第四十六話 その道を
「………まさか、只人が一人出張るだけでここまで影響を及ぼすとはな」
瞬く間に瓦解した味方を横目に見ながら、四人の戦士と相対する。
和服を着こなした枯れたような体だというのに、その身からは一切の陰りもない剣気を漂わせる老人。
回復術師の固定概念を覆すほどに戦闘能力に特化し、いくら傷を負わせても不死身の如く蘇る白桃の女。
眼鏡の奥から鋭利な目線を向けてくる雷を拳に纏いし格闘家。
援軍として現れた、あの女狐を打ち負かしたという剣の姫。
今まで神託に則り、始末してきた者達の中でも間違いなく最高峰に君臨するであろう実力者達。この世界の強者の一角が、こうも一堂に会するとは【皇帝の王】の異常性が良く分かる。
(だが、俺には勝てない)
権能、『時の流れ』。『神の使徒』である自分に与えられたこの祝福は、誰一人として破ることなどできない。相手がどれだけ鋭く、一寸の違いもない正確無比な攻撃を仕掛けてきても、干渉できなければ空振りと同義。
仮にあの男………【帝王】が忠誠を捧げていた姿から【英傑】オーマ・グライアンドと予想されるが、【帝王】最強の冒険者だとしても、指先どころか髪の毛一本でさえ、俺に触れることはできない。まさに無敵にして最強、俺という存在に相応しい能力だ。
「………ムカつくわね、その眼。自分が一番だと思っている奴の眼」
「当然だろう?俺に勝てる者など、主たる主神を除けば誰一人としていない」
眉を顰めて睨み付ける【剣姫】に嘲笑を返し、曲芸を披露するかのように大鎌を振り回す。隙だらけな状態でいるのに、誰も動こうとしない。あの百戦錬磨の【帝王】が、攻撃しても無駄だと分かっている、俺への対抗策はないと奴等の行動が示している。その事実に有頂天になり、無造作に【帝王】の幹部達との距離を縮める。
「………皆様、どうかこのカネサダに先鋒をお任せしていただきたい」
沈黙の中、進んで先に出たのは【刃葉】カネサダ・イズノカミ。静かな足運びでペトロと距離を詰めるカネサダに、三人は何も言わずに見守る。「策があるならやってみろ」と、言外に告げられたことを瞬時に理解し、カネサダは鞘から刀を抜き放つ。
知る人ぞ知る名刀『三刃』。一振りで相手の得物を弾き、二振りで相手の体制を崩し、三振りで相手の命を絶つ。たった三度の刃で死を与える、極東にいる武士であれば誰もが知っている、剣豪カネサダの逸話から『三刃』と名付けられた。
最も、自ら名付けたのではなく、オーマから刀の銘を賜ったのだが、その事実を知る者は少ない。鈍い光を放つ刀、その刀身から溢れ出る殺意の波に、ペトロは飲み込まれそうになったが、直ぐに立て直した。
(いかに優れた剣士だとしても、俺に勝てる訳がない)
ペトロとカネサダは、そもそも存在する次元が違う。カネサダが幾ら足掻いたところで、争い合う土俵に立てないのだ。
「未だに勝てるつもりでいるとは、やはり年だけは取りたくないな。いや、正確にはいずれ取ることになったとしても、お前ほど脳が老いぼれたくはないな。恥ずかしくて仕方がない」
「ほっほっほっほ、確かにそうですな。儂も、お主のような実力差が分からないような天狗にだけは、死んでもなりたくないですわい」
「………粋がるなよッ!爺が!!」
その舐めた口ぶりを黙らせてやる。そう意気込んで、勇ましく前に出る。上段からの振り下ろし、断頭台のごとく降りかかる大鎌の一撃を前に、カネサダは一歩も動くことなかった。勝利を確信し笑みを宿した瞬間、視界が赤に染まった。
「………えっ?」
呆けた声が漏れ出て、後方に金属の落ちる音が聞こえた。何が落ちたのか、確認しようにも確認できなかった。目の前にへばりつく生々しい感触の何かが、視界を覆っていて………そこから絶え間なく血が流れ出てくる。どかそうとして腕を動かして―――そこで、初めて肘から先の部分が無くなっている事に気が付いた。
「あっ、ああああああああああああッ!?」
両腕が断たれていることを自覚し、瞬く間に激しい痛みが襲い掛かって来た。あまりの痛みに床に倒れ込み、悶え、苦しみ、暴れることしかできない。手で血を止めようにも、その肝心の腕がポイ捨てされたゴミのように、床にへばりついていた。その事実に、耐えずに襲い続ける苦痛を凌駕する疑問が湧き上がって来た。
「何でッ!?どうしてッ!?俺の腕を―――ッッ!?」
『時の流れ』で完全に守られているのに、干渉できなはずなのに、どうやってこんな重傷を負わせられたのかが、何一つ理解できない。
「おや、まだ分からないのですか?」
「ッ!!お、お前ぇっ!?」
涙と血を流しながら痛みを堪えようとしていると、この場にそぐわない柔和な笑みを浮かべた老人が上から見下して来た。
