第二十六話 アンジャッシュ
早朝、まだ日も出ていない時間帯に起きてしまった僕は、中々寝付ずにベットの上をゴロゴロしていた。ボーっとして眠りに落ちるのを待っていると―――下から轟音と衝撃を感じた。地震でも起きたのかと思わず飛び跳ねる。
「な、何っ!?」
寝巻のまま部屋から出て下へと向かう。エレベーター使いたいけど、地震の時は使ったら閉じ込められる可能性もあるので、大人しく階段を降る。寝起きにはキツイ、ただでさえ朝得意じゃないのに。
苦労して下の階層へ行くと地下の修練所前に人がごった返していた。何事かと思って歩いていくと、僕の存在に気付いた皆が挨拶して来た。
「あっ、オーマ様!」
「おはようございます、クランマスター!」
「おはよう、皆………」
老若男女問わず、誰もが笑顔で僕に話しかけてくる。皆朝から元気だねー………などと、働かない頭で呑気な事を考える。
「ところでさ、皆さっきの地震かどうか分からないけど、揺れについて何か知ってる?」
「それが………」
僕の質問に一人が神妙な顔をして口を開いた瞬間、修練所の中からゴォンッ!!と、凄まじい衝撃と音が響いてきた。ほんの僅かに空いてある扉の隙間から風が吹き抜けてきた。無言で僕が修練所の扉を指すと、微妙な顔で皆して頷いた。それだけで分かった、昨日注意したばっかりなのにまた暴れてるよ、アイツ等。
「オーマ様、幹部の方々どうされたのでしょうか?昨日から何やら殺気立っている様子で………止めようにも我々では無理です」
「そりゃそうだよね。暴れてる理由に関しては僕もよく分かんなくてね………一先ず止めて来るよ」
溜息と共に扉の前に立つと、扉の左右にいた屈強な男が重い引き戸を開けてくれる。ありがとうね、僕にはこの扉重くて開けられないんだ。自分の不甲斐なさに落ち込んだ、そんな暗い目で修練所の中に入ると奥の方で激しい攻防をしているフェルスとエス、サバルトとスロートがいた。
一方の戦場では、鋭い槍の一撃が振るわれ、美しい装飾が施された剣で受け止めて甲高い音が鳴り響いた。もう一方の戦場では、双剣とナイフが交差し火花が飛び散っていた………うん、何で刃物がついた武器で戦っているのかな?
木刀とか用意したじゃん、それ使いなよ。何で自分の獲物でガチガチの殺し合いしてるの?遠い目で見ていると、破壊された石畳の破片が僕の顔のすぐ横を通り過ぎて我に帰った。危ねぇ死ぬ!飛び起きて来たから天授物『王族の盾』装備してないし、掠っただけでも死んじまう!顔面蒼白の僕は慌てて暴れ回る四人に声をかける。
「はーい、そこまで!皆武器収めてー!」
手を叩きながら戦いに割って入る。僕の声を聴いた皆は揃って動きを止めて肩で息をしながら僕を見てきた。
「おーッ!オーマッ、おはようッ!!」
「あっうん、おはよう………いや、今?」
「挨拶は大事だって、オーマが言っていただろうッ!だから俺はッ、お前の教えを守って挨拶をしたッ!どうだッ、偉いかッ!?」
「………そうだねー偉いねー」
僕は深く考えることはやめた。【狂剣】とか言う、名前からして危ないサバルトは適当にあしらった方が良い。考えるな、感じろ理論なのだ。僕が幾ら一般人に被害を出さないように指示しても言う事を聞かないのに、どうしてこういうものは守るのだろうか、甚だ疑問だ。どこか悟った目でサバルトを見つめていたら、スロートがファッションショーのモデルのようにやけに良い姿勢で歩いてきた。
「良い朝だな、我等がキングよ」
「そうだねー、おはよう。スロート」
「ああ。今日はいつもと違う髪型なのだな、いつもより良く似合っているぞ。ハハハハハ」
僕のヘアスタイルもとい、寝癖を見て笑うスロート。遠まわしな指摘にも見えるがそんなことない。このスロート・カフライドという男はそんな気遣いできない。思った事をそのまま言ってしまう性格なのだ………寝癖の方が良いんだ、そうかー………若干ショックを受けつつ、フェルスとエスにも声をかける。
「フェルスとエスも、おはよう。今日も一日よろしくね」
「………あぁ」
「………はよ」
明るい感じで挨拶をしたが、二人の反応は淡白だった。どこか陰りを感じさせる眼差しで返答した。どうしたんだろう、何かあったのだろうか。早朝から暴れていたから疲れているのだろうか?気にはなるが、それよりもこの鍛錬というの名の殺し合いを止めなくては。
普段はソフィアがいるから、そこまで大事にはならないと思っているが今日はいない。これ以上続けたら地獄絵図になる。ただでさえ今も石畳に赤い液体が飛び散っているんだ。下手したら臓物が体内から出かねない………想像しただけで気分が悪くなってきた。
