第三十一話 歪み
意味が分からない。『白夜』の最高幹部、【三夜】の一人、ナハトは目の前の男からそんな感想しか出てこなかった。
「どうした?狐にでも化かされた顔をして」
戦っているのに、舞台の上に立っているかのような感覚。まるで物語の一幕にいるのではないかと錯覚を起こす。今まで感じたことのない状況に、思うように動けない。
芝居じみた足取りで歩いて来る、【空蝉】スロート・カフライドに、生まれてこの方一度たりともなかった恐怖………いや、得体のしれない何かと相対している戸惑いを覚えた。
「来ないなら、こちらから行くぞ?」
「ッ舐めるなァ!!」
大剣を横なぎ一閃、それだけで【空蝉】は血の花を咲かせる筈、少なくともこれだけで数百人は屠って来たのだ。だが―――当たらない。
「ッ!?」
いや、正確には当たっている。当たっているのだ。ただ、手応えがない。人を斬ったような感覚も、吹き飛ばしたような感覚もない。手に残るのは人の抜け殻でも斬ったような―――。
「もう飽きたぞ」
「クッ!?」
背後から聞こえてきた声に、振り返りざまに大剣を振るう。当たれば死ぬ、その筈なのに死なない。まるで蜃気楼のように消え失せる。嫌な汗が顎を伝い、呼吸が荒くなる。
「最高幹部だからと言うから期待していたのだが………その程度だったか」
頭上、天井に座りこむ【空蝉】。床に足を着かずに欠伸さえしていた男は、大きな失望を含んだ目線で見下ろして来た。ゆったりとした動きで天から地へと落ちた【空蝉】はナイフ―――いや、あれはクナイか。
極東と呼ばれる島国に、忍びと呼ばれる盗賊や暗殺者と似たような存在だったと覚えている。
「お、お前ェッ!正々堂々戦え!!」
「何を言っている、私程堂々と真正面から戦うものなどいない筈だが?」
「な、何を言うか!忍びの術で俺を騙して―――」
血を吐いた。先の言葉を続けられずに、血反吐を石畳にまき散らす。クナイが腹部に刺さっていた。一つだけではない、三本も腹に深く入っていた。
「貴公、この私を、あの卑怯者共と同じにするか」
生気の失った目。今の【空蝉】はまるで生きる屍だと、死にそうなのにそんなことを思った。【空蝉】の手が震えだし、爪が食い込んで血が流れだした。
「私は、俺は、このスロート・カフライドは違う。アイツ等とは違うんだ、オーマが、生涯を捧げるのに相応しいキングが言ってくれたんだ。間違いない、そうだ。俺は何も間違っていない。間違っているとしたら、それはこの世界だ」
ブツブツと譫言のように独り言を繰り返す。人が変わったかのような姿に【空蝉】に付いてきた騎士団も後ずさりしていた。一体【空蝉】にどういった過去があるのかは分からない。ただ、一つだけ分かるとすれば。
「そうだ間違っているのは世界。だからこそ、この俺が、スロート・カフライドとオーマ・グライアンドが世界を変えるのだ。天もそうするべきだと微笑んでいるに違いない」
俺は、決して触れてはいけない逆鱗に触れてしまったのだ。最後に見たのは、漆黒に染まったクナイが、鮮やかな赤へと変わった瞬間だった。
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「な、何で………何で私が押し負けるのよ!!」
地下に用意した戦闘場で、最高幹部【三夜】の一人、ユオは意味が分からないと叫んだ。負ける通りなどなかった、確実に勝てる算段だった。にも関わらず、地面に倒れ伏している自分の姿に吠えることしかできなかった。
「………危なかったかも、少し前までの私だったら負けてた」
うつ伏せの自分を見下しているのは、他ならない相対していた憎き相手。【闇夜姫】ルナ・ヴァイア。かつては魔人族最強と名高かった吸血鬼、その女王の素質があると言われた少女に敗北した。自分よりも年下に負けた屈辱はある。だがそれ以上に、何故この圧倒的に有利な状況で負けたのか、疑念しか生まれない。
「どうして太陽の下でそんなに動けるのよ!」
『白夜』のボス、ノクスから渡された天授物、『空の統治』という宝珠。効果は天候操作、例え地下世界であろうとも制限時間や操作可能な範囲はあるが、架空の空を生み出し、太陽を生み出すことも、雨を降らせることも可能なアイテム。
『空の統治』を活かし吸血鬼の弱点である日光を的確に突いた、水の魔法で流水をぶつけた、銀製の武具で対抗した。効き目が薄いことは知っている、だが吸血鬼にとっては致命的なのは事実。少なからずダメージは入るし、自分ならば倒せると踏んでいた。
(だけど―――)
結果は惨敗。最初は押していた、間違いなくこっちが優勢だった。だが、次第に押し返されて血の光線の前に崩れ落ちた。
(認められるものか………ッ!)
