第53話 帝国へ
アマルダ海に浮かぶ仙船は、華やかな雰囲気の中に寂しさが滲んでいた。
僕達が仙船を去る事が知れ渡ると、街中がお祝いモードへと変わり、僕達を暖かく送り出す準備をしてくれた。
僕達は、中央帝国へ旅に出る為に道具や必要なものを買い揃えていた。
繁華街を一人で歩いていると、綺麗磨かれ、陽の光をそのまま跳ね返したように光る剣が目に入る。
そこそこ大きな武器屋で、店構えも立派だった。
剣も槍も盾も、どれもが一級品で、値段も見合った金額がつけられていた。
「これは……え!?こんなにするの……?僕には手が届かないや」
値札を見て思わず声が出てしまう。
こんな物を買っても、値段が気になって振りかぶれないかも。
そう思い、店の前を通り過ぎようとすると、不意に声をかけられた。
「おや?買っていかないのかい?」
声の主は綺麗な白い髪の女性だった。確かこの人は……。
「えっと……艇・累冥さん。こんにちは」
「おや、覚えてくれていたのかい?話す機会がなくて知られていないかと思っていたわ」
今回の戦いでは確かに、直接的に関わることはなく、話す機会も無かった。
だが、会議室や戦いが終わった後の舵取り塔で見かけていた。
「あの、どうしてこんな所に?」
「少し用事があってね、その帰りなのよ。ノアさんこそ買っていかないのかい?武器」
「い、いや〜…ここのはどれも一級品なので…僕には手が届かないし…。それに、金額が気になって十分に使えない気がするです」
「あら、そうだったの………」
累冥さんはそのまま黙ってしまい、店を見ながら何か考え事をしている。
な、情けなく見えただろうか…。
「では、もっと安くていい鍛冶屋を知っているので、一緒に行かないかい?」
○ ○ ○
累冥さんの後をついて行く。
繁華街を抜け、周囲は格式高い店や、豪邸が並ぶ場所へ来た。
さっきの店で場違い感がしていたのに、ここではさらに場違い感がする。てか凄い居づらい。
突然、累冥さんが足を止めたかと思えば、そこは目的の鍛冶屋だった。
見るからに高そうな品が並び、どれもが値段も想像出来ない代物ばかり。
「え?る、累冥さん?こ、ここに入るんですか?」
「ええ。私達が代々使わせてもらっている仙船最高級鍛冶屋ですわ。この船を救った英雄様に、そこら辺の粗悪品を買わせては我が家の恥!ささ、こちらへ」
累冥さんは躊躇う事なく入って行く。僕も恐る恐る店内へ入る。
豪華絢爛な品棚に目を奪われていると、店主らしき老夫が僕達に話しかけてきた。
「これはこれは、累冥様とノア・ファトリィブ様。此度はこの船を救っていただいた事改めてお礼を」
「あ。ど、どうも…」
「店主さん、今日はノアさんに合う剣を探していてね。あなたの力作を持ってきてもらえるかな?」
「そう言う事でしたか…。畏まりました。私の人生を賭けた傑作をお持ちいたします」
そう言うと、店主は奥へ下がってしまった。
どんどん話が壮大になって行く。ここまで来てしまっては、後戻りは出来ない……。一体幾らになるのやら。
「お待たせいたしました。こちらになります」
店主が持ってきた剣は、細身の刀身。装飾は少なく、黒曜石のような輝きを放つ黒刀だった。
「私の全てを込めた『黒刀 竜涙』でございます。是非ノア様に…」
「え!?こ、こんないい物買えませんよ!」
「何を言ってるんだい?プレゼントに決まってるじゃないか。これは私を含めた仙船の民からの贈り物だと思ってくれればいい」
そう言われて、半ば強引に剣を貰った。
正直こっちの方が振る時に色々頭の中をよぎって使えなさそう…。
