第四十二話 異世界版チャッピー君
(いや、ナニコレ?)
状況についていけない、完全に置いてけぼりだ。いきなりアインスが発光したかと思えば、一瞬で狐の美しい獣人お姉さんを無力化するし。「勝ったな。風呂入ってくる」って思ったら、急に覚醒してアインスを吹き飛ばすし………もうわけわかめだ。
(心配だけど………正確には主人公ではないが、似たようなもんだし平気か)
主人公補正が働くでしょ、あの謎の光も主人公力が働いたみたいなもんだろ、知らないけど。ん?助けに行かないのかって?おいおい、無茶言うなよ。
(僕、今、死にそう)
体中が痛い!悲鳴が上がってる!明日からしばらくの間、筋肉痛確定だろコレ!?あーもう無理、さっさと風呂入ってベットで横になりたい。ついでにマッサージもお願いしたい。
一歩も動けない中、震える手で指にはめていた指輪、天授物『甦生の指環』に触れた。対した回復能力はない弱めの天授物なので、まだ体に痛みは残るけど、動く分には申し分ないだろう。
もはや襲撃を受けていることなどどうでもいい、さっさとクランマスター室に戻ろう。『王族の盾』も『帝王の槍』もないんだ。僕の生命線が残っていない、この状況で戦場に行っても足手まといになるだけだからね(知ってた)。
(ただ、最後に―――)
迷子みたいな顔をしているエスと話さないと。今にも自殺しかねないっていうか、蒼白な表情をしているエス………一体どうしたんだろう?アンデレとかいう獣人に負けたのが、そんなに悔しかったのだろうか。
それにしては様子がおかしい………今にでも絶望して闇堕ちしそうだ。今ここで彼女が『邪神』ことクロノスの介入を受けたら、真っ先に殺されるのは僕だ。自分を守る意味でも、彼女と話さないといけない。痛む体を気合で動かし、瓦礫の中に座りこんでいるエスに話しかける。
「何をしている、間抜け。即座に立て(どしたん?話聞こか?)」
まだ生きてたか、『明鏡止水』くんよ。もう吐き気とかないから、いい加減切れてくれる?君のせいで変な誤解を生むんだよ。せっかく笑えるように例の構文使ったのに………うんうん、それは『明鏡止水』が悪いね。などと脳内でやり取りをしていたら、エスは今にも泣きだしそうな顔で、というかもう泣いている顔で僕を見つめてきた。
「オーマ………私、私っ!」
「………………」
えっ、ごめん。なんで泣いてるの?事情が分からないから下手なこと言えないし………どなたか、お客様の中に泣いている美女を慰められる最強のイケメンはいませんかー?いないですよね、クソッタレ。もし仮にいたとしても、目の前でラブコメラブコメされたら普通にぶん殴ってたよ。理不尽?お前等の顔面の方が理不尽だよ。
「その………ーマは、私にとって………ったから………だから………あんな………して………アイ………に………ちゃった………」
ヤバい、涙声で話されるから何言っているかよく分かんない。聞き取れそうで聞き取れない。「ごめん、もう一回言って?」とか言いにくいし………そもそも『明鏡止水』のせいで曲解されて………ん?待てよ、つまり適当言っても問題ないのでは?
それっぽい感じのこと言えば、上手く文章を改変してくれる………コレが異世界ChatG〇Tか、なんて優秀なんだ。思わぬ発見をした僕は、若干躊躇しながら話してみた。
「くだらん。貴様の事情など、どうでもいい(大丈夫だよ、よく分かんないけど大丈夫だよ)」
「貴様が何者であろうが、僕は何一つ気にしない(平気だよエスなら、なんとかなるから)」
すげぇ、滅茶苦茶使えるかも。無責任ボーイじみた発言しても、それっぽくなる………『明鏡止水』って実は優秀だった?今まではただの脳みそ冷却装置でしかなかったけど………これからは『異世界版チャッピー』と名付けよう。
「私………慰めてもらうような………立派な人じゃない………」
鼻水をすすりながら、必死に涙を拭うエスを前に少し罪悪感が湧いたけど………大丈夫だよ、全て『異世界版チャッピー』に任せなさい。
「何度も言わせるな、貴様は誰のものだ(そんなことないよ。だったら僕とか怠惰が服を着て歩いているようなもんだし)」
エスが駄目なら、僕とかどうなるんだ。生きていく価値もないんじゃないかな?
