第五十話 夢はコロコロ変わるもの
「よし、水は確保できた」
皮袋を駆使して冷え切った流水を汲み取る。懸念していた水質についても概ね問題ない。これなら飲み水として活用できるはずだ。
「次は木の実………昔見た記憶が確かなら、こことは反対方向だったか」
ここに来るまでに食すことが出来るものはないかと探したが、それらしいものは何もなかった。少々遠出にはなりそうだが、背に腹は代えられない。とっとと向かうことにしよう。歩いてきた道を戻り、草木が生い茂っている中を歩いていく。
(思ったよりも、疲れる………!)
額から滴る嫌な汗を、いくらふき取っても数秒後には再び、じわぁと汗が滲み出てくる。日陰の中だというのに、体中が熱くて仕方がない。足が痛い、人の手が入っていないせいだ。舗道などが一切ないので、歩くという単純な行動が難しく余計に体力を奪われる。
(旅をするなら、まずは今以上に体力をつけなくては………)
馬車なども移動手段として挙げられるが、大金がかかる。とても一般庶民でしかない自分が使う機会はない。移動の基本は徒歩、強靭な足腰を手にする為にこの野営が終わったら本格的に鍛え上げなくてはならない。徐々に重くなっていく体に息が荒くなっていくが、自分のすべき課題が見えた、気分はそこまで悪くない。
途中、テントによって少しばかりに休息をとる。重荷になっていた皮袋いっぱいに入った水を置いて、木の実があるだろう場所へ出立する。本音を言えば、肉とかも欲しいが野生生物を仕留めるほどの力はない。そのための武器も一切持ってきていない、せいぜいナイフくらいだ。
「武器の扱いも覚えなくては………武芸書が売っている本屋はあっただろうか?そこら辺も調べなくては―――」
この時の私は、考えを纏めることだけに現を抜かしていて、すぐ傍にいた魔獣のことなど気付いていなかった。
「ガァウッ!!」
「なっ!?」
狼の魔獣が吠えることで、私はようやく気が付いた。一匹だけではない、複数の魔獣の群れ。威勢のいい一匹が私に向かって飛び込んできた。慌てて私はその場から逃げようとして………躓いた。自分でもびっくりするくらい、綺麗な転倒。
「――――――――――」
自らの終わりを悟る、魔獣に食い殺される未来が見えた。何故転げたのかなんて決まっている、本物の命のやり取りを前に、複数から放たれた殺気に臆してしまった。要因は他にもある、蓄えた知識が足を引っ張った。
記憶にある本の内容、魔獣と遭遇してしまった時の対処法がごちゃ混ぜになってしまった。とある本では、魔獣との距離の取り方について。とある本では逃げる方向について。とある本ではどうやったら早く走れるのか。魔獣図鑑を読んだことも原因だ。狼の魔獣がどんな名前なのか、どこが弱点だったのか、などといった情報が五秒にも満たない時間で脳内を支配し、判断が遅れていた。
もっと言えば、そもそもとして魔獣がいるかもしれない区画で周囲への警戒を怠り、呑気に考えごとをしていたこと………要するに、大まかに纏めると、圧倒的な経験不足。その経験を埋めるために来たのは間違いないが、魔獣が出る場所を選んだことや周囲からの助けがない状態で、初めて挑戦するのはあまりにも無謀だっただけ。
よくある話、知識という名の力に溺れてしまった無力で無知な少年が死ぬだけの。ただ、少年には―――助けてくれる心優しい大人がいた、だから助かった。
「バァウッ!!?」
乾いた破裂音が聞こえてきた。それと同時に、飛び掛かって来た魔獣が眉間から血を流して後ろに倒れ込んだ。
「………えっ?」
目の前に広がった自分を殺そうとした獣が死んだ光景に、呆気にとられた声が漏れ出る。取り囲んでいた狼の魔獣は同胞が突然の死を遂げたことに動揺し、慌ててその場から逃げ出していく。
「おい、無事か小僧?」
動けずに呆然と去っていた魔獣の群れを見ていると、背後から人相の悪そうな男が現れた。男は煙を吐く謎の木の棒を、肩に担ぎ近づいてきた。敵ではない、寧ろ自分を助けてくれたのはこの男だろう。
「肝が据わったガキかと思えば、年相応の反応を見せる………変なガキだな。って、しまった!?声かけるなって言われてたんだ!?」
座りこむ私を見下し、溜息を吐いたかと思えば突然取り乱すおかしな冒険者。侮辱されたのか馬鹿にされたのか分からない物言いと、助けてもらったことへの礼よりも、私の眼は木の棒に釘付けだった。見たこともない、恐らくは改造されたのであろう木の棒………いや、木の筒か。何故だか分からない、だが心臓を掴まれたかのようにその筒に強い興味が湧いた。
