第四十三話 二振りの剣
『アハハ!』
「うっ!?」
終始劣勢、アンデレではない何者かに押され続けている。確かにアインスは攻撃をいなせている、全て『思考加速』と『慧眼』の力だ。だが、この二つはあくまで相手の動きを見抜き、最適解を導き出すだけのもの。
アインス自身が強くなったわけではない、彼女の剣の腕は素人に毛が生えた程度のものだ。アンデレに傷を負わせられたのは、偶然に近しいラッキーアタック。戦闘慣れした真の戦士相手では、まだ荷が重い。
(なにより彼女、痛みを感じてない!)
右足からは絶えずに出血し続けている、耐えがたい激痛が常に襲っている筈なのに、痛がる素振りを一切見せない。痛みを感じていないのか、狂気に満ちた笑みを浮かべている。
(やっぱり、誰かに乗っ取られている?自分の身体じゃないから、無茶して動けているの?)
彼女の動き、表情をもとに『思考加速』と『慧眼』から導き出された答えはあっている。アンデレは今、主として崇めていた時の女神クロノス―――『邪神』に肉体を、精神を、魂を支配されている。まるで人形劇、天上から垂らされた糸に四肢を無理矢理動かされているアンデレの姿が脳裏に過る。
『もっと、遊ぼうよ?』
「遊ぶなら、予め誘ってほしかったな!」
黒幕の予想を立てている間にも、『邪神』の動きは止まらず。強化された『時間加速』による超高速戦闘、限界まで目を見開かなければ見切れない速さ。致命傷を回避することに精一杯で、反撃する暇もない。何より厄介なのは、暴れ回っていること。
(オーマさんと戦っていた時は、的確に隙を狙った打撃だったのに………今は手当たり次第に拳を振るってるだけ!)
遮二無二、籠手を纏った拳で殴ることしか考えていない。まさに暴風、周囲にいる万物を巻き込み破壊して回る厄災そのものだ。肉体の限界を超えた動きに、私は徐々に付いていけなくなった。
血拳が私の心臓を穿つ、思わず目を瞑り衝撃に備えたその時、甲高い金属音が響き渡った。恐る恐る目を開く、そこには勇ましくも美しい【剣姫】の背中があった。
「目を閉じるな!!」
ここ最近よく聞くようになった説教、怒られて身が竦むよりも嬉しさが込み上げてきた。
「アンタも………私も!現実から目を背けるのはもう終わり!」
『時間加速』による神速の一撃、スピードにより加算されたインパクトを逸らさずに受け止めたのだ。体は決して無事ではない筈なのに、二本の足で立ち続ける。『邪神』とせめぎ合い、火花を散らしながらも立つ。
(後ろにいる私を………守る為に)
「わざわざ言わせんな馬鹿!!この程度の無茶、今まで沢山してきた!その度に私は………越えてきたのよ!だから、今回も一緒!」
吠える、血反吐を吐きながらも誇らしく叫ぶ。
「苦しい思いをしても、辛くて死にそうでも―――大切なものの為なら、何だってできる!いや、できなくちゃいけないのよ!!アンタだって、そうでしょ!?」
「………ッ!」
体が燃えるように熱い、心が燃えている。魂そのものが、熱狂している。大切なもの、大切な人の為なら、この程度の痛み、耐えて見せる。
「立て!アインス・ディエス、私の弟子だって言うならやって見せろ!!」
「………ッはい!!」
師匠の持つ美しい装飾が施された聖剣のように輝いているを剣と、薄汚れた未熟な私の剣を交差させて力を込める。技の冴えなど一切ない、ただの力押し。生まれた初めて、私の全てを出す。全身に力を込めて、目の前にそびえ立つ大きな壁を乗り越える為に。
「「はぁああああああああああああああッ!!」」
咆哮が共鳴する、神によって強化された拳が押し返される。自分が押し負けていることに気付いた『邪神』の顔が、初めて歪んだ。
「舐めプしてるからそうなんのよ間抜け!!」
「師匠!なめぷ?って何ですか!?」
「うっさい黙ってろ教養ゼロ!!これはオーマの言語!!耳の穴かっぽじって覚えとけ!!」
「ハイ!記憶しておきます!!」
血を流し過ぎたせいか、謎に気分が高揚している私達を前に、『邪神』はより加速した。わざわざ真っ向勝負しなくてもいい筈なのにだ。『時間加速』さえあれば、飛び退いて回りこむこともできた。逃げることだってできるのにそれをしないのは、負けを認めるのが悔しいからか。
「漸く人間臭いところが見えたわね………ッ!」
『お前達みたいな矮小な存在と、一緒にするな!』
「はっ、よく覚えておきなさい」
エスの力が増す、手元が青白い光に包まれた。
「その小さな存在とタメを張ろうとしたことが、間違いってことを!―――アインス、耐えなさい!」
雷、青い迅雷が二つの剣に宿った。魔法を発動した師匠に驚愕し、思わず彼女の顔を見ると、エスは歓喜と悔しさが混じった笑みを浮かべていた。
「ザックとかロゼとか、あのクソ魔法剣士程じゃないけど、私だって武器に魔法を纏わせるくらいはできんのよッ!!」
彼女の言葉を肯定するように、手に鋭い痛みが生じた。雷の制御が甘いのか、自らの身も焼いてしまう魔法、まさに諸刃の剣。
(だけど―――耐える!!)