「皆、鍛錬に熱中するのは良いけどそこそこにしといてね?」
「あぁッ!分かったぞオーマッ!」
「承知した」
元気よく頷くサバルトとスロート。うん、威勢だけは良いんだけど絶対守らないだろうなー。日頃の行いって言うか、今までもそうだったし。注意しても無駄とは思うが言わないよりかは言っといた方が良い。
最低限やるべき事はやったって示しになるしね。そうでもしないと、朝っぱらから騒がしくすると近所のご婦人からクレームが入ってしまう。泣く子も黙ると言われている【帝王】に、真正面から文句を言える度胸の塊を持ったおばちゃんに。
というか既に冒険者ギルドに苦情が届いているかもしれない、この後グランツさんに呼び出されるんだろうなー、気が滅入るよ。先のことを考えて憂鬱になっていると、一言も言わないフェルスとエスに気が付く。
「フェルス、エス。どうかしたかい?」
「………いや」
「………何もない」
………本当にどうしたんだろう。昨日、正確には夕暮れから幹部の皆がおかしいって言うか、何か思いつめた表情だった。一体何が………っ!その時、僕の脳裏に稲妻が走った。
(も、もしかして―――)
間違いない、皆気付いたんだ。僕が襲撃事件の解決に何もしていないって。戦いもせずに迷子になって対外的には敵対組織である【極光】のクランマスター、【勇者】ユーリ・オリングセルに助けられていたことに。
要するにアレである、無能な僕の尻拭いをしようと頑張ってくれているんだ。思いつめた表情なのは僕という無能がクランマスターをやっている事実に気が付いて扱いをどうするか困っているんだ。本当なら今すぐクビにでもしたいだろうに、だが闇堕ち寸前の皆を名目上は僕が助けた事になっているので、一応は恩人である僕への対処をどうしようかと悩んでいるに違いない。
ヤバい、どうしよう。このまま襲撃事件解決できなかったら冒険者辞めさせられるし、下手したら襲撃を扇動したとか暴論にも程がる罪を被せられて牢獄行きかもしれない………ハッ!その時、僕の脳裏に稲妻が走った(アレ、何かループしてね?)。気が付いてしまったのだ、新たな事実に。恐る恐る皆に聞く。
「ね、ねぇ………皆さ、昨日一日中犯罪組織のアジト探していたって聞いたけど、何か見つかった?」
「すまないッ、何も見つからなかったッ!」
「誇らしく言うな、サバルト………申し訳ない、このスロート・カフライドの目をもってしても手掛かりらしきものは何も………」
「………俺もだ」
「………同じく」
(や、やっぱりー!!)
皆、僕を冒険者から無職にしようとしているー!冒険者じゃなくなればクランマスターも辞任しないといけない、そうすれば正攻法で僕を上から引きずりおろせるもんね!何て手の込んだ策略なんだ、この死にゲーの世界で一時でも油断すれば死ぬって知っているのに………滅茶苦茶油断してた。
心の何処かでボスキャラ沢山仲間にしたし平気だろって思っていた。けど、そのボスキャラに裏切られるとは思っていなかった。いやまぁ当然と言えば当然なんだけど、だって僕なんもしてないもん。一瞬何でこの僕が!?とか考えたけど冷静になったら当たり前だわ、寧ろ今まで何で捨てられなかったのか不思議なくらい。自らの終わりを悟ってどうやって皆の好感度を回復させようか悩んでいると、修練所の中にザックが入って来た。
「あっ、ここにいたんだオーマ」
「どうしたのザック、何か用?」
「いや用って言うか………」
ザックは疲れた様子で背後に視線を送る。修練所の扉の前、そこには満面の笑みを浮かべているのに、目がちっとも笑っていないグランツさんがいた。
「よう、オーマ。いい天気だな」
「お、おはよー………いい天気だね、じゃあ僕はこれで―――」
嫌な予感しかせずに、その場から去ろうとグランツさんの横をそそくさと通り過ぎようとしたが、思いっきり肩を掴まれた。肩甲骨辺りがミシミシいってる、骨折は免れない可能性が出てきた。
「まぁ待てよ、こんなにいい天気なら一緒にお茶でもどうだ、ん?」
「………地下なのに良く天気分かるね、透視能力でも持ってる?」
「ふざけたこと言ってんじゃねぇ!!」
両肩を掴まれてブンブン振り回される。く、首がッ、首が吹き飛ぶ!?視界がグワングワンと揺れている中、グランツさんが唾を飛ばしかねない勢いで叫ぶ。
「ギルドに苦情が殺到しているんだよ!?早朝から馬鹿騒ぎするお前等に!そこにいる【灰狼】、【剣姫】、【狂剣】、【空蝉】が地下で暴れるから地震じゃないかと多くの人が飛び起きたんだぞッ!?」
