第三十四話 この感情の名は
エス・レイドルは、ごく普通な一般的な家庭に生まれた。貴族でもなければ商人の家でもない、庶民の家に。何一つ不自由のない環境で過ごしていったエスの目を引いたのは、至って普通の本だった。
王子が悪しき者に攫われた姫を助けるだけの、ありふれたおとぎ話。それに、エスは疑問を持った。
(どうして、攫われて姫は何もしていないの?)
(どうして、どの物語も男の人が強いの?)
親に聞いた、地域の人に聞いた、本屋に聞いた。返って来た答えはどれも同じで、「そういうもんだよ」としか言われなかった。そのことが兎に角癪に障った。どの話でも、女は助けられるだけの無力な存在なのが嫌だった。
だから、変えてやろうと思った。守られるだけではない、女でもやろうと思えばできるのだと。父が昔使っていたという剣を持った。毎日、時間を忘れて朝から夕方まで素振りを繰り返した。父は慌てて止めに入った。
「そんな危ないことするな!!」
私の身を案じての怒りなのは理解していた。だけど、自分は何もできないと言われている気がして、余計に火が付いてしまった。剣を振ることに没頭した。血豆が出来ても、腕が痛くなっても止めなかった。
その内、両親も諦めたようで剣を取り上げることはなくなり、応援してくれるようになった。父は剣の振り方を矯正してくれて、母は泥まみれになった自分を流水で優しく洗ってくれた。そうして心身と共に成長し数年、私は騎士団の入団試験に臨んだ。
試験会場で、私は大きく浮いていたのを覚えている。騎士団に入団するのは男だけだった。当然と言えば当然だ、そもそも筋肉の付き方が男と女では違う。男の方が大きく、筋力があるのは自然の摂理であるが故に、入団試験である試験官………本物の騎士との模擬戦では、打ち負けると誰もが思っていただろう。
「………終わり」
「ッ!?」
だが、結果は私の圧勝だった。信じられない様に自分の手元を見る試験官を見下しながら、父に言われたことを思い出した。「エスは剣の才能がある」「そのしなやかな筋肉は大きな武器だ」と評価されていた私は、実際に対人戦をしてみてその才を理解した。私の剣は、戦い方は、間違いなく通用する。そのことに喜びを感じ、その後の試験も余裕の合格。当時の新人騎士の首席として私は堂々と入団を果たした。
騎士となり、多くの模擬戦を繰り返しまず最初に感じたのは、失望。誰も彼も相手にならない、私の剣を受け止められない、動きを追えない。こんな実力で国を守れるのかと疑問でしかなかった。唯一、救いがあったとすれば副団長の存在だった。カリバー・ダクルタとクロス・レイリウス。この二人にだけは、自分も負けるくらい強かった。それだけは失望の中にあった救いであり、思わず笑みが零れた。
(上には上がいる………私はまだまだ強くなれる余地がある)
そうして過ごしている数日、騎士団長に呼ばれた。団長室に入ると、汗臭い嫌な匂いが鼻腔を襲った。思わず顔を顰めながら団長と話をする。
「よ、よく来たな。エス・レイドル………ふひ」
「………はい」
まるで豚のような笑い声が零れている団長に、気色が悪いと感じる。正直な話、私はこの男が嫌いだった。とても騎士団長とは思えない太った体、見てすぐに分かる鍛えられていない肉体。何故こんなのが騎士団長なのか疑問しか湧かないが、聞いた話によると実家が、騎士団に多額の寄付をしているというのだ。
要するに金で地位を買ったということだ。私は努力して騎士団に入ったのに、この男は碌に苦労せずに今の位を手にした。私の嫌いなタイプだが、上司に呼ばれたからには話さないといけない。嫌な気持ちを隠しもせず、相槌を打つだけ。出された紅茶を渋々飲み干し、何を言いたいのか分からない退屈な話を聞いていたせいか、だんだん眠くなって―――。
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金属の擦れる音が聞こえる。ゆっくりと目を開けたら、私は囚われの身だった。着ていた筈の騎士団の服装を脱がされ、下着姿で鎖で縛られていた。何が起きたのか分からず、必死に身をよじる。
「な、何よコレ………ッ!?」
ガチャガチャと音を立て、手足に力を込めて鎖を引き千切ろうとしてもびくともしない。そうこうしているうちに、私の正面にあった扉が開いた。入って来たのは、下衆な笑みを浮かべた団長だった。
「お、起きたか。ふひ」
「団長、コレは一体どういうことですか!?説明してください!」
「み、見ればわかるだろ。お前は今から、俺のペットになるんだ」
「は………?」
意味が分からない、何を言っているんだこの男は。こちらに向かって歩きながら、団長は話し続ける。