「貴様は―――エスは、僕のものだ。僕が許したんだから、何も気にするな(てか、何か何時の間にか変なこと言ってない?大丈夫?)」
知らない間に歯が浮くような台詞連呼してたんだけど?どうしてくれんねん、元の世界にいる友達が見たら、爆笑して腹を抱えて転げ回り、呼吸ができずにそのまま冷たくなるだろな。
「………敵わないなぁ」
「当然だ、僕を誰だと思っている(痛い痛い痛い痛い!!?)」
エスは涙を流しながら、僕に抱き着いてきた。あの、ちょっと待ってください。僕ね、体のあちこちが限界なんだ。美少女にハグされるのは純粋に嬉しいけど、それより痛みが勝つから離れてください。てかもう、何でもいいじゃん『明鏡止水』くん。ただの泣き言なのに、会話として成り立ってるし………どっかの誰かと違って有能だわ。
「………オーマ」
「何だ(あのー、いい加減離れてください)」
「私、今度は間違えないから。だからさ」
顔を上げて、吐いた息がかかるくらいの距離でエスは微笑んだ。目元を真っ赤にしているのに、彼女の顔は誰よりも美しく、思わず見惚れてしまった。
「いつか、オーマの隣に立って見せる。それまで、見てて」
「………吠えたな(生きていたら見ますから、まずは僕を解放してください。次は僕が泣くぞ?みっともなく泣くぞ?)」
「うん………じゃあ」
行くね、と言うが否や僕の後方に迫っていた瓦礫を叩き切る………いや危なッ!?ぜんっぜん、気付いてなかった。危うく頭がブシャーって血の噴水を噴き出すところだった。
これ以上ここにいたら死ぬ。さっさと逃げたいけど、足が動かねぇ。さっき抱き着かれたせいで限界に達しちゃった。どうにか首だけを動かし、瓦礫が飛んできた方向を見る。そこには破壊された壁の奥で、互いに血を流しているアインスとアンデレ、加勢しようとするエスがいた。
「精々足掻け、勇士共(喧嘩なら他所でやってくれます?)」
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奈落に落とされていた。見られたくない相手に、見られたくない本心を見られた。呼吸が浅くなり、目の前が真っ暗になっていた。
(な、んで………ここに?)
まるで見計らったかのようなタイミング、悪姫の仮面を被ろうとした時に、いたって変わらず、何一つ気負うことなく出てきた王子の姿に、私の時は停まった。アンデレの時の加速を帯びた打撃も意に返さず、オーマは雷の盾で完全に防いで見せた。
アインス、アンデレ、そして私を見たオーマは、いつもの柔らかい雰囲気を消して冷酷無比な帝王となって、アンデレと相対した。オーマの瞳が輝き、槍を召喚する。戦闘態勢を整えたオーマに向かって、アンデレの打撃が次々に襲い掛かる。
だが、オーマの前では全て無意味だ。真正面からの正拳突きも、左右からの揺さぶりも、死角からの不意打ちも、オーマは完璧に見抜き、槍を容易く扱い防いでいた。
(………凄い)
驚嘆した、あれほどの槍捌き、一長一短にできるものではない。たゆまぬ努力の成果であり洗練された動きだ。だが、何故反撃をしない?アンデレの攻撃を見切ったオーマならねじ伏せるのも簡単で―――背後、アインスがいた。
思わず彼女を凝視する。あの弱い女、アイツを守る為だけに、オーマは動けないんだ。下手に前に出たら巻き込みかねないから。
(………オーマにとっての、特別)
その事実に、身を焦がしかねない程の嫉妬を覚えた。今のオーマとアインスは、自分が昔読んだおとぎ話そっくりだ。守られるだけの姫に怒りが込み上げてくるが、それ以上に、羨ましかった。
確かに、オーマは私達を守ろうと、救おうとしてくれる。だけど、オーマが一個人の為だけにわざわざ武器を手に取り、格下であるアンデレの相手をしている。あの【英傑】にそこまでさせた、させてもらっている。
(ズルい………ズルいズルいズルい!!)