○ ○ ○
「わざわざありがとうございました…!こんなに良いものまで貰っちゃって……」
まだ僕に馴染んでいない刀を手に持ちながら累冥さんへ改めて感謝を伝える。
「何度も言うようだが、気にしないでくれ。と言うより、君はこれを受け取る資格があるさ。存分に振るってくれたまえ」
店を出た僕達はその場で解散する流れになった。
改めて頭を下げた後、振り返って帰ろうとした。しかし、累冥さんに呼び止められる。
「ノアくん。もし、帝国に行って困った事があったら、私の従兄弟に助けを求めると良い。同じ白髪だし、彼はちょっとした有名人だからすぐにわかるさ。では、君の旅がうまくいく事を願っているよ」
そう言い残し、累冥さんは行ってしまった。
累冥さんの従兄弟…。一体どんな人なのか。
僕はそんなことを考えながら帰路についた。
○ ○ ○
朝日が昇り繁華街を徐々に暖めていく中、僕達は仙船を旅立つ為、空舟へ乗り込んでいた。
僕達の旅立ちを見届ける為、朝から多くの人が皆とは集まっていた。
僕は、夕源さんと夜宵さんに最後の挨拶をする為近づいた。
「お世話になりました」
「何を言うんだい、僕達兄弟こそ本当に君には助けられた。本当にありがとう」
「改めて君に謝罪したい。僕達の因縁に巻き込んでしまって申し訳なかった。本当にすまない。そして、ありがとう…!」
差し出された手を僕は強く握り返す。
振り返れば、繰り返しの中ですごく長い時間を過ごした。皆んなにとっては数週間の仲かもしれないけど、僕は既にここの人たちのことを知っている。
今こうして生きているのはあの日々があったからかもしれない。
僕と夜宵さんが話していると、丹玄さんがこちらへ歩いて来る。その背中には大量の荷物が背負われていた。
「た、丹玄さん?どこか行くんですか?」
「ああ、俺も旅に出ようと思ってな。宿敵も討ったことだし、武者修行だ」
丹玄さんとも色々あった。
最初は敵として出会い、最後は頼もしい仲間。冷徹な人だと思っていけど、優しくて頼もしい人だった。
「君には……辛い経験をさせてしまったらしい。すまなかった」
「いえ……仕方なかったことですよ。それに、今はきちんと仲間になれたでしょう?」
強張った表情をしていた丹玄さんの顔が優しく咲く花のように和らいだ。
「そう言ってもらえて嬉しいよ。では、達者でな」
「はい!丹玄さんもお元気で!」
最後の挨拶を交わし、丹玄さんは一足先に旅立ってしまった。
遠ざかっていく丹玄さんの背中を見送りながら、僕は深く息を吐き出した。 僕は荷物を空舟へ積み込む。空舟からは、仙船の街並みが一望できる。朝日を浴びて輝く瓦屋根も、賑やかな市場の喧騒も、僕にとっては何度も繰り返した「終わりの景色」だった。
けれど、今日この景色は、僕にとって未知の明日へと続く「始まりの景色」に変わっている。
「……じゃあまたいつか」
夜宵さんは静かに別れを告げる。
「さよなら」ではなく「またいつか」。
「ええ。またいつか」
夜宵さんが僕の肩にそっと手を置く。その手の温もりも、ループの中では決して触れられなかった本物の「今」だ。
「僕たちのことは心配いらないよ。君が守ってくれたこの街で、僕たちは僕たちの時間を刻んでいく」
「……ありがとうございます。行ってきます」
船体がゆっくりと浮上を始めた。 地上で手を振る二人と、集まった人々。その姿が徐々に小さくなっていく。僕は何度も何度も手を振り返した。視界が朝日の眩しさで滲んでも、その光景を一時も逃さないよう、強く目を見開いたまま。
○ ○ ○
ノア達が帝国へ出発してから2週間後。
