↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
67/94

第06話:検査の日(上)

 目が覚めた瞬間、今日が検査の日だと思い出した。


 深緋《こきあ》は、しばらく天井を見ていた。部屋はまだ薄暗く、窓の外も白く曇っている。胸と喉の奥が、重苦しく詰まったような感じがする。検査の日は、起きた時から身体が重たくて億劫だ。何度繰り返していても、変わらない。

 毛布をめくって、床に降りてスリッパを引っかける。

 はす向かいのベッドで、鶸《ひわ》が毛布を頭まで被っているが、足は出ていた。隣のベッドでは、月草《つきくさ》が布団の中で目だけ開けて、こちらを見ていた。


「ツキ、おはよ」

「……おはよう」

 返事が小さい。

「起きた?」

「……うん」


 月草はゆっくり起き上がった。寝癖は鶸ほどついていないものの、ボサボサだ。。眠れなかったのかな、と深緋は思ったものの、口には出さなかった。検査の前で、たぶん今の月草はもう十分緊張している。


「ヒワ、起きて」

「あー」

「起きないと朝ごはん間に合わない」

「うーん」


 毛布の中から、くぐもった声がする。


「検査の日、朝はちょっとでいいから食べな」

「わかってるー」


 毛布の山が、もぞもぞ動いた。鶸が顔だけ出した。前髪が変な方向に跳ねている。月草と目が合うと、弱々しく笑った。


「ツキ、おはよー」

「……おはよう」

「緊張してる顔してるー」

「……ちょっと」

「初めてだもんね。だいじょぶだいじょぶ、すぐ終わるよー」

「じゃあ、ヒワは早く起きてね」

「うっ……」


 鶸は痛いところを突かれた、とばかりに胸を掴んでみせた。わざとらしいな、と深緋は思ったが、そっとしておいた。

 洗面所へ行って、顔を洗う。顔を洗ってタオルでしっかり押さえていると、頭の中の、ぼんやりした霧が少しだけ薄れた。鏡の中の自分は、いつも通りの顔をしているはず。


    *


 朝食はいつも通り半分にした。

 スープに浸したパン、果物は軽く。検査の前は、食べすぎないほうがいい。でも食べないのも良くない。

 月草はパンを少し齧って、それから手が止まっていた。鶸はスープを一口飲んで、その後静かになっている。


「ヒワ、半分は食べな」

「食べてるー」

「ぜんぜん減ってないよ」

「いま食べるー」


 鶸はやけくそ気味にパンを大きく齧った。口の端にちょっとジャムがついた。月草が、それを見てふふっと笑った。

 朝から月草の表情が固かったので、少し深緋はほっとした。


「ツキも半分は食べな。少し食べた方が楽だから」

「……うん」


 月草は林檎をサクッと小さくかじって、ゆっくり噛んだ。


 心なしか、食堂の人数が少ないような気もする。食堂フロアでは繋がっている東棟のメンツが今日は少ない。最近ちょくちょく聞く、南区の沿岸方面の任務かな、と深緋もゆっくり噛みながら林檎を食べる。


    *


 織部《おりべ》に連れられて、中央棟の医療フロアに到着すると「ではまた後で迎えに来ますね」と三人は残された。

 検査エリアまで行くと、職員がやってきて説明がある。


「順番は鶸、深緋、月草の順に進めますね。月草は初回だから、最後で」

「うっわ、はーい……」

「……はい」

「ツキ、こっちに座って待とう」


 待合のベンチに腰掛けて、鶸は足をぶらぶらさせた。


「ボク、一番最後が良かったなー」

「ヒワは最後が良いって、いつもいうね」

「だって最初だと、最初じゃん」

「どういうこと?」

「やだなー」


 鶸はしばらくむすっと膨れていた。


「コキアー、このベンチ、ずいぶんちっちゃくなったね」

「ヒワが大きくなったの」

「あー……そっか」


 深緋と鶸の会話を聞きながら、月草は二人の間に座って落ち着かない様子だった。膝の上に手を置いたり、それからその手を握ったり、座り直したりしていた。

 検査室の引戸が開いて、呼ばれた。


「鶸」

「……はーい」


 鶸はゆっくり立ち上がり振り返って、にっと笑った。

「いってきまーす」

「いってらっしゃい」

「……いってらっしゃい」


 深緋と月草が、口々に返事をする。

 扉が閉まった。

 待合は静かだった。月草が、深緋のほうを見た。


「……コキア」

「ん」

「……ヒワは、平気なの?」

「検査?」

「……そう」

「うーん、そうだね。ヒワは、がんばり慣れてる」

「……ふうん」

「ぼくも同じ」

「……コキアも、がんばる?」

「うん」

「……」

「ちょっとがんばるよ」


 月草は、しばらく黙って考えているようだった。ベンチの座面を指で押して凹ませたりして、もじもじしている。


「……ぼく、初めてだから」

「うん」

「……ちょっとだけこわい」

「そうだよね」

「痛い?」

「ちょっと痛い」

「……うん」

「でも、がんばり終わったら、一緒に部屋に帰ろう」

「うん」


 扉が開いた。鶸が出てきた。

 顔色が悪い。いつもと同じだった。だが、よれよれと月草に笑ってみせていた。


「コキアの番ー」

「うん」


 深緋は立ち上がった。鶸は、深緋と入れ替わりにベンチに腰を下ろして、月草の隣で深く息を吐いた。そしてベンチに寝転がった。


「ツキー」

「……」

「ボクは生きてるよー」

「……うん」

「だいじょぶだよー」

「うん」


 深緋は、検査室のドアを閉めた。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

続きも読んでみたいと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけるとうれしいです。


月・木 朝7時過ぎに最新話を更新しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。