EX01話:近道(上)
あれは凄惨な事故だった。
私もあの日、南六班で合同作戦に出ていた。
今でも時々、夢に見る。私の中の琥珀や千草は、今も少しずつ表情を変える。笑ったり、呆れたり、走り出したり、ふと黙り込んだりする。
これはその事故の話ではない。
あの子の話だ。
*
深緋が南棟に来た時のことを、私はよく覚えている。
たまたま偶然、ステーション前で見かけただけだった。まだ西棟から織部に連れられてきたばかりで、ぼんやりと立っていた。暗い赤い髪が印象的で、小さくて、細くて、何よりその大きな目が忘れられなかった。痛々しいほど張り詰めていた。子どもの目ではなかった、と言ってしまうと大げさだろうか。
あの子の張り詰め方は、少し違った。
傷つけられないように、戦いの場にいるような目をしていた。
怖がっているのではなかった。
大きな二人のいる班に入れるには馴染まないんじゃないか、と思った。
あの班の二人は、よく言えば落ち着いていて、悪く言えば子どもらしさを早めに手放した子たちだった。穏やかな子たちだったが、たぶん子どもをうまく解くことができるタイプではなかった。だから心配したのだ。あんな小さくて張り詰めた子が、あの静かな班でやっていけるのか、と。
杏に話したら、「ムラサキは心配性だね」と笑われた。
たしかに、私は心配性だったと思う。今でもそうだ。
深緋は笑わなかった。
泣きも、怒りもしなかった。
いつも大人の言う通り素直で、真面目で、優等生で、そして張り詰めていた。廊下ですれ違うと、きちんと立ち止まって会釈をする。そんな子だった。私は何度か、すれ違いざまに小さく手を振ってみたことがある。あの子はそのたびに、少し戸惑った顔をして、それでもちゃんと会釈を返してきた。律儀すぎる子だ、と思った。
班の二人が大人になって、配置転換でいなくなった時も、深緋はまばたきひとつで受け入れたと、後で聞いた。
平然としていた、と。
本当にそうだったのかは分からない。
私はその場にいたわけではないから。
ただ、その後で見かけても、深緋の目は何も変わっていなかった。
そのあと深緋は、空いた南一班へ移ることになった。
*
深緋は南一班の、ちょうど同じ年代の琥珀と千草と一緒になった。
琥珀のことは、説明しなくても、たぶんあの頃に南棟にいた子はみんな覚えている。
いつも明るく笑っている子だった。目がなくなるくらい、くしゃくしゃに笑う子。子どもたちはあまり班を超えて交流する機会がないにも関わらず、琥珀はなぜか色々な班の子と仲が良かった。廊下を歩いていると、あちこちから「コハク」「コハクー」と声がかかる。本人はそのたびに振り返って、嬉しそうに手を振っていた。
千草は、その隣でいつも少し困ったように笑っている子だった。琥珀が走り出すと、「待って」と言いながら追いかける。琥珀がよく喋るので、千草は聞き役のように見えたが、実際は千草の方が先に何かに気づくことが多かったと思う。そういう役割が自然にできる子だった。
二人が揃えば自然と、まわりが太陽に当たったように、暖かく明るくなる存在だった。
ある日、私は渡り廊下で、深緋が琥珀と千草に挟まれて歩いているのを見た。
深緋が顔を緩めて、不器用に笑っていた。
驚いた。
あの張り詰めた目をしていた子が、笑っている。上手な笑い方ではなかった。口元だけ、ぎこちなく動かしているような、覚えたての笑い方だった。でもそれは、笑顔だった。
ねえ、深緋って笑えたんだ、と思わず杏に報告して、「何それ、いちいち報告しないでよ」と呆れられて、笑わられた。
それでも私は、その日のことをよく覚えている。
琥珀がそばにいると、深緋は少しずつ笑うようになった。
ゆっくりと、不器用に変わっていったのを、折に触れて目にすることが多かった。
*
ちょうどあの時期は、内戦が激しくなっていた。
私たちの任務も、実戦が増えてきていた。私たちの班も同じだった。出動の数が増えて、装備の点検の時間が長くなって、食堂で顔を合わせる回数が少しずつ減っていった。
あれは、本当に不運で、不幸な事故だった。
私もあの日、南六班で合同作戦に出ていた。
爆撃があった。地面が揺れた。今でも、目を閉じれば思い出せる。煙の匂い。誰かの叫び。崩れた壁の隙間から差し込んでいた、やけに白い光。見てしまった部分がある。見なかったことにした部分もある。記憶というのは不思議なもので、覚えていたいことほどぼやけて、忘れたいことほど鮮やかに残る。
作戦が終わって、帰還した時には南一班はいなかった。
南一班が運ばれた、という情報が入ったのは、それからしばらくしてだった。
くわしくは書かない。書けることでもない。
ただ誰も話さないコンテナ車両の夜が、とてつもなく長かった。
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