たとえ諸刃だとしても、刃がついているなら斬れる!師匠だって、そう考える!よりいっそう剣に力を込める、痛みが増してくるがそんなことどうでもいい。何時の間にか『思考加速』も『慧眼』も切れていたせいか、あるいは血を流し過ぎて思考が回らないせいか、あまりにも脳筋じみた考えで『邪神』を斬る。
『………加護与える人、間違えたかも』
どこかでそんな知恵女神の声が聞こえたような気がした。聡明な女神が見初めたものが、こんなにも頭の悪い戦いをしているなんて信じられないと。呆気にとられた女神は、仕方がないかと苦笑を浮かべながら言った。
『まぁでも………いいか』
神の思惑を打ち破る、それくらいの気概がなければ『邪神』を倒せる訳がないと呟いた。その言葉が引き金かのように、籠手が切り裂かれた。二振りの剣は止まらず、アンデレの体を燃やし斬った。
最後に、『邪神』が唾を吐きながら天へと帰っていった、そんな顔が見えた気がする。『邪神』に解放されたアンデレが倒れ伏す、全身血塗れで所々焦げて黒くなっている体の中、唇が微かに動いた。
「………ありがとう」
最後に自我を取り戻した彼女は、地獄の苦痛から解き放ってくれた二人の剣士に礼を告げ、永遠の眠りについた。自分にとっての初めての敵、最初に戦うにはあまりにも強大な相手を倒すことができた、その達成感から張り詰めていた緊張が解け、床に座りこむ。
「はぁ………はぁ………っ」
呼吸を忘れていたかのように、空気を肺の中へと送り込む。体中が痛い、ただでさえ少なかった血を流し過ぎた、ひょっとしたら死ぬ―――。
「ほら飲め」
「んっ!?ゲホッ、ゲホッ!?」
「吐くな、変なもんじゃないから」
口内に瓶に入った謎の液体を突っ込まれる。少し前に飲まされた、ひどい痛みを伴う代わりに血液を増やすという錠剤を思い出し咳き込む。師匠は吐き出すことを許さず、謎の液体を取り込まさせる。
血の混じった口の中が洗い流される、同時に舌を通じて伝わる甘味。次第に痛みが引くいていく体に目を白黒させていると、師匠は鼻を鳴らして教えてくれた。
「帝王産の万能薬、楽になったでしょ」
「っ!?え、万能薬!?」
自分が吐き出した液体が、最上級の回復薬として知られている高価なものだと知り、血の気がサーっと引いていった。顔を青くしている私に師匠は溜息を吐いた。
「気にしなくていいわよ、帝王産って言ったでしょ?ウチで幾らでも作れるから平気だし、在庫も倉庫一つ二つ埋まるくらいにはあるから雑に使っていいのよ」
「いやいやいや………」
俄かには信じられないが、師匠がこんなことで嘘を言うとは思えない………本当にあり余っているのだろうな、帝王産って言っていたし。だとしても田舎から都会に来た少女には刺激が強すぎる。ちびちびと飲んでいると師匠は美しい髪をいじりながら、バツの悪そうな顔をしていた。
「………………あのさ」
「はい、何でしょうか師匠?」
「………師匠って呼んでくれるのね」
「勿論です」
今更何を言うのだろうか。それはまあ最初はとんでもない人だなと思っていたが………それも全て私の成長の為だった。わざわざ悪役を演じてくれていたのだ、自らの身を犠牲にしてでも師としての任を果たした人のことを、どうして侮辱できるのだろうか。締まり顔でうんうんと頷いていると、師匠は馬鹿を見る目をして呟いた。
「………絶対に変な勘違いしてるわね」
「えっ?」
「………あーもう!いいわ、気にしなくて」
吹っ切れたように叫んだ師匠は、床に座り込んでいる私と視線を合わせて頭を下げた。
「悪かったわね、いろいろ。アンタにひどいことして」
「………………」
「何よ、その顔」
