第四十七話 紅の珠
「敗北などありえない、だぁ?」
ドルラスの宣言に、ロッドが胡乱な目で睨み付ける。『白夜』のアジト最奥にて、『白夜』と討伐隊は硬直状態にあった。数の利は討伐隊に、ノクスとロッド、カリバーが挟み込む形で布陣しており、地の利は『白夜』にあった。
(その気になれば制圧自体はできる………だが、カリバーだけが気掛かりだ)
何故、あの清廉潔白な騎士団長が、『白夜』などという規模だけ大きくなった小物集団に従っているのか。その事実が判明しなくては、アイツは使い物になりそうにない。
「カリバー!一体どうしたと言うんだ!?」
「………………」
「返事をしろ、カリバー・ダクルタ!我が友よ!!」
クロスがカリバーに向かって必死に呼びかけるが、当の本人は謎に紅くなった目を向けるだけだ。もし、この状況で戦闘になったら、間違いなくクロスの動きは悪くなるどころか、下手したら【帝王】にとって不利益になりかねない行動をする可能性もある。
ドルラスとしても認めたくはないが、【剣聖】クロス・レイリウスの存在は大きい。彼ほどの実力者が抜けた穴は、そう簡単に埋められるものではないのだ。どうにかして、クロスの動揺を鎮めなくてはいけないが………。
「フハハハハハ!無駄よ、【剣聖】!騎士団長、カリバー・ダクルタは自らの意志で、我等の同志になったのだ!お前が幾ら名を呼ぼうが、届くことはない!!」
「………嘘吐き」
「何?」
高笑いするロッドに、ポツリとルナが呟いた。気持ちよくなっていた所に水を差され、ロッドは不愉快そうにルナを厳しい目で見る。
「何が嘘吐きなのだ、【闇夜姫】。俺の言葉のどこに嘘が混じっていたと?」
「………貴方の持ってる、そのブローチ。天授物でしょ」
「………ふん。何を言い出すかと思えば、世迷い言を―――」
「『支配の紅石』。ブローチにはめ込まれた紅い宝石から放たれる光を浴びると、ブローチ保持者の傀儡になる」
「………………」
「………無言は肯定と捉える」
笑みを消し、無表情になったロッドの態度が、カリバーの現状を物語っていた。『支配の紅石』の効力を浴びたカリバーはロッドの言いなりであり、本人の意志で『白夜』に付いた訳ではないということを。
ルナは、してやったりとばかりに笑みを浮かべた。これも全て、『月光の邸』でオーマを捕まえる不敬を働いた、クソ吸血鬼から回収した『支配の紅石』のお陰だ。オーマが懇切丁寧に、あの天授物の説明をしてくれたので記憶に残っていた。
(………やっぱり、オーマは凄い。きっと、こうなることも予測済みだったんだろう)
だからこの掃討作戦に私も組み込んだ、この状況になることが分かっていたから。騎士団長が既に敵の手に落ちているのを知っていて、彼を助ける為だけに【帝王】だけで十分な戦いに、わざわざ騎士団を参加させたに違いない。ついでに騎士団に【帝王】の力を思う存分知らしめる為に。流石はオーマだ、一生ついていこう。
「………本当に、心底苛立つ。不愉快極まりないなぁ、【帝王】」
「それはこちらの台詞だ。友の身柄、返してもらう」
いつになく怒りの感情を見せるクロスに、ノクスは嘲笑を浮かべて手をかざした。
「無駄よ。貴様等は最早、何も出来ない」
その時、空気の歪みのようなものを感じた。嫌な予感を覚えて、【帝王】は即座にその場から離れようと足腰に力を込める。勢いよく地を蹴ろうとした―――が、動けない。
「あぁッ!?」
真っ先に気が付いたのはフェルス。最速の異名を持つ彼は、自分の足が重いどころかびくともしないことに、驚きと怒りの混じった怒声を放った。他の【帝王】の面々も似たか寄ったかの反応を見せ、懸命に足を動かす。だが、まるで底なし沼に嵌ったかのように、一ミリたりとも動かなかった。
「愚かなり。神より与えられし権能に抗おうどころか、力押しでどうにかしようとするなど………あぁ、嘆かわしい」
「テメェ!何しやがったクソがッ!!」
「答える義理などあるまい―――ロッド!」
フェルスの怒号に臆することもなく、後方にいるロッドに向かって声を飛ばす。
「ロッド!何をするつもりだ!?」
「お前の思惑通りにはさせんぞ!!」
謎の硬直から逃れていた騎士団が、ロッドの企みを阻止しようと勇んで駆ける。これまで散々、無双をしていた【帝王】が行動不能という状況に呆気に取られていたが、ようやく現実を理解してロッドを止めようと、アリオンを筆頭に動き出す。
「ぐあぁッ!?」
「がはッ!?」
「クッ………お止めください、団長!!」
だが、それを防ぐ壁があまりにも大きかった。【帝王】でなくては抑えられない、若手の騎士達には手の施しようがない分厚い壁、カリバー・ダクルタ。一振りで数人の騎士が吹き飛び、壁に衝突しては血を吐く。
操られているにも関わらず、その動きは一切の陰りがなく、洗練された足運びと鋭い斬撃を前に、何も出来ずに騎士が一人、また一人と倒れていく。その光景に歓喜の声を上げたロッドは、出現させた翼で懸命に羽ばたこうとしているルナに向かって叫んだ。
「【闇夜姫】ー?お前は言ったよな、このブローチは『支配の紅石』だとぉー?残念でしたー!これは『支配の紅石』より更に強力な天授物!『支配の紅珠』だ!!コイツでテメェ等まとめて、可愛い奴隷にしてやんよ!!」
つい先程、神から祝福を受けて進化したという『支配の紅珠』。『支配の紅石』よりも一回り大きい紅の珠は、どんな生命体であろうとも支配下におき、思うがままにすることができる。
【帝王】の顔に、初めて焦燥が生まれた。今までどんな苦痛も、麻痺、猛毒、催眠を受けても耐えてきた、だが、あれは耐えられない。自分達の耐性を貫きかねない。全力でその場から退くこうとするが、動きを止められた時点で詰んでいた。
「終わりだ【帝王】!今の内に、好きなだけ泣きわめいとけ!!」
ロッドがかざした『支配の紅珠』が深紅の輝きを放ち、アジトの最下層を包んだ。神秘的であり、魅惑的な光を直接浴びた【帝王】と騎士団は、体から力が抜けて倒れ込んでいった。
「………閣下、申し訳、ありません」
最後に、尊敬する主の名を呼んだドルラスは深い眠りについていった。