まだだ、勝ち筋はある。ここの直ぐ近くに私の部隊がいる。この生意気な幼女を痛めつける為の一騎打ちを邪魔されないよう、今は騎士団の相手をしているが、あの程度の連中なら間違いなく勝てる。私が直々に鍛え上げた精鋭部隊なのだ、その部隊と『空の統治』さえあればいける。今は何としても、この天授物を奪われないように抵抗を―――。
氷獄。心身を凍らせる寒気が押し寄せてきた。戦闘場に繋がる通路の一つから、氷の魔法が放たれて、私の部隊が凍り付けにされているのが見えた。愕然としてその通路を見ていると、騎士を引き連れたエルフが現れた。
「あっ、ルナ。って何でここ、こんなに明るいの?」
「………多分、天授物だと思う」
魔導書を片手に、倒れ伏している私のことなど、どうでもよさそうに【闇夜姫】に話しかける。【闇夜姫】も私のことなど気にせずに答えた。無視された、この【三夜】のユオが。というか、待って。そんなことよりも、気になることがある。
「あ、アンタ………一体どこから!さっきまで気配はなかったのに!」
このエルフは知っている。【詠魔】ザック・イルフィー。【帝王】の幹部で、私と同じ魔導士の青年。稀代の魔法使いち評される彼が、その身に宿している膨大な魔力に、この私が気づかない訳がない。
「潜伏魔法使ってただけだけど」
「う、嘘付くんじゃなわよ!潜伏魔法なんかで隠れられる訳ない!魔導士の私が断言してやる!」
「叫ばないでよ、うるさい………サバルトじゃないんだから」
エルフ特有の長い耳を押さえながら、溜息を吐くと【詠魔】は目の前で魔法を使って実践して見せた。
「ほら、この通り」
「う、嘘ッ………」
言葉を失った。完全に消えた、目の前にいる筈なのに声をかけられても姿を認知できない。唖然としている私に追い打ちをかけるように、【闇夜姫】が【詠魔】に問う。
「………それってオリジナル?」
「そう、闇と光属性を応用して創った。魔力消費激しいし、乱発できないけど」
姿を現し、淡々となんでもないように語る【詠魔】に、今度こそ私は放心してしまった。魔法の創設なんてそう簡単にできるものではない。ましてや、彼は魔法の詠唱をしていなかった。無詠唱、魔導の極致に辿り着いた者のみに許される技術。
私でさえ、まだ習得できていないのだ。圧倒的に有利な状況で戦っておきながら、【闇夜姫】には負け、【詠魔】には魔導士としての格の違いを見せつけられた。勝てるわけがない、こんな化け物共に。完全に戦意を失った私は、そのまま意識を手放した。
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「あっ、気絶した。どうしよ」
「………始末する?」
血の鎌を生み出したルナは、ユオの首に刃を向けながらザックに聞く。ザックはゆるゆると首を振り、答える。
「いや、捕虜にしとこう。あくまで僕等は『白夜』を捕まえに来たんだから………それに、他の皆は普通に殺し回ってるだろうし、僕等だけでも一人くらいは捕まえないと、オーマに失望されるのは御免だ」
事実だった。フェルス、サバルト、スロートの三人は、既に『白夜』の構成員の多くを討ち取っていた。国家転覆を狙った犯罪者の生死を問われることはないと思うが、情報源を得る為にも皆殺しはしない方がいいだろう。
オーマというストッパーがいないと、いつもこうだ。自分達のことながら、戦うことしか能のないメンバーに辟易としていると、ルナが小さな微笑を漏らした。
「………ふふ」
「どした、急に笑い出して」
「いや、やっぱりオーマは凄いなって」
未だに地下を照らし続ける太陽に、目を細めて腕を伸ばす。
「………多分、オーマと依頼行ってなかったら、負けてた」
「あぁ、噂には聞いたけど。何、そこそんなに強いのいたの?」
数日前、ギルドからペナルティとして、オーマがルナを引き連れて向かったと言う『月光の邸』の調査。複数の吸血鬼と魔獣が潜伏していたという事件。たった二人では手に余るように思われたが、オーマに被害が及んでしまい、ルナがそれにブチギレて皆殺しにしたと聞いた。
「………強いのはいなかった。けど、オーマが、私を強くさせようと試練を与えた。そのお陰で、私は今一度自分を鍛え直した………そうじゃなかったら、この人に負けてたかも」
「日光、水、銀。吸血鬼の弱点であるこの三つが揃っているのに勝つって………一体どんな特訓したんだか」
というか、オーマの見通し能力の高さには脱帽だ。彼はきっと、ルナがこの女に負けると思って、ルナが自ら進んで努力するように差し向けたに違いない。今までだってそうだ。あの『邪神』云々の話も、自分達の存在に気付いていながら、敢えて聞こえるように話したのかもしれない。「現状に満足するな、より高みを目指せ」と。
「どんな頭の作りしてるんだか………」
敵の情報を網羅し、仲間の成長に繋げるように動かす、【英傑】の十八番にして【帝王】がここまで強くなった理由でもある。一個人が処理できる脳の許容を超えている、全くもって恐ろしい。けど、だからこそ自分達が従うのに相応しいのだろう。
「………立ち話、終わり。進む」
「うん、行こう………騎士の人達、そいつ離さないでね。助けてあげたんだから、それくらいはしといて」
縄で縛ったユオを騎士団に放り投げ、慌てて付いて来る騎士達などお構いなしに、ルナとザックは先へと進む。




