第三十六話 もう何も言わない方が良い(いろんな意味で)
「………なんか、久しぶりに話した気がする」
「………いきなりどうしたんですか?」
ボーっと外を眺めていた僕は、ふとそんなことを呟いた。ロゼが訝しげに見てくるが、僕もよく分からない。ただ、何となくそう思ったのだ。
そう、まるで第四の壁にいる誰かが、「コイツの出番、ここ最近回想くらいしかなかったな」って語りかけてきたような感覚!………何言ってんだろう、本当に。
「はぁー………そろそろ時間かな」
「はい、数分後には出立かと」
時計を一瞥し、身なりを確認する。今回の僕は、本気も本気だ。天授物を体中に巻き付けて完全武装している。正直、あまりの多さに体が重くて立っているだけでもしんどいが………命に代えられるものはない。
「部隊の方はどうなってるんだっけ?」
「カネサダさんがまとめています。【帝王】から五十名、それに加えて騎士団からも二百名近く」
「そっかー………そんなに来たかー」
つまり僕は、二百五十人近い部隊を率いるリーダーとして犯罪組織のアジトに乗り込まなくちゃならなくて………。
「………ごめん、ちょっとお手洗い」
「分かりました、私はカネサダさん達の様子を見てきます」
ヤバい、急に吐き気がしてきた。責任が重い………何で僕はあの時、後続部隊を率いるなんて言ったんだろう。いろいろあってしょうがなかったとは言え………落ち着け………大丈夫だ、物見遊山みたいなもんだし。基本はカネサダに任せればいい、ソフィアがいる限り死ぬことはなくて………。
「………ハァ、ダメだ。昔からこうだな」
考えすぎで、不安症。些細なことに気を持っていかれそうになる。ネガティブな思考ばっかりしてしまう。
(そんな自分が、死ぬほど嫌いだ)
この世界は、自分みたいな性格には根本的に合わない。起こってもいない不確定要素に振り回されて、そのまま下を向いたままで、気分がどんどん下がっていく。
「………やめやめ、もういいや」
考えた所でどうしようもない、気楽に行こう。どうとでもなるさ。
「何も気にすることはない、間違っても死ぬことはないから―――」
その時、突如爆発音が聞こえてきた………ひょっとして、今のフラグだった?
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「何のつもりだ騎士団共!?」
「お、俺達もどういう訳か―――アァ!?」
【帝王】のクランハウス、【王城】のフロント部分。『白夜』の掃討作戦の後続部隊に組み込まれた【帝王】の構成員は、誰もが武装を整えていた。その時だった、合流した騎士団の半数以上が突如として抜刀し、斬りかかって来たのは。
突然の横暴に、【帝王】の面々は一瞬動きが遅れた。何人かが負傷し、後手に舞わざるを得なくなった。そのタイミングを見計らったかのように、『白夜』の襲撃事件の時に参加してきた他組織まで攻めてきたのだ。
「ザマァ見やがれ【帝王】!」
「無様だな!」
「お前達にやられた傷、一時たりとも忘れはしなかったぞ!!」
「コイツ等………!」
「オーマ様達に散々痛めつけられた癖に!!」
調子に乗ったように嘲笑う犯罪組織を前に、【帝王】の構成員達は誰もが拳を握る。
「お前達如きに、遅れを取る訳ないだろう!!」
「幹部でもない限りな!」
「そうですか、ならお相手いたしましょう」
「「「ッ!?」」」
誰よりも叫んでいた『ハンドレッド』の面々の背後、突如として聞こえてきた老人の声に反応し振り向き様に刃を振るうも―――崩れ落ちる。血の花を咲かせ、血の泉に倒れ伏した三人の前に、襲撃した組織の者はその老人の姿に戦慄し、【帝王】は最強の老剣士の登場を前に歓喜に包まれた。
「【刃葉】、カネサダ・イズノカミ………!?」
「余所見していていいのですか?」
恐れていた幹部の登場に二の足を踏んでいた『六華』の元に、雷を纏った拳が突き刺さった。その神速の如き動きを追える者はおらず、瞬きの間に打撃が叩き込まれて沈む。
「【雷拳】ロゼ・ラリティだとッ!?」