「あーいや、その………師匠って謝れたんだなーって。オーマさん以外には断固として頭を下げないとばかりに―――いひゃいっ!?」
「随分と生意気ねこの口は。お仕置きが必要かしら?」
「しゅ、しゅみましぇん。ちゅいほんにぇが………」
「もうアンタ黙れ、何も言うな。口が軽すぎる」
図星だからなんも言えないけど、と締めくくり引っ張ぱれていた頬から手を離す。掴まれていたところを押さえていると、師匠は立ち上がって私を見下ろしていた。
「ねぇ」
「はい?」
「冒険者、続けるつもり?」
「………はい」
床に転がった、ボロボロの自分の剣を眺めて頷く。才能が無いことは知っている、今回生き残れたのは運が良かったから。近くにオーマさんと師匠がいたから無事で済んだ。もしあの場に二人がいなかったら………アンデレのようになっていたかもしれない。
死への恐怖はある、だけどそれ以上に、兄が空白になったであろう『神の使徒』の席に代わりに座ることになり、アンデレのように『邪神』に好き放題されて死ぬ。そっちの方が、もっと怖い、絶対に後悔するから。だから―――冒険者を続ける、そう決めた。
「………そう」
師匠はムスッとした顔で、それでも僅かに口角を上げていた。その態度に、自分が認められたような気がして、思わず笑みを溢す。
「………明日から、本気で剣を教えてあげる」
「えっ………?」
「泣き言は一切許さない。強くなる気があるなら覚悟しとくことね」
「………はいっ!!」
課題だった武器の扱い、それをあの高名な【剣姫】が矯正してくれる。こんな贅沢なことがあるだろうか。勿論、とんでもなく厳しいことは確約されているだろうが………今日、大きな壁を乗り越えられたのだ。なら、次の壁も乗り越えるどころか、ぶち破ってやる。
「終わったか」
「あっ………オーマさん!」
何時の間にかそこにいたのか、何故か槍を杖のようにして歩いてきたオーマさんは変わらず無表情なままだが、その目には強い安堵が映っていた。私達の無事を、心の底から喜んでいるかのように。
「オーマ………」
「為すべきことは、為せたか?」
「まぁ、一応」
「そうか。だが、まだ為すべきことが残っている」
「分かってる」
苦笑しながら答えた師匠はオーマさんの隣に立って、私に黒い石を投げた。確か………『通信石』と呼ばれるものの筈だ。同じ石を持っている相手と、何処にいても通話することができると言う奇跡の石。
「アインス。アンタは大人しく休んどきなさい、私達はまだやることがあるから。なんかあったら、それ使って誰かしら呼んで」
「えっ………でも」
やること、言わなくても分かる。まだクランハウス内にいるであろう襲撃者の撃退。休めと言われたが、同じクランの冒険者である以上、本当なら私も参加しなくてはならない。
足手まといになることは重々承知しているが………頷けずにいる私に、心身ともに疲弊しているのにも関わらず、師匠は疲れを感じさせない笑みを浮かべていた。
「いいから、ゆっくり休みなさい。いきなりあんな意味分かんない相手と戦って、疲れてるでしょ。後は師匠に任せろって話よ」
「………はい、分かりました。ご武運を祈ります」
「誰に言ってんのよ―――オーマ」
「あぁ」
スカートをたなびかせながら、オーマさんの腕を掴んだ師匠は廊下を歩き始める。
「見せてやろうじゃない、【帝王】最強の冒険者の姿を」
………師匠、格好付けているところ申し訳ないいですが、わざわざ腕を掴んだ理由は?後、あんまり言いたくないんですけど………その、発情したメスみたいな顔は止めた方が………あっ、嘘です!冗談です!人の心を読まないでください!その人を殺しかねない目をしないでください!!