「………その木の筒、どんなものか教えてくれ」
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そこから私は、作物を育てる農業、未知の世界への旅路よりも、木の筒―――火縄銃に憧れるようになった。いや、正確には新たな物の創出、開発か。
「火縄銃に興味を持つとは、随分おっかねぇガキだな!」
いかにも悪党らしき笑みを浮かべた冒険者―――タジマ・ナガノと名乗った極東の出だと言う冒険者は、意気揚々と火縄銃について教えてくれた。
火縄銃というのは、機構を大まかに三つに分けられていて、鉛玉の出る銃口、細長く火縄銃の大部分を占める銃身、そして一番大切で複雑な発火装置であるからくり部に分けられているのだと言う。銃口と銃身は少し説明されれば、子供でも理解できるようなものだったが、からくり部はそう簡単なものではなかった。
圧倒的な部品の多さ、それぞれが持つ役割が他二つと比べて多いのなんの。火ばさみ、火皿、火蓋、引金、用心金、弾き金、地板、鋲、雨覆、台かぶ………どれも火縄銃を扱う上で重要なものだというのだ。それだけ多くの機構が備わっているのならばとても優秀………ではないらしい。精密武装だという火縄銃は、他のどんな武具よりも手入れを念入りにして、小さな銃口の穴に鉛玉と、火の魔石を砕いた粉を入れるのだと言う。
魔石とは、魔獣が落とす心臓のようなものであり、強力な魔力がこもっているのだと言う。大きければ大きいほど強力であり、国によっては大型兵器に扱う程のものであるらしい。因みに、火の魔石というのは火属性の魔力を込めた魔石だ。魔石には、火、水、風、土などの様々な属性の魔力を込めることができ、魔力を持たない人間でも魔法を行使できる優れものだ。
魔導士がわざわざ魔力を込めないといけないので、当然高価なものであり、先程語った大型兵器レベルでなくては使われないくらいだ。この大型兵器の例を挙げるとするのなら、大砲型ならば火と風の魔石を使うことで大砲の威力を上げたり、水と雷で感電しやすい電磁砲を放てたり、活用方法はまさに無限だろう。
と、少し話が逸れたが兎にも角にも、一個人が扱う武器に高価な火の魔石を使うとは驚いた。更に、火縄銃は天候にも左右されるらしく、雨が降ると火を扱えない、強風が吹くと命中精度が低下する。長距離から狙撃できない、一発撃ったら鉛玉と火の魔石の粉を入れ直すため、連射することができない………弱点だらけだ。
「わざわざ使いにくい武器を使うとは………お前、さては変態という奴だな?」
「ちっげぇよ!?人様を勝手に変質者にしあってあげんなクソガキ!!」
思いっきり頭を殴られた、痛い。とても護衛対象への対応とは思えない。「その態度じゃ、いつか苦労するぞ」と告げ、乱暴に髪をかきむしったタジマは苛ついたように、それでいてどこか誇りをもったように言った。
「そりゃあ消費は激しいがな………惚れちまったんだよ、火縄銃に。テメェだってそうだろ?」
したり顔で告げられた言葉。くだらない、全くもって効率が悪い武装にそこまで情熱をかけるなど、馬鹿としか思えない―――だと言うのに、こんなにも胸が熱くなっているのは何故だ?初めて本を読んだ時以上に興奮しているのは何故だ?何故、こんなガラクタのような木の筒に心を揺さぶられている?
「意外といいもんだぜ、テメェで決めて、テメェで作った武器ってのはよ。浪漫があってな」
(………あぁ、そうか)
今まで読んだ本の内容は、どれも似たか寄ったか………言わば二番煎じだったのだ。既に先人が成し遂げたもの、自分はそれを読んで、知って、いい気になっているだけだった。心の底でどこか小馬鹿にしていた賢人達が、時代を進む先駆者達だと知り、今の私には輝いて見える。そうだったのか、私がやりたい本当のことは。
「………礼を言うぞ、冒険者。お陰で、私がすべきことが見えた」
自分だけの何かを生み出す。何かは分からないが、その何かの第一人者となって見せよう。手始めに、この欠陥だらけの火縄銃を、より使いやすいものへと変えて見せる。こうして新たな夢を見つけたドルラスに、父と母は昨日の深夜まで考えた時間を返せと言われるのだった。




