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第18話:わかってる(上)

 青藍せいらんの壁の輪郭が、また揺らいでいる。


 深緋こきあは、炎の柵を北北東側へさらに狭めながら、合流地点を何度も振り返って確認していた。青藍の壁は、暗がりの中ではあまり見えない。揺らぐ夜気が、そこだけ硬くせき止められている感覚と匂いでわかる。普段なら、その硬さは均一だった。

 それが今夜は、揺れていた。


 硬さが均一でなくなる瞬間が、何度か来ていた。揺れて、また硬くなる。しばらくすると揺れて、また硬くなる。青藍が何度も防御壁を張り直している。

 深緋はぐっと、ため息をつきたいのを飲み込んだ。


 子どもは、合流地点の手前まで来ていた。顔は伏せたまま。膝は何度か折れかけたが、その度に止まって、また歩き出した。膝を付きかけて、立ち上がって足を進める。

 それを確認すると、深緋は青藍の防御壁の内側へ、地面を蹴って素早く低空飛行で飛び込んだ。


 ひわは子どもの斜め上を、低い高度で旋回している。影の位置を、子どもの視界の端ぎりぎりに置く。鶸の動きは、今夜も正確だった。


「セイラン」


 深緋は短く呼んだ。


「ん」

「壁、保つ?」

「保たせる」

「……」

「もう少し」


 青藍の「もう少し」が、深緋はわずかに気になった。堪えるような声が。気になったが、対象の子は防御壁の手前まで来ていた。あと十歩。八歩。

 深緋は炎の高さをもう一段上げた。子どもの背丈を越える。逃げ場は前方一方向だけ。火の粉も飛ばない。明るさだけ、子どもの足元へ淡く落ちるように整える。

 子どもが、壁の正面まで来た。あと数歩というところで、足が止まった。一度大きく息を吸って、また止まる。膝が震えていた。鶸が上から滑るように高度を下げて、子どもの少し前へ降り立った。


「もうちょっとだよ」


 鶸の声は、いつもの軽さだった。脅かさない、友達のように。


「あとちょっと。歩こ?」


 子どもは、顔を上げなかった。

 上げないまま、半歩だけ動いた。それで、限界だったらしい。

 膝が、地面に折れた。


 ドンッ!

 空気が音を立ててねじれた。深緋の頬を風が打つ。地面の砂が円を描いて跳ね上がる。

 

 鶸が反射で身体を傾けて、衝撃の隙間を高く飛んで避けた。子どもは反動で半歩、前へつんのめった。そこら中に転がっていた金属の塊が、衝撃に弾かれて、夜気の中を鋭く飛んだ。深緋はその金属片を、目の端で捉えた。

 防御壁の輪郭が揺らぎ、薄くなった部分から、ひゅっと音を立てて金属片が飛び込んできた。半身でかわした。つもりだった。

 左の上腕の外側を、熱い衝撃が入って、抜けた。その後、ぬるい感触が来た。

 

「コキア!」


 青藍の声が、耳元で聞こえた。

 深緋はよろめいたが、まだ任務の途中だ。子どもから目を離さない。


 子どもは、暴走の衝撃を外へ出し切って、その場にへたり込んでいた。膝から崩れて、地面に両手をついている。肩が大きく上下していた。空気の震えは、もうおさまっていた。恐怖の山を越えて、魔力がかなり抜けていた。

 鶸がそっと子どものそばへ降りた。そして、子どもの斜め前で膝をついた。


「もう大丈夫だよ」


 鶸の声は、軽すぎず、低すぎなかった。


「ヘーキ。終わったよ」


 子どもは、答えなかった。激しく背中で呼吸している影と、滴り落ちる汗が見える。小さなその影が、両手を地面についたまま、首を一度だけ、縦に動かした。

 医療側の大人たちが、合流地点の外側から駆けてきた。担架と、毛布。そして金属のがちゃがちゃした音は、魔力を抑制する装具。鶸は子どもの脇に立って、駆け寄ってきた一人に短く言った。


「お願いしまーす」


 大人は頷いて、子どもの肩のあたりに手を置いた。

 鶸は半歩下がった。子どもが大人の手に渡ったのを確認した瞬間、鶸は飛び上がった。


 地面を蹴って、夜空へ一度抜けて、それから真っ直ぐ青藍の壁の内側へ降りた。降りながら、上で旋回する魔力をほどいた。光の粒のような揺らぎが、夜気の中で薄く散って、消えた。

 深緋も、炎の囲いをほどいた。地上の炎の帯が、外側から順に明かりを失っていく。帯のあったラインから、次々と熱くない火の粉がパッと散っていった。最後の一筋が消えるとき、夜の暗さが、また元の濃さに戻った。

 青藍もようやく壁を解いていた。馴染んだ匂いはもうしていなかった。


 深緋は、左腕の方が遅れてズキズキと熱を持ち始めたのを感じた。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

続きも読んでみたいと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけるとうれしいです。


毎日お昼12時過ぎに最新話を更新しています。

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