第四十一話 神の代理戦
先に宣言しよう、アインス・ディエスに冒険者の才能はない。上級冒険者百人に聞いたら、百人が同じことを言うだろう。それほどに、少女の才能は深海に沈んでいる。
ならば、その少女が他の生命よりも勝っている部分は何か?美貌、器量、性格、声質………様々な点が上げられるだろうが、この身には分かる。彼女は、どこまでも純粋で一途だ。肉親である兄を、心の底から慕っている。彼女は兄の為なら、多少は躊躇するだろうが、修羅の道を歩き、地獄に落ちるだろう。全ては、兄の幸せを願って。
どうしてそこまで想えるのかは疑念だが、今はどうでもいい。兎にも角にも、私は、彼女のその心に惹かれた。自身の才能の無さを知っていても尚、格上に抗おうとするその気概、思い、原動力の力がどれだけなのかを知りたい。故に、あの忌々しき邪悪なる女神によって力はさほど残っていないが………全てを託す。この搾りかすのような神の力でも、あの少女の力になれるのならば。
だから―――知恵の女神、アテナは貴女に祝福を授けよう。どうか、貴女の未来が明るくなることを願う。
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(不思議だ………)
アインスは、自分をずっと守ってくれていたオーマの前に立ち、身を焦がしかねない謎の光に身を包まれていた。この光の原理はよく分からないが………不思議と心地いい。まるで神の祝福を授かったかのようだ。
(神様は敵だけど………それは『邪神』だけだから)
邪悪な神もいれば、善良な神だっている筈だ。そして、今の私に力を貸してくれるこの輝きは、きっとそんな心優しい神様からの贈り物なのだろう。自らの足で立ち上がった私を褒め称えるかのような光。
「今なら………貴女だって倒せる」
不格好な構えで、剣先をアンデレに向ける。牙を向いてきた私に、アンデレは目を細めて油断なく姿勢を低くした。一見、冷静に見えるが………アンデレの頭の中は困惑していた。
(この少女は何だ?)
今この場にいる誰よりも弱く、脅威の対象になり得ない存在だった。取るに足らない、足元に転がっている石程度だった。だと言うのに―――。
(怖気が止まらない、全身が彼女を滅せよと告げてくる)
突如として白銀の輝き………【英傑】の持つ天授物の槍以上の神力を身に纏った少女に、警鐘が絶え間なく鳴る。危険だ、この少女は間違いなくあの御方の障害となる。その証拠として………彼女の右腕、私と同じ『聖痕』が発現している。どこの神が彼女に加護を与えたかは不明だが、そんなことは今どうでもいい。
(即座に仕留める)
勢いよく踏み込み、アインスの心臓を貫こうとして―――加速した時の中で、アンデレの動きを読み取ったかのように、アインスは剣を胸の前に置いた。このままいけば自滅しかねないと考えたアンデレは、急遽として停止しようとして―――その動きも読んだかのように前に出ようとしたアインスを見て、急いで防御態勢を取った。衝撃に備えて、腕を交差し守ろうとして―――なにもしてこないアインスに瞠目した。
踏み込み、静止、防御を全て読み切ったアインスは、無防備な足に剣を一閃した。咄嗟に身を捻って避けようとしたが、完璧に躱すことはできずに切り傷を負った。どうにか着地しようとして―――躓いた。足に強烈な痛みが生じ、苦悶して顔が歪む。痛みを訴える右の足を確認し、言葉を失った。右足の健が斬られていた。
(あの一瞬で、的確に狙ったと言うのか)
傷口は大きくない、ほんの僅か掠っただけだというのに、歩行能力を奪われた。足が地面につけにくくなって、鋭い痛みが襲い続ける。今まで感じたことがない苦痛を前に思わず叫びそうになったが、噛みちぎるくらい舌を噛んで耐える。
(何なんだ………この少女は!?)
