第02話:適性の確認(上)
翌朝、鶸は朝食に遅刻した。
食堂に深緋と青藍が並んで座ったとき、鶸の席はまだ空だった。トレーの上に湯気の立つベーコンと野菜のスープと、今日のパンが置いてある。ホームの食事はいつも温かくて、量がたっぷり足りて、おいしい。
青藍はため息混じりにぼやく。
「さすがにあれだけ起きないと、置いて行かざるを得ないな」
「昨日の帰りはあんなに眠そうだったのに」
「ヒワは移動中に寝るから、夜に眠れなくなるんだろ」
「そうかもしれない」
青藍がスープを一口飲み、深緋もパンをちぎった。
隣のテーブルでは、年下の子たちがきゃっきゃと笑っていた。「今日は格別にうるさいな」と深緋は思い、そっと眉をひそめる。
しばらくして、鶸が食堂に駆け込んできた。髪が少し乱れている上、ちびっ子たち並みの喧しさで。
「ごめんー! 遅れたあー!」
「やっと目が覚めたか?」
「ちがうー! オリべに廊下で捕まって少し長くなった」
「どうしたの?」
「昨日の任務のこと聞かれた。保護した子たち、変わった様子はなかったかって」
鶸は言い訳をしながらトレーを置き、スープを一口飲んで「あっつ!」と言った。やかましい。
「あの子たちが落ち着いてるかどうかは、俺たちにはわからないけどな」
青藍がパンをちぎりながら言った。
「受け入れの担当に聞いた方が早いはずなのにな」
「それはセイランの言う通りだけどさー」
鶸は答えつつ、にやにやしている。
「でも聞きたかったんじゃない? 直接連れてきた、ボクら南一班にさ」
ちょっと自慢げに言う鶸を横目に、深緋はパンの残りをほおばった。
「コキアもそう思わない?」
「あの後……あの子たちどうしてるのかなとか思ってる」
「ああ」
ぽつりと呟いた深緋に青藍が相槌を打つ。少し間があった。
「受け入れ手続きって、具体的に何するんだろ? ボク、全然覚えてないからさー。来た時はちっちゃかったし」
深緋は何も言わない。
青藍は食べ終えて、鶸がじっと返事を待っていることに気づくとため息をついた。
「健康診断と、あと適性の確認」
「適性?」
「魔法の。あと、性別分化の測定」
「あー…」
鶸も目を落として、朝ごはんの続きを食べ始めた。
適性の確認。それであの子どもたちが、この先どこに行くかは決まる。
*
午前中は訓練だった。
中央棟の地下には広い訓練室がある。天井が高くて、床には緩衝材が敷いてある。壁の中には、訓練室を包むように魔法吸収剤が埋め込まれていると聞いていた。素材の臭いなのか、少し鼻につく臭いがする。
訓練室の壁際には、的やディスクなどの訓練器具が並んでいた。壁や天井には、固定された番号入りの的がある。
その日の訓練には、朽葉と黒鳶の二人がついていた。
朽葉は四十代くらいの男性で、短い髪に白いものが混じっている。寡黙な朽葉が訓練の内容を決め、若い黒鳶が子どもたちについて見ている。
「深緋、右足の重心を引きなさい」
「はい」
朽葉に言われて、深緋は右足を手前に引いた。
左の手のひらに炎を溜める。水を汲むように橙色の火が湧き上がり、手のひらの上で小さな塊になった。
「六番」
朽葉が指したのは、壁の高い位置にある的だった。
深緋は手を前へ振る。炎は長く尾を引いて飛び、六番の縁をかすめた。的の上で火の粉が散り、壁へ届く前に消える。
「そこじゃない」
「はい」
深緋はもう一度、手のひらに炎を集めた。
「コキア、もうちょっと右」
頭の上から鶸の声が降ってきた。
「ヒワは自分のやりなよ」
「やってるよー」
鶸は床から二メートルほど浮いていた。
その周りを、三枚の軽いディスクがすいすい回っている。風を細かく当てながら浮かせた状態で、ゴールまで運ぶ訓練だった。
「今、二回目だもん」
「一枚、下がってるよ」
「下がってないって」
言ったそばから、一番後ろのディスクが傾いた。
鶸は「わ」と言いながら慌てて手を振る。足元から風が巻き上がり、ディスクは勢いよく持ち直したが、そのまま三枚ともゴールを遥かに飛び越えた。
「あ」
「飛び越してるじゃん」
「見ればわかるしー」
深緋が笑うと、鶸は空中で頬を膨らませた。
「ヒワ、速すぎるから三枚ばらばらになってるぞー」
飛び越えたディスクを拾いに走りながら、黒鳶が声を上げた。
「先生、ボクは速さの確認を入念にしています!」
「確認できたか?」
「できました!」
「じゃあ次は、三枚そろってゴールまでな」
「はーい」
「おいコキアは、六番だぞ」
ちらっとこちらをみた黒鳶に言われ、深緋は慌てて的へ向き直った。
「わかってるから」
手のひらの炎を少し小さく絞り、もう一度すばやく撃つ。
橙色の塊はまっすぐ飛び、六番の中心を叩いた。
「入った」
「おおー」
青藍は二人から少し離れた、床に描かれた赤い円形の訓練マーキングの中に立っていた。
両手を前へ出すと、印の周りの空気がわずかに揺れる。
「青藍、円周の防壁維持」
「はい」
赤いマーキングのラインを囲むように、見えない壁が立っていた。
朽葉が細い棒を手に取り、正面からゆっくり押し当てる。棒の先が何もない場所で止まった。
「右側の空気の歪みが少し薄い。このままだと押し抜ける」
「はい」
青藍が右手をわずかに振ると、指先の動きに呼応するように空間がきしんだ。
空気の揺らぎが濃くなり、棒はそれ以上進まなくなった。
「はい、鶸、そのまま中に落とす」
鶸のディスクが、ようやく三枚そろってゴールへ近づいた。
鶸は風を絞った。ディスクが縦に並び、一枚ずつゴールの輪の中へ降りていく。
「はー、できた!」
鶸が着地する。勢いが残って、一歩、二歩と前へよろけた。
「最後が雑! 前をちゃんと見て」
「えー、せんせー、ボクちゃんとできたからいいでしょ?」
「着地まで合わせて合格だぞ」
「クロトビ先生きびしいー」
鶸は文句を言いながら、もう一度ディスクを並べた。
深緋は水を飲みながら苦笑した。
訓練室に、昨日連れてきた子どもたちの姿はない。来たばかりの子は、まず別の場所で過ごす。
何に時間がかかるのかは、あまり考えたくなかった。
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