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86話 相棒への言葉

本作のコミカライズがコミックノヴァにて連載開始となりました!

よろしくお願いします!

 雑念が何かに押し流され、俺はその場から走り去り、ルーナが全力で止めている巨大な光輪の真下から出る。

 上を見上げれば、こちらを眺めるノルレルスの姿。

 相棒を見捨てて逃げたかと言わんばかりの表情。

 ──舐めるな。どこまでも余裕ありげなその笑み、この場で崩してやる!


「封印術・蛇縛鎖!」


 遠距離型の封印術を起動し、一端をノルレルスの腕に巻き付け、もう一端をこちらの腕に巻き付ける。

 次いで鎖を高速で縮ませ、浮き続けている奴へと勢いのままに突っ込んだ。

 ほぼ飛来するかの如き速度、ノルレルスもこれには目を剥いた。


「蛮勇か……! まさかここまで捨て身とは!」


「当たり前だろ! 相棒が、魔力を、命を削って耐えているんだ。神だろうがなんだろうが……好き勝手に暴れたそのツケ、今この場で払わせてやる!」


 ノルレルスは赫槍をこちらに向けるが、動揺しているのか遅い。

 ……違う、単に遅く見えているのだ。

 妙に時間の流れが緩やかだ。

 周囲の全てが緩慢に見える。

 理由は分からない、これもミカヅチの記憶を引き継いだ影響なのだろうか。

 もしくはトリテレイアの魔力で体を癒やしてもらった際、何かされたのだろうか。

 または……いいや、もう理由なんてどうでもいい。

 これで少しは戦いやすくなった、ただその事実で十分。

 ノルレルスの赫槍の穂先は俺の胸へと向かっている。

 奴の一撃には魔の力が込められており、掠めただけで劇毒とさえ称された奴の魔力を送られ、死に至る。

 決して直接受けてはならないが……。

 ──全てを呑む黒渦の後、全てを砕く光輪を放っている最中だ。あれだけの大技を連発している以上、反動は大きいに違いない。この一撃が精一杯の反撃のはず。それならば。


「……!」


 ノルレルスの赫槍の穂先がこちらに届く。

 勝利を確信したのか、奴の口角がゆっくりと上がる。

 ……それに合わせるように、こちらは体を捻った。

 穂先は鎧胸部に食い込むが、俺の動きに奴の馬鹿力も手伝い、留め具が耐え切れずに破損し、胸部の鎧が剥がれた。

 当然、穂先はこちらの胸部を貫かず、剥がれた鎧に食い込んだまま軌道が逸れていく。

 ──とても軽い鎧で助かった。重さがあったら、ああやって簡単に体を捻れなかった。

 カウンターを完全に無力化されたノルレルスは体勢を完全に崩している。

 今なら奴に届く、リ・エデンが直接。 


「その隙、逃すか!」


 俺はノルレルスの胴へとリ・エデンを振り下ろす。

 確実に決まったと思った矢先……このゆっくりと動いている視界の中、ノルレルスの肉体がするりと素早く消えてく。

 これが奴の高速移動の種、この状態なら目で追いきれる。

 そして奴が吸い込まれるようにして消えていったのは……。

 直下の光輪に映し出され、俺の胴に映り込む、奴自身の影の中だった。


「……!」


 それを理解した途端、時間の流れが元に戻った。

 リ・エデンが空を切り、ノルレルスが消えたことで光輪も消失。

 真下では息を切らせたルーナがなんとか無事に立っていた。


『レイド……!』


 飛び上がったルーナは落下する俺を背で受け止めてくれたが、半ば墜落するように着地した。


「ルーナ、大丈夫か⁉」


 彼女の背から降り、しゃがみ込む。

 息は荒く、目の開き具合も半眼、といったところだ。

 無理に魔力を行使した反動か、各所から流血があり、銀の鱗も霞んでいた。

 倒れ伏し、息も絶え絶えでありつつも、ルーナは口を動かす。


『レイ、ド……。私は大丈夫、です。まだ、ノルレルスが、どこかに……』


「分かっているよ。後は、任せてくれ」


 俺は立ち上がり、リ・エデンを振り上げ、


「ノルレルス。……そこだな?」


 俺とルーナの影が被っている部分へと、迷いなく叩き込んだ。

 途端、何かがリ・エデンの刃から逃れるようにして抜け出てくる。

 現れたのはやはりノルレルス。

 今や苦笑いといった表情で、眉間に皺を寄せている。

 奴の肩は薄く斬れ、白く煙っており、一撃が微かに当たったようだった。


「やっとお前の移動方法が分かった。お前、影から影へと瞬時に移動できるんだな? 思えばお前が突然現れる先は、いつも誰かの近くだった。となると、生き物の影にしか移動できない訳だ。無生物の影に移動できるなら、その辺の瓦礫からでも奇襲できただろうしな」


 そう語る自分の声は、自分が知らないほどに低く、何かを押し殺したようだった。

 一方、ノルレルスは訝しむようにこちらを睨む。


「君は……そうか。トリテレイアの奴、君の体を治した時に何かしたね? 彼女の魔力をまだ君から感じる。僕の能力を看破した辺りから、強化されたのは視覚かな? 見間違いでなければ、僕の移動を目で追っていたように見えたけれど」


