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85話 猛攻

「闇に瞬く星々の乱舞──アステロイド・ベルト!」


 ノルレルスの詠唱により、次々に光球が生成されてゆく。

 暗黒の異空間にて一層輝きを放つそれらは、次々にこちらへと放たれた。


『させません!』


 古竜の姿に戻ったルーナがブレスを横薙ぎにして、百に近い数の全てを落としてゆく。

 落ちた光球は爆ぜ、視界が白く塗り潰される。

 しかし奴の姿を見逃しはしない。


「はぁっ!」


 リ・シャングリラを振るいつつ、その刃へとリ・エデンの魔力を流し込む。

 ヴァーゼルの所有していた剣、リ・シャングリラも確かに聖なる類いの力を宿していた。

 けれどこの剣の真価はそこではなく、魔力を伝わせるといった点にある。

 ヴァーゼルが剣を振るっただけで、魔族の魔力を斬撃として空間に伝わせ、飛ばしたように。

 リ・エデンの魔力を込めてリ・シャングリラを振るえば、魔滅の加護を斬撃として飛ばせる。


「飛距離のある剣戟……!」


 これにはノルレルスも驚いたようで、赫槍で受け止めるのではなく、体を捻って避けた。

 こちらも奴を逃がすまいと、間髪いれずに斬撃を放っていく。

 ……そうとも、これこそが真のリ・シャングリラの使い方。

 ミカヅチの記憶から伝わってきた情報。

 リ・エデンで近距離の敵を薙ぎ払い、リ・シャングリラで中、遠距離の敵を刻む。

 神竜皇剣と神竜帝剣は二本揃って初めて全領域に対応し、真の使い方に至る、そういった聖剣だったのだ。

 ミカヅチがこういった使い方をする前にリ・シャングリラの方はヴァーゼルに奪われたらしいものの、それから長い年月が経ち、ようやく二本の聖剣が真の使用方法で運用されている。

 ミカヅチが見たならば、少しは感心してくれるのだろうか。


「なるほど……。手持ちの剣が一本増えていると思ったら、どうやら見かけ倒しではないようだね。しかしリ・エデンの魔力をもう片方の剣にも伝導させ続ける……人間が長々と続けられる芸当ではないはずだ」


 ──流石に見抜かれたか……。

 俺はリ・シャングリラを握る左手に力を込める。

 最初から両方の剣を抜かなかった理由は、正にノルレルスが語ったものだった。

 前にヴァーゼルと戦った時、リ・エデンの強大な魔力を行使した肉体は、外側のみならず内側まで反動でやられていた。

 リ・エデンの魔力を扱い続けただけであのザマだったのだ。

 そんな大魔力を自身の肉体を伝わせ、常にもう片方の剣にも流し込む……魔力操作を誤れば自身の肉体に魔力が跳ね返って弾けかねない荒技だ。

 ──ミカヅチ並みの強靱な肉体の持ち主なら問題なかっただろう。でも俺の場合は……。

 長くは保たない、できればすぐにでも終わりにしたい。

 現に腕がもう痺れ始めた、長期戦は不利だ。


「君の体力が尽きるまで逃げるのもありだけど、隙を見せれば遠距離斬撃を食らいかねない。……レイド・ドライセン。やはり確実に倒す他ないか」


 ノルレルスはそう言いつつ、赫槍を頭上に掲げた。

 途端、ノルレルスの上の星空が捻れて、闇よりなお暗い漆黒が顔を覗かせる。


「深淵の顎──グルージェス・アター!」


 ノルレルスが詠唱を終えた途端、漆黒が渦を巻き、周囲の物体を吸い寄せようと豪風を起こす。


『くっ……!』


 ルーナは古竜の姿となり踏ん張っているものの、ジリジリと吸い寄せられていく。

 俺もルーナの前脚に腕を絡ませて耐えるが、ルーナが限界を迎えれば俺も一緒に吸い込まれる。

 吸い込まれた先、あの漆黒の中でどうなるかなど……考えたくもなかった。


『このっ! 術者を叩けば……!』


 ルーナがノルレルスへと閃光のブレスを放つ。

 ブレスは一直線にノルレルスへ飛ぶものの、奴に当たる直前、軌道を変えて漆黒の渦へと飲み込まれてしまった。


「無駄だよ。近寄れば光さえ逃がさないこの絶技。こちらに直進するブレスの軌道を曲げる程度は造作もない」


『そんな……⁉』


 ブレスが届きさえしない、その事実にルーナは歯を食いしばっていた。

 ──まだこんな大技を隠し持っていたなんて。このままだとすぐに吸い込まれる。でも……!

