第二十一話 帝王会議
「取り逃しただとッ!?」
クランハウス、【王城】に帰宅早々、告げられたその言葉にフェルスが思わず叫ぶ。至近距離で放たれた大声に、思わずロゼは耳を塞ぎ、眉を顰めながら告げる。
「どうやら、そのようです。捕えていた犯罪者の六割近い人数に逃げられたと。ゼクスさんが教えてくれました」
「なあーに、やってんのよ騎士団共………無能集団が」
「自分の古巣に文句を言うのは止めてくれ、エス。それは私にも刺さる」
幹部のみが入ることを許可されている大広間、そこにあるソファーに寝そべりながら騎士団に文句を言うエスを咎めるクロスだが、その顔色は晴れない。あれだけの数を倒し、縄で縛った犯罪者を騎士団にきちんと引き渡したのに、半分以上逃がした。これだから騎士団は信用できないと言われてもしょうがないだろう。
「僕達が捕まえてたのにさぁ………」
「使えない冒険者ばっかりっすからね」
どちらかと言えば温厚派よりのザックにも言われる始末であり、エレンさえも文句が止まらない。
「ただでさえ不完全燃焼だってのに………クソッ」
フェルスが机の上に足を乱暴に乗せ、先の戦いを語る。オーマとユーリが向かい合っていたあの光景は、敵対しているようにしか見えなかった。オーマが戦場に姿を見せなかったのは、ユーリに足止めされているから、少なくともフェルスにはそう見えてしまった。だからユーリを襲ったのだが………蓋を開けてみればオーマはユーリに助けられたのだと言う、完全にこちらの早とちりだった。
「オーマにも困ったものだ、勘違いならそう言ってくれればいいのだが」
「うるせぇ、ボスにテメェの事情を押し付けんな。ボスを疑うなら今すぐ忠誠を捨てて野に下れ、クソ剣士」
「フェルスが誰よりもクラマスに突っかかってたように見えたんすけど………」
オーマに心酔し、侮辱されれば原型が残らない程ぐちゃぐちゃにするのに、何ともまぁ面倒くさい性格だとエレンは思った。とはいえ、クロスの言うことも最もだ。『通信石』に出なかったのは、クランハウスに置き忘れたからと言っていた。今回の件、オーマがしたことは何一つないかのように見える。
「ですが、何かをしていたのは事実でしょう」
窓辺に立ち、外の景色を眺めながら語るのはカネサダ。その一言で幹部は全員黙った。それぞれが神妙な面持ちで、思案にふける。オーマは言った、「目的は既に果たされた」と。あの戦いでオーマは目的を達成したのだと言う。
自分達が見る限り、オーマは戦いを静観していただけで、特別な事をしていたようには見えない。フェルス達が来る前に話していたであろうユーリも、オーマの目的に気づいていなかったみたいだし、オーマの目的とは一体何だったのだろうかと疑念が深まる。
「オーマに直接聞くとかやめてよね、クロス」
「何故名指しされたのだろうね、私は」
「前科があるからでしょ」
クロスを睨みつけるエスに苦笑しながら答えると、壁に寄りかかったザックが本を片手に読みながら嘆息する。クロスが【帝王】に入った当初、似たような事例の時、オーマに真意を問おうと押しかけた事件があった。困った顔をしていたオーマの下に、慌てて幹部総出でクロスを連れ出した。呆けた様子のオーマが忘れらえない。
オーマに聞こうとするのは、【帝王】内では禁句とされている。オーマの困った顔は、決してどう答えようか悩んでいるわけではない。あれは、自分達の無能さに呆れているのだ。少し考えれば分かることを、何故分からないのか。説明する意味もないことに、労力を割く意味がないと。
【帝王】に入った理由は皆それぞれだが、共通している部分がある。それはオーマの横に立てる強者を目指していることだ。オーマに救われ、助けられた【帝王】の面々は、オーマへ恩返しする為にここにいるのだ。
