第三十九話 英傑の決意
「フハハハハハ、どうした【帝王】!驚きのあまり声も出ないか!?ん?」
『白夜』アジト最下層、騎士団に潜んでいた裏切者のロッドは光悦とした表情で高笑いをする。身近にいた敵の存在に気付けなかったことに、騎士団は歯ぎしりをするが、それと同時に焦燥にかられる。
敵対勢力の首領を討ち取ったかと思えば、逆にこちらの王に危機が生じていたなど、考えもつかなかった。焦りが顔に滲む騎士団に対し、【帝王】はまるで動じていなかった。それどころか、蔑み、哀れ、馬鹿を見る目でロッドとノクスを見る。
「………何だ、その目は?お前達は、間違いなく追い詰められているんだぞ?」
「………いや、こんなに頭の中お花畑だとは思わなかったから。ちょっと呆気にとられちゃった」
「なに?」
可哀想なものを見る目で溜息を吐いたザックに、ロッドが眦を上げて睨み付ける前に、ドルラスが断言した。
「阿保か、貴様等。本拠の奇襲が成功したから勝ったつもりか、追い詰められているのは間違いなくお前だろう間抜け………そもそも、だ」
【帝王】は誰も焦ってなどいない、何故なら自分達のクランハウスにはあの人がいるから。
「どのような危機的状況だろうが、閣下が………オーマ・グライアンドさえいれば、敗北などありえない」
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【王城】の最上階、クランマスター室で僕は扉のすぐ近くにへばりついていた。何でこんなことをしているかと言うと、現在【王城】は襲撃を受けている最中だからだ。
「こうも大っぴらに襲撃されるのも、結構久しぶりかも………」
誰に言うでもなく、ポツリと僕は呟いた。【皇帝の王】が設立されて間もない頃は、かなりの頻度で襲撃されていた。今みたいに人数もあまりいなかったし、設備も揃いきってはいなかった。
何より、僕達の名声………悪名が王都に完全に轟いてはいなかったのもある。そういった背景もあり、多発的に様々な組織に襲われ続けたが、ここ二、三年はめっきり止んだ。
僕達がどれだけ襲われても誰一人として死なず、逆に犯罪組織を壊滅させてきたからだろう。だから、今みたいに真昼間から襲撃されるのは慣れている。こんな状況で、僕のできることは何かと悩んでいたが………。
(何もしない………と言うより、何もしなくていい)
僕が出張るまでもない………いや、正確には出る必要がない。僕は自覚している、自分がどうしようもない無能だと。戦闘において、僕は完全にお荷物でしかないのだから、下手に戦場に行って死ぬ思いをしなくてもいいのだ。
なんせここは―――【帝王】なのだから。ボスキャラや強キャラで固めたクランに太刀打ちできる存在何て、一切いないと断言してもいいレベルだ。
(そう。だから、僕は何もしなくてもいいんだけど………)
叫喚の声が途絶えない。寧ろ、時間が経つごとに激しくなっているように感じる。何時もなら、既に制圧されて事後処理に追われることになるのだが………。
(………終わらない。何でだ?)
今【王城】にいる幹部が、エス、カネサダ、ソフィア、ロゼの四人しかいないからだろうか?だとしても、そこら辺の犯罪組織………『白夜』であろうとも、この四人の攻めを押さえられたりはしない筈だ。だとすれば一体何が起きているのだろうか。誰一人として、僕の疑問に答えてはくれない。常に緊張状態にあるので、流石に疲れて来たし………。
(うん、出よう)
このままここにいても埒が明かない、行動あるのみだ。幸い、今の僕は完全武装。いきなり不意打ちされても、天授物、『王族の盾』があれば一撃は防げるし。
兎も角、部屋の外に出るとしよう。ゆっくりと警戒しながら扉を開ける。すぐ外は激しい戦闘音が聞こえたが、ここら辺は静かだ。ほっとして、下に行こうと階段のある場所を目指す。最初は周囲に目を配らせて歩いていたが………だんだん面倒くさくなってきた。
(このペースじゃ文字通り日が暮れるよ………)
一番下まで行くのにどれだけ時間がかかることか………疲れる。もういいか、こんなに長い間いたのに、少なくともこの階層で騒動の音は何一つ聞こえないし。とはいえ、馬鹿真面目に一直線に階段を目指したりはしない。少しだけ遠回りになるけど、別の道から行こう。待ち伏せされているとは限らないしね、うんうん。
「………ん?」
迂回しながら歩いていると、ほんの少し振動音が聞こえた。音の聞こえ方的に………階段付近か?訝しみながら進むと、そこには冷や汗を流しながら剣を構えているアインスが、廊下の角越しに見えた。顔見知りを見つけて、安堵しながらその背に声をかける。
「アレ、どうしたのアインス。そんなところに突っ立って」
安心して思わず気軽に呼びながらアインスの隣に行って―――眩い雷が発生した。
「………え?」
呆気にとられた声が漏れ出た。僕はこの雷のエフェクトを知っている。『王族の盾』、僕の生命線の一つが発動したのだ。つまり、僕は今誰かに攻撃されて………誰に?そこまで考えて僕はようやく、目の前にいる黒髪の美しい狐の獣人が、物々しい籠手を真っ直ぐ僕に向けていることを。
「………防がれた?完全に?必中の攻撃を?『時間加速』までしたのに?まるで何事もなかったかのように平然と?私の攻撃を読んで?この少女を守るために?」
な、何だこの獣人?ぶつくさと譫言を呟くかのように………ん?「防がれた?」って言った?ひょっとしてひょっとしなくても、この妖艶な雰囲気溢れるお姉さん狐が、僕を攻撃した?無意識の内に空気を大きく吸い込み、心の中で叫ぶ。
(………………あ、あぶねーーーッ!!?)
