第八話 廃墟②
『月光の邸』、ゲーム内では終盤に挑むことを推奨されているステージだ。ゴーストとバットのような雑魚モンスターを始め、リッチ、首無し騎士のような強い(お前らがボスやれ)魔物もいる。
そんな強者溢れるこのステージのボスはルナ・ヴァイアを始めとした吸血鬼だ。彼等彼女等は高い身体能力、魔法、再生力を持ち合わせた魔人族で、攻略には相当苦労した………あ、はは………二カ月消し飛んだ………それだけあればもっと有意義な時間の使い方ができたのに………。
まぁそんなことはどうでもよくて。本来ここのボスだったルナを僕が保護したから、このステージも大きく変化していた。先ず、ボスが入れ替わっている。原作ではルナの右腕だった吸血鬼、ダルバート・イサナがこのステージの新ボスになっていた。
つい最近まではいなかったのに、急に登場したことをグランツさんから差し出された依頼書で気付いた………いないほうがよかったよ、ホント。とはいえ、出てきてしまったものはしょうがない。このまま放置すると被害が出る、その要因の一端を担ってしまったものとしては、何もせずに黙っているのは目覚めが悪い。だからこうして来たくもない所に来たのに………。
「囚われるのは聞いてない」
十字架で貼り付けられ鎖で縛られる、そんなプレイの趣味はない。まるで囚われのお姫様だよ、僕はヒロインになった覚えはない。
「ルナがいたのに………」
こんなことにならないよう、元はここを治めていたルナに解決してもらおうと思っていたのだ。NPCから聞いた裏話によると、ルナと他の吸血鬼では天と地ほどの差があるって言っていたのに………『バタフライエフェクト』の影響だろうか、ルナが虚を突かれるなんて………いや、考えてみれば当然かもしれない。
最前線で戦い続けた原作のルナ・ヴァイアと、日頃から惰眠を謳歌するパラレルワールド、僕が介入して変わってしまった世界のルナ・ヴァイアでは戦闘力に差があるのは必然。
ボスの皆に任せてしまえば、いつもどうにかなっていたので今回も余裕だと慢心していた。石橋を一万回は叩いて渡る、このゲームをする上で絶対に忘れてはいけないことを忘れてしまうとは………一生の不覚。
「ふむ。思ったより簡単に捕らえられたな………【英傑】と名高い【帝王】のクランマスターにしては弱すぎる………敢えて弱者の振りをしている?それとも影武者?あるいは………」
悔しがる僕を見上げながら呟くダルバートは、怪訝そうな顔をしていた。悪かったね弱くって!これでも努力はしたんだよ、でも無理だった。才能も伸び代も平均から出るか出ないかくらい、要は平凡中の平凡だった。ファンタジー世界に来たから俺TUEEEEを期待してたのに………ぴえん。
「………この状況で随分と落ち着ている、肝が据わっているな」
まぁ、うん。だって僕が抵抗したところで無駄なのは知ってるし、この状況では、ルナにしかダルバートを倒せないのは知ってるから。変に慌てずに大人しくするべきだよ、経験談ねこれ。とはいえ何もせずに黙ってるのも暇だし………一発なら耐えるからちょっと話してみようかな。
「あの、質問してもいいですか」
「………この状況で、か?肝が据わっているのか、どれともただの阿保なのか………」
恐る恐る聞いてみたら呆れた顔をされた。そうだよね、そんな反応になるよね。でもね知っときたいことがあってさ、それがこの先の展開に影響を及ぼすかもしれないから、一応聞いておきたい。
「………まぁいいだろう。黙しているだけというのも暇だ。何でも聞け、答えられる範囲で話そう」
「ありがとうございます」
「………貴様、本当に冒険者か?敵に敬語だけでなく感謝を伝えるなど」
できることなら冒険者辞めたい一般人です。信じられないような顔をしているダルバートだったが、僕の質問は聞いてくれそうだし答えてくれそうだ。
「えっと、じゃあ………どうして僕を攫ったんですか?」
あの時、僕は完全に背後を取られていた。僕が捕らえられてからルナも気付いたくらいの隠密性を持ったダルバートなら、生け捕りにせずに殺すこともできたはずだ。捕虜にするより殺す方が簡単なのは誰もが知っている。あの状況で僕を捕らえる意図は何か、そのことを知りたい。ダルバートは顎に手を当て、考えるような仕草をして答えた。
「ふむ、その疑問は最も………こうして簡単に捕まってくれたのだし、特別に答えてやろう」
遠まわしに弱いって煽られてる………事実だから反論できないけど。優しいのか優しくないのか分からない。
「簡潔に言えば餌だ、彼女を誘き出すための」
「餌?」
「無論、同胞………【闇夜姫】こと、ルナ・ヴァイアである」
「Why? 」
何故ルナを誘き出す為に僕の身柄を?餌扱いよりもそっちのほうが気になるんですけど。
「今、吸血鬼の数が大いに減っている。このままでは吸血鬼は数年後には絶滅する可能性もあるくらいだ」
