘇る。

 しかし、その笑顔は長く続かなかった。

 ユリウスの表情がゆっくり曇る。


 「……総一郎の件は聞いた。」


 その一言で空気が止まる。

 クミの笑顔が消えた。


 「やっぱり……。」

 「帝国にも報告が来た。」


 ユリウスは静かに続ける。


 「遺跡ノーツトリで消息を絶った。大量の血痕だけが残されていたそうだ。」


 誰も口を開かない。


 「まだ生存不明扱いだ。」


 その言葉だけが唯一の救いだった。


 「でも……。」


 ユリウスは拳を握る。


 「総一郎が何をしていたのかはわからない。けど、無茶はしない奴だ…」


 ボーガスは静かに目を閉じた。

 クミも唇を噛む。

 

 「……」


 誰もその先を口にはしなかった。

 楽団の音楽だけが虚しく流れていた。


 ○ ○ ○


 一人の男性がノアにゆっくりと近付いて来る。

 肩まで届く銀色の髪。深い藍色の瞳。銀を基調とした宮廷魔術師の正装。

 年齢は二十代後半ほど。

 歩くだけで周囲の魔術師達が自然と道を開ける。

 魔術師団団長。カナシス・シヴィル・フローラル。

 彼はノアを一瞥すると、小さく鼻で笑った。


 「君が100代目勇者」


 その声音には歓迎の色はない。


 「……はい。」


 「随分と可愛らしい勇者だな」


 会場の空気がわずかに張る。

 カナシスは笑顔を浮かべたまま続ける。


 「勇者とは、本来は実力、知力は勿論、圧倒的な才を持った世界最高峰の称号…。それが十一歳の子供?帝国も随分と人材不足になったものだ」


 ノアは返す言葉が見つからない。


 「カナシス!」


 ユリウスがノア達の会話に気がつき、低い声で制する。

 しかし彼は気にする様子もなく肩をすくめた。


 「私は事実を述べただけですよ、宮廷魔術師殿。それともあなたはこんな子供が本気で帝国の役に立つとでも?」


 彼はノアの胸元の勇者章へ目を向ける。


 「功績は聞いている。銀世界のシルヴァト討伐。ドロ・ディレティロ捕縛。仙船大千郷の戦い。どれも立派でしょう」


 一拍置く。


 「だが、それだけで勇者を名乗れるほど、この称号は軽くない」


 周囲の魔術師達も静かに見守っている。

 反論する者はいない。


 「歴代勇者は皆、この国で鍛えられ、多くの戦場を越えてきた。君には、その重みはまだない」


 その視線は鋭い。

 まるで品定めをするようだった。

 カナシスは静かに言い切る。


 「今の君を、勇者とは認めない」


 会場は静まり返る。誰一人として口を挟まない。

 ノアはゆっくり拳を握った。

 胸の勇者章が、ずしりと重く感じられた。

 帝国へ来て初めて知る。

 勇者という称号は、人々から称賛されるだけのものではない。

 それを認めない者もまた、この国には確かに存在していた。

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