 これほどの大技、使い続けるにも相当な魔力が必要だと考えられるし、奴自身への負荷も多大なものだろう。

 現に広範囲に影響を及ぼす技なのに、敵が俺とルーナの二人になるまで温存していたのだから。

 それに……対抗策ならある。

 恐らくはこの手なら。


「封印術・竜縛鎖!」


 魔法陣を展開し、そこから引っ張り出した鎖で俺とルーナの体をその場に固定。

 鎖の端は魔法陣で空間の床に縫い付け、吸い込まれないようにする。

 極大の吸い込み攻撃に対して抵抗しつつ、さらにもう一押し。


「封印術・重竜縛鎖!」


 ノルレルスの直下に魔法陣を複数展開し、そこから極太の封印術の鎖を召喚する。

 鎖はノルレルスに絡みつき、奴の動きと魔力を押さえていく。


「小細工だ。神族相手にこの程度……!」


「だろうな。お前の魔力は膨大、そんな鎖じゃ全部は抑えきれない」


「なら何を……?」


「こうするんだよ!」


 ノルレルスを縛っている鎖を操り、奴の体を地に伏せようと縮めにかかる。

 同時、掲げていた赫槍の穂先が下がり、その先にあった漆黒の渦は徐々に小さくなっていく。

 ──やっぱりそうだ。奴自身が吸い込まれないよう、掲げていた槍を伝って、魔力を黒渦に送っていたんだ。穂先が黒渦から離れれば魔力を送れず消失するはず。


「くっ、この……!」


 ノルレルスは矮躯に見合わぬ規格外の筋力で重竜縛鎖に抵抗しているものの、これは鎖が太く重たい分、竜をも完全に押さえ込むほどの魔術。

 奴が如何に神族といえど、筋力のみで簡単に抜け出せはしない。


「チッ……!」


 ノルレルスも脱出は困難だと悟ったのか、黒渦を消し、代わりに自身の肉体から漆黒の魔力を吹き出す。

 魔力は刃のような形状となり、重竜縛鎖を粉々に切り裂いた。


『魔力を押さえ込む性質を持った鎖を、魔力でああも簡単に……!』


「僕を舐めすぎだよ、エーデルの末裔。魔力を集中させれば、脱出するだけなら難しくもない!」


 ノルレルスは大きく跳躍し、俺たちの頭上に移動する。

 そのまま浮きながら、さらなる詠唱を開始した。


「闇より覗く三天、凶星よ! 彼の者らを滅殺せよ──」


 ノルレルス背後の星空より、三つの星が光となって奴へと集結する。

 それらは三角形の配置となり、反時計回りに巡り、高速回転の末に外見上は一つの円となる。


「──トランスサタニアン!」


 唱え終わった瞬間、三つの星だった円がこちらへ飛来する。

 これまでのどの攻撃よりも規模が大きい。

 下手をすれば山一つが消えるほどに巨大だ。

 星の高速回転で大気が擦り切れ、魔力との摩擦で火花さえ散っている。

 ──こうなったら部分的に相殺するしかない。

 あれがノルレルス由来の魔力による攻撃ならば、リ・エデンで防げるはず。


「神竜帝国式・竜騎士……!」


 覚悟を決めて技を繰り出そうとした直前。

 ルーナが俺の前に飛び出て、口腔からブレスを放った。


『……っ!』


 ブレスはノルレルスの一撃と拮抗しているようだが、明らかにまずい。


「よすんだルーナ! あんなのをブレスで防いだら、ルーナの魔力が……!」


 古竜にとって魔力とは生命力だ。

 そしてブレスは魔力の塊であり、謂わば生命力を削って放つ大技。

 ……神による地形すら変貌させかねない一撃を受け止めるほどの魔力、本来ならブレスとして放っていいものではない。

 現にルーナの脚は震え、直下の床を砕けるほどに踏みしめており、物理的にもあの光輪を受け止めるのが限界に近いと分かる。


「エーデルの末裔、竜姫ルーナ。レイド・ドライセンを正面から潰すのは思いの外、面倒だけれど……君を潰せば、彼も多少は動揺してくれるかなぁっ!」


 ノルレルスが技へと送る魔力量を爆発的に増加させた。

 光輪が巨大化し、星の回転速度も増し、威力が跳ね上がっていく。


『くっ……ぁっ!』


 ルーナもノルレルスに負けじと魔力を高めるが、徐々に押され、光輪が下がってくる。

 彼女の魔力は減り続け、無理を強いているためか、口の端からは血が流れているのが見えた。

 どうにかして止めさせたいが、止めたところで俺とルーナは奴の大技で蒸発するだろう。

 一瞬のみ迷うが、その時、テイムによる繋がりがあるためか。

 ルーナの心が、思いが、こちらの心にするりと入り込んできた。

 ──レイド……! 私には構わず、どうか! 成し遂げてください! もう……あなたしかいないのです! このままでは二人揃って……!


「ルーナ……!」


 信頼と願いの籠もった思いを受け取る。

 同時、聞こえてきたのは光輪の向こう側からの、ノルレルスの嘲笑だった。


「ククッ……潔く潰れてくれたまえよ! どんなに抵抗しようと無駄だ竜姫! どの道、君はここで終わる! もしくは……愚昧な竜の頭じゃ理解しきれないかな?」


 死力を尽くして耐えるルーナを嘲る声。

 リ・エデンを握る右手に力が籠もり、震える最中。

 余裕を見せるノルレルスは続ける。


「もしくはこれで潰れなければ、方法を変えるだけの話。どんな方法ならレイド・ドライセンを動揺させられるかね」


 ノルレルスはジリジリとルーナを押しているものの、ルーナが一気に潰される気配はない。

 ……感じ取れる魔力量は増しているのに、奴は明らかに手加減をしていた。

 ルーナを苦しめ、甚振って遊ぶように。


「たとえばそう、君の脚を一本ずつこの槍で貫くとか。一思いに潰すより、君の悲鳴を聞かせた方がレイド・ドライセンの心も削れるだろうし。……よし、次の手は決まった。だから頑張っておくれよ。華奢な雌竜といえど、耐えれば半殺し程度で済むだろうからさ!」


 ……奴の言葉がそこまで耳に入り、このままではルーナの命はないと理解した瞬間。

全ての迷いがかき消えた。


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