第06話:検査の日(上)
目が覚めた瞬間、今日が検査の日だと思い出した。
深緋は、しばらく天井を見ていた。部屋はまだ薄暗く、窓の外も白く曇っている。胸と喉の奥が、重苦しく詰まったような感じがする。検査の日は、起きた時から身体が重たくて億劫だ。何度繰り返していても、変わらない。
毛布をめくって、床に降りてスリッパを引っかける。
はす向かいのベッドで、鶸が毛布を頭まで被っているが、足は出ていた。隣のベッドでは、月草が布団の中で目だけ開けて、こちらを見ていた。
「ツキ、おはよ」
「……おはよう」
返事が小さい。
「起きた?」
「……うん」
月草はゆっくり起き上がった。寝癖は鶸ほどついていないものの、ボサボサだ。。眠れなかったのかな、と深緋は思ったものの、口には出さなかった。検査の前で、たぶん今の月草はもう十分緊張している。
「ヒワ、起きて」
「あー」
「起きないと朝ごはん間に合わない」
「うーん」
毛布の中から、くぐもった声がする。
「検査の日、朝はちょっとでいいから食べな」
「わかってるー」
毛布の山が、もぞもぞ動いた。鶸が顔だけ出した。前髪が変な方向に跳ねている。月草と目が合うと、弱々しく笑った。
「ツキ、おはよー」
「……おはよう」
「緊張してる顔してるー」
「……ちょっと」
「初めてだもんね。だいじょぶだいじょぶ、すぐ終わるよー」
「じゃあ、ヒワは早く起きてね」
「うっ……」
鶸は痛いところを突かれた、とばかりに胸を掴んでみせた。わざとらしいな、と深緋は思ったが、そっとしておいた。
洗面所へ行って、顔を洗う。顔を洗ってタオルでしっかり押さえていると、頭の中の、ぼんやりした霧が少しだけ薄れた。鏡の中の自分は、いつも通りの顔をしているはず。
*
朝食はいつも通り半分にした。
スープに浸したパン、果物は軽く。検査の前は、食べすぎないほうがいい。でも食べないのも良くない。
月草はパンを少し齧って、それから手が止まっていた。鶸はスープを一口飲んで、その後静かになっている。
「ヒワ、半分は食べな」
「食べてるー」
「ぜんぜん減ってないよ」
「いま食べるー」
鶸はやけくそ気味にパンを大きく齧った。口の端にちょっとジャムがついた。月草が、それを見てふふっと笑った。
朝から月草の表情が固かったので、少し深緋はほっとした。
「ツキも半分は食べな。少し食べた方が楽だから」
「……うん」
月草は林檎をサクッと小さくかじって、ゆっくり噛んだ。
心なしか、食堂の人数が少ないような気もする。食堂フロアでは繋がっている東棟のメンツが今日は少ない。最近ちょくちょく聞く、南区の沿岸方面の任務かな、と深緋もゆっくり噛みながら林檎を食べる。
*
織部に連れられて、中央棟の医療フロアに到着すると「ではまた後で迎えに来ますね」と三人は残された。
検査エリアまで行くと、職員がやってきて説明がある。
「順番は鶸、深緋、月草の順に進めますね。月草は初回だから、最後で」
「うっわ、はーい……」
「……はい」
「ツキ、こっちに座って待とう」
待合のベンチに腰掛けて、鶸は足をぶらぶらさせた。
「ボク、一番最後が良かったなー」
「ヒワは最後が良いって、いつもいうね」
「だって最初だと、最初じゃん」
「どういうこと?」
「やだなー」
鶸はしばらくむすっと膨れていた。
「コキアー、このベンチ、ずいぶんちっちゃくなったね」
「ヒワが大きくなったの」
「あー……そっか」
深緋と鶸の会話を聞きながら、月草は二人の間に座って落ち着かない様子だった。膝の上に手を置いたり、それからその手を握ったり、座り直したりしていた。
検査室の引戸が開いて、呼ばれた。
「鶸」
「……はーい」
鶸はゆっくり立ち上がり振り返って、にっと笑った。
「いってきまーす」
「いってらっしゃい」
「……いってらっしゃい」
深緋と月草が、口々に返事をする。
扉が閉まった。
待合は静かだった。月草が、深緋のほうを見た。
「……コキア」
「ん」
「……ヒワは、平気なの?」
「検査?」
「……そう」
「うーん、そうだね。ヒワは、がんばり慣れてる」
「……ふうん」
「ぼくも同じ」
「……コキアも、がんばる?」
「うん」
「……」
「ちょっとがんばるよ」
月草は、しばらく黙って考えているようだった。ベンチの座面を指で押して凹ませたりして、もじもじしている。
「……ぼく、初めてだから」
「うん」
「……ちょっとだけこわい」
「そうだよね」
「痛い?」
「ちょっと痛い」
「……うん」
「でも、がんばり終わったら、一緒に部屋に帰ろう」
「うん」
扉が開いた。鶸が出てきた。
顔色が悪い。いつもと同じだった。だが、よれよれと月草に笑ってみせていた。
「コキアの番ー」
「うん」
深緋は立ち上がった。鶸は、深緋と入れ替わりにベンチに腰を下ろして、月草の隣で深く息を吐いた。そしてベンチに寝転がった。
「ツキー」
「……」
「ボクは生きてるよー」
「……うん」
「だいじょぶだよー」
「うん」
深緋は、検査室のドアを閉めた。
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