「そうなんだー、僕と同じだねー」
「何が同じだボケェ!!しっかり手綱握っとけアホ!」
グランツさんの振り回し攻撃は未だに続く、そろそろ止めてもらわないと昨日の夕飯がリバースしてしまう。誰かー助けてー………って、皆僕達の事無視して素振りしてる。唯一ザックだけが呆れた目で僕達を見ているけど。助けてくれても良いんだよ?この光景を見ると、皆は本当に僕に愛想を尽いたんだなーって思う、涙が出そうになるよ。
「【剣聖】と言い【刃葉】と言い、【帝王】はどうしたって言うんだ!あの比較的穏便派の連中にも批判が来ているって、お前は何をやらかした!?」
「………えっ、何?クロスとカネサダも何か迷惑かけてるの?」
「あぁ?知らねぇのか、あの二人王都一帯を囲っているの城壁の上で激しい剣戟をしていたらしいぞ。騒音騒ぎで周辺から文句がギルドに来ていたが………」
「はい?」
知らん…何それ…怖…と言うか何でもかんでも僕の性にするのはやめて頂きたい。僕は何も言ってないし指示も出していない。いやまぁ、あの二人が問題行動を起こすなんて普通考えられないし、誰かの性と思うのは仕方がないかもしれない。
にしても、最近冤罪かけられてばっかりだな、僕は何も知らないよ。そんな僕の想いが伝わったのか、グランツさんが僕を解放してくれる。危なかった、あと少しでキラキラした虹色の液体を流すところだった。気分が悪く、石畳の上に寝っ転がる僕を見下ろしながらグランツさんが話を続ける。
「その様子を見る限り、本当に知らなかったっぽいな………いきなり怒鳴りつけたのは悪かった。だが、他の連中を今すぐ呼び戻せ。これ以上、人様に迷惑かけさせんな」
「ねぇ、まさか他の皆も何かしたの?」
「【聖女】と【闇夜姫】は王都から少し離れた所で模擬戦していたらしいが、絶え間なく降り注ぐ神聖魔法と血の魔弾を見た旅人が恐怖のあまり失神したとか聞いたが………【雷拳】と【詠魔】、【疾風】、【密偵】には何も来ていないが」
「僕は部屋の中で魔術書読んでただけだから、何もしてないよ」
「そうか、それなら………ん?お前その本、禁書じゃ―――」
「バイバイ」
「おいッ!?」
グランツさんの目が鋭くなった瞬間、ザックは転移魔法でどこかに飛んでいった。無詠唱で高度な転移魔法をさらりと使う辺り、あの年で末恐ろしいと言うか何と言うか………ハイ、分かってます。後で皆には良く言い聞かせておきます、だからそんな人を殺しかねない目をしないでください。髪をガシガシと掻き毟りながらグランツさんが不満を溢す。
「本当に【帝王】って奴等は………っ!今までの功績がなければ、即座にクラン解体の処分が下されていたぞ!」
「ハイ、スイマセン」
「これ以上問題行動を起こすなよ!お前はただでさえ『白夜』に加担した容疑があるんだ―――」
正座してグランツさんの説教を大人しく聞いていたら、突如鈍い音が響き渡った。音の出はフェルスだった。槍の石突が石畳に突き刺さった状態で、僕とグランツさんの話を信じられない様に見ていた。
「………筋肉達磨、お前今なんつった?」
「支部長に筋肉達磨って言うな馬鹿、おいオーマ。お前話してないのか?」
「あー………ロゼには話したけど、共有してなかったっけ?」
昨日はアインスの件でいっぱいいっぱいだったし、ロゼに話したから別にいいやってなってたんだっけ。こんなタイミングだけど話しておこうか。
「いや実はね、何か昨日の襲撃騒ぎを止められなかったって話で、どういう訳か僕にその責任を追及されているんだよ―――」
言い切った瞬間、僕のすぐ横を一陣の風が吹いた。そのすぐ後に背後にいたグランツさんの苦悶の声が聞こえた。もうそれだけで何が起きたか何となく察してしまい、ぎこちなく後ろを向く。
そこにいたのは、槍を横に振り払いグランツさんの首を落とそうとしているフェルスだった。グランツさんは辛うじて腕で防いでいたが金属に横殴りにされたのだ、きっと痣が出来ているに違いないだろう。
「フェルスッ、テメェいきなり何しやがる!?」
「うるせぇ、テメェこそボスに罪被せて放置してんじゃねぇ。無能な支部長なんて死んだ方がマシだ」
「こ、コイツ………ッ!」
僕なら委縮してしまうグランツさんの怒鳴り声にも、意に介することなく殺意の籠もった冷たい声色で槍に力を込めるフェルス。止めるべき場面なんだけどさ、何かコレもフェルスの演技なのかなーって思うとね………だってそうだろう?