自分でも気づかなかった、こんな感情を抱くなど。お前は、何もせずに床に座り込んでいるだけの女が嫌いな筈だろう………それなのに、自分の中にある欲望を、好きな人に大切にされたい、守られたいという女の欲求が止まらない。
(私は、あんな風に前に立って、守られたことなんてなかった)
(私は、オーマにあんなに大事にされたことはなかった)
(私は―――)
収まらない、醜い嫉妬が。冒険者の【剣姫】としてでも、少女の師匠としてでもない。エスが・レイドルという一人の女の、心から想いが止まらなかった。無意識の内に、アインスを見ていた。
どうしてオーマは、あの震えて碌な力を持っていない弱い少女を優先したのだ。見た目が美しく可愛らしいからか?だとしたら………自分で言うのも何だが、私は?美貌だって彼女に負けてなどいない。何より私は、あの無力な女よりも強く優秀なのに。
(そう、思っていたのに―――)
『立て!顔を上げろ!』
寵愛を求める相手は、私のことなど見向きもしなかった。
『私が………相手です!』
自分より下だと思っていた少女は、私が傷一つ付けられなかった相手を打ち負かした。
(好きな人には相手にされず、嫌いない相手は私より上だと証明した………)
悪夢か、悪夢に決まっている。そうじゃなかったら、私は自分を保てない。今にでも発狂しそうで、暗い感情が募っていく。雰囲気が変わったアンデレに連れていかれたアインスのことなど眼中になく、ただひたすらに虚無を眺める。
(このまま、どこかに消えてしまいたい………)
絶望で心が満たされようとした時だった。
「何をしている、間抜け。即座に立て」
彼はまるで気にせずに声をかけてくれた。傷心中の人に言うような言葉ではないが、話してくれただけで私には救いだった。
「その………ーマは、私にとって………ったから………だから………あんな………して………アイ………に………ちゃった………」
喉を震わせながら必死に謝罪をする、碌に喋れなくても罪を白状する。自分の犯した罪、オーマの指示に従わずに独断でアインスを追い詰めようとしたこと、勝たなくてはならない戦いを放棄しようとしたことを、涙声で。償いになるなど考えてはいない、許されるとも思っていない。オーマに、絶対的な王の命令に逆らった罪は大きいのだから。
「くだらん。貴様の事情など、どうでもいい」
「貴様が何者であろうが、僕は何一つ気にしない」
だと言うのに、オーマは私の罪を一蹴した。心底興味がないとばかりに鼻で笑ってくれた。私が例え悪になろうが、彼は気にしないと言ったのだ。
「私………慰めてもらうような………立派な人じゃない………」
それでも、私自身が許せない。オーマの期待に何一つ応えられない所か、自分の利益を優先しようとしたのだ。お咎めなしなど許せるわけもないのに―――。
「何度も言わせるな、貴様は誰のものだ」
「貴様は―――エスは、僕のものだ。僕が許したんだから、何も気にするな」
彼は許した。それと同時に思い出した。
(私の惚れた男は誰だ?)
【皇帝の王】のクランマスター、【英傑】オーマ・グライアンドだ。この世界に君臨するべき王で、私は彼の配下。王の手駒であり、所有物なのだ。一見この文面だけを見たら、残酷な王に思われるかもしれないが………彼ほど心優しい青年を私は知らない。私の犯した罪も背負い未来へ歩み続けると、彼は言った。
(そうだ、この身も心も、彼に捧げたんだ)
こんな当たり前のことを、どうして私は忘れていたんだ。視界がクリアになる、罪の意識はまだ消えないけど、好きな人に許すと言われただけでこんなに嬉しくなるなんて………自分がオーマの言う所の『ちょろいん』というものなのだと自覚する。
「………敵わないなぁ」
「当然だ、僕を誰だと思っている」
思わずオーマを抱きしめる、突然の無礼な抱擁さえも許した。身じろぎせずに、私を受け止めてくれた。やっぱり、好きだ。誰よりも優しく、心の底からかけてほしい言葉を言ってくれる彼が、大好きだ。
(彼の力になりたい)
全てを受け入れるオーマの在り方は素晴らしいが、それは一個人が負うにはあまりにも重い。だから、私はオーマの荷物を共に持ちたい。オーマにとって、私の力など不要かもしれないが、それでも支えたい、助けたい、隣に立ちたい。
(だから―――見ててほしい)
私が貴方くらい強くなるその時まで。今度は間違えたりしない、正しい方法で進めるように、ずっと見ていてほしい。
「………吠えたな」
表情は変わらない、いたって無の顔。だけども、その目から感じる誰かを想う心は伝わる。
「うん………じゃあ行くね」
即座にオーマの背後に回り、彼に背に迫っていた瓦礫を斬る。正直、まだ割り切れはしないが………変わるんだ、今度こそ。悪の姫ではなく、正しい剣の姫に。
(それに―――いつまでもやられっぱなしじゃあ、格好がつかないもの)
都合がいいことは重々承知している、だけどあの不肖の弟子に、師匠の凄い所を見せなくては。




