第13話:薄い写し(下)
写しが出来上がるには、思ったより時間がかかった。戻ってきた写しは、紙の束を黄色のテープで本にまとめて、鶸の前に置かれた。
鶸は受け取って、ぱらぱらとめくった。途中で動きが止まった。
「……ねえ、少なくない⁉︎」
声が、思ったより大きかった。大人は穏やかな顔のまま、少しだけ首を傾けた。深緋は鶸の写しに顔を寄せた。きれいに閉じられた束は、確かに薄かった。表紙込みでも、五十枚あるかどうかだった。
「あの本、もっと厚かった!」
「ヒワ、声大きいぞ」
鶸は声の大きさだけ少し落としたが、納得していない顔のままだった。
「だって、もっとあったはずだよ。絵、いっぱい」
大人はカウンター越しに、テープで製本した束を丁寧に整え直して困ったように言う。
「ごめんなさいね。持ち出しできるのはここまでなんです」
「えー、じゃあここでアレの中身見たい」
「中で見るのも、ちょっと難しくて」
「そこも読みたい!」
「気持ちはわかりますよ」
「じゃあ」
「持ち出しはここまでなんです」
受付は、最初と同じ温度で同じことを言った。声は少しも上がらなかった。鶸はカウンターに肘をついて、まだ何か言いたそうな顔をしていた。
「鶸、資料室の方を困らせちゃだめですよ」
鶸は、ぐっと潤を睨んだ。
「ヒワ」
青藍が後ろから肩に手を置いた。
「えー」
「もらえる分、もらっとけ」
「えー」
「文句言うと、次から出してもらえないぞ」
「それはやだ」
「だろ?ちゃんと謝れ」
「……ごめんなさい」
鶸は写しの本をもう一度見て、しぶしぶ抱えた。
受付の人は、穏やかに会釈をした。
「またいつでも来てください」
「うん」
鶸はぼそっと答えた。納得してないとばかりに膨れっつらではあるが。
深緋は写しを一度横から見たが、元の資料の半分くらいに減っていた。
資料室を出るとき、奥のガラス扉の棚の方を、深緋は一度だけ視界の端で見た。先ほどの本は、もう棚に戻っていた。鍵は閉まっていた。
*
帰り道、中央棟の廊下の奥の方で、白衣の大人が一人、子どもを背負って歩いていた。歩き方は、ゆっくりだった。南一班とは別の方向に向かっている、距離は縮まらなかった。
南一班は階段を降りた。鶸は写本を両手で抱えていた。途中で、片手で表紙のあたりを軽く撫でた。膨れた顔は、まだ完全には戻っていなかった。
「ヒワ」
「なに」
「もらった写し、読むだろ、それでも」
「読むよ」
「だろ」
「でも、こんなに少なくなるの?」
「まあなー」
「セイランも、なんでって思うでしょ」
「仕方ないんだろ」
「うん……」
鶸は不満そうに頷いた。
青藍はそれ以上は何も言わなかった。深緋も何も言わなかった。
南棟への渡り廊下に入ると、空気が少しだけ柔らかくなった。窓の外の植え込みが、左手に見えた。今日は曇っていた。白い花の色は沈んでいた。
渡り廊下の途中で、向こうから杏が歩いてきた。隣に桔梗がいた。退紅は少し後ろにいた。訓練に向かうのか大人が着いている。
「あ、南一だ〜」
杏が手を振った。
「キキョウ、見て、南一」
「アンズ、うるさいよ」
「だって〜」
桔梗は小さくおじぎをした。青藍は短く片手を上げた。鶸は紙の束を抱えたまま、バサバサと手の代わりに紙を振った。
すれ違うとき、退紅がぽやっとした顔で、鶸の抱えている紙の束を見た。
「ヒワ、それなに」
「写し」
「うつし……?」
「うん」
「ふうん……なんかすごい」
退紅はそれ以上聞かなかった。
三人は中央棟の方へ歩いていった。杏の声が、しばらく廊下の奥で聞こえていた。
南一班は部屋に戻った。鶸はベッドに転がって、紙の束を開いた。膝の上で広げて、最初のページから順に見ていった。さっきまでの不満顔は、少しだけ薄れていた。
「セイラン」
「ん」
「これ、絵はちゃんとある」
「だろうな」
「絵だけ見るのもいいかも」
「いいんじゃないか」
「うん」
青藍は机に座って、本を開いた。深緋は窓のところに立った。植え込みは、やはり今日は色が褪せて見えた。
しばらくして、机に座った。課題のレポートを書かなければいけないことを思い出して、ノートと鉛筆を出したがまるで進まない。
鶸が紙の束をめくる音が、ベッドの方から続いていた。一定ではなかった。途中で止まったり、戻ったり「ふうん」とひとりごとを呟いたりしていた。気に入った絵があったのかもしれなかった。
窓の外で、風が一度動いた。植え込みの花は、揺れたあと、ゆっくり元に戻った。
夕食まで、まだ少し時間があった。
(了)
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