「アイツ戦闘職だったのか………?」
「あの御方に従う以上、戦えない者はいりませんー………前もこんなこと言ったような?」
「これが俗に言う、『でじゃぶ』ってやつですかねー」などと、宣いながら杖を振るうのは【聖女】ソフィア・メパラクス。杖を槌に見立てて猛然と特攻する彼女は、まさしく聖女の皮を被った、どこかの狂った剣士を彷彿とさせる戦闘狂だった。
「………ソフィア、何時にも増して暴れてませんか?」
「………いろいろあって、彼女も荒れているのですよ」
「そのいろいろとは?」
「………後で御屋形様にご報告されると思われます」
良く分からないが、何かあったんだなとカネサダの表情から読み取ったロゼは、そのまま黙って敵を処理する。できれば、こちらに変な被害がこないことを祈るばかりだ。
一時は劣勢になりかけたが、【帝王】の幹部が三人もいれば戦況などどうとでもひっくり返せる。それほどに、自分達は理不尽の権化なのだ。七人も幹部が向かった『白夜』は、敵ながら同情する。
(ただ、今はそれよりも気になることがある)
眼鏡が光り、鋭い眼光を外へと向ける。【王城】の庭にはまだ犯罪組織がたむろしているのにも関わらず、沈黙したままだ。おかしい、外には先遣隊として『白夜』のアジトに攻め入ったドルラスと、王都の外で調べ物があると出て行った【才女】リン・ジェスティが、オーマの知識を基に作成された機関銃がある筈だ。
【帝王】に敵意を持つ者を見分け、発見次第に無数の弾丸が飛ぶように設計されている。だと言うのに、今は動きもしない。壊された訳でもない、故障もしていない筈だ。他ならないドルラスが、王都に帰還した際に点検したと報告を受けているし。
それだけじゃない。何故、国を守るべき騎士団が【帝王】を襲うのだろうか。確かに、互いの間に因縁じみたものがあることは否定しない。だが、幾ら何でも今この状況で【帝王】を襲うメリットはない筈。
(と言っても、私達も似たようなことはしたりしますが………けど、騎士団は私達冒険者とは違う。彼等は国家に所属する者達、個人的な恨みで剣を引き抜くような愚行を侵したりはしない筈。だとすれば、一体何が―――)
思案の海に潜っていたロゼ、『暗黒騎士』に所属している男を刀でを斬り捨てたカネサダ、回復術師の癖に誰よりも前に出て暴れるソフィアは、その異質な雰囲気にいち早く気付いた。戦闘特有の興奮した雰囲気に流されることなく、脳を冷やした三人は、今この戦況で最も注意するべき相手を見つめる。
「お初にお目にかかる、【帝王】の皆々様」
芝居じみた立ち振る舞いと物言いで【王城】に入って来た男、まるでスロートのような男だと脳裏に思い浮かんだが、その評価はスロートにも申し訳ないと心の中で謝る。
(なんでしょう、この感じ)
(異質、いやこれは………)
(………気味が悪いですねー)
何より、目の前で消えることのない胡散臭いオーラ放つ男と同類にされるのはスロートとしても御免被るだろう。神経を逆撫でするような、生理的に受け付けがたい、体中の全てが拒絶するような。こんな感覚は世界中のあちこちを旅したことのあるカネサダも感じたことがない。得体のしれない存在は、ニコリと微笑みながら名乗った。
「俺の名前は、ペトロ。偉大なる『神の使徒』の一人だ」
神。その名を聞いてフラッシュバックしたかのように、三人には夕日に照らされた英傑と少女が向き合っているのを思い出した。あの場で、アインスだけに説明された『邪神』なる存在。
そんなものがこの世の裏で暗躍しているなど、俄かには信じがたいが………他ならない、あの御方が語ったのであれば信じるのは当然だろう。となると、目の前にいるペトロと言う男は、『邪神』の手先でオーマ・グライアンドの敵にあたる。すなわち、自分達の敵。
即座に踏み込む。雷を纏った拳を、鋭く鍛え上げられた刃を、数多の人間と亜人を屠って来た血濡れの杖を、『神の使徒』の胴に、腕に、頭に、各々の得物が牙を向く。そんな中、ペトロは笑みを消すことなくその場にいた。
