第08話:沿岸の町(下)
昼食は、車両の脇に戻って取った。支給された包みを開ける。中身は、薄く切ったパンにチーズとペーストを挟んだものと、固いビスケットのようなもの。それから水筒。
月草は包みを膝の上で開いて、しばらく中身を見ていた。
「ツキ、食べないと午後もたないよー」
「うん」
月草が一口かじった。それから、もう一口。鶸はもう半分食べ終わっている。深緋は自分の分を半分残して、水筒の蓋を開けた。支給されるこの固いピスケットは、結構食べづらい。
「ツキ、食べられる?」
「……うん」
「食べないと、働けないからね」
食べたくない気持ちはわかる、と思いつつ、深緋は言った。
月草は、残ったビスケットを少しだけ見て、無理やり一枚食べていた。
「えらいえらいー」
こういう時の鶸は褒め上手だ。
待機位置の一つは、通りの角だった。古い倉庫の壁に背をつけて立つ。深緋と月草が、そこに配置された。鶸はもう一つ先の角。
道の途中で、おばあさんが一人、縁側に座っていた。膝の上で、何かを縫っている。白い布だった。赤い糸。
鶸が、ぺこりと頭を下げた。
「こんにちはー」
おばあさんは、顔を上げて、よそよそしく笑った。何も言わなかった。鶸も、それ以上は何もしないで、また歩き出した。
午後の巡回の後、軒下に、三人で並んで座った。鶸は水筒の蓋を開けて、ぐびぐび飲んだ。
「つかれたー」
「歩いただけだよ」
「コキアは歩いただけって言うけどさあ、ツキ、けっこう歩いたよね?」
「……うん」
月草は、自分の靴の先を見た。土で汚れていた。施設の床では絶対につかない汚れ方だった。
「コキア」
「ん」
「任務って、こういうの?」
月草は、質問してから、ちょっと考えて言い直した。
「うんと……僕、戦うのかと、思ってた」
深緋は、ちょっと悩みながら答える。
「戦う日もあるよ」
「うん」
「でも、ほとんどは、こういうの」
「……そう」
「……戦うとかは」
「今日はない」
「うん」
月草は、それからしばらく自分の爪先を眺めていた。
鶸が、横から覗き込んだ。
「ツキ、戦いたかった?」
「ううん」
「だよねー」
鶸は笑った。月草も、つられて少しだけ笑った。
通りの向こうで、誰かが家の戸を開ける音がした。中から、湯気が見えた。鍋か何かだろう。すぐにまた戸が閉まった。吊り下げられた模様の小さな飾りがカランカランと音を立てた。
月草がその戸の方を見ていた。深緋も同じ方を見た。何も起きなかった。
「ヒワ、コキア」
「ん」
「あの家の人、お昼ごはん作ってる」
「うん」
「……」
「ふつうだね」
「ねー」
月草はそれで満足したらしく、少しニコッとしてまた壁に背をつけた。深緋もそうした。壁はひんやりして気持ちよかった。
移動中、月草が小さな声で言った。
「ヒワ、さっきの札、なんだったの」
「あー、ドアとかの? お守りみたいだねー」
「何のおまもり?」
「……んー」
鶸は少し考える。
「ボクもよく知らないけど、悪いもの避けみたい」
「うん」
月草は頷いて、それ以上は訊かなかった。鶸もそれ以上はわからないようだ。深緋は二歩前を歩いていて、振り返らなかった。
午後の待機位置は、水路に近かった。水の音が低く続いている。月草はその音が気になって、ちょこちょこ覗いたりしていた。
「ツキ」
「あ、はい」
「靴、濡らさないようにね」
「うん」
深緋は、水路の縁から月草の立ち位置を少し内側へずらしてやった。
水路の向こう側にも家が並んでいた。一軒の二階の窓に、布の吊り飾りが下がっているのが見える。今朝見たのとは少し違う形。色は同じ赤。月草はそれを良く見ていた。
短時間の巡回が、午後にもう一度あった。水路沿いを端まで歩いて、折り返す。すれ違う住人はいなかった。鶸が前を歩いて、月草が真ん中、深緋が後ろに着いた。月草の歩幅は、朝より少しだけ落ち着いていた。
夕方近く、本日の任務終了の連絡が来た。誘導線は維持された。通路は確保された。住人の避難動線は、今日のところは使われなかった。それで、良かったのだ。
車両に戻る途中、隣を歩く月草が言った。
「コキア」
「ん」
「今日、なんにもなかった」
「うん」
「これでよかったの?」
「うん」
深緋はそれ以上説明しなかった。後ろから鶸が、「なんにもないのが一番だよー」と言って、月草の鞄の肩紐を直してやっていた。またねじれていた。
「ヒワ、なんで直すの上手いの」
「えー、上手い?」
「うん」
「ツキの紐がねじれやすいだけじゃないー?」
「……そうなの?」
車両に乗り込む。月草が窓際に座った。深緋はその隣。鶸が通路側。
月草は、窓の外を見ていた。地区の入り口にあった小屋を通り過ぎる時、戸口の上の札がもう一度見えた。
「明日も来るの?」
「来る」
「うん」
月草が少しだけ目を閉じた。
車両が走り出す。駐屯地まで、少し時間がかかる。
しばらくするとぐっすり眠ったのか、月草は深緋に寄りかかって、すうすう寝息を立てていた。




