第三十三話 裏切り
『白夜』のアジトを進み続ける。断続的に魔獣や『白夜』の構成員が攻めてくるが、【帝王】の前には全て無駄だった。フェルスが敵の部隊に突っ込み風穴を作り、クロスの魔法剣がこじ開ける。その隙間をサバルト、スロート、ルナが蹂躙し、ドルラスが援護、最後にザックが極大魔法で片付け、三人の回復術師が支える。たった十人の進行を止めることすらできず、屍を晒す。
騎士団はその光景を見守ることしかできなかった。例え自分達が戦場に出ても、役に立たないことを自覚していたからだ。この僅かな時で、【帝王】の異常な強さを目の当たりにし、どれだけ自分達が世間知らずなのかを知ったからだ。
唯一、アリオンだけは何か言いたげだったが、今の所黙って従っている。カリバーは、捕らえた『白夜』の幹部を監視しながら、【帝王】の暴れ振りを見て、どれだけ騎士団と実力の差があるのかを測っていた。
そうして進んでいると、遂に最下層のボス部屋に辿り着いた。重厚な鉄の扉を蹴っ飛ばして開けたフェルスの後に続くように、先遣隊が中へと入って行く。王の間のような造りをしていた最奥の部屋。その奥に座りこんでいた一人の男が、まるで魔王のような出で立ちで口を開けた。
「よくぞ来たな、招かれざる客人よ」
「貴様がここの主か?そうでない者に用はない、即刻去ね」
「いいや、我こそ偉大なる『白夜』のボスだ、名をノクス。見知りおく必要はない、冥土の土産にでもするがいい」
「………追い詰められたくせに、随分と余裕なのだな」
ドルラスは怪訝そうに眉を顰める。今の状況は、喉元に刃が食い込みかけているような状態だ。自分達を、【帝王】を懐に入れた時点で、負けは確定しているに等しい。だと言うのに、何故笑みを浮かべられるのか。
疑念が積み重なるが、この手の相手は先んじて潰す。銃口を構えてその眉間に弾丸で貫こうとした時、背後で悲鳴が上がった。後ろを振り向くと、その光景に思わず目を疑った。
騎士団の五人が、血を吐いて膝から崩れ落ちた。それだけでも問題だが、そこまではまだいい。だが、その騎士を斬り伏せたのは―――フォートヴ王国、騎士団の団長。カリバー・ダクルタだった。
「カリバー!?一体何をして………!」
この場にいる誰よりも、カリバーと交流のあるクロスが真っ先に叫ぶ。友の乱心に動揺したクロスの戸惑いは、騎士団にも伝播していった。【帝王】とて例外ではなかった。騎士団長であるカリバーとは少なからず関りがある、人となりも多少なりとも理解している。清廉潔白、汚い手を嫌い、部下への愛情が溢れる男が、不意打ちで部下を斬り捨てる。ありえない行動をしたカリバーの姿に、全員の思考に空白が生まれた。
瞬時に立ち直ったのは、フェルスとドルラス。オーマとフェリス以外どうでも良いと考えているフェルスは、裏切り行為をし、自分にとって不利益を及ぼしかねない愚か者を即座に始末しようと駆ける。ドルラスは部隊を率いる長として、常に冷静さを保とうとしていたが故に僅か一秒以内で思考を回し行動を移した。
(何故斬った?倒れた騎士が内通者?五人も同じ場所に固まるか?ありえない、愚策も愚策。だとすれば―――)
即座に判断を下し、不確定存在であるカリバーを制圧しようと動く。カリバーの腕を飛ばそうと回転式拳銃を放つ。神速の槍と高出力の弾丸がカリバーを捉えようとした瞬間、鉄の盾が割り込んできた。轟音が鳴り響き、フェルスは舌打ちと共に衝撃を利用して後ろへ飛ぶ。
「フハハハハハ、そう上手くいくと思ったか【帝王】共!」
「ロッドッ!?」
「お前何を………!?」
ロッドと呼ばれた騎士の言動に、他の騎士が叫ぶ。ロッドは晴れ晴れとした表情で、カリバーの前に立って話す。
「正気になれ騎士団、真の敵は【帝王】だ」
「な、何を言っている!?」
「簡単なことよ、団長が斬った騎士は秘密裏に【帝王】と取引をしていた。我々を殺す手筈を整える為、『白夜』を利用してこのアジトに招き入れたのだ」
「は………?」
騎士団が信じられないように立ち尽くす。ロッドはまるで演説するかのように、声高に語り続ける。
「【英傑】は疑われていた通り、国家転覆を狙っていたのだ。だが、自らの手を汚し疑われることを嫌った。故に、『白夜』の襲撃を止めずにいることで、こうして騎士団と共同の掃討作戦に持っていき、団長を始めとした騎士団という大きな戦力を殺害。【帝王】が殺したと疑われないように、取引した五人の騎士は生かすことで『白夜』との戦闘で殉職したとする。そうすれば疑われることなく、騎士団を減らし国を支配する足掛かりとするつまりだったのだろう。その思惑に気付いた我等が団長こそ、正義の騎士!私達の敵は【帝王】だ!」
言葉が出なくなるのは、今日だけで何度経験したのだろうか。熱のこもった説明、ロッドの話を裏付けるかのような【帝王】の行動に、そうかもしれないと思わされる力があった。心のが揺れ動きかけている騎士団、その中をただ一人の騎士が叫んだ。
「騙されるな皆!!」
「アリオン………」
「もし仮にそうだとしても、【帝王】ならこんな回りくどい真似をしなかった!ここに来るまでに見ただろ!その気になれば私達程度、即座に殺せたはずだ!」
「「「!!」」」
騎士団の目に光が戻る。アリオンの言う通り、【帝王】は騎士団を殺そうと思えばいつでもできた。ここに至るまでに殺されかけた者もいたが、殺害することはなかった。いつでも殺せたのにそうしなかったのは、【帝王】にこちらを害する理由がなかったからだ。冷静に戻った騎士団は、剣を引き抜きロッドに向かって構える。
