第二十話 勇者の語り
面白い、実に面白い。こんなに面白い展開になるなんて、数年前までは考えられなかった。セノルを鍛えようと、偶々行った路地裏であんなことになるなんて………想像もつかなかった。
犯罪組織が現れたことも驚きだったが、オーマに出会った事の方が驚いた。そして次々と集う【帝王】の精鋭達。戦ったのは久々だが、全員間違いなく強くなっている。動きが、武器の冴えが、魔力量が、以前より遥かに高くなっている。
僅かな期間であれほど伸びるなんて、【極光】では考えられない。【英傑】というトップに追い付こうとする気概か、羨ましい。私に追い付こうとする者は両手で数えられるほどしかいないのに。
「嬉しそうですね、ユーリ様」
「分かるか、ラメリィ?長い付き合いだからか」
「………そうでなくても、分かるかと」
どうやら、腹心でなても気付くほどには浮かれているらしい。全く、新しい玩具を買ってもらった子供とかと同レベルなのか、私は?まぁいい、それもいっそ心地いい。子供の頃そんな感情になったことがないからか、そんな感情になることも嬉しいのかもしれない。
「………あの、ユーリさん。いいですか?」
「ん?どうしたセノル」
セノル・ディエス、三日前【極光】に入ったばかりの新人だ。突然、【極光】に入れろと押しかけて来た彼。最初はまた命知らずの無謀者が来たかと思ったが、その姿を一目見た時そんな侮りは消え去った。
数多くの冒険者を見てきた私は、冒険者の潜在能力、才能を見抜けるようになった。私はその勘とも呼べる力に従い、これまでクランを運営し、発展させてきた。そんな中、セノルの才能は頭一つ抜けていた。今まで見たことがないほどの冒険者の素質を持っていた、自他共に冒険者の頂点だと自覚している私に匹敵するほどに。
彼は私の後継者に相応しい、ならば悩みを抱えていそうな後輩に答えるのが先輩というものだろう。
「何か聞きたいみたいだが、どうした?」
「………あのオーマって人、何なんですか?」
「と言うと?」
「あの獣人と吸血鬼も大概でしたが、あの人は【帝王】のクランマスターなんですよね?何で構成員の暴走を止めないんですか?」
「【帝王】と【極光】が争うなど、日常茶飯事だ」
「えっ?」
兜のせいでよく顔は見えないが、恐らくしかめっ面をしているであろうラメリィが、どこか疲れたような声色で私の代わりに答えた。
「奴等がクランを作ってから今日に至るまで、我等は何度も衝突している。故に、争いあうのは何ら不思議ではない………最も、時と場くらい考えてもらいたいが」
セノルが絶句している。私達は対して驚かないが、確かに新人からしたら信じられないのも無理はないかもしれない。オーマが作ったクラン、【皇帝の王】とは幾度となく抗争してきた。
最強を目指している【帝王】は、頂点に君臨している私達の存在が鬱陶しく、逆に【極光】は最強を自称している彼等の存在を頂にいる者として許せないのだ。両者はぶつかり合う運命にあり、数えきれないほどの戦いを繰り返して来た。当初は仲裁していたギルドも無駄だと判断したらしく、形式上は止めるが実際は諦めているという状態だ。
いい加減終わりにしてくれ、と思う人が多いのは知っているが、ここまでくれば最早意地である。どちらかが引けば相手の方が上だと認めるようなものであり、誇り高く負けず嫌いな冒険者には無理な話だ、【極光】や【帝王】ほどの大規模クランとなれば猶更。それ故に、二つのクランの関係は最悪、感情の機微に疎いラメリィも【帝王】には辟易としている。
私としては別にどちらでもいいのだが………私が負けを知らないからこの発想が出るのだろうか?負けることの悔しさ、怒り、憎しみを少しでも感じたことがあればそうは思わないのかもしれない。
「まぁそういうことだ。私達と【帝王】の関係は水と油、決して交わらない存在なのさ。悪いが慣れてくれ」
「………分かりました」
不服そうな顔をして頷くセノル。彼からしたら、一方的に襲われただけなのにお咎めなしなのは納得がいかないのだろう。
「ユーリさん。あのオーマって人、本当にユーリさんと並ぶほど強いんですか?」
「ん?」
「あの人の雰囲気っていうか、存在感っていうか、あの場にいた誰よりも弱弱しく感じたんですが」
………驚いた、まさかそこまで見抜ける力が既に備わっているとは。この若さで実力を見抜く力を身につけるとは、今後の成長が楽しみだ―――だが、まだ青い。
「セノル。君のその感覚は間違っていない、正しい。が、まだまだだ」
「………どういうことですか?」
真正面から否定されて、少し機嫌が悪そうだ。反骨精神が高いのは嫌いじゃない。寧ろその方が冒険者に向いている。だから、教えておかなければならない。手遅れになる前に。