それは知っている。原作でもその話はあったし、この世界に来て自分の足で歩いてそのことをより深く感じた。吸血鬼は日光、流水、銀の武器などに弱いことが人類に伝わってしまい一時期、吸血鬼狩りが横行した時代があった。
正直、同じ人間から見ても残虐非道だと思ってしまうほどの事だった。十字架に張り付けられ、拷問のように殺される。あまりにもグロテスクで、ゲームプレイ中に気分が悪くなった。今でこそそんな慣習は風化されたが、それでも吸血鬼を奴隷として捕らえようとする貴族や、頑なに吸血鬼を殺すことに執着する層が残っている。
「最強と名高い吸血鬼が死滅する………そんなこと耐えれない、そうだろう?」
「アッ、ハイ」
なんだろう、なんか語気が荒くなってる。同意を求められて反射神経で頷くくらいには戸惑ってる。まぁ当然だとは思うが。同じ吸血鬼が殺されて黙っていられる方が少ないだろうし。自分達も殺されると思えば、感情が高ぶるのも仕方がないだろう。というか、全然僕の捕縛に言及してくれないけど、いつ話してくれるんすか?そんなことを考えていると、突然両手を上げて高らかに叫ぶ。
「だからこそッ、必要なのだ!吸血鬼の旗印が!」
「ん?」
「金髪、紅目、女子ッ!吸血鬼では王族と扱われる証を、彼女は全て兼ね揃えている!」
「あー………」
そういえば、そんな設定あったなぁ。攻略のヒントになるかもって覚えていたけど、結局大して役に立たなかったから忘れてた。
「それ故にッ!彼女が、ルナ・ヴァイアこそ我等が女王に相応しいのだッ!!」
「………言いたいことは分かったんですけど、結局なんで僕を攫ったんですか?」
「決まっている、彼女が貴様に懐いているからだ」
「へっ?」
「非常に度し難い事だが、この国に来てから彼女の情報を調べると貴様が付いて回った。曰く『【帝王】のクランマスターを兄と慕うぶらこん』、『クランメンバーに【英傑】と家族だと、まうんとを取る』などだ………ぶらこんやまうんとという言葉の意味は分からないが、碌でもない事なのは理解できる」
何それ知らない、世間の評判ってそんな風になってるの?ってか誰だよブラコンとかマウントとか広めたの、日本の文化を異世界に持ち込むなんて………完全に原因は僕です、どうもすいませんでした。
「とまぁ、彼女は貴様を何よりも優先する。ならば、貴様を人質とすれば容易く言う事を聞かせられると判断したまでだ」
「えぇー………」
「何だ、その反応は」
「いやだって」
認識が甘すぎやしないだろうか?相手はこのゲーム『Salvation of God』のボスキャラの一体、ルナ・ヴァイアなのだ。ボスキャラはこの世界において反則なのだ。ネームドキャラとはいえ、ボスをそう簡単に御せるのか。ルナにとって僕が人質として扱うに値するのか。懐かれているとは思っているが、そこまでするほどに好感度がある自信がない。
「ふん、コレがあるから問題ない」
僕の顔から疑問を感じ取ったのか、不服そうに鼻を鳴らし、懐から何かを取り出した。紅い宝石のようなものがはめ込まれたブローチだ、金の装飾が施され中央にある宝石が怪しく光っているのを感じる。ってかコレって………。
「『支配の紅石』」
「ほう。まさか一目見ただけで気付くとは………『天授物』マスターとしても名高いと聞いていたが、本当のようだな」
『天授物』、神々が下界にもたらしたとされるアイテム。特殊な効果を持った物品で物によっては、国一つ滅ぼすほどの力を持った特級呪物もあるという。
圧倒的に力がない僕にとって、装備するだけで能力が上がったりするのは非常にありがたい。焼け石に水かもしれないが、少なくとも持っておかないよりかはましだからと、コレクションしている。
因みにゲームでは殆ど課金アイテムだったが、買ったからと言ってゲームの難易度が楽になるということはなかった、返せ僕の五万円。
「貴様が言った通り、この『支配の紅石』を使えば如何に強者揃いの【帝王】といえど支配下における。そうすればこの私の天下だッ!」
うーん、滅茶苦茶調子乗ってる。でも確かに可能性はあるかもしれない。僕はゲーム中この『支配の紅石』をボスキャラに使ったことがない。相手の攻撃が激しすぎて、使っている暇なんてなかったのだ。でも今は状況が違う。問答無用で襲い掛かったゲームと、交渉できるこの世界では勝手が違うのだ………アレ、ひょっとしてピンチ?
ルナがどうにかしてくれると高を括っていたが、ワンチャン、ダルバートに負ける?冷や汗をかき始めた時、僕が囚われていた大広間の扉がバンっと勢いよく開かれた。
「来たな、【闇夜姫】ルナ・ヴァイアッ!さぁ、この男の命が惜しいなら私との契約に応じて―――」
遠くてよく見えないが、どうやらルナが来てくれたらしい。機嫌がよさそうに僕に手を向けながら話していると。
「死んで」
心底冷えるような殺意が襲い掛かってきた。