「……だったらどうした?」


「だったらって。いきなりぶっきらぼうになったね、君。……そんなに怒ることかい? 相棒だってまだ生きているのに」


 ノルレルスに言われて、気付いた。

 自分の声が低い理由も、光輪を抜け出し、あんな無茶な突撃を仕掛けた理由も。

 ──そうか、俺は怒っていたのか。

 ルーナが光輪に潰されかけ、苦しんでいた時から。

 奴がルーナを煽り、嘲って残酷に甚振ろうとした時から、ずっと。

 今回の事件の元凶である、あの魔神に対して。

 意識してしまえば、怒りが際限なく膨れ上がっていくようだった。

 ──ああ、本当に。


「十分以上に怒ることだよ、魔神ノルレルス。俺やルーナ……だけじゃない。竜の国に住む皆にも、魔霧を受けて魔族と化した人たちにも。皆、明日の予定があったんだよ。のんびり昼寝でもしようとか、明日は何を食べようとか。大切な家族や仲間と一緒にさ。でも……お前は奪いかけたんだ、俺から。相棒と、ルーナと一緒に生きる明日を」


 ここまで語って、過去の自分にも少しだけ腹が立ってきた。

 何が「ルーナが死なないと思っているし、そう信じている」だ。

 現に相棒は殺されかけたし、今だって辛そうに横たわっている。

 神の力を軽んじていた訳ではないが、己の楽観視と想像力不足に吐き気すら覚えた。

 ……それにかつて、神竜帝国で働いていた中で、あらゆるストレスに対する耐性は獲得していたつもりだった。

 あの悪環境の中では、泣き言を吐いても変わらないと、できるだけ淡々と目の前の問題や脅威を解決できるように。

 どれだけ周囲の人間に難癖を付けられようとも、家族同然のフェイたち空竜には一切当たらぬよう、努めて心を穏やかにできるように。

 そんな俺の様子を見て、あまり人間らしくないと陰で言われていたのも知っている。

 けれど魔族たちと戦闘になった際、帝国暮らしだった俺がさほど焦らず奴らを相手にできたのも、あれらの心構えのお陰だったと思う。

 なのに……今はただ、怒りを感じて仕方がなかった。

 ルーナや皆の命を脅かすノルレルスに、この状況に、力不足だった己自身にも。

 自覚してしまった以上、この怒りはもう押さえようがなかった。

 久方ぶりに溢れ出た熱い感情は、どうしようもなくぶつかり散らす相手を求めている。

 だから……。

 ──この場で、ありったけ出し切ってやる。


「リ・エデン。リ・シャングリラ。……俺の体は後回しでいい。だからもっと寄越してくれ、その力を。神竜の加護を得て、天上の神族にさえ届く、その権能を!」


 言い切った途端、リ・エデンとリ・シャングリラから爆発的な光が迸った。

 俺の覚悟と感情に呼応するようにして、夜空の異空間を昼のように染め上げていく。

 ノルレルスを赤い月とすれば、俺はきっと白い太陽のようだろう。

 己でそう感じてしまうほどの光量と力。

 ノルレルスは目を細めて後退する。


「レイド・ドライセン……まさか人間風情がエーデルの力をそこまで引き出せるとは。トリテレイアの魔力が魔滅の加護の解放を手伝ってもいるのか……?」


「行くぞ、魔神ノルレルス。寿命を待つまでもなく、体を打ち砕いてやる」


 二振りの聖剣を手に、腰を落として突っ込む構えとなる。

 その時、微かに背後から声がした。

 鈴を鳴らしたような、小さな声。


『レ、イド。いけません、そんな……。怒り任せに、一気に力を解放しては、あなたの身が……』


 自身が酷く疲弊しているのに、そんな最中でもこちらを気遣ってくれる、ルーナの声。

 ──本当、しがない竜の世話係な俺には勿体ないくらいの相棒だよ、ルーナ。

 彼女は俺を好いてくれている、本当に素敵な竜のお姫様だ。

 ……愛にも多くの形があると思う。

 猫精族の親子や、ケルピーの親子が見せてくれたような、家族の愛。

 一緒に戦う友を救い、支えて共に歩む、友愛。

 そして種族すら超えて互いを大切に思うのも、一つの愛だろう。

 柄にもなくそんな詩的なことを考えてしまうのは、きっとカルミアが原因だろう。

 ──そう? 私、今日だけでも色んな好きや、色んな愛があると思ったけどね。性別どころか種族も超えて、皆で楽しく集まって暮らしている。やっぱり素敵なところね、竜の国は。

 いつかの温泉で、彼女は俺にそう語ってくれた。

 カルミアが神族である以上、あれは文字通りの神託でさえあったのかもしれない。

 言い方は人それぞれだろうけれど、誰かを思い動く原動力を「愛」と呼ぶのなら。

 ルーナが俺を愛しい相棒とまで語ってくれたのだから。

 俺がここで身を挺してルーナを守り、ノルレルスを倒さなければ、ルーナへの思いが全て嘘になってしまう気がした。

 だから俺は最後に、唯一無二の相棒へと、こう伝えた。


「ありがとう。……信じて!」


『レイド……!』


 足場を砕く勢いで蹴り、ただ前へと直進。

 向かう先は転生により死をも超越可能な神族、魔を統べる神、闇の頂点。

 奴は腕を鷹揚に広げ、こちらを迎え入れるようでさえあった。

 闇色の外套と血色の意匠は死の闇を連想させ、最早、死を司る神のように思えてくる。


「竜姫との別れは済んだようだね、レイド・ドライセン! 正真正銘、最後の戦いだ。互いに愉しもうじゃないか!」



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