第10話:消えた集落記録(上)
翌日、鶸は朝食の時間も寝ていた。
深緋が顔を洗って部屋へ戻ると、青藍がステーションから戻ってきたところだった。手には持ち帰り用のサンドイッチを三つ持っている。検査翌日、鶸は起きたらお腹が空くだろう。
青藍はサンドイッチを丸テーブルに置いて、自分の分を一つ取った。深緋はゆっくりポットでお湯を沸かし、お茶を淹れる。とはいえマグカップに、食堂からもらったティーバッグを入れてお湯を注ぐだけ。
「ヒワは」
「まだ寝てる」
「そっか」
青藍はサンドイッチを半分くらい食べて、残りを紙に包んで机の端に置いた。そのままお茶を少しずつ飲んでいる。深緋も自分の分を食べた。半分残した。残りは鶸の分と一緒にテーブルに置いた。
窓の外は曇っていた。風はあまりなかった。
昼食まであと一時間ちょっとというところで、鶸が起き上がった。寝癖がひどかった。
「……おなか、すいた」
「サンドイッチあるぞ、テーブルに」
「うん」
鶸はベッドから降りて、丸テーブルのところまでよれよれと歩いた。途中で一度、足元の靴につまずきかけた。青藍が顔を上げて、何も言わずに見ていた。鶸は両手で包みをむいて、その場で立ったまま半分食べた。残りは口に入れずに、しばらく手に持ってぼんやりしていた。
「ヒワ、座れ」
「うん」
鶸は椅子に座って、残りを食べた。それから、テーブルの縁に頬を乗せた。手がべたべたになっている。
「水は」
「飲んだー」
「いつ」
「たぶんさっき」
「飲んでないだろ」
「飲むー」
答えた鶸の目は、ほとんど開いていない。
青藍はコップに水差しから注いで鶸の前に置いた。鶸は両手で持って、一口飲んだ。それで満足したように、またテーブルの縁に頬を乗せた。しばらくしたら目が覚めてくるだろう。深緋は鶸のマグカップを出してぬるめにお茶を淹れてやった。砂糖は二つ。
*
夕方、洗濯物を出しに行った。部屋からでも出せるが、ランドリー室に出した方が早く戻ってくるし、今回は量も多い。遠征任務で着ていた分を、まとめてランドリー袋に入れてあった。それぞれ自分の分を抱えて、廊下を歩いた。鶸は半分眠そうな顔のままだった。
食堂の隣にあるランドリー室の前には、他班の子も何人かいた。東二班の常盤が、ランドリー袋を出しているところだった。
「あれ、南一」
「うん」
「お前ら、検査どうだった」
「いつもと同じで、ヘロヘロしてる」
「だよなあ」
常盤は短く笑いつつ鶸を見て、「お前、回復早いなあ」と言った。
「そうだよー」
「ベニはまだ寝てるのに」
「でも、いつだってベニトーは寝てるじゃん?」
「確かにそうだわ」
常盤は呆れた顔で「じゃ」と片手を上げて、廊下を歩いていった。
深緋は袋を返却口に渡して、空になった袋を持ったまま、しばらくぼんやり立っていた。
食堂の入口で、東十一班の三人が入ってくるのが見えた。一人が南一班の方をちらりと見て小さくおじぎをし、それからすぐに別のテーブルへ向かった。前に見かけた時よりは落ち着いていた。
三人はいつもの席に座って夕食を食べた。豚肉とじゃがいもにんじんの煮付けに、ご飯と味噌汁だった。鶸はまだ少し眠そうだったが、食欲はあるらしく、ご飯も豚肉もじゃがいももきれいに食べた。煮付けの汁までご飯にかけて食べたのに、にんじんだけは半分残した。
帰り際、配膳の大人がトレイを受け取りながら、鶸に「今日はにんじん完食できたの?」と声をかけた。
「半分ー」
「半分?」
「うん、半分」
「次は完食しなさいねぇ?」
「えー」
鶸は目を逸らしながら、笑ってそそくさと逃げていった。
*
翌朝、鶸は目を覚ますなり、丸テーブルに貸出延長してもらった図鑑を広げていた。
遠征へ持っていけないと聞いてから、帰ったらすぐに続きを見るのだと何度も言っていた本だ。深緋が顔を洗って戻ってきたときには、鶸は寝癖もそのままに、椅子の上で図鑑へかじりついていた。
「朝からそれか」
「だって、ずっと続き読みたかったんだもん」
青藍は青藍で、同じく貸出延長してもらった地誌をめくっていた。
部屋の中はそれぞれ別のことをしているのに、なんとなく落ち着いていた。鶸がテーブルにいて、青藍が机にいて、深緋が自分の机に向かっている。
誰も同じものを見ていないのに、同じ空間にいる。深緋はそういう時間が好きだった。お湯を沸かして紅茶を淹れ、自分の机へ持っていった。それから引き出しから紋様集と色鉛筆を取り出し、蔓の先に小さな渦巻きがついた植物の文様を開いた。何色にしようか少し迷ってから、薄い緑で塗り始める。
しばらくして、鶸が「あ」と言った。
深緋は顔を上げた。鶸は図鑑のあるページに指を置いていた。
「これ、見てこれ」
「なに」
「これ!」
鶸は図鑑を抱えて、深緋の机の方へ寄ってきた。青藍も机から立って、後ろから覗き込む。
ページに描かれていたのは、四本足の獣だった。首から背中にかけて長い毛が流れていて、尾の先が二つに分かれている。角がある。角は真っ直ぐではなくて、根元から先にかけて緩やかに渦を巻いていた。
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