第六話 ぺあるっく
「起きたね………って、寝癖直しなよ」
「………オーマに直してもらう」
「ハァ………しょうがないからこっちにおいで?」
「………ん」
僕の仕事部屋でもあるクランマスター室、そこのマスター専用の椅子(何故か玉座)に腰掛けていたら、未だに眠そうなルナが寝癖を直さずに僕の下へやってきた。服は着替えてばっちり決まっているのに、どうしてそこは適当になってしまったのだろうか?
にしても、髪の毛が好き放題跳ねていたら、だらしない雰囲気を感じるのが普通なのに、美少女だとそれさえも美しく見えるのはどうしてなのだろうか。なんともまぁ不公平な話だ、僕なんか身だしなみに凄い気を遣っているというのに。そんな思いとは裏腹に、ルナの髪の毛を丁寧に櫛でほぐす。昔も昔、ルナが僕達の仲間になってからは、よく彼女の髪を手入れしていたものだ。
「なんだか久しぶりかも」
「………最近、私の部屋来なかった」
気持ちよさそうに僕に身を委ねていたルナが、その一言に過剰に反応する。首だけを動かしてジト目で僕を睨んでくる。
「あー………もしかして拗ねてる?」
「………拗ねてないっ」
プイっとそっぽを向いてしまったルナに、苦笑しながら綺麗な金髪を整える。どうやら暫くしていなかったせいで、ルナの機嫌を悪くしてしまったらしい。成長して一人でなんでもできるようになったと思ったが、まだまだ人に甘えたい年頃みたいだ。
この世界だと十歳以上が成人となっているが、しょうがないと思う。ルナはまだ十四歳………日本では中学二年生、未成年どころか義務教育も終えていないのだから。クランハウス内に常に誰かしら居るとはいえ、【帝王】の幹部でもある彼女にはそれ相応の行動が求められる。大勢の人前で寂しいと堂々と言えないのだろう。仕方がない、少し絡んであげよう。
寝癖は既に直し終わったが、彼女の頭を撫でる。ビクッと彼女の体が震えたが、直ぐにもっともっとと頭を僕に押し付けてきて抗議してくる………なんかいい匂いする。今更だがこれセクハラではないだろうか?女の子を膝の上に乗せ(どうして席を譲らなかったのだろう)、本人の許可もなく(頭を撫でる)………うん、ゲームの世界、異世界じゃなかったらマズい。とはいえ、ルナも嬉しそうだし………いいか。なんだか癒される………こんな小動物飼いたかった。
「いや、なにイチャついてるんですか」
突然の冷めた声にビクッとして、ルナを撫でる手が止まった。慌ててルナから視線を外し、声が聞こえてきた方に向けると、明るい茶髪の眼鏡をかけた美人が、呆れた顔で僕とルナを見ていた。
「ロゼ?」
「今朝ぶりです、オーマさん………ギルドから帰ってきたなら報告してほしかったですが」
「あー………ごめん、忘れてた。ギルドから依頼を押し付けられて………」
「尚の事悪いです!受けた依頼は細部まで報告すること………他ならない貴方が作ったルールですよ?クランマスターとして相応しい行動を………」
ロゼの説教に身を縮めて黙って聞くことしかできないでいると、ルナが無言で頭を僕に押し付けてきた。撫でろと無言で抗議しているのがひしひしと伝わってきた。ハイ、分かりました、撫でさせていただきます。ルナをどこか諦めた目で撫でていると、ロゼの視線がより鋭くなった気がした、許して。
ロゼ・ラリティ、【帝王】所属の冒険者兼内政官兼副クランマスターだ。クランマスターの仕事が碌にできない(書類整理、財政管理、マジで無理)僕に代わって、このクランの運営の大半を担ってくれている。マジで助かってます、本当、いつもありがとうございます、頭上がらないっす。
全部の仕事を押し付けているという罪悪感からか、僕はロゼには下手にでるしかない。こうして小言のオンパレードでしかない説教も、黙って聞くくらいには。そうして説教されてから五分、漸くロゼの気も収まったのか、不愛想な顔が少しは和らいだ気がする。
「まぁ、説教はこの辺で………それで?どんな依頼を受けたのですか?」
なんか、小学生がお母さんに「テストどうだったの?」って聞かれてる感覚だ。テストの成績良し悪し関係なしに、心拍数が謎に上がってしまうアレだ。グランツさんからの依頼書を見せながら説明すると、ロゼの顔がしかめっ面に変わった、僕は悪くないと思うけど………一先ず、ゴメンナサイ。
