第三十五話 隣に立つのは
あの後ことは正直あまり記憶がない。あの豚男は文字通り豚箱に収監され、空席になった騎士団長の座はカリバー・ダクルタが継いだ。
あのクソ豚の罪は白日の下に晒されると思ったが、国を守る盾の代表が非人道的行為を繰り返していたということを公表すれば、国民からの糾弾は免れないし、信用もガタ落ちするということで箝口令が敷かれた。当事者である私からすれば、ふざけんなの一言だが、あの時はどうでも良かった。何故なら私は………運命の人に出会ってしまったからだ。
(あの人………オーマさんは、冒険者って言ってたっけ)
会いに行きたい、話をしてみたい、触れてみたい………日に日にその思いは強くなり、遂に私は騎士団を脱退する決意を下した。新団長のカリバーは、仕方がないかとばかりに肩をすくめて、私の判断を尊重してくれた。
騎士団を抜けた私は、そのまま冒険者の登録を済ませた。冒険者として働きながら、オーマ・グライアンドの情報を集め、いつか会える日が来ると心待ちにしていた。そして、遂に。
「………いた」
依頼が張られている掲示板に、彼はいた。すぐ傍には豚男を殴り飛ばしたドワーフの代わりに、黒衣に身を纏った暗殺者のような恰好をした人間族の男がいた。
姿を見た瞬間、結構な距離があるのにも関わらず思わず身を隠してしまった。髪がおかしくないか、服に変なシワはないのかをそそくさと確認し、駆け足とも言えないくらいの程よい速さで向かう。第三者から見たら、多分ぎこちなかったと思うけど………。
「あ、あのー………」
「ん?あっ」
震えた小さな声で、おずおずと声をかける。オーマさんは私の顔を見て驚いていた。傍にいた暗殺者の男が、私を警戒しつつオーマさんに何者かと誰何する。
「オーマ、彼女は?」
「ゼクス!この子は僕達が探していた子だよ!」
「何?コイツがか」
ゼクスと呼ばれた男は僅かに息を呑み、目を細め吟味するように私を見る。あの一件以来、身体を見られることに抵抗があるが、それよりも気になることがある。
「あの………私を探していたってどういう………」
「あぁ。あの後、君の様子を見に行こうとしたら、もういないってクロスに言われて探していたんだよ。また変な輩に攫われたり騙されたりしていないかなって………ボスキャラの位置は把握しておきたかったから。僕の身を守るためにも」
「そ、そうなんですね」
最後の方は何を言っているのか聞こえなかったが、どうやら騎士団から出て行かなくても会えたらしい。完全に私の早とちりだったが、そんなこと今の私には考えられなかった。
(探してくれていた………私のこと心配してくれて)
やばい、めちゃくちゃ嬉しい。好きな人に身を案じて、想ってくれるのがこんなにも嬉しいとは思わなかった。赤くなっているであろう顔を隠すように、俯く。汗が顎を伝う中、オーマさんは恥じらっている私のことなど気にもせずに話す。
「それにしても、騎士団を抜けて冒険者になるとは………想像もつかなかったな」
「あっ………はい」
貴方の後を追って、とは言えなかった。思ったことはそのまま口に出す性格なのに………彼の前では、借りてきた猫のように大人しくなってしまう。今こうして対峙していても、余計なことばっかり考えてしまう。さっきあんなに確認したのに、髪型とか服装の乱れがないのか、汗臭かったりしないか、緊張で変な顔になっていないのかなど、気になってしょうがない。
「まぁでも、元気そうで良かったよ。じゃあね、またどっかで」
「あっ………あのっ!」
微笑みを浮かべながらその場を去ろうとする彼の背に向かって、必死に呼びかける。立ち止まったオーマさんは振り返る。
「どうしたの?って、そういえば先に声をかけたのはそっちだったね。何か用かい?」
「………えっと」
ダメだ、言葉が出ない。何を言おうかあんなに考えていたのに、喉に小骨がつっかえたような感じだ。言葉が詰まり、黙っている私にオーマさんは変わらず優しい笑みを向けてくれていた。
