表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
47/62

第23話:抑制フレーム(下)

 鶸の力は、もともと桁が違う。だから、本気で暴走させたら危ない。深緋も青藍も、ずっと知っていた。

 でも鶸自身が、一番苦しそうだった。涙で顔がぐしゃぐしゃだった。

 青藍は、しゃがんだまま動かなかった。声は、静かだった。鶸から、目を逸らさない。


「ヒワ」

「落ち着いて」

「……っ」

「ヒワ?」


 鶸は、目を開けていた。 けれど、その視線は、もうどこを見ているのかわからなかった。

 部屋の空気が、もう一段階重くなった。そして鶸の髪がどんどん眩しくなっていく。


 深緋は、たまらず飛び出していた。


 青藍の声がした気がした。


 そのまま鶸へ飛びつくみたいに腕を回した。ぐっと、強く抱き締める。鶸の身体の方が少し小さい。だから、深緋でも抱え込めてしまった。

 

「ヒワ!」


 鶸の身体が熱かった。空気が暴れていた。胸が焼けるみたいに苦しかった。

 それでも深緋は、大きく息を吸った。この部屋の中は魔法を使えないよう制御されている。胸が焼けるように痛い。無理やり力を通す。何重にも自分たちの上から、強い拘束の魔法帯を巻きつけ、鶸の風と光を閉じ込める。

 胸の奥が焼けるみたいだった。それでも、深緋は離さなかった。


「ねえヒワ、ぼくだって、同じ気持ちだから!」


 声が震えた。言葉が、続かなかった。

 叫んだ瞬間、深緋の身体の隙間から光が溢れた。


 肩口。

 指の間。

 抱き締めた腕の隙間。

 光が、滲むみたいに漏れ出していた。鶸の声にならない声が耳元で聞こえる。

 室内で無理やり力を使う感覚に、深緋は息を詰めた。苦しい。漏れ出す鶸の力も強い。体が焼けていく。


 施設の外では、あんなに気持ちよく使える魔法が、ここでは苦しい。

 制限されたこの空間も、鶸を抑え込むために魔法を使うことも。


 少しずつ鶸の周囲で暴れていた風が、わずかに鈍る。

 鶸は、深緋の腕の中でもがいた。深緋は、力を緩めなかった。

 緩めた瞬間、 鶸がどこかへ行ってしまう気がした。


「ヒワ……!」


 深緋の声は、もう泣きそうだった。


「ねえ、帰ってきて……!」


 鶸が、震えていた。どこかへ向いていた視線が、少しだけ戻ってくる。暴れている風が少しだけ緩む。

 その瞬間、医療スタッフが端末へ叫ぶ。


「抑制フレーム搬送! 南棟居室、出力異常!」


 鶸の視線が、少しだけ動いた。


「……セイラン?」


 ひどく幼い声だった。


「うん」

「ここにいるよ」


 青藍は、短く答えた。

 鶸の身体から、力が抜けていった。


「……行かないで」


「隔離室、空けてもらってください」


 医療スタッフは、廊下の方へ一歩出て、無線の端末を口元に近づけた。声は低くて、深緋たちには聞こえなかった。


    *


 鶸は完全に落ち着いたわけではなかった。出力は、まだ皮膚の下で、うねりながら不安定に動いていた。ただ、暴れる力はもう、残っていなかった。


「ヒワ」


 深緋は、抱き締めたまま、もう一度名前を呼んだ。

 鶸は、答えなかった。深緋の上着の前を、片手で弱く掴んでいた。


 少しして、廊下から金属の擦れる音がした。医療スタッフが、ようやく部屋の中に入ってきた。今度は、ゆっくりだった。鶸の側にしゃがんで、鶸の手首に、指を当てた。脈を見ているのだと、深緋はぼんやりと気づいた。


「鶸は、隔離室で少し預かります」

「フレームで抑制するのは、出力が落ちるまでの間だけだから」

「……はい」


 スタッフは、それ以上の説明はしなかった。

 たぶん、これ以上説明できないのだ、と深緋は思った。

 手早く抑制フレームが装着されていく。ぐったりと力の抜けた鶸は、人形のようにも見えた。


「ヒワ、ここで待ってるね」


 鶸は、答えなかった。深緋の上着を掴んでいた指が、ゆっくり離れた。

 医療スタッフが、鶸を支えて立たせた。鶸は半分支えられて、ドアの方へ歩いた。途中で一度だけ振り向いた。青藍の方を見た。青藍は何も言わず、いつものように苦笑混じりに笑ってみせた。

 ドアが閉まった。

 織部は、部屋に残った。


「コキア、大丈夫?」

「……はい」

「傷は」

「……平気です」

「後で迎えにくるので、医療部へ行きましょう」


 深緋は、頷いた。

 織部は、それ以上何も言わずに、ドアを閉めた。


    *


 急に静かになった。

 部屋の中は全部がバラバラだった。


 深緋は、立ち上がる気力がなかった。

 青藍は、鶸の座っていた椅子の前に、まだしゃがんでいた。誰もいない椅子に向かって、しゃがんでいた。


「セイラン」


 深緋は、呼んだ。

 青藍は、すぐには返事をしなかった。

 しばらくしてから、ゆっくり立ち上がった。


 鶸のベッドの前に、薄い上着が落ちたままだった。今朝、鶸が脱ぎ捨てたものだった。青藍は、それを手に取って、畳んだ。畳んでから、どこに置いていいかわからないように、しばらく持っていた。

 最後に、鶸のベッドの上にそれを置いた。

 ベッドの上の毛布は、朝、鶸が蹴って起きたままだった。片足ぶんだけ、めくれていた。

 深緋は、ぼんやり見ていた。


「コキア」

「……うん」

「無茶すんな」


 ため息と一緒に、青藍が言う。


「でもあれが一番よかったでしょ」


 深緋は自嘲的に笑ってしまう自分が嫌だった。


「……見せろ」


 青藍は、深緋の側に来た。

 深緋の腕や胸元は、上着の下で少し赤くなっていた。傷ではなかった。鶸の出力に焼かれた、火傷だった。鶸の強い出力が、深緋の体にくっきり残っていた。この後腫れてくるだろう。

 青藍は、上着の袖を、ゆっくり戻した。


「コキアも馬鹿なことするんだな」

「するよ」

「ここで魔法使うの、普通無理だぞ」

「ぼくつよいから……」

「ヒワか」


二人でちょっぴり笑った。


「あとで、織部にちゃんと医療部に連れてってもらえよ」

「うん」

「すぐなおるよ」

「うん」


 深緋は、頷いた。

 青藍は、鶸の椅子には座らずに、ただ立っていた。深緋は、ベッドに腰掛けたまま、テーブルの上を見ていた。テーブルの上には、男性が置いていった薄い紙が、まだあった。誰も、まだそれを片付けていなかった。

 昼の光が、窓から入って部屋は明るかった。


「セイラン」

「ん」

「ヒワ、間に合う?」

「……」

「戻ってくるよね」


 青藍は、しばらく答えなかった。

 黙って、倒れていた自分の椅子を、ゆっくり引いて、座った。そして静かに言った。


「わからない」


 それだけだった。

 深緋は、それ以上は聞かなかった。

 鶸のベッドの上の、畳んだ上着が、光の中で、少しだけ薄く影を作っていた。

 部屋は、もう、いつもの南一班の部屋ではなかった。


(了)

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

続きも読んでみたいと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけるとうれしいです。


毎日お昼12時過ぎに最新話を更新しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