第二十九話 罠
会議の翌日、犯罪組織『白夜』の掃討作戦の先遣隊に参加するメンバーは、貧民街周辺に集まっていた。フォートヴ騎士団、約三百人とかなりの規模の人数が組み込まれていた。その一方、【帝王】からは、サバルト、フェルス、スロート、ルナ、ザック、ドルラス、クロスの七幹部と、ソフィア麾下の回復術師三名と、僅か十人。
五大クランに匹敵する程の大規模なクランだというのに、その人数の少なさに疑問を感じる目線が向けられるが、白と黒を基調に、金の装飾が施された戦闘服に身を包んだ一団は、気にすることなく堂々としていた。
本来であればここに【剣姫】エス・レイドルも加わる筈だったが、【帝王】の新人に指導をするからと、先遣隊の任を辞退し、【英傑】オーマ・グライアンド率いる後詰部隊に参入することになった。当初指揮官の役目を受ける予定だった【剣聖】クロス・レイリウスの代わりに【秀才】ドルラス・ラドンクが入り、【剣姫】の穴を【剣聖】が埋めると考えれば戦力にさほど差はないだろう。
「………刻限だ、出立する」
時計を片手に見ていたドルラスは、時が来たと先遣隊に伝え動き出す。犯罪組織を襲撃するなら暗闇の世界、深夜にこそ行動を起こすべきなのだが、冒険者ギルドの支部長のグランツが【帝王】の我儘を通す為、あちこちに根回しをしたり、騎士団が「誇り高き騎士は不意打ちなどしない!」などと宣わったりしたので、日を跨ぐはめになってしまった。
この件に関してはどちらも問題があるのだが、「お前等の性で面倒になっただろ」と互いに思っているのは目に見えて分かった。フェルス辺りは今にでも噛み付きそうだが、【帝王】の力を見せつけるという目標を果たす為、争いはしない。少なくとも、今はまだ早い。
「やあ、カリバー久しいね」
「………クロス、今は任務中だ。無駄口を叩くな」
「変わらないね、その生真面目さ」
「お前は変わったな。良い意味でも、悪い意味でも」
皇帝陛下から選ばれた騎士達は、激しい戦いに備え身を引き締め、強い緊張感を保っていた。気軽に触れられはしない重苦しい剣呑な雰囲気の中、クロスが気軽に話しかける。
騎士団を率いるリーダーにして、【帝王】からの要求がなければ今回の作戦を指揮していた筈の男、フォートヴ王国騎士団長、カリバー・ダクルタ。かつて自分の右腕だった男に話しかけられ、顔は厳めしいが声色は少し困ったような渋い声で返答した。古巣を見つめたクロスはあまり変わっていない騎士団の空気感に溜息を吐いた。
「相変わらず、ここは息苦しいね」
「休暇中なら兎も角、任務に就いている騎士が軽い空気に呑まれては困る」
「だろうね、だから私は騎士団を抜けたんだ」
「………代々優秀な騎士を輩出してきた名家、レイリウス家の嫡男が冒険者に成り下がるとはな」
「その言い方はやめてくれ、私は騎士団に所属していた時より、今の方がもっと強くなったと自覚しているし、仲間を侮辱されては黙っていられない。成り下がった覚えもない」
「………平行線か」
溜息を吐き、これ以上の言い合いは不毛だと告げるカリバーに、クロスは反論することなく微笑を浮かべて隣を歩く。
「いつまで経っても慣れないな、その服。騎士の鎧に身を包んだお前は何処にいったのか」
「ハハハ、いい加減慣れてくれよ。もう結構な月日が経つぞ?」
「分かってはいるのだがな………難しいものだ、騎士団の在り方も、どうしたらいいのか悩むことが多くなった。コレも全て、お前達のトップの性だからな」
「オーマが聞いたら苦笑いを浮かべそうだ」
先程までのピリついた会話は消え失せ、旧友との談話を楽しむ団長の姿に若い騎士達が戸惑った様子を見せる。「団長のあんな姿、初めて見た………」と誰かが呟いた。
「俺とて分かってはいる、今のままじゃダメだとな。だが、そう簡単に騎士団の規律を変えられるものではない」
「………あぁ」
「羨ましいよ、クロス。お前が輝いて見える」
「いっそのこと、君も【帝王】に来るかい?オーマには私から推薦するとしよう」
「嬉しい誘いだが断らせてもらう。俺には慕ってくれる部下と、騎士団長としての使命がある。どっかの誰かみたく、責任を放り投げるような真似はできない」
「そこを突かれると弱いからやめてくれ、悪かったと思ってるよ」
楽しそうに会話している二人の間を、一人の男が割って入る。
「団長、今は任務中です。無駄口を叩いている暇はないでしょう」
「おいっ、アリオン!」
後ろからアリオンと呼ばれた、青年と呼ぶのにはまだ早い少年に近しい男を咎める声が聞こえてきた。目上の者に礼儀を尽くしているとは言えない行動に他の騎士達が睨むが、当の本人はどこ吹く風といった具合だった。カリバーも突然入って来たアリオンに驚きはしたものの、そのことをおくびに出すことなく、淡々と答えた。
「そうだな、お前の言う通りだ。悪かった」
「別に構いませんよ、団長にとっては今回の任務はその程度の認識だったんだなって思っただけなので」
「アリオンッ、お前いい加減に―――」
無礼に無礼を重ねる愚行に、思わず他の騎士がアリオンに掴みかかろうとしたところを、クロスが諫めて話しかけた。
「君があのアリオンか」
無表情でカリバーと話していたアリオンは、クロスに話しかけられて分かりやすく整った顔を歪めた。
「噂はかねがね聞いているよ、若いながらも優秀な成績を収めた有望株。次代の騎士団を牽引する男と」
「………冒険者風情に知られていても、何一つ嬉しくない。特に、騎士団を裏切った貴方だけには」
