第17話:もう任せられる(下)
午後の見回りは、青札天幕を端から順に回ることになっていた。天幕エリアの入口には医療部から二人の大人が、簡単な応急処置のセットを持って来ていた。
三人で並んで歩く。
月草が真ん中で、深緋が右、鶸が左。医療部がその後ろに続く。天幕の番号を確認しながら、中の様子を順に見ていく。深緋が声をかけ、鶸が補給品の不足を聞き、月草は中に入って毛布や寝具の様子を見る。その間に医療チームが軽い傷の処置をしていく。
役割は最初に決めただけで、あとは自然にそうなった。
五番の青札天幕の前で、月草が一度立ち止まった。天幕の入り口で少し中を覗き、それから振り返った。
「コキア」
「うん」
「あの人、ちょっと」
「どこ」
「奥の左。横になってる人」
深緋は天幕の中を見た。横になっている男性がいる。毛布を肩までかけて、目を閉じていた。顔は少し汗ばんでいる。
「なんか、僕、変だなって思います」
「うん」
「普通に具合、悪いのと、違うって言うか」
月草はうまく言えないけど、と必死に伝えようとしてくる。指ささず、周りに聞こえないよう小さな声で。ただその人を、放っておきたくないという意志を感じる。
深緋は頷いた。
「ツキ、医療チームの人にそのまま説明していいよ」
「はい」
月草が医療スタッフに、身振り手振りで説明している。
チラチラとこちらを見る医療部のスタッフに、深緋は頷く。少し驚いた顔をして、スタッフは月草と天幕の奥へ入っていった。
医療チームと共に月草は男性のそばに近付き、屈んだ。男性は目を開けて、月草を見た。
「ご気分、悪いですか」
「……少し」
「ここ、痛いんですね」
「……分かるのか」
「あの、僕は、できるなら、緑札へ移動した方がいいと思います。この傷から、中が壊れ始めちゃってて……」
ああ、なるほど、と医療スタッフも小さく頷いた。
「今、担架用意するので、後は私たちで引き取ります」
「……はい! ありがとうございます!」
「いえ、ありがとう、月草」
月草は「えと、お大事にしてください」と辛そうな男性に声をかけて、パタパタと深緋のところへ戻ってきた。深緋の横ではもう一人の医療スタッフが端末であちこちへ移送の手配をしている。
鶸も補給を確認しながら、こちらを見てニヤッとしている。
「コキア」
「おかえり」
「僕、ありがとうって言ってもらえました」
「うん」
間もなく、担架と緑札天幕のスタッフが一緒に来た。
「月草ですか、気付いたのは」
「はい、えっと、傷から中が壊れちゃってるんです」
「……なるほど、そうですか」
男性は担架で緑札の天幕へ運ばれていく。
ちらっと深緋も視てみると、月草の見立てが正しいことがわかる。
深緋たちはまた見回りに戻った。鶸は補給ストックを数えながら鼻歌を歌っている。月草は天幕の毛布を確認し回っていた。深緋は引き続き天幕の中の人々の顔を見ながら声をかけていく。
*
補給品の追加を取りに医療車両の脇を通ったとき、深緋の耳に中の声がたまたま聞こえた。
「えっ、あの子、もう振り分け任せられるの?」
知らない医療スタッフの声だった。深緋は思わず歩みがゆっくりになる。
「そう、月草はもうできるみたい」
「まだ入ったばっかりだよね。え? 早くない? すごいな」
深緋はゆっくり通り過ぎた。聞いてしまったが、聞かなかったことにする。
と、思ったら、隣の鶸がじーっと見つめてくる。
「……なに」
「コキア」
「ん」
「今の、聞いた?」
「聞いてない」
深緋は目を逸らす。
「嘘」
「聞いてない」
「ボク聞いた」
鶸はニヤニヤしていた。深緋は横を向いた。
「ツキは?」
「青札に忘れ物したってー。取りに戻ってる」
「じゃあ、ツキは聞いてないね」
「聞いてない」
「ならいいか」
深緋もようやくニヤッとした。
鶸は足取りが軽い。深緋も意識してなかったけど、きっと同じようなものだった。
天幕の撤収の手伝いをする。
青札の天幕はそのまま避難所として残されるが、白札と緑札の一部は順次撤去される。深緋はロープを束ねながら、空になった白札天幕を見た。三日前まで、ここに人が並んでいた。今はもう、誰もいない。行くべき助けのある場所へ。
「コキア」
月草が呼んだ。
「ロープ、これも?」
「うん。それも」
「分かった」
月草はロープを抱えて、深緋の隣に置いた。それから、少し息をついて座り込んだ。座り込んだというより、しゃがんだ。疲れているのは確かだった。
「ツキ」
「うん」
「今日は、よく頑張ったね」
「……うん」
月草はそう言って、青札天幕のほうを見た。子どもたちが枝で絵を描いている。母親たちが布を畳んでいる。終わりかけていたけれど、まだ続いている暮らしに変わった。
鶸が走ってきて、月草の隣にしゃがんだ。
「ツキ」
「うん」
「明日帰ったら、施設でなに食べたい?」
「……えと、ミートソースです」
「ボクはねー、ハンバーグだな」
「ヒワはいつもそれだ」
「ハンバーグおいしいし、チーズハンバーグは正義」
「チーズハンバーグってなに?」
月草が首を傾げる。
「ツキはまだ食べたことなかったっけ?」
「はい」
「えっとね、ハンバーグにチーズが入っててねー」
「仕事しな、ヒワ」
深緋にピシャリと言われて、鶸はふくれた。月草はその顔を見てくすくす笑い出した。鶸も釣られて笑った。深緋も呆れた顔で「手を動かしな」と言いながら笑っている。ロープを束ねる手は緩んでいた。
空が赤くなっていく。天幕の影が長く伸びる。天幕の向こうから、炊き出しの匂いがしていた。誰かが子どもを呼ぶ声がする。日常に近い音だった。任務は終わっていない。けれど、終わりに向かっている。
深緋は最後のロープを束ね終え、立ち上がった。
「戻ろうか」
「うん」
「うん」
三人で、駐屯地へ歩いた。また月草が真ん中だった。いつの間にかそうなったな、と深緋は思った。
(了)
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