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第04話:あかい傷あと(上)

 暗闇が怖かった。

 光った。

 白い光だった。すぐそばで光った。

 音は、あとから来た。耳のなかで、何かが膨らんで、破裂した。

 止まらなかった。何かわからないものが、止まらなかった。抑えても抑えても、指の先から、ずっと外へ、何かが出ていく。引っこめようとしても、引っこまない。蛇口がこわれた水道の水みたいに、ずっと、出ていく。

 透明な壁が、近い。

 誰かが、立っていた。

 その誰かが、吹き飛んだ。軽かった。人がそんなふうに飛ぶのを、はじめて見た。

 声が聞こえた気がした。自分の声だった。


「――ツキ」


 肩を、軽く揺すられた。


「ツキ、ツキ。だいじょぶ?」


 月草つきくさは目を開けた。

 部屋は暗かった。天井の隅で、常夜灯がぼうっとオレンジ色に点いている。それが見えた瞬間、ここはホームの寝室だとわかった。

 隣のベッドから、ひわが毛布ごと横に来ていた。髪が片側だけぺしゃんこになっている。


「……ヒワ」

「うなされてた。すごい汗」

「……ごめん」

「いいよー。水のみな?」

「ありがと……」


 鶸は「んー」と言って、また毛布に潜った。すぐに寝息になった。早い。


 月草は、しばらく天井を見ていた。心臓が、まだ少し速い。汗が気持ち悪い。

 毛布を握ると、指が冷たかった。


    *


 朝の食堂は、まだ半分眠そうな空気の中でも賑やかだ。


 パンと、ベーコンと卵、温かいクリームスープ。

 鶸が「今日のクリームスープ、豆入ってる……」と言って、深緋が「残さないんだよ」と言って、鶸が「えー」と言った。それでひと通り終わった。

 月草は、パンをちぎって、スープに浸した。やわらかくなったところを口に入れた。味は、ちゃんとした。


「ツキ、今日たまご残しちゃうの?」

「あ……」

「残しちゃうの?」

「……食べます」


 月草はたまごをフォークで割って、口に運んだ。鶸が「よし」とうなずいた。なにが「よし」なのかわからなかったけれど、鶸はだいたいいつもそうだ。

 深緋こきあがこちらをちらりと見たが、何も言わずに自分の食事に戻った。


    *


 午前は地下で訓練の日だ。

 班ごとに、的に魔法を命中させる課題を行う。


 月草も一緒だったが、まだ基礎段階だ。

 コントロールできる出力が月草にはほとんどない。まだ手の中で、ぽっと出て、消えるくらい。今はそれでいい、と先生は言う。当てるまで行かなくていい。まずは、出して止める、その感覚を覚える段階だから、と。


 鶸が先に前に出た。ヒュッと手刀のように振った手から、小さな風が飛んで的の真ん中でパンと弾けた。


「やった」

「キレイだね」

「コキアもやってよー」

「うん」


 深緋が手をあげた。赤い光が手の中で大きくなる。

 月草は、思わず数歩、下がった。

 後ろについていた黒鳶くろとび先生にぶつかってしまった。


「あ。ごめんなさい」


 慌てて、前に半歩出た。

 手を上げて集めていた深緋の大きな炎は、もう消えていた。深緋はこちらを見ずに、軽く前に出した手から、シュルッと長く尾を引く炎の塊を、遠くの的の中心に当てていた。そしてもう次の構えに入っていた。


 月草の番が来た。

 手をあげた。指先にちりっと、振動が集まる感じがあったが、止まってしまった。

 出せない。出すのがこわい。

 もう一度、ぐっと手をあげてのばした。

 背骨からの魔法の通り道を意識する。指の先へ流れていくように考える。爪の先が振動して熱くなった所で、肩がビクッとして何もできなくなった。


「……」

「月草?」

「……すみません」

「無理しなくていい。今日はそこまでにしよう」


 黒鳶は静かに言った。月草は手を下ろした。手のひらに、べたべたした汗をかいていた。ちゃんとできなかった。悲しくて下を向いてしまう。


 鶸が振り向いて、「ツキー、どした?」と言った。月草は首を横にふった。鶸は「んー」と言って、それ以上は聞かなかった。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

続きも読んでみたいと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけるとうれしいです。


月・木 朝7時過ぎに最新話を更新しています。

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