第17話:北北東へ進め(下)
子どもが動き出してからも、 鶸は上で円を描くように、飛び続けていた。
円の軌道を少しずつ北北東へずらしている。子どもは、上の影が動くたびに、わずかに体の向きを変えていた。怖い方向から、逃げていくように。鶸は、こういう動きを感覚だけで正確に合わせる。
深緋は炎の帯の囲いを少しずつ締めていく。子どもの射程には届かない位置。怪我をさせない。逃げ道はちゃんとわかるように開ける。
合流地点の奥で、青藍の防御壁が立ち上がる気配がした。
見えなかったが、馴染んだ青藍の魔力の匂いがする。深緋は自分の炎をコントロールしながら、背中で感じた。
「コキア」
端末越しに、青藍の声がした。短い指示用の通信だった。
「ん」
「東に半歩下がって」
「うん」
「ヒワも、もう少し西にずれて」
「はーい」
深緋は半歩下がった。鶸が円の軌道を体ひとつ分、西にずらした。子どもの動きに合わせて、円の位置を変えている。鶸は、暗闇で何を見て動いているのか、うまく説明できないだろう。魔力の流れで位置を取る感覚は、理論として説明しようとすると難しい。
空気が、もう一度震えた。今度は、さっきより小さかった。子どもの肩から漏れる揺れが、少しだけ弱くなっていた。何かにビクッとして立ち止まるたびに、小さな衝撃波が起きている。
「大丈夫」
深緋はもう一度、同じ調子で言った。
「そのまま進んで大丈夫だから」
子どもと距離を取りながら、北北東の合流地点へ移動していく。
子どもは、答えなかった。ただ、ふらつきながら合流地点に近づいて行った。鶸の影がもう一度、子どもの視界の端を横切った。今度は、衝撃波は起こらない。
ほんの少しずつだった。
炎の帯も合流地点側に狭まっていく。
鶸は子どもを合流地点へ追い込むように、上で飛び続けた。深緋は移動しながら、炎の囲いを狭めていく。脛ほどだった帯は、少しずつ高さを増していった。炎の帯は、もう柵の高さになっていた。
空気が震えた。さっきより、また少しだけ小さくなった。動いたからか、子どもの足取りが少しだけしっかりしてきた。
深緋は北北東の逃げ道だけ残したまま、炎の柵をもうひと筋、内側に詰める。詰めながら、一度だけ大きく息を吸った。
北北東の暗がりから、青藍の壁の輪郭が、薄く揺らいで見えた。青藍の防御壁は光ったりはしないが、そこに「壁がある」ことは匂いでわかる。
壁までもう少し距離がある。
深緋はもう一段階、炎の高さを上げた。子どもの背丈を超える高さ。もう姿がはっきり見える。前方の合流地点側だけが、開いていた。
まだ子どもは、深く怯えていた。
顔は伏せたまま。手は硬く握られたまま。空気の震えは、まだ止まっていない。断続的に強い衝撃波も来る。
ただ子どもの足は、ゆっくりと合流地点へ向かっている。
深緋は植え込みの陰で、もう一度息を整えた。
鶸が通信ごしに低く声を出した。
「コキアー」
「ん」
「いける?」
「もう少し」
「うん」
子どもは一度振り向いた。夜の空気が、もう一度大きく震えた。
炎の柵は、高さを保ったまま静かに範囲を絞っていった。
(了)
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