鯰の拳士の矜持参
居合いの構えから、ジッと待つアオハルは、目を閉じた。
諦めたからでは、ない。
五感を研ぎ澄ませる為だ、耳から足場の軋みを聞き、鼻からは、空気の変わり方を、手の触感からは、自身の刀の抜く瞬間の為に合理的な握りを、舌は自身の唾の味さえ、感じる、先程、食べたサンマの脂の味がする、ああ…また食べたい…そして、目は、先の四感が、開くべきと感じた時に開く、そういうものだ。
鯰の拳士は、アオハルの居合いに踏み込めずにいる。
自身がどれだけ、強化されても、踏み込めば、そこに待ち受けるのは、絶対的な死だ。
あの男は、どれだけの鍛錬を積んだのだろう…自分も正義の懐刀として、十二の角の一人として、恥じぬ実力を積み上げて、来た。
黒鬼と呼ばれ、畏怖されている、あの男を倒せば、さらなる高みに、辿り着ける。
その確信は、あると。
だが…しくじれば、今までの自分の生が、全て台無しだ。
今、思えば、自分はなんの為に、生きて来たんだろうと、振り返る。
幼少期、両親を亡くし、行き場を無くしたこの男は、この国では珍しくない、強盗に身を投じた。
最初は、強盗の目付けとして、金を持ってそうな世帯を調べ、それを強盗の組織の指示役に報告する役目だ。
子供だから、警戒されず、調査は容易だった。
あと、組織には本が置いてあった。
それを読むにつれ、変化があった。
そして、成長につれ、少年になったこの男は、自身の矜持について考えた。
このままで、いいのか? 自身は所詮、強盗組織の末端、失敗すれば切り捨てられる身だ。
現状のままでは、良くないと感じた、少年期の男は、組織から逃げた。
だが、まだ、力のない少年期の男は、すぐに組織に捕まった。
不運は、それにとどまらず、丁度、組織を調べた奉行所に組織は、捕まり、御用となった。
御奉行の前に組織の者と一緒に並ばれ、罪状を読まれ、降った審判は、組織の悪質さとやり口に斬首と降った。
だが、そこに、現場見学と洒落込んだ正義は少年だった男に、目をつけた。
御奉行は、正義の権力の前に平伏し、男以外を斬首の刑に処し、男の身柄は正義の預かることになった。
正義は、少年期の男に、自分の力になれと言った。
そして、鍛錬を積ませた。
日々、気を失う程の鍛錬の末、青年期に入った男は、五体が凶器になり、正義のお眼鏡にかなった。
そして、名の無い、男に鯰と名付けた。
鯰のように、泥水の中でも逞しく、生きていける、そのように、なれと鯰の拳士は誕生した。
回想した、鯰のように、逞しく、生きて生きて生きていく、それが、我が矜持だと、眼前の黒鬼にも勝ち、再び、正義から誉れを賜る、承認されたいのだ。
あの方にと、そして、
「参る!!」
鯰の拳士は、アオハルに向かっていた。
居合いの相手は、初めてではない。
刀を抜き、外れても、返す刀で、斬られる。
ならば!!
一撃目で、手甲で受け止め、返す刀の二撃目を捌き、こちらの極限に達している拳で顎を抜き去る。
その一撃で、意識を無くした黒鬼の延髄を足で踏み切る、それで終わりだ。
迫りくる鯰の拳士の思惑とは、裏腹にアオハルは、まだ、まだ、と目を閉じている。
両者が交差した刹那…目を開きったアオハルは、鯰の拳士の懐に潜り込み、刀を握っていた手を滑らせ、肘鉄を見舞った。
予想外の行動に鯰の拳士は、吐血した、こ、この男…体術も一流だと、思い知る。
「きさんは、ワシが刀だけの男だと思っとたんやろ? 甘かねぇ…体術もしっかり仕込まれっとうタイ!」
「確かに我は、貴様を甘く見積もっていた、甘かった…確かに甘かった」
「だがな…きさんの、その甘い見積もりも、絶えず鍛錬した結果なんやろ、視野の狭さもその鍛錬の結果だったんバイ」
「ふふふ…ははは…何だろうな…ここまで、完敗するとは…黒鬼よ、トドメを刺せ…」
「……おう」
アオハルは、刀を抜き、仰向けになっている拳士にトドメを刺すべく、刀を振り下ろした。