「ふざけるなッ!!一体何をしたこのド屑がッ!!」
「ふむ、やはり見えなかったですか」
「な、何だとッ!?」
「お主の動き、およそ戦闘慣れしたものではない。その異能に頼り切っていたが故に、反応できなかったか………全く、嘆かわしい。研鑽を怠りさえしなければ、儂の動きにも対応できたでしょうに。とはいえ、本当に鍛錬をしていたのであれば、あのような博打に近いことはしなかった………結果論ですがな」
「回りくどいんだよぉ!!一体何が言いたいんだクソ爺がァッ!!」
「………この状況でそこまで啖呵を切れる、その意志の強さだけは尊敬に値するかもしれませんな。いいでしょう、その意気を買って特別にお教えしますわい。ただ、叫ばれるのは面倒なので………」
どこから取り出したのか、猿轡を口元に咬ませて縛られる。取り外そうにも腕がないのでどうすることもできない。されるがままに猿轡を付けられ、反抗するかのように声を上げるがくぐもった声にしかならない。
「幾分かマシになったか、ではお話ししましょう。まず、大前提としてお主の『時の流れ』とやらは無敵ではない」
「ムッ!?」
何を馬鹿なことを言うか、『時の流れ』が無敵ではないだと?そんな訳あるか、俺とお前達とは存在する次元が違うのだ。もし仮に干渉できるとしても、それは時間の流れに介入できる存在、主神たる時の女神クロノス以外にできる筈がない。『時の流れ』が、破れる筈がないのだ。
「『時の流れ』は破れない、それについては事実。しかし、お主は大きな間違いを犯した―――自ら同じ舞台に降りてきた、それが今回の事の顛末………ここまで言えば、分かるでしょう?」
同じ舞台に降りただと、何を言っているんだこいつは?意味が分からない、一体いつこの俺がお前達のような塵芥と同列に成り下がったと言うのだ。
(―――などと、考えていそうですな)
顔を真っ赤にして、猿轡を噛み続けるペトロを前にカネサダはそんな感想を抱いた。カネサダのやったことは簡単、相手の攻撃に合わせて反撃をした―――言わば、カウンターである。『時の流れ』は確かに厄介な権能だった、こちらからは成す術なく一向に刀が当たらなかった。
だが、ペトロの動きをつぶさに観察していたカネサダは気付いた。こちらが攻撃しても当たらないが、ペトロの攻撃はこちらに当たる。そのことに気が付いたカネサダは、ある仮説を立てた。ペトロは『時の流れ』でこの世界とは一線を隔す別の世界に心身を置いているが、攻撃する時だけはこの世界に踏み入っているのではないか?
現にあの時、ペトロの大鎌を弾くこと事態は出来ていた。普通に刀を振るっても当たりもしなかった大鎌に、あの時だけは確かに大鎌に干渉することが出来た。つまり、ペトロが自ら攻撃を仕掛ける時に限り、彼は『時の流れ』の影響下にいないのではないか。その予測の答えはご覧の通り、うんともすんとも言わなかったペトロの体に、大きな傷を残すことが出来た。
「………それ、ミスったらヤバかったでしょ?」
「えぇ、ですのでエス嬢が来てくださり助かりました。私が敗れても、代わりとなる貴女がいる。ですので、儂も賭けに乗ることができた」
「嫌な信頼………」
負けたら全部押し付けるつもりだったのか、という気持ちがマジマジと乗った目で見られて、カネサダもお手上げ状態になる。
「………ムゥッ!!」
床に這いつくばって、完全に無視されている。その事実にペトロは怒りを覚えて、最後の力だと言わんばかりに足腰に力を入れて、カネサダに頭突きをお見舞いしようとする。
「それは愚策でしょうに」
勢いに任せた猪突猛進、最後の抵抗として見れば強力だったが、ペトロの場合はそんなことする必要はなかった。攻撃さえしなければ『時の流れ』で完全に守られているのに、自らの優位性を捨てるなど下策に決まっている。
軽く避けて、そのまま首に向かって刀を振り下ろす。死の運命から逃れることはできず、胴体と首が泣き別れになった。無敵と形容するのに相応しい異能を持っていたのにも関わらず、その力を扱う者が愚かでは、まさに宝の持ち腐れだろう。床を転がった首を掴み上げ、宣言する。
「『神の使徒』ペトロ。このカネサダ・イズノカミが討ち取ったり!」
「「「おぉー!!」」」
カネサダの上げた勝鬨に、【帝王】が吠える。残党は誰一人として残っていない、殲滅しつくした【帝王】の強さ、容赦の無さは、この場にいる騎士達に強い衝撃を与え、名声か悪名が王都中に知れ渡るだろう。
「終わりましたか………」
「ですねー………できれば、そのクソ野郎は私が殺したかったですー」
「申し訳ないですな、折角の獲物を儂が殺してしまって」
「まぁ、ソフィアじゃ無理だったでしょうし、気にしなくていいんじゃない?」
「エスー?その傷、治さなくていいですかー?いいですねー?」