僕にクランマスターを辞めて欲しいフェルスが、僕に冤罪をかけられているからって怒る道理なんてない筈だ。つまり、これは僕を騙すための罠。僕でなきゃ見逃しちゃうね!などと考えていたら、グランツさんが僕を睨んで叫んだ。
「おい、オーマ!この狂犬を止めろ!!」
「あーうん。フェルス、ストップ」
「必要ねぇ、このまま腕ごと首を落として―――」
「ストップ、カムバック」
舌を弾き、勢いよく後ろに飛んで僕の真ん前に立つ。未だに腕をさするグランツさんに殺意を衰えさせることなく睨む。フェルスに落ち付くよう、背中を摩る。
「落ち着いて、フェルス。グランツさんは悪くないよ」
「ボスッ、あんたはそれでいいのか!?」
「良くはないけど、どうこう言っても変わらないしね………手を打っていない訳ではないし、なるようになるさ」
一人じゃ何もできない、いや一人じゃなくても何もできない無能な僕にできることとすれば、神頼みならぬ人頼みだ。アジト捜索に向かわせたゼクスが吉報を持って帰ることを期待するだけだ。
「だから落ち着きなよフェルス。ほら、静かにことを見守っているエス達を見習って―――」
後ろを向いて、エス達を指差す………アレ、いない。エスも、サバルトも、スロートも、人っ子一人いない。どこいった?
「アイツ等なら外出ていったぞ、多分ボスに冤罪着せたアホを殺すために」
「フェルースッ!今すぐ三人止めに行って!!?」
ヤバいアイツ等、速く止めないと前科者になってしまう。確かにおかしいなとは思ったさ。エスは兎も角として、動く騒音機のサバルトとスロートが静かなのは変だなって思ったさ!一体いつ消えて………もしかして、フェルスと同タイミング?一陣の風が吹いたと思ったけど、実際は四陣の風だったのか?
冷や汗流しながらフェルスに指示を出し、フェルスは神速となって修練所を出ていく。グランツさんは溜息を吐いて事を見守っていたが、何かを悟った顔になって言った。
「………やっぱり、捕まえた方がいいのか?」
「MA☆TE!まだ速いよ!判断が速すぎる!某天狗のお面を付けた老人もびっくりだよ!」
必死に食い止めるも、冷静になったら寧ろ遅いのではと思ってきた。【帝王】の犯した問題行動を顧みれば、何でまだ捕まっていないのか不思議だ。グランツさんと同じこの世の心理を悟った顔になっていると、扉が勢いよく開かれた。
入って来たのはロゼと彼女の直属の部下達。ボロボロの修練所を見ても眉一つ変える事なく、僕の下に歩いてきた。もしかして、説教ですか?そうですよね、だって業者頼むのはロゼだもん。仕事増やしているようなものだし、出費も馬鹿にならないからね。
ただちょっと待ってほしい、僕は止めようとしたし暴れたのは僕じゃないから、説教する相手はお門違いって言うか………そんな風に心の中で言い訳を並べていた僕に、どこか達成感を漂わせる彼女は言い放った。
「やりましたよ、オーマさん。『白夜』共の在り処を突き留めました!」
「………えっ?」
待ちに待った報告をしてくれたロゼだが、僕は一つ思った。
(………いや、ゼクスは?)
なんで諜報が本業の彼が負けているんだろうか。