だが、一人で何でもかんでもこなせてしまうオーマには、自分達の助けはいらないと見なされているだろう。その事実は否定できない、だからと言って何もせずに黙っていることなどできない。自分達が今度はオーマを助ける、その為にはオーマと肩を並べられるようにならなくてはならない。
それだと言うのに、どうして自らの無力さをオーマの前で曝け出せるのだろうか。オーマに考えについていく、オーマの見ている景色を見る、その為に自分達で考える必要があるのだ。
「あの時は私も青かった。オーマの力を身近に感じる今は、そんな情けない真似はしないさ」
「すかした顔すんなクソ剣士」
「ムカつくから黙っててくれない?アホ剣士」
「散々な言われようだけど擁護とかしないよ、間抜け剣士」
「はっはっはっは、はーはっはっは!」
「急に笑い出したんすけど、キモっ!?」
「あの皆さん、その辺に………」
「ロゼ嬢、必要ないですぞ。クロス殿、嬉しそうですし」
ボロクソに言われているのにも関わらず、嬉しそうに笑うクロスに追い打ちをかけるようにエレンが気持ち悪いものを見る顔で罵倒する。流石に可愛そうに思えロゼが割って入るが、カネサダの言う通り、楽しそうなクロスを見ると別に仲裁する必要はなかったかもしれない。
「まぁ、ふざけるのはこの辺りにして………皆の考えは?」
笑みを止め、周囲を見渡しそれぞれの行きついた結論を問う。仕切り出したクロスに舌打ちが少し入るが、各々の意見を言い合うのに異議はなく、話し合いを始める。
「ボスが何もせずにいたのはありえねぇ、何かしらはしていた筈だ」
「わざわざ儂等と別れて行動したのですから、意図があってのことは確実」
「問題は、その別行動の間に何をしていたのかって話ね」
「ついでに言うなら、何故『白夜』とかの犯罪者の襲撃を止めなかったのかって話っすね」
「僕達なら兎も角、オーマが一般人に被害が出る事を見逃す訳ないしね」
「要点は二つ、犯罪者の王都襲撃を止めなかったこと。その間に何をしていたのか、か」
意見が飛び交い互いの考えを共有し、議題を二つにまで絞り込む。オーマが『白夜』の犯行を止めなかったのは何故か。今まで尽く反社会勢力が行動を起こす前に強襲して潰して来たオーマが、今回に限って止めなかった理由。そしてその間に戦場に姿を見せず何をしていたのか。
フェルス達に嘘を付いてでも別れて、あんな辺鄙な路地裏にいた真意。確かに少なくない人数はいたが、どれも取るに足らない者ばかり。決して脅威と呼べるほどの存在ではなかった。一般人から見たら恐怖の対象かもしれないが、オーマならすぐに潰して移動できただろうに。
「やはり、鍵は彼女かと」
詳しいことは分からない、だがその場にいなかったロゼでも分かることがある。オーマが連れ帰って来た少女、アインス・ディエス。新しく【極光】に入ったと言うセノル・ディエスの妹だった人間族だ。
オーマの言った目的が彼女の身柄の確保だとしたら、襲われそうになった彼女を助けようと路地裏にいたのだとしたら。襲撃を見逃した件は兎も角、別行動した理由は辻褄が合うのではないだろうか。今の所、その考えが最も優良候補だろう。その結論に至ったフェルスは、ぶっきらぼうに問う。
「あのガキ、今どこにいる」
「ルナさんとフェリスさんが面倒を見ています。歳も近しいだろうからと、オーマさんが」
「ルナが何か情報を聞き出せたら御の字かな………ところで、ソフィアは?姿見えないけど」
首をキョロキョロと振り回し、この場に居ない【聖女】の在り処を聞くと、疲れた顔をしたエレンが答える。
「ソフィアは問題児の相手に疲れたからって、自室で寝てるっすよ………可哀想に。どうしてくれるんすかクロス」
「………ソフィアには後で、何かお詫びの品でも渡すよ」