「いいか、確かにオーマの纏っている気配は微弱だ。とても二つ名持ちとは考えられない程に」
「ならっ―――」
「が、そんな人物があの狂犬達の手綱を握られるか?」
「っ!?」
ハッとした表情で固まるセノル、恐らくさっきの光景を思い出しているのだろう。あそこまで殺意の高かった【灰狼】が、【闇夜姫】が、【帝王】が、彼の一言で水を打ったように殺意を霧散させ静まり返っていた。最強を目指し、弱者の存在を許さない【帝王】が揃って頭を下げる相手が、弱いなんてありえない。
なら、どうして弱く見えるのか。決まっている。隠蔽しているのだ、真の実力を。そんなことできる筈がない、いかに実力を隠すのが上手い相手でも、漏れ出る強者の雰囲気を隠しきることなどできない。真の強者はその力を見抜くことができる、私の勘もそれに値するだろう。
だが、オーマは特別なのだ。彼の力は見抜けない。ありえない話かもしれないが、彼にはそれを信じさせる要素が多かった。未来を見通し、犯罪組織の襲撃を先んじて潰したり、貴族同士のいざこざ、魔獣の襲撃、ダンジョンで起きる予想外の出来事も彼は全て言い当てて見せたのだ。
頭の回転が速い、などという言葉で片付けられないほどの功績を積み重ねていった。依頼失敗数ゼロ、無敗にして無敵、僅か数年で誰もが認める偉業を成し続けた、故に彼は【英傑】なのだ。
「これは教訓だ、セノル。見た目で決めつけるのは三流、本質で判断するのは二流、その裏さえも読むのが一流だ。忘れないでくれ」
「はいっ!」
いい表情だ、彼は強くなる。私の見立てに曇りはなかった。クランに加入しようと押しかけたセノルを、逆にこっちが来てくれ、と頼んだくらいだったのだから。
「ところでセノル、彼女はいいのかい?君の妹の事は」
「………アイツはもう、妹じゃないです」
暗い声色で呟くセノル、その姿はどこか葛藤している自分を言い聞かせているようにも聞こえた。
「加入の条件に、アインス・ディエスとの血縁関係を断つ強力をしてほしいなんて………変な事を言うものだな貴殿も」
「しょうがないんですよ、ラメリィさん。俺がここにいるのは………神様の指示なんで」
セノルは、名もない神と会話をすることができるのだと言う。神、それは我々を天上の世界から見下ろしている存在。いるかどうかも分からないと囁かれているが、髪から贈られる天授物の存在や、セノルのように神と話せる者もいたりと、神は存在すると証明されている。だから『時空祭』なるものも行われているのだ。
「君も難儀だ。神に告げられたから妹と別れるなど」
「………本当は別れたくないんです。でも、神様の言う事は絶対だから」
セノルは俯きがちにポツポツと話し始めた。
「幼い頃から、神様の声が聞こえるんです。神様は明るくて優しくて………時々、今回みたいに神託を下してくれるんですが、その言葉が間違っていた事なんて一回もなかった。神様の話を聞かなかったら、今頃僕もアイツもこの世にいなかった。だから、神様の言う事は絶対なんです」
神が我々に告げる言葉、信託。幼少期から従っていたセノルは、その言葉が無ければ生きていなかったのだと言う。自らの命を何度も救ってくれた、故に従うというのは、何らおかしなことでは二と思う。
(だが………)
私は信頼できない。宗教というのは恐ろしいものだ。良いようにも悪いようにも利用することができる。神の言葉だと宣い、自らの都合の良い方向に扱うことができる。そんな輩を何度も見てきた。故に、神など私は信じない。私が信頼するのは、私に忠義を尽くしてくれたラメリィ達腹心、後は―――オーマぐらいか。
敵対関係にある【帝王】のクランマスター、対外的に見たらそう見えるだろう。だが、実際の所は違う。彼は私のたった一人の友人だ。常に頂点に君臨していた私と肩を並べられる存在、対等な関係、それこそが友と呼べる存在だ。
そういう意味では、彼は間違いなく友だ。同じクランマスター、最強と称賛される冒険者、互いの悩みを隠すことなく話せる、これを対等と呼ばずして何と呼ぶか。私はオーマを友として、一人の人間として信頼している。
たった一人の友であるから………正確には信頼したいというのが正しいのかもしれないが、オーマの人柄に惹かれているのは間違いないだろう。
そんなことを考えていると、坂の下で【極光】のクランメンバーが慌てて動いているのが見えた。さて、どうしたのだろうか。【極光】が慌てふためくのは珍しい。
「荒れそうだな、今回の騒動は」
迫りくる戦いの雰囲気に、私は思わず笑みを溢すのだった。