危うく死ぬとこだった!!「『王族の盾』あるから余裕やろ(笑)」なんて考えていた過去の自分をぶん殴ってやりたい。何回同じことを繰り返せば気が済むんだ馬鹿!実際、死にはしなかったが………迂闊にも程がある。
(もう『王族の盾』はない………もっと慎重に事態を把握しないと!)
怖気が背中に走りながら、僕を攻撃したらしい狐の獣人は、何時の間にか後ろに大きく下がっていた。彼女の足元は突き抜けていないとはいえ床が大きく陥没していて………ん?
(アレって………エス?)
見たことがない程に蒼白な顔をしたエスは、床に這いつくばりながら震える瞳で僕だけを見つめていた。
(もしかして………負けた?)
エスが?ボスキャラが?………マジでヤバい。事の大きさを甘く見ていた。ひょっとしたら、ロゼ達ももうすでに倒されて………うぇ。最悪の想定をしてしまった僕は、間近に迫る死を肌から感じ、吐き気を催した。このままじゃ、敵が目の前にいるのに吐いてしまう。
危険な状態だと判断した僕は、首にぶら下げている蒼銀のネックレス―――天授物、『明鏡止水』に触れた。頭が、心が、魂が急速に冷えていくのを感じる。ついでに腕輪型の天授物、『無表情』も触る。心身共に冷静になり、表情も静かになった。今の僕は、周囲の人から見たら、まさしく冷酷な人間になるだろう。最も、心の中は騒がしいことこの上ないが………。
「貴方は一体………?」
「答える訳ないだろう間抜け、貴様の脳みそは文字通り花畑なのか、ん?(ごめんなさい、ちょっと初対面の人にいきなり名前は………)」
はーつっかえ、『明鏡止水』から『暴言厨』に名前変えたら?ナチュラルに相手を煽るのはやめてもろて。ってか待って?今この天授物使ったの、ひょっとしてプレミだったりする?
『王族の盾』があるなら兎も角、無防備な今の状態だと………い、いや、大丈夫だ。最初の雷の障壁が良い影響を与えてくれた、向こうは完全に僕のことを警戒している。いきなり攻撃されることなんて―――その時、僕の横顔を何かが通り過ぎた。風でも吹いたかと思い、気にしなかったが………狐の獣人は驚いた顔を見せた。
「………眉一つどころか、呼吸一つ乱さないとは………その身なり、口調や在り方。纏っている強者特有の気配こそないですが、やはり貴方が【英傑】オーマ・グライアンドですね」
「ふざけたことを抜かすな、貴様の目は節穴か?(ごめんなさい、多分人違いです)」
「そうですね、確かに節穴でした。貴方ほどの強者を見逃していたなど………自分もまだまだだと感じました」
(やっばーい!!なんか変な誤解されてるー!?)
よく見たら彼女、何かを投げ飛ばしたような格好していた………もしかして、その辺に転がっていた瓦礫でも僕に向かって投げた?考えごとしていて何も気づかなかったんだけど………。
「だからこそ、私も本気で貴方を叩きのめす。全ては、女神の御意志の通り」
「馬鹿か、貴様如きでは相手にならん。顔面洗って出直せ、三下(やめてください、死んでしまいます。お引き取り願います)」
籠手を構える彼女に僕は死を覚悟した。エス………そんなところで呆けてないで助けてください。アインス、君の主人公と同じ血筋なんだろう?なら、こう、主人公補正的な何かが働いたりとか………しない?
ダメもとでアインスを見つめるが、彼女は恐怖に染まった顔で助けてほしそうに見てくるだけだ。ごめん、女の子の前でくらい恰好を付けたいけど………僕には無理だ、助けてくれ。
「申し訳ないですが、相手してもらいます………偉大なる主に仕えし『神の使徒』の一人、アンデレ。いざ尋常に」
そんな僕のことなど露知らず、名乗りを上げたアンデレと名乗った狐の獣人は目を細めて、アインスを無視して僕だけを見た。ってか待って?なに、『神の使徒』って?この世界、『Salvation of God』にそんなのいなかった筈だけど………これも、『バタフライエフェクト』か。
(ヤバい、過去一ヤバい)
孤立無援、正体不明、能力未知数。唯一分かるのは、【剣姫】を退けるだけの実力を持っているってことだけ。敗北の条件が揃っている状況。狸寝入りでもして現実逃避したいところだが………許してはくれないだろう。
(仕方ない、か)
できれば使いたくないけど―――僕も、切札を切るとしよう。
目元を押さえる、瞼が空色に輝くのを感じた僕は、そのまま手を真っ直ぐ伸ばす。どこからともなく三ツ又の槍………三叉槍や、三叉戟、トライデントと呼ばれるであろう槍を召喚する。
武器の銘は、『帝王の槍』。お察しの通り、僕の持つ天授物のコレクションの一つだ。
宝石のように美しい輝きを見せる槍に、後ろにいたアインスが息を呑むのが分かった。アンデレも、異様な雰囲気を見せる武装を前により一層身を引き締める。槍を構えた僕は、今だけは世間が作り上げた虚構になりきる。
「【帝王】クランマスター。【英傑】、オーマ・グライアンド」
『明鏡止水』を使っているのにもかかわらず、何故か僕の言葉は変な曲解をされることなく発することができた。戦士としての礼儀を受け取ったアンデレが踏み込む、それよりも先に、僕は『帝王の槍』を発動した。
(『絶対迎撃』、起動)