「「「ッ!?」」」
三人の攻撃は、一寸の違いもなく当たる筈だった。だが―――当たらない。攻撃がすり抜けた。霞でも殴った感覚に、冷静沈着なロゼは瞠目した。カネサダは言葉を失くした。ソフィアは信じられなかった。瞬時に距離を取る、後方へ向かって飛んで反撃に備えるが、ペトロは何一つ動いていなかった。
「どうした、そんなに慌てて?俺は何もしていないが」
「何をした、今の同時攻撃は絶対に避けられない」
三方向からの挟撃。決して躱せないし、仮に防いだとしても傷の一つや二つはできる筈だ。いや、そもそも防いだならその衝撃は自分達の手元に残る。だが、そんな手のしびれは感じなかった。虚無を斬った、表現するならその言い方が正しいと考えたカネサダは険しい目線をペトロに向ける。肩をすくめたペトロは、やれやれといった風に語る。
「何も特別な事はしていない。俺はただ、『時の流れ』に身を任せただけだ」
「『時の流れ』って、どういうことですかー?ソフィアちゃん、知りたいかもー」
額に青筋を浮かべながら、媚びた声で情報を聞き出そうとするソフィアに、ロゼはぼそりと「これが俗に言う『ぶりっこ』というやつですか………」と呟く。多分そんなことはないと、誰かつっこんでくれ。
「『時の流れ』には、誰も抗えない。時間が進み、過去、現在、未来へと進んでいく。人であれ、亜人であれ、魔人であれ、誰一人逆らえない不変の真理。それが『時の流れ』だ」
「一人語りをどうも、変な言い回しせずに簡潔に答えてくれますー?それができないなら、地中深くに潜って二度と這い上がってこないでくださいー。というか二度とそのクソみたいな面晒すなゴミが」
「ソフィア嬢、本音が漏れ出ています。抑えて」
最早取り繕うこともせずに、オーマの前では決して使わない暴言を吐く。どうにかカネサダが落ち着かせるが、完全に怒りに呑まれている。休暇が足りないのだろう。オーマには、後でソフィアを癒してもらわなければ。必死になっているソフィアを見たペトロは、不敵な笑い声を【王城】に響かせる。
「要するにだ。俺は『時の流れ』と同化している。神でもない限り干渉できない時と、俺は一体化しているのだよ」
干渉不可、決して抗えない『時の流れ』を自分のものとしているペトロは、【帝王】が未だかつて戦ったことのない、不条理の化身として立ち塞がった。
「さぁ、絶望しろ!何をしても無駄な相手を前に、終わりを悟っただろう!我等が神は絶望を望んでいる!ほら、さっさと絶望してあの御方の手駒に―――」
そこで、初めてペトロは笑みを消した。目の前にいる三人の瞳を見て。攻撃が通らない相手、普通なら勝てる訳がないと諦める筈なのに―――誰一人として、絶望の感情を読み取れなかった。ペトロの頭に、初めての疑問が生まれた。
(何故諦めない、何故絶望しない?何をしても無駄だと分かっただろう?だと言うのに何故―――)
「簡単なことです」
ペトロの疑念に答えるように、ロゼはペトロの思考に口をはさみ、拳を構え直した。雷がバチバチと鳴る中、冷静沈着が売りの女は、ここに来て初めて好戦的な笑みを浮かべた。
「勝てない相手ほど―――私達は燃える質なので」
「寧ろ嬉しいですわい。まだまだ世の中には理の外にいる化け物がいるのだと知れて」
「ここ最近、雑魚狩りばかりで退屈でしたしねー」
臆してなどいない、それどころか戦意が向上している【帝王】の前に、ペトロは生まれて初めて、人という存在に一瞬だけだったが恐れを感じた。ペトロが怯んだ様子を感じ取ったロゼは、更に笑みを深めて言い放った。
「何より、ここには【帝王】最強がいる………あの人がいる限り、負けはない」
彼に頼りきりなのは心苦しいが、もしもの時は今までがそうだったように、必ず救いを与えてくださる筈だ。たった一人の青年へ思いをを馳せている中、唯一ソフィアはこの場にいない女を思い浮かべた。
「………どこで何してるんですか、エス」
貴女が願っていた、最高級の御馳走《敵》がいるぞと。戦闘でしか役に立たないのだから、出て来いよ。




