崇拝者正義参
「穴場というから、何か地下とかの隠れ場だとばかり
と思っとたら、こげな場所とは」
黒木が案内したのは、屋形船だ。
数ある屋形船の中では一番質素な船で、水路に浮かんでいる。
アオハルは畳に胡座をかき、柱に寄りかかる。
「これだけある、屋形船の中で俺たちが居るのを特定するのは、難しいだろう、はは、中は中々に広いだろう」
「そげんやけど、ワシらがこの場にいてもよかと?」
「ああ、正義に反感を抱いてるのは、君達だけじゃないよ」
「紀数の旦那さん!」
現れたのは、中肉中背の壮年の男だ。
「正義はね、商売の邪魔なんだよね、まったく運上だけでは飽き足らず御用金まで頻繁に取られる」
「商人の方でしたか、ワシは塚原アオハルと申しますタイ」
「うむ、黒木殿を助けてくれたのは、君か…うむ」
紀数は、アオハルをジッと見つめると、笑顔を浮かべる。
「今時、澄んだ瞳をしておる、どうだね、正義を斬ったら、侍辞めて、私の商売の手伝いをしてみないかい?商売は面白いぞ!」
紀数は、アオハルを気にいったようで、自分の商売の右腕として、引き抜きたいようである。
っが
「…せっかくのお誘いですが、ワシはこの刀と共に生きると誓ってるとです」
「よく言った、やはり、正義に立ち向かうだけある、その心構えは、私も見習ないといけない、うむ」
うんうん、頷く、紀数にアオハルは疑問を呈す、この人はどうして、自分達に力を貸してくれるんだろうと
「その、紀数さんは黒木さんとどう言った関係なのですか?疑って悪かぁですが…ワシは知りとうとです」
「うむ、紀数は字でね、本名は紀伊國屋数左門、聞いた事ない?私としては、そこそこ有名だと思ってるが…」
紀数は、胸を張り自慢げに言うが、アオハルには…
「申し訳なか、ワシ…商売や商人の方はあまり知らなくて…」
そうか…と紀数は少し落ち込んで、自分もまだまだだなと言うが、黒木が堪らず、フォローに入る。
「塚原君、流石に紀数の旦那さんを知らないのは、モノを知らなさ過ぎる、旦那さんはさっきの運上や御用金について話しただろ?商売で俺が勘定所で融通利かせたりしてたんだよ、まあ、悪くいえば癒着と言えるがね」
「まあ…そうでもしないと、この国で大きな商売は出来ないからね、うむ、蜜柑を大陸に売りに行く時も、正義がいちゃもんつけられたが、黒木殿達が必死に説得したお陰で、出来たし…何よりお陰で儲けられたよ」
実は、この正義による蜜柑騒動は、大陸にいる商人とこの国にいる商人が商売によって、繁盛する事によって、自分の世界による影響が、微々たるものであっても弱まる、恐れがあったとされた。
真偽は定かではない、ちなみにこの極東の蜜柑は、元々、大陸から伝わったものが、突然変異で変わったものらしい。
「まあ、紀数さんが味方なのは、ワシからしたら、力強いタイ、しかし、よく正義の妨害に遭いながら、そんな商魂もてるのは凄いバイ」
「うむ、そうなんだけれど、大陸に寄った時の話しなんだけれどね、正義は大英雄なんだ…」
「えっ…そうなん」
「うむ、そうなんだよ、私の見てきた限り、数々の国、大陸には、正義を崇拝してる所があったよ、五千年前、世界を平和にした英雄だと…」
……。
塚原アオハルは黙った。
「俺も知ってる、異国には、正義平和教なるものが、あるらしい…勿論、敵対心を燃やす人もいると…まあ、紀数の旦那さん以外の商人に聞いた話しだけど」
黒木は神妙な面持ちで言う。
塚原アオハルは黙っている。
「うむ、どうして、あんな奴が神格化されて…いや、奴は人ではない、ある意味、当然の流れかも知れない」
紀数は言う。
塚原アオハルは黙っていられなかった。
「当然じゃなかよ、アイツが千年前に、この国に来て以来、死なんでよか人を死に追いやり、黒木さんみたいに尊厳も家族も奪われ、ワシも十年前、姉上…霞姫様を連れて行くのを止められなかった…こうやって…ワシが休んでいる間も姉上は苦しんでいる」
「塚原君…君は、二年前に正義に襲いかかった、霞姫様には、会えなかったのかい?」
「会えた」
塚原アオハルは、声を絞り出すように、悔しさ、無念さ、が感じられる。
「会えたとよ、会えたんだ、会えた……黒木さん、ワシはね、ちょっとした特殊な体質でね、触った相手の経験を知る事が出来るんよ……でな…」
塚原アオハルが、その先を言い淀んだ。
黒木はその様子から察した。
この青年は、自分の事をまっすぐ助けたように、霞姫様に会えたんだと、そして、そこで知ったんだと、自分と同じように、彼女の悲劇を追体験したと
これ以上、聞くのは野暮どころではない、鬼畜の所業だ。
「紀数の旦那さん、飯は用意出来るかい?」
「うむ、勿論、女中さん達に頼んでいるよ、今すぐ、食べるかい?」
「俺は食べます、塚原君、食べるかい?」
「………食べます…」
それならと、紀数が合図で指を鳴らすと、女中達が部屋に入り、三人分の飯を並べていった。
炊き立ての白飯に沢庵漬け、アサリの味噌汁、サンマの塩焼きに冷ややっこだ。
アオハルは合掌し
「いただきます」
っと言うな否や、飯を口に掻き込む。
その様子は、まるで誰かと取っ組み合いしてるような気迫で、すぐに食べ終えると
「ごちそうさまでした」
合掌し、そのまま、柱に寄りかかり目を閉じる。
そして、刺客が、迫ってくるのも、感じた。
刺客の名は、鯰の拳士、十二の角の一人で、素手でありながら、武器持ちにも劣らぬ、鋭い打撃を放つ、驚異の拳士。