「また面倒そうな………そもそも、それオーマさんが受ける意味あります?」
「まぁいろいろタイミングが良くて………後、僕が行った方がいいと思ってね」
「………ハァ」
溜息と共に額を押さえるロゼ。いつもいつも迷惑かけてゴメンナサイ、反省はしてます。バツの悪そうな顔をしてロゼを見つめていると、諦めたように頷いた。
「分かりました、依頼の詳細な部分は後で聞きます」
「ありがとう、助かるよ」
感謝の言葉を告げて頭を下げようとすると、ルナに抗議された。
「………私のこと、忘れてる」
「忘れてないよルナ、だから膝の上に座るのはやめて」
「………ヤダ」
「そんな子供じゃないんだから………」
「相変わらず、仲がいいのですね」
「………当然、ぶい」
微笑ましいものを見るかのようにルナと僕を見るロゼ。ルナは分かるけど僕なんか見ても癒しはないよ?寧ろイラつくと思う、絶世の美少女の近くにこんなモブキャラいたら。
「まぁ仲が悪いことはないよ、というかお腹減ってきたしなんか食べようか」
「分かりました、お二人の分をご用意します」
「別に僕達が取りに行くからいいよ?」
「いえ、私がやりたい事なので」
またこれだ。フェルスも、カネサダも、ロゼも皆僕を甘やかす。水を取りに行こうとしたら、タイミングを見計らったかのように水(何故かブランド物)を渡してくれるし、疲れたと思ったらマッサージしてくれるし………僕がやったほうがいいよ、絶対。そのことを伝えたら、皆揃って「黙って座っててくれ(意訳:仕事取るな)」と言う。僕のお世話が仕事って何さ、君達(僕も)の仕事は冒険者だろう?とはいえ、こうなったら梃子でも動かぬとばかりに譲らないから、諦めるしかない。
「………なら、任せるよ」
そう告げると、ロゼは一礼してクランマスター室から出ていく。うーん、この仕事できるOL感覚、優秀過ぎて肩身が狭いよ、本当。そんなことを考えていると、ルナが話しかけてきた。
「………私に食事は必要ない」
「何もいらない訳ではないだろう?後、苦手なピーマン食べなさい」
「………断固、拒否する」
「好き嫌いしないの」
魔人族最強とも呼び高い吸血鬼の舌は、見た目相応の子供舌だった件。とういかもう撫でるのやめていいですか?腕が限界なんですが………。目線で訴えてもこっちを見ないルナ、人と話す時は相手の目を見ろ。なんで胸元見て固まっているんだよ………っていうか、様子変?
「………オーマ、服」
「あぁーコレ?最近新調した戦闘服でね、似合うかい?」
ルナが若干暗そうな声色で、僕の服の袖を摘まむ。この服がどうしたのだろうか、似合ってないか?新しく作った完全オーダーメイドの戦闘用の服装、前の服は若干ボロくなってきたので、思い切って変えることにした。
「………前のは?」
「ん?クローゼットの中だけど」
昨日まで着ていた旧式の戦闘服は着ようと思えばまだ着れるし、何だかんだ思い出もあるので取ってあるが………どうしたのだろう。
「………今すぐ、着替えて来て」
「えっ?」
いきなり何を―――そこまで考えて気づいた。あの服、ルナとお揃いだった。二年前くらい、ルナは誕生日プレゼントに何が欲しいかを聞いた時、どういう訳かルナは僕とお揃いの服を欲しがった。そんなものが欲しいのかと思ったが、家族の繋がりを重要視する彼女にとっては、目に見えて残る証が欲しかったのだ。ヤバい、やらかした。
「………アレじゃなきゃ、ヤダ」
うっ!?涙目で無垢な少女が見つめてくる!?だけど、アレ結構破けてるし………。
「………お揃い、ぺあるっくがいい」
僕が教えた現代用語を舌足らずな言葉遣いで話す、可愛い。だが、今更あの服を着ても………。
「………ダメ?」
「………分かったよ、着替えてくる」
葛藤の末、前のにすることにした。決して情に絆されたり、ルナの可愛さに負けたわけではないが、よく考えればまだ着れる服を残しておくのはもったいないからね、うん。
「………ん」
機嫌良さそうに笑いながら頷くルナを見て、僕は一言呟いた。
「可愛いは正義」




