第二十二話 英傑の苦労
晴れやかな青空と、眩しい太陽が差し込む中。皆は何をして過ごすだろうか。何もせずにボーっとする、気晴らしに散歩に出る、久しぶりに外食するなどいろいろあるだろう。僕だったら部屋のベットの上でゴロゴロして寝ていたい。そんな幻想に胸をはせて、僕はずっと睨んでいるグランツさんと重なり合った面倒事に胃が痛くなるのを感じていた。
「オーマ、お前何のつもりだ。襲撃を見逃すなんて!今まで先んじて犯罪組織を潰していたのに、今回襲撃させたのは何でだ!」
知らないよグランツさん。『白夜』が襲撃するなんて知らないよ。原作にはなかったんだよこの展開。防ぎようがないじゃん、しょうがないじゃん―――何て馬鹿正直に言いたいけど、そんな事言ったらぶん殴られそう。ふざけた事言ったら殴るって顔が言っている、どうしよう。
「………偶には、良いかなって」
「あぁ!?」
信じられない者を見る目で僕を見てくるグランツさん。うん、今のは僕も思った、なに言ってんだコイツって。ただごめんよ、僕も混乱しているんだ。問題が山積みになって今後の身の振り方を考えているから。
だから正直、グランツさんの話とかどうでもいいって思っちゃっている。グランツさんの話が頭に入ってこない、右耳から左耳に通り抜けている感覚だ。真面目に話を聞いていない僕に気付いたのか、大きく溜息を吐いてソファーに深く座り込み語り出す。
「いいか、よく聞けオーマ。今回の襲撃は、王都至上またとない大犯罪だ。規模とその被害が全てを物語っている」
うん、知ってる。今まで僕―――というより【帝王】の皆が、ありとあらゆる襲撃を潰してくれた。お陰で僕は大きな傷を負うことなく健やかに今日まで生きてこれた。それもこれも全部、僕が原作知識を活かして先んじて潰してきたのだから。
「その件について皇帝陛下がお怒りだ、祭りの真っ只中に襲撃をされた。時の女神を信仰するこのフォートヴ王国にとっては宣戦布告にも等しい。陛下は騎士団総出で事件の首謀者を捜索させている。当然、五大クランにもだ」
「ほへぇー、大変だね」
「他人事のように言ってるんじゃねぇ!お前が一番マズい状況にあるんだぞ!」
「え?」
僕が一番マズい?どゆこと?いまいちピンと来ていない僕に、グランツさんは髪をかきながら話し出す。
「一部の貴族や騎士、冒険者に至るまで。お前達【帝王】に恨みを抱く少なくない者達が、【英傑】が襲撃を許した、事件の黒幕は【帝王】で間違いないと騒いでいる。お前達に責任を押し付けようとな………さっきも言ったが、お前が今まで襲撃を止めてきたのに、今回は見逃した性でな………」
「えぇー………」
無理があるよ、その暴論。呆れ果てている僕と同じ気持ちなのか、グランツさんの溜息もより一層深くなる。
「陛下としても多数の貴族から同じ事を言われては何もしない訳にはいかない。そこで【帝王】、ひいては【英傑】に事件の首謀者を捕らえる事を求めている。要するに」
グランツさんの鋭い眼光が僕を射抜き、低く重い声色で告げてきた。
「『白夜』、並びに犯罪者の捕獲作戦に大きな貢献をしないと、お前は冒険者を引退しなくてはならない………そうならないように励め」
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「グランツさんも無茶言うよ、ホント………」
冒険者ギルドから出て、襲撃によって倒壊した建物の残骸がまだ片付いていない歩道を歩きながらぼやく。そのすぐ後ろに付いてきているゼクスは、黒マスク越しに若干ノイズのかかった声で話してくる。
「支部長も困っていたようだ、内心はオーマの味方をしたいが上からの言葉には逆らえないと」
「板挟み………中間管理職は大変だね」
本当に大変だと思う、上と下を繋ぐ存在は。僕なら絶対やりたくない、幾ら大金を貰ったとしても絶対に。上の立場………【帝王】のクランマスターすら嫌なのだ。大人しく下請けをさせて欲しい。
「潜伏した襲撃者を捕らえよ、か………」
何ともまあ面倒くさい依頼だ、何せ隠れている人間を摘まえろって言われているんだから。これならまだダンジョン探索や魔獣退治の方がマシだよ。最も、僕が出向いたら絶対死ぬけど。
(それに、よりによってこのタイミングか………)
