第17話:もう任せられる(上)
三日目の朝は静かに、空が薄く晴れていた。
第七地区外縁の空はうっすらと白く、天幕の群れの上を風が抜けていく。炊き出しの煙が風に流れている。深緋が目を覚ましたとき、すでに一次受入用の白札天幕の一角は畳まれ始めていた。受け入れ直後の人々が休むための場所は、もうほとんど役目を終えている。もう新しく逃げてくる避難民が、いなくなったからだ。
初日の張りつめた空気はもう薄れて、天幕の間を歩く人の数も減った。深緋は支給品の箱を抱え直しながら、白札の天幕前を通り過ぎる。配った毛布が畳まれ、隅に積まれている。受け入れの担当者も、もうここにはいない。
「コキア、それどこ運ぶの」
背中側から鶸の声がした。振り返ると、両手に水のタンクをぶら下げた鶸が立っている。タンクは満タンらしく、肩が少し下がっていた。
「青札の三番」
「じゃあ一緒。ボクこれ、四番」
「重そう」
「マジ重い」
鶸はそう言いながらも歩き出した。深緋は箱を持ち直して横に並ぶ。
青札天幕の並びに入ると、空気が変わる。青札の天幕は、治療の必要がない人々が暮らす。怪我もなく、避難所での生活を送っている。子どもの声、鍋を擦る音、毛布をはたく音。三日目になって、そこには少しずつ生活の形ができていた。
「コキア」
「ん」
「ツキは?」
「青札の二番で手伝ってる」
「ふうん」
鶸はそれだけ言って、四番の天幕へ入っていった。
深緋は三番の天幕へ箱を運び入れ、担当の救護員に渡した。受け取った女性が、丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございます、深緋」
「いえ」
「もう少しで支給も落ち着きますか」
「たぶん」
短く返して、深緋は天幕を出た。陽が少し高くなっている。空気の中に、初日にあった血や怪我の匂いはもう残っていない。この辺りは、人々が暮らしている匂いになっている。
となりの二番天幕に月草の姿が見えた。布の束を抱えて、避難民の老婦人と話している。何かを聞かれているらしい。月草は少しだけ首を傾けて、丁寧に頷いていた。
深緋はその姿を一度見て、また歩き出そうとした時、月草がこちらに気付いた。
「コキア」
「ん? 大丈夫そう?」
「あのね、ちょっと擦り傷のあるような人もいるんです。どうしたらいい?」
「そっか……医療部に声をかけておく」
「ありがと」
深緋は支給品の搬入を一巡させてから、医療部の車両へ顔を出した。中では大人の職員が記録を取っていた。
「深緋、お疲れさま」
「午後も南一班は、青札天幕?」
「そうです。お願いします」
「分かりました。あと、午後から二人くらい、医療部のスタッフの人来れますか? 軽傷だけど傷の手当てしてほしい人が何人かいます」
「わかりました。急ぎの業務はないので、午後に行かせます」
「ありがとうございます」
職員はそう言って、また紙面に目を落とした。大人と子どもの間で、命令はない。ただ、お願いされて、お願いに応えるのが子どもたちの役目。
医療チームの車両を出ると、ちょうど鶸が空になったタンクを引きずってきた。
「コキアー、ボクたち午後どこー?」
「青札の見回り」
「ツキも?」
「ツキも。三人で」
「やったねー」
鶸はタンクを元の位置に返して笑った。
*
昼食はたっぷりの野菜と卵の入った大きなカップのスープと、包みが配られた。包みの中にはおむすびが入っていた。天気も良く、誰からも何も言われなかったので、天幕の裏の日陰で三人並んで食べた。なかなか屋外で食事することはなくて、三人とも少しそわそわしながら、空の下で昼食を食べる。
月草はおむすびを両手で持って、少しずつかじっている。鶸は二つ目に手を伸ばしながら、ニヤニヤとツキに話しかけていた。
「ツキ、また捕まってたね」
「えっ」
「二番の天幕のおばあちゃんに」
「……あ、あの方、えと、寂しいみたいで」
「助けてーって顔してたじゃん」
「ごめんなさい……全然、僕、お仕事手伝えなくて」
月草は少し困ったような顔をして、スープをちびちび飲んだ。深緋はおむすびを一つ食べ終え、水を飲んだ。
「大丈夫だよ。ツキのやり方で」
「そうそうー!」
「でも、ご迷惑かけてないでしょうか?」
「でもおばあさん、嬉しそうだったの、ぼく見てたよ」
「あ……コキアもそう思いますか?」
「うん。だから大丈夫」
月草はカップの中のスープを飲み干して、ふう、と息をついた。そして「そっかぁ」と小さく呟いた。
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