アマルダ海を北上した場所に位置する遺跡「ノーツトリ」。四方を森に囲まれ、忘れ去られた遺跡。数十年前に発見されたが、特に何も発見されず、遺跡調査団からも忘れられた場所に、激戦を終えた魔法使いは足を運んでいた。
ずっと気になっていた人物。結局正体も目的も有耶無耶にされた事件。僅かな痕跡を追って辿り着いた遺跡の中は殺風景な景色が続いていた。
埃まみれの床、苔むした壁。何も無い空間が続く。
しかし、確かに感じる。不気味で、底の知れぬ恐ろしい殺気を。
もう少し進むと、開けた空間が現れた。教会のような高い天井に足音が響く。
そして、もう一つ。別の足音が響き始める。
その足音はゆっくりこちらへ近づいて来る。
「証拠は出来るだけ消したつもりだったんだけど…まさかここまで追って来るなんてね。流石、勇者のパーティーメンバーってとこかな?吾妻総一郎…」
暗闇から姿を現したその男は、長髪で仙船の服を見に纏う。
夕源さんから依頼を受けて仙船へ来た時。真っ先に第三者の関与の疑った。
羅刹の復活、時帝龍の復活。数百年ぶりのイレギュラーがこうも簡単に起こるものか。
あまりに出来すぎている舞台が用意されていった。
更に確信となったのは、ノアくんと丹玄さんの証言。
ループの中でノアくんは病室で丹玄に殺されている。
そしてもう1人にも。姿は見えていないが、ノアくんが瞬殺されていることか見てかなりの実力者。
そして、丹玄が戦った羅曜の供述。
代々続く魔法の詳細な能力を羅曜に教えられるだけの知識と実力。
そんなことが出来る人間は、1人だけだ。
「今回の黒幕はやはり君だったんだね……。第2直命実行官「教祖」影・羅針!」
全ての黒幕。テーラ王国サターナ軍の直命実行官。
噂を聞く限りでは数々の暗躍を行い、秘術や魔法に関しては帝級に匹敵すると言う噂も聞く。
かつて無い強敵に、吾妻は冷や汗を流す。
「色々聞きたいこともあるからね…大人しく着いてきてくれれば良いんだけど」
「おや、無理なお願いだとわかってるくせに。それにどうやって私と戦うんだい?君は戦闘向きじゃ無いだろ?」
「そうだね。でも、こういう戦い方もあるんだよ」
そう言うと、吾妻は胸元から2体の人形を投げ出す。その2体の人形に詠唱を施し魔力をこめると、たちまちその体は大きく膨らみ、3メートル程の筋骨隆々とした兵士へと姿を変える。
「第五門 怪能傀儡!」
「へぇ〜…そう来るのか…」
しかし、目の前の兵士に臆するどころか、鳳瞑は不的な笑みを浮かべる。
「せっかくのところ悪いけど、今日は戦わないから大丈夫だよ」
羅針が手を合わせる。
次の瞬間、羅針の足元の影が広がり、やがて空間ごと影が埋め尽くす。
「ここに誘き寄せた時点で君の負けだよ。自分自身に何重にも魔法を掛けてるようだけど、無意味だよ?それ」
「くっ!!行けっ!!」
我妻は2体の人形に攻撃命令を下す。
人形が動き出した瞬間、地面から伸びた影が刃に変わり、2体の人形を切り刻む。
その刃は我妻にも向けられ、咄嗟に回避行動をとるも、我妻の右目と腹を切り裂く。
「がっ!?」
「君は表立って戦うのには不向きだろうに……。まぁ、事情を知ってる君に、メシア騎士団の2人に協力を求めるのは、酷な話だよね…」
大量の血が流れ出し、我妻はその場に力無く倒れる。
「こんな所で……彼らに伝えなければ……裏切り者が誰か……!」
最後、彼が思い浮かべたのはノアの姿だった。
「ノアくん……彼の仇は………」
元メシア騎士団、我妻総一郎 生存不明。
この知らせをノア達が知るのは帝国に着いてからだった。




