第四十九話 挑戦を見守りたい
「………本当にやるのか?」
「何度も話しただろう、今更止めることなどできない。私は、この熱に従うだけだ」
「………あぁ、クソっ。分かったよ、やってみろ」
夕食時、採れたてだというサラダに舌鼓を打ち、市場で買って来た肉に嚙みつく。至ってありふれた食事光景の中、ドルラスから告げられた言葉に、食卓は静まり返っていた。
『旅に出たい』
席に着くのと同時に、ドルラスが言い放った言葉に父と母は、ついに来たかと思った。ドルラスが外の世界に興味を持っていたのは知っていた。いつから知っていたのかは定かではないが、思えばドルラスが初めて本を買ってほしいと頼み込んできた時から、そんな予感はあったのかもしれない。
何もかもがつまらない、退屈だ、そんな顔をしていたドルラスが、初めて目をぎらつかせて子供らしくおねだりをしてきたあの日から。
(………本当は、家を継いでほしんだがな)
自分がそうであったように、ドルラスには農家の倅として家を継いでいってほしい。だが、ドルラスにはドルラスの人生がある。無理に強要することはできない。若いうちから世界を見て回って、ここでは得られない経験を積んでから家を継ぐのだっていいのだ。
子が離れることに不安はある、心配もある。それでも、本人がやりたいことを応援するが親というものではないだろうか。家によっては違うだろうが、少なくとも自分達はそうすると決めた。
「それで?その夢の実現の為、予行練習として畑のすぐ近くの林で野宿をしたいと」
「あぁ。旅先でいきなり野宿して、何も問題が起きずに成功するとは思っていない。事前準備を行いたい」
「いきなり旅出るって言った奴が言うと、変に説得力あるな」
「褒めても何も出んぞ、精々蓄えた知識だけだ」
「褒めてねぇよ!?皮肉言ってんだよ!後、知識はもういい!お腹いっぱいだ!」
そんなやり取りをして、結局は野宿を認めた。できれば、魔獣が出ると言われているあの林で一泊を過ごすことなどしてほしくはないが、旅先では何が起こるか分からない。野盗の類に襲われる可能性だってあるのだ、今の内に危険がある中、夜に一人で眠ることが如何に難しいのかも体験しておいたほうがいいだろう。
伝えるべきことを伝えて満足したのか、軽快な足取りで就寝についた息子を眺め、妻と二人で過ごした。
「あなた、本当に良いの?」
「良いか悪いかで聞かれたら悪いだろうが………アイツ、頑固だからな。一度決めたことは曲げないだろう。それこそ、アイツが今の夢以上に夢中になれるものでもない限り」
「………そうね」
人生そのものがくだらない、二桁代も生きていない子供がそんな目をして日々を退屈そうに生きていたのを見てきた。そんな息子が、ようやく自分からしたいと言ったのだから、その意志を尊重するべきだ。
「………だけどなぁ。危険だからなぁ、不安なんだよなー。魔獣のいる可能性のある場所でわざわざ野宿しなくても………いやでも、それじゃあ本当に魔獣のいる場所で野宿することになったら困るか?困るよなー………だけど、息子を危険な場所に行かせることを許可するのは、親として失格では………」
「あなた………」
ドルラスの夢を応援するという決意を固めた筈なのに、ぶれまくっている夫を前に妻は何とも言えない微妙な顔をした。夫の言いたいことも分かるが、もう少しバシッとしてくれないだろうか。ドルラスの前で見せた、あの堂々として立ち振る舞いは何処に消えたのだ。
「………よし、決めた。密かに護衛をつけよう」
「護衛って………」
「冒険者を雇う、期間は一日。仕事内容は、息子が無事に予行練習を終えられるまでの護衛。危険な魔獣が息子に傷を負わせようとしたら、即座に仕留めてもらうようにして、決して正体をばらさないように………」
(親バカすぎる………)
自宅のすぐ傍で息子が野営するので、それの護衛として冒険者を雇うとか………自分でやれよ、と思ったが口には出さないでおこう。夫ほどではないが、自分としても不安がないわけではない。無事に息子が、ドルラスが生きてさえいればそれでいい。その為なら、大金を使っても後悔はない。
結局のところ、どちらも親バカでしかないのだが、そんなこと露知らずにドルラスは眠りこけていたのであった。
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「では、行ってくる」
「早すぎんだろ………まだ日が昇り切ってねぇぞ………」