「どこか座って話そうか。ゼクス、ここら辺で良い感じのカフェとかない?」
「ギルドを出て少し右を歩いたところに、評判の良い店があったはずだ」
「オッケー、じゃあそこに―――」
(あぁ、好きだ)
顔の良さだけなら、隣にいるゼクスと呼ばれた男や、新騎士団長のカリバー、副団長のクロスの方がいいだろう。ただ、こうした些細な気遣いをしてくれるのが、曇りのない笑顔を見せてくれるのが、好きだ。
私の手を引いて歩こうとする彼の手を取った私は、ずっと言いたかった言葉を告げようとして………踏み留まった。こんなにも明るく優しい彼と、自分は釣り合わないのではないかと脳裏に過ってしまった。だから、私は―――。
「―――私を貴方のパーティーに入れてください」
「えっ?」
手を握りながら、告げた言葉に、オーマさんは呆気にとられた顔をした。
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オーマさん………オーマのパーティーに入れてもらってから、数ヶ月が経った。仲間は既にオーマを含めて五人いた。あの時助けてくれたドワーフ、亜人族の中でも珍しいの竜人族、暴言しか吐かない生意気な狼人に、常にオーマの傍にいる暗殺者の男。
私以外全員男だったが、逆にそれが安心した。オーマを狙う女がいないことが分かったからだ。最も、後の話になるがオーマはどこで知ったのか、次々と女を引っかけて帰ってくるものだから、何一つ安心できなかったが。
(今の私は、オーマの横に相応しくない)
オーマのような、誰かを助ける優しさも、強さも、私は何一つ持っていない。だから、強くなろう、今以上にもっと。助けられるのを待つだけの姫じゃない。剣をとって、王子様を支える剣士として彼の横にいるのだ。
そんな私の願いを聞き届けたように、私の二つ名は【剣姫】となった。
(この調子で、もっと)
強さを求めて鍛錬を繰り返していたが、次第にオーマの周りに増える女の子に危機感を覚えた。このままでは、オーマが取られてしまう。そう考えた私は、女の子らしさを極めようとした。今まで着ようとしなかったスカートを履くようになり、スキンケアも今以上に徹底した。オーマ本人も、「付き合うなら可愛いらしい子かな」って言っていたし。
言葉遣いもなるべく女の子らしくなろうとしたが、こればっかりは無理だった。なんというか………ムズムズする。どうして「ですわよ」とか、「おーっほっほっほっほ」とか訳の分からない言葉遣いをしないといけないのか。余計なこと教えたあのクソ女は、とりあえず殴った。
オーマの前で赤っ恥をかいたじゃない。頭のネジが外れた可哀そうな子を見つめるような顔したオーマが今でも忘れられない………間違いなく、黒歴史だ。まぁいろいろあったが、強さも女の子らしさも極めながら、【帝王】の幹部として過ごしていた。そして、あの言葉と光景を見てしまった。
『君の力を貸してほしい』
夕日が差し込むあの光景は、まるで絵本の中から飛び出た幻想的な一ページに見えた。
『彼女に指導役を付けたい』
今まで誰にもそんな指示はしなかった。つまり、それだけあの女に期待しているのか。
アインス・ディエス。私の心をかき乱す、忌々しい女の名前。誰一人として聞いたことがなかったオーマの目的、『邪神討伐』。それを面と向かって話したのは、アインス・ディエスだった。それを知った時、激しい嫉妬を覚えた。オーマに期待されている、オーマが横に立つことを認めた、それだけでアインス・ディエスを殺したくなった。
きっと、あの場にいた幹部の何人かはその思いを抱いただろう。だから、私は指南役として立候補した。堂々と、あの女を叩きのめすために。自分でも最低なことだって分かっている。だけど、フェルスにも言ったように、この感情を抑えることは出来なかった。
(オーマの横に、アンタは相応しくない)
彼の隣に立つのは、私なのだ。