サバルトとスロートとかいう、暴れん坊と騒音機を同時に相手されたのだ。暫くは悪夢を見てもおかしくない。恐れ知らずの【帝王】も苦手な相手はいるのだ、身内だが。憐れむようにソフィアの顔を思い浮かべていたエスは、当の馬鹿二人は何処にいるのか疑問に思い、カネサダを見ると、遠い目をして呟く。
「サバルト殿とスロート殿は、どちらが逃げた犯罪者を多く捕まえられるかと、競争しに外に出ていかれました」
「アイツ等何なの、疲れとか感じないの?」
「馬鹿は風邪を引かないとかいうでしょ、それと同じだよ」
この場にいないことを喜ぶべきか、子供のように外で走り回ることを嘆くべきか。せめて被害者が出ないことを祈るばかりだ。
「他の幹部は王都にいないとして………ゼクスは何処っすか?」
幹部の中で唯一単独行動をして動いていたのは彼だけだ。諜報担当でもあるゼクスなら、今頃逃げた犯罪組織の居所を捉えていてもおかしくないが。そう語るエレンに、ロゼは溜息と同時に真実を告げた。
「ゼクスさんなら、冒険者ギルドに呼び出されたオーマさんの護衛です………今回の件について、話が聞きたいと」
「チッ、ギルドの奴等。ボスに頼りっきりの無能共が。ボスの手を煩わせるんじゃんぇよ」
「今に始まった事じゃないでしょ、アイツ等の尻拭いとか」
【帝王】がギルドに迷惑を掛けた回数で言えば対して変わらないのでは、と思ったが黙っておくことにしたロゼ。その話を聞いていたザックは少し不機嫌そうに、エルフ特有の長い耳をピクピクと反応させクロスに問う。
「クロス、ゼクスって襲撃中なにしていたの?戦っていた訳じゃなさそうだけど」
「ゼクスにはオーマの居所を探らせていた………結局見つけたのはフェルスだったが」
「なーにやってんっすかゼクス。自分の仕事もこなせないなんて」
「………ゼクス殿の場合、何か別の事をしていた可能性が高いですな」
【密偵】ゼクス・コルナス。【帝王】の初期メンバーにして、一番最初にオーマの下に付いた彼は、長年の付き合いの性か。オーマの考えを読み解く力が誰よりも高く、オーマに似て秘密主義だ。それ故、オーマの作戦が完璧になるように、秘密裏に動いていたとしても何ら不思議ではない。
つまり、既に見つけてはいたがオーマの動きから真意に気付き、「見つからなかった」と嘘を吐き行動を起こしていたという事だろう。自分達がまだ辿り着けていない領域に足を踏み入れている、その事実に嫉妬と苛立ちが募り、舌打ちと同時にフェルスが座っていた椅子から立ち上がり、机に立てかけてあった槍を手に取り部屋から出ていく。
「何処に行く、フェルス」
「決まってんだろクソ剣士。いつまでも休んでいられねぇ、あの馬鹿二人とは違うが、俺も動くぞ」
クロスの問いかけに目もくれずに駆け出す。考えていても分からないのなら、動いて情報を得るまでと言外に告げたフェルスに、【帝王】のメンバーが動き出す。
「しょうがない、私達も動こう」
「ウチって所詮、脳筋の集まりっすからねー」
「インテリぶる必要はないだろうね………僕は違うけど」
フェルスの後を追うように、エス、エレン、ザックが大広間から出ていく。残った三人も顔を見合わせて、ゆったりとした足取りで外に出ていく。
「儂はいつも通り門番をしとくとしますかな」
「私は他のクランメンバーの様子を見とくよ、彼等も何か気付いた事があるかもしれない………ついでにソフィアの様子も見ておこう」
「私も事務に戻ります。会議の続きはオーマさんが帰って来てからまた」
それぞれがするべき事を告げ、動き出す【帝王】。自分達がこうして動くこともオーマにとっては予想通りであり、予定調和なのだろう。いつか彼の度肝を抜きたい所だが、果たしていつになるのだろうか。あの全てを見通す【英傑】に追い付く為、様々な思惑を胸に歩み出した。