『白夜』の件もあるが問題が積み重なりすぎている。主人公、セノル・ディエスとその妹アインス・ディエスの対処、崩壊が始まった原作とは違うストーリー展開にどう向き合っていくのか。
僕の原作知識はもう意味をなさないかもしれない。全く使えないって訳ではないと思うが、今後どういった問題がいつ、どの時期に起きるのかが分からないのだ。実際、『白夜』も主人公もこの時代の王都には、まだいなかった筈なのに。
(………悩んでいても、仕方がないか)
取り合えず問題を一つ一つ潰していくしかない。後ろを振り返り、護衛として着いて来てくれたゼクスに告げる。
「ゼクス、悪いんだけどさ―――」
「皆まで言わなくていい。オーマの言いたいことは分かっている」
言うが否や、一瞬で姿を消し闇へと紛れていった。流石はゼクス。この世界で一番長い付き合いなだけあって、僕の意図、『白夜』とそれに与する組織のアジトの捜索、を即座に汲み取ってくれた。
消えたゼクスを見送り、クランハウスへと向かう。クランハウスも近いし、護衛がいなくても大丈夫だ。白昼堂々と襲ってはこないだろうし………アレ、コレってフラグってやつでは?い、いや大丈夫だよ。うん、声に出さなければ問題ない………よね?
びくびくしながら、恐る恐ると歩いていく。その行動が功を奏したのか、襲われることなくクランハウスへと帰還できた。
門番をしているカネサダに挨拶をして中へと入っていく。クランマスター室へと目指す最中、慌ただしく駆けるクランメンバーは、僕を見た瞬間手に持っている荷物を放り投げて膝を付く………やめてください、非常に居心地が悪いです。
老若男女問わず、皆して同じ動作を繰り出すのは若干怖い。この行動も今に始まった事ではないが、幾らやめてと呼び掛けても決してやめないので、もう諦めかけている。
溜息を吐き、げんなりしながらクランマスター室の中に入ると、資料整理をしているロゼがいた。ロゼは僕の姿を見ると、座っていたソファーから立ち上がり頭を下げる。うん、膝を付かれるよりかはこっちの方がいいかな。そんなことを考えながら、クランマスター専用の椅子に座った僕にロゼは淡々と報告してくる。
【帝王】の受けた被害、【帝王】が一般人に与えた被害(殆どサバルトとスロート)、それに対する被害額等々………前者は兎も角、後者の話おかしいと思うけど今更である。もう半ば諦めかけているよ。そんな聞いているだけで欠伸が出そうな面倒くさい内容を、ロゼは簡潔に分かりやすく伝えてくれる、いつもありがとね。
「………市民からの苦情は?」
「多少はありますが、傷は全てソフィアさんが治したので問題ないかと………最も、そのソフィアさんが貧乏くじを引かされたので荒れています。オーマさんには、後で彼女のメンタルケアを」
「………クロスがやれば良いんじゃない?クロスの指示でサバルト達と組まされたって聞いたけど」
「クロスさんの姿を見た瞬間、ソフィアさんの暴走が激しくなりました」
クロス………イケメンでも無理なことがあるんだとこの世界に来てから知って、僕は嬉しいよ。内心ほくそ笑んでいる僕に冷たい視線を向けて来るロゼ………君、やっぱり人の心読めてよね?さっきまでとは全然違う目付きなんだけど。
「心は読めません。ただ何となく良からぬ事を考えていそうだなーと」
「そこまで分かっていれば、心読めていると言っていいと思うよ………まぁいいや。次は僕からだね」
嘘偽りなく、冒険者ギルドでグランツさんから告げられたことを話すと、ロゼの顔が険しくなった。こめかみを押さえて、溜息を吐く。
「また面倒な事に………他の幹部に話したらキレ散らかして暴れ回っていましたよ。多分、いや絶対」
うん、それは僕も思った。皆、僕に異様な程甘いから。僕が少し馬鹿にされただけでその人を血祭りに上げたこともあったのだ。僕が一部の冒険者、騎士、貴族から陥れようとしていると知ったら、何をするか分からない。
「だからロゼに話したんだろう?君なら冷静な判断ができるだろうって」
「評価してくださること事態は嬉しいですが………私、オーマさんが思っているほど我慢強くないですよ」
ん?それってどういう………あの、ロゼさん。その雷を纏っている拳はいったい?バチバチ雷の音鳴ってるし、手ブルブル震えてるんですがそれは?