早朝、快眠したドルラスはまだ眠そうな父に向かって、林に行くことを告げた。
「早起きできないとは、農家の名が聞いて呆れる………」
「うるせぇ………こっちはいろいろあって眠れなかったんだよ」
「そうか、大変そうだな」
(お前のせいだよクソが………)
そんなやり取りをして、ドルラスは意気揚々と林へと向かって行った。遠ざかっていく背を眺めながら、深夜にわざわざ冒険者ギルドまで行って依頼を手配し、受理した少しガラの悪い冒険者に護衛を任せた。
「こんな馬鹿げた仕事だが………息子を頼んだぞ」
「任せろ、受けられる仕事がなくて困っていたからな」
「そうなのか?仕事が残っていないとは………随分と活気があるんだな」
「いや違う。俺が一人じゃ仕事できないくらい弱いだけだ」
「お、おう」
大丈夫かコイツ?受けてくれるだけありがたいが………一人では満足に依頼をこなせないとか、人選間違えたか………?不安になっていると、謎めいた木の棒を持った冒険者の男は、屈託のない笑みを浮かべた。
「安心しろ。いざとなったらアンタの息子は、体張ってでも守る」
「………そうか」
今の言葉には少し面を食らった。まさか利己主義者の塊である冒険者が、自分の命を投げ捨てようとする発言をするなんて。そこまで言ったら大丈夫だろう、この男に息子の護衛を任せるとしよう。息子の後を追って林へと向かって行った冒険者に、一抹の不安を抱えながら今日の仕事をこなす。願わくば息子と、あの勇敢な冒険者が危険な目に遭わないように。
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「―――よし、こんなものか」
一から作り上げたテントを前に、流れ落ちてきた汗を拭う。初めて自分の手で、一夜を過ごす寝床を作るというのは想像以上に大変だった。まず、立てる場所を探すところからだった。本に書いてあった内容を思い出しながら、林の中を練り歩いていった。
テントの安定性を確保する為、傾斜がなくて小石が転がっていないところだけでなく、突然雨が降ってもいいように、水はけのよい地面。更に言えば風の影響を受けず、大木の近くを避けるように探し出す。口で言うのは簡単だが、これが中々難しい。
木々が生い茂っている中、なるべく開けて、坂がない芝生を見つけるのにかなりの時間がかかった………結果的に理想に近い場所の確保はできたが、旅の最中で毎度これらの条件に該当するものを見つけるのは難しいだろう。やはり、本に書かれている通り、基本的には街の中にある宿を使うのが正しいか。
(………思った以上に厳しいな)
経験不足を知識で補おうにも、その知識が余計に邪魔になっている気がする。いや、知識がなければ今はいいかもしれないが、後に苦労することは明白。結局のところ、やはり経験。知識を基に経験を積み、知恵と変えることこそ至上だ。今の内に酸いも甘いも味わおう。
「拠点は確保した。次は………食事か」
食料と水の調達。恐らく、テントを立てるよりもこっちの方が難しい。何が食べられるのか、見つけた食料に毒はあるのか、そもそも食料となるものがあるのか。川や湖の水は飲み水として扱うのに適しているのか、ぱっと見は平気でも、色の濁りはないか、匂いはどうか、味は問題ないのか。
考えただけでキリがないが、自分の体内に入るものなのだから、取り扱いには慎重にならなくてはならない。食べても、飲んでも平気なのかをしっかりと見極める必要がある。
「ひとまず、動き始めるか」
あれこれ考えたが、全て見つけてからのことだ。幸い、どちらにも心当たりがある。昔、謎の木の実と緩やかな川を見たことがある。どちらも距離はここから遠くなかった筈だ。
常人なら、得体の知れない木の実を食すことに、多少なりとも抵抗があるかもしれないが、私の頭には木の実に関する知識も入っている。毒があるかどうか、食すのに適しているのか、どんな調理方法が最も上手く食べられるのか、全ての情報があると言って過言ではない。おぼろげな記憶だが、あの木の実は食用として知られている筈だ。
「さて、次はどんな壁に当たるのか………」
一体どんな現実が私を殴ってくるのか………興味が湧いてくる。無意識に口角を上げていた私は、より木々の深い奥へと歩んでいった。
「なんだあの子供、ヤベェ………あの歳でテント張って飯を取りに行くか普通………めっちゃ笑ってるし」
バレないように木の影に隠れた冒険者は、ドルラスの見せた手腕や恐れ知らずな姿勢に、若干引いた。