「………それが、お前達の選択か?あぁ、嘆かわしい。全くもって―――躾け甲斐があるなァ!オイッ!!」
「ッ本性を現したな!団長に何をした、答えろ!!」
「答えろと聞かれて、答える馬鹿がどこにいるぅ?それより、いいのかそこで静観している【帝王】共」
目を細めて事の成り行きを見守っていた【帝王】に、ロッドは口元を歪めた。
「お前達のクランマスターは今頃、数えきれない組織に襲われているかもなぁ?」
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時は遡る。【帝王】と騎士団が出発する少し前、修練所で剣を持ったアインス・ディエスは死にかけていた。血の泉に浸かり、目から生気が消えようとして―――復活。癒しの光に包まれて即座に息を吹き返した。
「っゲホっ、ゴホっ!」
酸素を求め、咳き込みながら呼吸をする。まるで打ち上げられた魚のようにみっともなく痙攣し、石畳の上を跳ねる。そんな私を見下した女、【剣姫】エス・レイドルは冷たい眼差しで告げる。
「早く立ちなさい」
立ち上がらなければ斬られる、それを既に知っている私はふらつきながらも立とうとする。
「………エス。その辺にしてください。彼女はもう限界です」
「死んでないなら戦えるでしょ」
「傷は治せますが、失った血液は無理です。動悸に息切れ、めまいに立ちくらみ。典型的な貧血の症状が出てます、これ以上の戦闘は回復術師として認められません。お聞きください」
ソフィアがエスの暴動を止めようと、アインスの前に立ち塞がった。のんびりとした口調を辞め、訓練を中止するように説得する。舌打ちをしたエスは、懐から錠剤を取り出した。
「コレあるからいいでしょ」
「それって………」
「アンタとドルラス、後はリンが共同で開発した薬。服用した人の血液を無理矢理増やすアレ」
「ちょっ!?それ悪用しないように隠していたんですよ!患者への負担が大きいから、危険な状態以外は使用を禁止して―――」
「うるさい」
一瞬でソフィアの前から消えて、アインスの口内に錠剤を捻じ込む。水を無理矢理飲まされて薬が体内に入って行く。薬の効果は即座に出た。身体が悲鳴を上げる、余りの痛みに折角立ち上がったのに蹲る。
「うぅぅぅううぅぅぅぅっ」
「っアインスさん!」
悶絶して悲鳴を上げるアインスに、ソフィアは駆け寄る。アインスを介抱しながらエスを睨む。
「何をやってるんですかエス!正気ですか!?」
「コレは………一体何が」
「カネサダさん、手伝ってください!アインスさんをベッドの上に!」
席を外していたカネサダが戻り、床に這いつくばるアインスを見て瞠目する。ソフィアはカネサダに救援を仰ぎ、危険な状態だと判断したカネサダはソフィアの指示に従った。慌ただしく動く二人を気にすることなく、エスは最後までアインスを冷ややかな目で見ていた。
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「どういうつもりですか、エス!」
アインスを治療部屋で寝かせ、配下の者を傍に付けたソフィアは大広間にエスを呼び出した。開口一番、問い詰めるようにソフィアはエスに詰め寄った。
「何が」
「何が、じゃないです!あんな暴挙、ただの虐待でしょう!オーマ様からの指示は『アインス・ディエスを鍛えること』です!どう見ても指示の範疇から外れている!この件は、オーマ様にしっかりと報告しますからね!」
普段のソフィアからは考えられないくらい感情的になっているのにも関わらず、エスは眉一つ動かさなかった。
「そ。勝手にすれば?元々鍛えるつもりなんてないし」
「なっ………!?」
返ってきた答えは「鍛えるつもりはない」とまさかの開き直り。堂々と命令違反をしていると発言したエスに、ソフィアは絶句した。固まっているソフィアに、エスは光のこもっていない目を向けた。
「ねぇ、ソフィア。アンタはあの女のことどう思ってるの?」
「………どうとは?」
「しらばっくれちゃって」
嘲笑うように鼻を鳴らし、ソフィアに詰め寄る。
「アンタは私と同類………いや、アンタは『狂信者』か。だから私とは違って平常でいられるんでしょ?オーマの指示が絶対だと確信しているから」
ソフィアの瞳が揺れる。図星を突かれたように、動揺しているのが目に見えて分かった。
「私は嫉妬している。あの女が、オーマから寵愛を向けられているから」
そう言葉を残し、大広間から出て行った。ソフィアは咄嗟に動けず自問を繰り返していた。エスが扉から出て通路を歩こうとした時、目に入ったのはカネサダだった。壁に寄りかかり、目を瞑って黙しているカネサダの前を何食わぬ顔をして通る。
「儂は何も言いませんぞ」
「………………」
「貴女には恩がある。御屋形様と引き合わせてくれた恩が」
だから、何も邪魔しない、とすれ違い様に告げた。何喰わなない態度で歩くがその顔は苦悶の表情で歪んでいた。ソフィアのように文句を言わずに、自分のことを肯定される方が胸を締め付けた。
「………誰にも、渡さない」
それでもエスは譲れない、譲りたくない。オーマのことだけは、誰が相手だろうが関係ない、例え神であってもだ。