「お前が入って来た時な、俺は嬉しかったんだ。まさか鴨が葱を背負って来るなんて思いもしなかったから………わざわざバレないように攫う必要もないから手間が省けて楽だった」
「ま、まさかアンタ………」
「お、お前はどれだけ耐えられるかな?前の女は、十回くらいで壊れたからな………」
怒りで頭が真っ白になった。腹の底から、今までで一番の怒声が出た。
「このクズッ!!どれだけの女性を手にかけたんだクソ豚ッ!!」
「ふひひ………何を言われてもちっとも心に響かないなー」
荒い息を吐きながら、部屋全体を指し示す。
「ここは完全防音の部屋だ。お前がいくら叫ぼうが、助けを呼ぼうが、泣き喚こうが誰も聞こえはしない………ふひ、ずっと我慢していたがもう限界だ」
ベルトを外しながら近づいて来る。その時、初めて恐怖を覚えた。どれだけ辛い稽古をしても漏らさなかった弱音が出る。自分の体が、豚のような男に好き勝手凌辱されるという現実に目を背けたくなる。
「や、やめて………」
「ん?もう泣き言か、思ったより早かったなぁ」
震えた声で拒絶を告げるが、気にも留めずにズボンを下す。目元に涙が流れた時、あの本たちのことを思い出した。ありきたりな話で、自分が剣を執った原因。今の自分の状況は、まさに攫われた姫だった。あんなに馬鹿にしていた物語の姫と同じ立場になった、その事実への怒りよりも共感が来た。攫われた姫達もこんな気持ちだったのかと。
「じゃあ、純潔な騎士少女。いただきまーす」
唯一、彼女等と違う点は助けに来る王子様がいないという点だろう。こんなことなら、大人しく生きていたら良かった。剣なんて持たずに平和な世界で生きて行けば―――。
「「!?」」
私の胸に触れそうになったその時、轟音と共に扉が崩れ落ちた。突然の事態に呆気に取られていると、土煙の中から声が聞こえてきた。
「まさか本当に隠し部屋があるとは………君には驚かされてばかりだよ、全く」
「ガハハハ!コイツの読みが外れることなどないわ!」
「あーうん………危なー、正直不安でしかなかったけどあって良かった」
三人の男の声が聞こえてきた。最後の男の声は小さく良き聞こえなかったが。状況に付いていけずに呆然としていると、団長は吠えた。
「な、何なんだ!お前達は!!」
「答えるまでもないでしょう、団長」
土煙の中から一人の男が出てきた。その姿を見て、団長は腰を抜かせていた。
「く、クロスッ!?どうしてここが分かった!?」
「頼りになる友が教えてくれました………団長、コレはどういうことですか」
「………お、俺も攫われて………ここに来たんだ。た、助けてくれー!?」
「喧しいわ!自らの罪を認めろ!!」
「ブヒィッ!?」
勇ましく飛び込んできたドワーフが、剛腕を腹に叩き込み、豚のような断末魔を散らしながら壁に叩きつけられた。
「良かったな、儂が相手で。ここにランゴとフェルスがいたらもっとひどい目にあっておったわ。儂の慈悲に感謝することだ………ん?なんだクロス、その目は?」
「いや、もう少し穏便に話をできないものかと思ってね………」
「加減など必要あるまい、こんな救いようのない男と話すこともないだろう」
「やれやれ………」
クロスは溜息を吐きながら団長を拘束し、外へと連れて行く。
「後は任せたよ」
そう言い残して去る背とすれ違うように、私とそう年齢が変わらなそうな少年が中に入って来た。真っすぐ私の所へ………私の下着姿をなるべく見ないように、視線を逸らしながら向かって来た。それが何だか可愛らしいと思った。
「ガラン、鍵あった?」
「おう、恐らくはこれだろうよ」
「ありがとう」
ガランと呼ばれたドワーフが、少年に向かって鍵を放り投げる。鍵を受け取った少年は、私の手足にかけられた枷を解き放つ。恐怖から解放されたせいか体に力が入らず、倒れこみそうになる。
「おっと」
咄嗟に少年は私の体を抱き寄せ、ゆっくりと床に座らせる。自分の羽織っていたマントを私の型に優しくかけてくれた。その些細な心遣いが、私の胸を今まで感じたことのない何かが突き刺さった。
「大丈夫かい?」
「………あの、大丈夫じゃないです」
「えっ?どっか体が痛む?それとも―――」
私を気遣ってあれこれ言ってくれるが、今はどれも頭に入らない。心臓がうるさい、動悸がする。自分の頬が赤く染まっていくのを感じた。
「………あの、貴方の名前は?」
その感情の赴くままに、少年の名前を問う。少年は微笑みながら、手を差し伸ばしてくれた。
「僕の名前は、オーマ・グライアンド。ただの冒険者さ」
オーマ・グライアンド。その名前が私の頭にこびりついて離れなくなった。早い話、その少年が私の初恋になった。