「………裏切った、か。確かに、そう思われても仕方がないかな」
苦笑を浮かべてへらへらとする態度に、アリオンはイラつきクロスに食ってかかろうと一歩踏み出した瞬間、【帝王】の面々に「何を油を売っている戯け」「さっさと来やがれ間抜けが」などと声をかけられたクロスは挨拶も程々に自分の居場所へと帰っていった。言いたかったことを思うように言えず、不完全燃焼気味なアリオンは、苛立たしそうに部隊の中へと戻っていった。
「おいアリオン!何やってんだよお前!」
「何とは?」
「惚けんな馬鹿。団長が話している間に入るなんて、不敬にも程があるぞ!」
「知りませんよそんなこと、寧ろ団長に話しかけてきた【剣聖】の方が不敬でしょう」
「おまッ………!?」
傲岸不遜な物言いに、周囲にいた騎士の誰もが言葉を失う。アリオンは絶句している騎士のことなど目もくれず、馬鹿騒ぎしている【帝王】を睨み続けていた。そこに、にこやかなキザったらしい声色で話しかけてきた男がいた。
「まぁまぁ、アリオンの言うことも最もだ」
「ロッド、お前も何を言っている!?」
「皆も心の底では思っているだろう?何故誇り高き騎士団が、冒険者などと共闘しなくてはならないのかと」
「それは………」
「………………」
ロッドと呼ばれた軽薄な笑みを浮かべる男の言葉を、誰も否定できなかった。騎士団には誇りがある。誰でもなれる冒険者とは違い、騎士は厳しい入団試験を乗り越えなくてはならないのだ。自分達がどれだけ血反吐を吐いて騎士になったのか、その苦労を知らない冒険者に好き放題言われるのは我慢ならなかった。
特に【帝王】には散々罵倒されていた。【帝王】が犯罪組織を壊滅させてきた、それまではいい。治安維持にも貢献しているし何一つ間違ったことはしていない。だが、それを何度もやられては困る。
本来そういった仕事は騎士団のものであり、世間には満足に役目もこなせない無能と見られるのだ。そんな誹りを黙って受け止めるなど、出来る筈もないし、【帝王】に侮られるなどもっと御免だ。更に言えば、当時将来を期待されていた【剣姫】と【剣聖】を【帝王】に引き抜かれた経緯もあり、【帝王】に好ましい感情を抱く騎士など、まったくもいないだろう。
そういった因縁もあり、【帝王】と騎士団は水と油、決して混ざることのない関係なのだ。そんな暗い感情に騎士団が支配されていると、目的地へと到達した一団は動きを止めた。現地周辺で包囲網をしき、間違っても第三者の侵入や、人民に被害が出ないように先んじて待っていた騎士が道を空ける。
「ここだ」
ドルラスが石で作られた壁を押し込むと、いとも容易く石が動き扉が開いた。暗闇に包まれた世界に、目を細めつつ中へと進む。夜中でも活動することのある【帝王】も騎士団も、この程度の暗さは慣れている。寧ろ明かりをつけることこそ、敵に自らの位置を晒しているようなものであり、愚策も愚策だ。
そうやって暗い中、下へと続く階段を下りていくと、壁には『白夜』を示すマークがいたる所に張り巡らされていた。ここまではロゼの報告通り、既知の範疇であり、部隊に驚きはない。階段を降り切ると、その先には重厚感を漂わせる鉄格子があった。
「………この先か」
鍵は掛かっておらず、先頭にいたフェルスが開ける。ここまでも何も起こらない。先程までは【帝王】を鋭い目付きで見ていた騎士団も、いつ敵が出るか警戒を怠らずに、張り詰めた空気感でいつでも剣を抜けるように柄に手を添える。
周囲に目を配らせる騎士団に対し、【帝王】は臆することなく突き進んでいった。ホイホイと進む【帝王】に慌てて付いていき、進むこと数分、大広間と呼ばれる場所に付き全員が足を踏み入れた瞬間―――床が消えた。
「「「ッ!?」」」
足場の消失、つまりは落とし穴。【帝王】も騎士団も誰も抵抗することが出来ずに下へと落ちていく。今までの暗さとは比べ物にならない程の闇の中へと落ちていく中、枝分かれされている針の山が見えた。串刺しにならないよう、咄嗟に身をよじって回避する。このような子供だましに引っかかる者はこの場に一人もおらず、全員が避けて見せたが、針の山を通り過ぎた先に見えたのは壁。
騎士団は気付いた、分断されたと。三百の集団を別れさせ、各個撃破することこそが『白夜』の企みだと気付いた。バラバラになってしまった部隊に騎士団の顔に焦燥が浮かび上がる。深淵へと落ちていく中―――【帝王】だけは不気味なくらい嗤っていた。
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引っかかった。『白夜』のアジト、貧民街の地下に形成された城に入り込んだネズミが罠にかかったとほくそ笑む。アジトのあちこちに仕掛けられた目、天授物『監視の水晶』で確認したのだから間違いない。
この最奥の特等席から『監視の水晶』を通して忌々しい【帝王】と騎士団の連中が嬲り殺されるのを観戦するとしよう。酒を飲みつまみでも食べながら鑑賞したい気分だったが、全ての罠に引っかかるとは思っていない。
【帝王】も騎士団も過小評価などしていない、何人かは抜けてこの部屋に入ってくる筈だ。それまではゆっくりとしながら迎え撃つ準備をするよしよう。それにしても呑気なものだ、裏切者がいることなど気付かずに来るとは。のうのうと来た侵入者を嘲笑いながら、『監視の水晶』が映し出す景色を眺めていた。




