第三十八話 仮面は被れない
苛つく、苛つく、苛ついてしょうがない。思い通りに何一ついかない。あの少女も、結局のところ辞めさせるどころか決意を強くさせてしまった。オーマのように上手く人を使うことができない。元からではあるが、頭脳を使って物事を進めるのが苦手だ。しょうがないとは言いたくないが、仕方がないだろう。
(ただ、今はそれ以上に―――)
この女に勝てないのが、死ぬほど苛つく。
「何処を見ているんですか」
「コイツッ!」
剣を首元目掛けて振るう。一寸の違いもなく、常ならば確実に首を刎ねられる。至高の一閃は、アンデレに入って―――ない。真正面にいた筈のアンデレは、何時の間にか側面に移動し、籠手で殴り飛ばされる。
「グッ………!?」
壁に叩きつけられる前に受け身を―――取れない。速すぎる、威力がおかしい。ありえないのだ、これほどの速さで殴るなど。最速ならできるかもしれない、雷女なら可能かもしれない。だが、あの二人とアンデレは何もかも違う。
フェルスの動きは確かに速いが、目で追えない程ではない。最も、動いた瞬間には目先にいるので、しっかりと追えているかは怪しいが、防御に尽力すれば防げなくはない。
ロゼもそうだ。彼女の神速の拳は、あくまで雷の魔法で身体能力を極限まで高めているからできる芸当であり、魔法を封じらればできない技なのだ。だと言うのに、アンデレが魔法を使ってはいないのは見れば分かる。
つまりは、アンデレはフェルスより速く、ロゼのように魔法を使わずとも、私の目で追えない速さの持ち主―――なわけあるか。
(確かに………この世に自分の常識を超える存在はいる)
叩き込まれた壁から身を離し、頭から流れる血に顔を顰めながら、今まで会って来た常識の埒外にいる者を考える。
自分にとって何よりも優先される特別な存在にして、負け知らずの【帝王】最強の【英傑】。
五大クランの頂点に君臨し、自分を子供ように扱う忌々しい光の【勇者】。
心底認めたくないが、剣の腕は自分に匹敵しかねないだけでなく、魔法の才にも優れている【剣聖】。
他にも上げればきりがないが、この世界には理不尽の権化にして、規格外な者達がそこら中にいるのは確かだ。
だけど、この女は何かが違う。何となくとしか言えないが………長年戦い続けてきた戦士としての第六感とでも言うべきか。剣を交えることで分かる、アンデレの戦い方は、歴戦の勇士とはが違って、ズルをしているような、正々堂々と戦っていない、そんな感じなのだ。
「………アンタ、何か変なの使っているでしょ?」
「ほう。気付きますか、流石と言うべきか………今まで死滅させた人達は、誰一人として気付かなかったんですが」
「ハっ!褒められても、何も、嬉しくないわね………」
戦闘中、無表情を貫いていたアンデレは、初めて感心したように目を細めた。褒め言葉を告げられたが、何一つ嬉しくない。思いっきり唾を吐き捨てるように捨て台詞を言う。
「確かに、私は偉大なる神より与えられた権能、『時間加速』を使っています」
「『時間加速』………?」
「えぇ。自身の時を加速させることで、貴女の動体視力では絶対に追えない速さの時を手にする………幾ら貴女が足掻いても、私の時には追い付けません」
「なに、それ………」
アレか、オーマの言葉で言う所の『ちーと』ってやつか。自分の動きを速くするとか、キモ過ぎるし、ダルすぎる………けど。
(倒せない訳じゃない)
種は分かった、ならば対処のしようは幾らでも―――。
「ガッ、ハァッ………!?」
直後、床にめり込まされていた。肺の中の空気を無理矢理出される。無様にも咳き込みながら、曇った眼をアンデレに向ける。アンデレは、顔色を一つも変えずに淡々と呟いた。
「たった今、目的が変わりました」
「な、に………」
「神託が下りました。貴女を捕縛するようにと」
「はぁ………?」
意味が分からない、何を言っているのだ。アンタの、神とかふざけた奴の目的はオーマの筈だろう。私を捕縛して何をするつもりだ。
「あの御方曰く、貴女は過去に主が目を付けていた存在らしく。できれば手駒に加えたいと………それに、貴女を絶望させるのに今の状況は打って付けなので」
アンデレは、私達のいる後方を見つめる。そこには、信じられないものを見るかのように立ち尽くしていたアインスがいた。アインスに聞こえないように、小声で私の耳元に囁いてきた。
「彼女、貴女の弟子らしいですね………貴方を絶望させるのに、丁度良い存在です」
「………ハッ!好きにすれば?」
言外に、私の心を壊すためにアインスを始末すると言い放ったアンデレに、投げやり気味に「どうぞご勝手に」と告げる。だって、実際にどうでもいいのだ。あの少女がどうなろうが私にはどうだって構わない。寧ろ、今、最もオーマの特別に近しい存在が消えるのは私にとっても喜ばしいことで………。
(………あぁ、クソ)
心底嫌になる。こんな屑みたいな考えをしてしまうことも、たった一人も倒せない自分の力不足にも、何もかも嫌になる。だけど―――譲るつもりはない、オーマは私だけのものだ。
(だから………)
私の為に、彼女には死んでもらうしかない。そうでもしないと、私はオーマの特別になれないのだから。床に仰向けになりながら、獲物を見つめたアンデレを見る。心の中で必死に言い訳しながら、自分は悪くないんだと。
(悪くない。私は悪くない。全力で戦ったけど負けてしまった、だからアインスを守れなくて、彼女は死んでしまって………)
ふと脳裏に過ったのは、オーマに救われた自分だった。あの人は、誰にとっても王子様で、格好いいヒーローだ。だけど、私はそうじゃない。オーマの前では剣を振るえるお姫様で、他の前では意地悪な物語の悪役の姫だ。だから、今の私は【剣姫】じゃなくて【悪姫】といったところか。
「さようなら―――」
アンデレが床を踏み込み、疾走の構えを見せた。アインスは咄嗟に、お世辞にも上手いとは言えない構えを取って、迎え撃とうとしている。無理だ、あんなお粗末な剣では勝ってこない。その歪な姿が何だか今の自分とそっくりだと自嘲しながら、剣の姫は悪役の仮面を被ろうとして―――。
「アレ、どうしたのアインス。そんなところに突っ立って」
突如として聞こえてきた呑気な王子の声に、凍り付いてしまった。