警戒していなかった少女に、初めて傷を負わせられ、まともに歩けもしない状況にされた。その屈辱が、怒りが、身と心を焦がした。
「………………」
衝撃のあまり、アインスを睨むことしかできないアンデレだったが、アインスもアインスで驚きを隠せなかった。自分は何も特別なことはしていない、強いてい言うのならば………相手の動きを予測できるくらいの集中力を手にしたことだ。
アインスはまだ、気付いていない。白銀の加護をもたらした女神の存在に、女神に譲渡された力―――『思考加速』と『慧眼』に。『思考加速』は、文字通り頭の回転を速くする権能であるが、これだけではアンデレの動きを見破れなかった。
もう一つの権能、『慧眼』がなければ。『慧眼』は相手の些細な動きから思考を読み取る………言うならば、心を読む力だ。アンデレの目線、息遣い、動き、表情から行動を読み取り、加速した脳を回転させて最適解の行動をして見せた。
勿論、いきなり人の身に過ぎたる力を使ったアインスも、無事ではない。たった数秒の戦闘ではあるが、脳を全力で動かしたアンデレは知恵熱に近しい症状を頭に負っていた。それでも、彼女はやってみせた。
英傑の思考に追い付きたい、剣姫の教えを糧にしたい、そんな二つの想いが、彼女に新たな力を、勇気を与えたのだ。彼女の勇姿を見たどこかの知恵女神は、人知れず、神も知れずに微笑みを浮かべていた。
「私の、勝ちです」
「まだ、勝負は………ッ!?」
頭を押さえながら告げたアインスの勝利宣言に、アンデレは反論しようとしたが、足に力がまるで入らずに立てなかった。分かりやすく腫れて、血が流れている右足を見つめ顔を顰める。
「無駄ですよ、よしんば左足だけで立てたとしても………オーマさんと師匠がいる。私は兎も角、この二人から逃げられるとでも?」
「………ッ」
前方、アインスの後ろで変わらずに無表情を貫く不動の英傑、後方には不気味なくらい沈黙を保っている剣姫。後者は傷を負っているが動く分には問題ないだろうし、前者に至っては無傷だ。
対して自分は移動能力を失っている。間違いなく、敗北が決まっている。仮に左足だけで動けたとしても………この負傷では『時間加速』を使ったら間違いなく身がもたない。確実に、両足が潰れる。
味わったことなどなかった敗北に、過去に自分が殺した者達の顔が思い浮かんだ。恐怖、狂気、憤怒、絶望に染まったあの表情を、今の自分もしているのだろうか。
(………いやだ、死にたくない)
初めて感じた死への恐れに、みっともなく、必死にあの御方に助けを求めて―――反転。瞳が裏返り、白目へと変わった。自分が、自分じゃなくなっていく、そんな感覚に襲われている中、最後に誰か分からない女の人の声が聞こえた気がした。
『後は、私に任せて?』
神々しくも恐ろしい声色に、私は気を失って―――堕ちた。
「!!」
その変化に気付いたアインスは、咄嗟に剣身を水平に構えて防御姿勢を取った。その判断は、間違いなく正しかった。問題は―――勢いがアインスの想像以上だったという点だ。
「ぐッ!?」
剣越しに伝わる衝撃、体全体が震え後方に思いっきり飛ばされる。壁に突き刺さって、貫通。強固な壁を破壊して突き進む。背中から伝わる衝突をどうにか軽減しようと、咄嗟に受け身をとるが付け焼き刃程度の技では完全には相殺できず、肺を叩かれたように空気を吐き出す。
咳き込みながら破られた壁に生じる土煙を見て―――大きく後ろに下がる。自分がいたところが、瞬時に陥没した。アンデレの拳が床に大きく突き刺さっていた。床を踏み抜く勢いで下がったおかげで、追撃を逃れた。
(一つでも判断を間違えたら死んでいた………)
これも全て、超集中力状態(『思考加速』と『慧眼』)のお陰だ。アンデレの気配の変化、土煙の揺れ、それを見抜けたのはこの白銀の光だ。それがなければ、自分は死んでいたに違いない。
『………アハっ』
反響しているかのような、くぐもった笑い声が聞こえてきた。土煙が晴れ、アンデレの姿が見えた。虚ろなろな瞳、ふらふらとした足取り、怪我を負っている筈の右足からは、血が噴き出しているのにも関わらず痛みなどないように振舞う。誰がどう見ても普通じゃない。まるで、乗っ取られているかのようで―――。
『遊ぼ?』
爆発しかねない程の速さを持って突進、最小限の動きでどうにか躱す。動きは見える、どう動けばいいのか分かる。それならば、対処の施しようなど幾らでも―――その時、視界に赤が映った。同時にくる鼻腔の違和感、出血している。鼻血だ。本人も気付かない限界を超えた脳の酷使、恐れ多くも神の領域に踏み入れた愚者への対価が支払われる時。
(この状態を切らないと、脳が焼き千切れる―――けど、できない!)
そんなことをすれば、アンデレ(?)の動きを見切れない。この場を切り抜ける為には、無茶でも何でもしなければいけないんだ!
「貴女を、倒す!」
『アハハ』
善神と邪神に見初められた人間と獣人は、己の力の上限を突破した戦いに身を投じた。