「副クランマスターの立場が無ければ………今すぐ、オーマさんを侮辱した屑共に拳を叩き込んでいた所です」
こっっっわ!!良かったー、副クランマスター任せておいて。そうじゃなっかたらウチから犯罪者を輩出していたかもしれない。ロゼでもこれなら………フェルス辺りどうなるんだろう、想像しただけでも怖い。
「怒りすぎだよ、ロゼ。落ち着いてくれ」
「落ち着いてはいますよ。ただ、私、貴族嫌いなので」
あぁ、そうだった。ロゼ・ラリティという名前は偽名で、本名はロゼ・ゼアーク。彼女は元貴族の娘だった。元は商売で生計を立てていたゼアーク家の令嬢だったが、市場の流れを読み切れずに、多大な借金を背負った。
追い詰められたゼアーク家はロゼを奴隷市場に売り出すことで危機を脱したが、無理矢理奴隷にされたロゼは、悪徳貴族に買われ、その身も心も好き放題に荒らされ闇堕ち。隠しボス―――本編では倒さなくても物語は進むボスキャラとして登場していた。僕はその事を知っていたので、ロゼを救出した。
奴隷になった彼女を救おうと奴隷オークションに参加したが、先程語った悪徳貴族が邪魔をしてきた。冒険者である僕達以上の大金を用意して、ロゼを奪われてしまった。もうどうしようもなくなったので、最終手段として、その貴族の屋敷を襲撃してロゼを奪い取る作戦を実行した。
こんな強引な策、常ならやらないが相手は悪徳貴族。犯罪行為に加担した証拠がご丁寧に残っていたので、ロゼの救出に加えて証拠も持って帰った。そのまま冒険者ギルドに証拠を突き出し、ロゼを奪った悪徳貴族は国家転覆の罪で極刑に処された。
この騒動が原因で、僕達【帝王】の目的の為なら手段を択ばない容赦の無さ、つまりは悪評が広まった………グランツさんは、悪いことしたわけではないから怒るに怒れず、鼻息が荒かったのを今でも覚えている。そんな昔話をしていると、ロゼは目を閉じてしみじみと語る。
「あの一件が無ければ私は世界に絶望し、死んでいたかもしれません。なので、オーマさんには今も感謝しています」
「それはお互い様さ。僕は決して見返りもなしに救ったわけじゃない、聖人なんかじゃない。ロゼにやってほしいことがあったから、君を助けただけだよ。感謝される道理はない」
「だとしても、です。私はオーマさんの役に立つことが一番の幸せなので」
真正面から打算もなく、純粋な感謝を告げられて思わず頬が赤くなる。フェルスの時もそうだったが、僕は礼を告げられるのが苦手だ。「ありがとう」とかの短い感謝なら平気だが、言葉を尽くして感謝を言われると、気恥ずかしくなる。
何故なら、胸を張って僕のお陰だと言える程の事を僕は出来ていないから………完全に皆任せ、ロゼ奪還襲撃の時も、僕がやった事なんて碌にない。精々計画の提案をしただけで突入は皆にやって貰ったのだ。僕は皆に感謝される程の人間ではない。この世界に詳しいのだって、ただの趣味の一環。夢や目標を叶える為に努力している皆を見ていると、自分がいかにちっぽけな存在なのかを思い知らされるのだから。
「そんなことないと思います」
「………ナチュラルに思考を読むのはやめようか」
だと言うのに、皆は曇りなき眼で僕を立てる、僕を信じる。確かに助けはした、成長の手助けもしたが、こうも好かれる理由が分からない。人の好意に鈍感だと昔から言われてたからか………鈍感系主人公になった覚えはないが。って、こんなことどうでもいいんだよ、今はもっと重要なことがある。
「ところで………彼女、いまどこにいる?」
「ルナさんの自室に、フェリスさんも一緒です」
「分かった、向かうとしよう」
ロゼに資料のまとめを頼んで、クランマスター室から出ていく。向かうはルナの部屋、そこに僕の目標がいる。この混沌とした状況で、聞きたいことが山ほどあるのだ。
「君の事を教えてくれ、偽主人公?」




