第01話:ツキの朝(下)
廊下は静かだった。
朝の廊下は、いつも少し冷たい。空調の音が、低くずっと鳴っている。三人で歩くと、足音が三つ分する。鶸が一番うるさい。スリッパではなく室内靴に履き替えているのに、それでもうるさい。
「きのうのコーンスープ、おいしかったよね! 二回もおかわりした」
「知ってる」
「見てたー?」
「うん」
「ふふ」
深緋は鶸の半歩後ろを歩いていた。月草はそのまた半歩後ろにいた。並んで歩くというより、ゆるい一列だ。
角を曲がる。南棟のステーションの前が集合場所だ。少しずつ眠そうな子どもたちが集まってくる。ステーションのカウンターにもたれてる子。制服は引っ掛けているだけの子。鶸が「おっはよー」と声をかけて話している子もいる。月草は名札をチラチラみるけれど、とても覚えられなそうだ。
「ねえねえ、ツキ、今日のパン、丸いやつかなー」
誰かと話していたと思った鶸が、急に話しかけてくる。
「丸い……ですか?」
「丸いやつだといいなー」
「おいしいんですか?」
「フワッフワなんだよ、あれ!」
月草は「へえー」と返事をした。鶸は別に、それ以上の答えを待っていなかった。次の話題に移っていた。丸いパンは知らなかったので、ちょっと楽しみになった。
どんなパンだろう?きつね色かな?白いかな?雲みたいなのかも?と想像してしまう。
時間になって、ステーションの大人が中央棟の食堂まで誘導する。子どもだけで移動してはいけません、と月草はここに来て最初に教えられた。怖いから一人で出るなんて思いもよらなかった。
*
食堂が近づくと、いい匂いがしてきた。パンの匂いと、たぶんコンソメのスープの匂いと、何かを茹でている匂い。月草はその匂いを、一度深く吸い込んだ。お腹が急に減ってきた。だんだん子どもたちの賑やかな声が響いてくる。
たくさんのみんなが、ここで暮らしているんだ、と思った。「今日一日座学だよぉ」「待機来週だっけ?」「沿岸側の班、まだ戻ってないらしい」と色々な声が聞こえてくる。ちょっぴりドキドキするけれど、二人がいたらきっと大丈夫。そう思ったら、お腹がきゅるっと鳴った。
深緋が、ちらりとこちらを見た。何も言わずにニコっと笑ってくれる。月草は自分が食いしんぼうみたいで、少し恥ずかしくなった。
食堂の扉の前で、鶸が立ち止まった。
「あ、丸いやつだ!パン」
ガラス越しに、配膳台の上のかごが見えた。丸いパンが並んでいた。
「やったー」
「よかったね」
「ツキ! 丸いやつだよー」
「うん」
白くてふわふわした、雲のようなパン。こんなの、初めてみた。スープの大鍋からは湯気があがっている。扉の向こうは、朝の光がいっぱいに入っていた。
先頭の誰かが扉を押し開いた。中の音が、いっぺんに広がってきた。誰かが笑っている声。トレーを置く音。スプーンの音。
月草は、その音の中へ、二人のあとから入っていった。
(了)
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