ソフィアが杖を片手にエスににじり寄ると、エスも剣先をソフィアに向ける。襲撃が終わったというのに次の戦いを始めようとするのは、数多くあるクランの中でも【帝王】だけだろう。
「暴れないでください!これ以上、修繕費を増やすような真似をしないで………カネサダさん?どうされましたか、刀をじっと見つめて………」
「いえ………ただ、落ちぶれたなと」
数多の戦場を共に駆け巡った自身の半身とも言うべき刀を見つめ、しみじみと呟く。思い起こすのはペトロとの戦い、一瞬の戦闘だったがその戦いで自らの限界を悟ってしまった。『三刃』の名の通り、カネサダは刃を三度振るった。
一回目、ペトロの大鎌を弾く。二回目、ペトロの両腕を切断。三回目、ペトロの首を刎ねる―――できず。単純な時間制限、『時の流れ』の効力が戻ってしまったことで、首を飛ばすことが出来なかった。
結果だけ見れば、ペトロの自滅的な行動で殺しきることはできたが、刀を四度振るうことになったのは消すことのできない事実だ。理由は単純、老いでしかない。全盛期の頃と比べて、動きのキレがない。死ぬことになっても相手の命を絶つという気概がない。
(あの者の言う通りか………)
ペトロの言う通り、自分は老いぼれた。そのことは他の誰よりもカネサダ自身が理解していた。血気盛んな【帝王】の面々を眺める。誰も彼も、若かりし頃の己のように瞳に情熱がこもっている。
もっと強く、更に腕を磨く、そんな気力が湧き上がらない。全くないという訳ではない、ただ彼等彼女等が噴火する火山だとすれば、自分は精々緩やかに燃える炎くらいだろう。それほどの差が、自分と【帝王】にある気がして………ここに席を置いていいのか、分からなくなった。
「カネサダ」
「………御屋形様」
自ら今後を考えていると、何時の間に降りてきたのか敬愛する主が自分のすぐそばにいた。先程までの冷徹な面は鳴りを潜め、じっと自分の顔を見つめる。その瞳は、己の心の内を見抜いているようで、腑抜けた考えをする自分を見抜かれている気がした。
「………どうかなさいましたかな」
黙って見つめられている状況に耐えられず、つい捲し立てるかのようにオーマに要件を伺う。オーマは困ったような顔で、バツが悪そうに告げてきた。
「ごめん、クランマスター室まで連れて行ってくれる?」
「はて………?」
「………疲れちゃってさ、歩きたくないんだよね」
頬をポリポリと掻きながら照れくさそうに、堂々と甘えていいと聞いて来る主の姿に、カネサダは思わず吹き出してしまった。
「ふっ………失礼、クランマスター室までお運びすれば宜しいですかな?」
「うん………疲れてるところ申し訳ないんだけどさ、こんなことエス達には頼みにくいし………一番頼みやすかったの、カネサダだったから………ダメかい?」
「構いませんよ、お連れ致しましょう」
「本当?ありがとね、やっぱりカネサダがいてくれて良かったよ」
「………敵いませんなぁ」
自身の存在意義に葛藤していたというのに、自分が一番だと、いてくれて良かったなどと言われたら………そんな悩みも吹き飛んでしまう。弱くなった、気概もなくなった。だが、己を必要としてくれる者がいる。それだけで、こうも胸が軽くなるとは思わなかった。いや、誰でも良かった訳ではない。心の底から尊敬し、慕っている主に求められたからだろう。
「では、お運び致します。おんぶがいいですかな?それともいっそ、肩車でもしましょうか?」
「いや、普通に肩貸してくれるだけでいいよ………?」
「では、こうします」
「ちょっ!?」
選ばれたのは、お姫様抱っこ。一瞬抵抗するようにオーマは身をよじったが、カネサダの眼が本気だと分かり、されるがままに体を預けた。後方から、「カネサダ!?アンタ、何て羨ま―――けしからんことを!」とか、「へー?カネサダさん、それは宣戦布告と受け取っていいんですねー?」などと聞こえてきたが、カネサダは全て無視した。腕の中に居るオーマに負担がかからないよう、最速且つ丁寧に運ぶ。
(あぁ、そうだった)
大人しく甘えるように身を委ねているオーマを見て、何でこの人に従ったのかを思い出した。見届けたかったんだ、この人の進む王道を。荒波の中、雄々しく突き進む船であり、皆を照らす太陽であるこの人を。自分の人生の半分も生きていないこの若者が、どんな決断を下して先に進むのかを。
そして、支えたかった。剣豪として知られている自分以上に、辛く険しい道を歩き続けるこの人を、儂は―――俺は支えたかったんだ。
「御屋形様」
「ん?」
「今後とも、宜しくお願いします」
呆けたようにカネサダの顔を見たオーマは、ややあって返答した。
「こちらこそ、宜しく。頼りにしてるよ」




