第十九話 真と偽②
路地裏の場は静まり返っていた。突然現れた少年に僕は完全に硬直していた。『Salvation of God』の男版主人公、セノル・ティエス。僕にとって最も馴染み深く、思い出深い人物だ。
この世界の主人公がいる、それだけならいい。至極当然のことで何らおかしな点はない。だが、待ってほしい。僕の前に主人公がいるなら、僕の後ろにいる主人公は一体―――。
ゲームによってはダブル主人公とかはあるが、このゲームは違う。ゲーム開始時に男か女を選択し、選ばれなかった方は二度とその世界に現れないのが、『Salvation of God』というゲームの在り方だ。どちらか片方しか存在してはいけないのだ。
主人公が二人もいるなんてありえない。唯一無二、オンリーワン、それが主人公なのだから。だからアインスに会った時は、彼女を主軸とした世界なのだと思っていた。セノルはいない世界線なのだと思っていたのに―――どうして彼がいるのだ。
「お兄ちゃんっ!」
思考の海に浸かっていた時、突如後ろのアインスが身を乗り出して叫んだ―――え?お兄ちゃん?兄妹?What's?
「………アイ」
兄と呼ばれたセノルが、目を伏せがちに返答していた。戸惑ったり否定していない様子を見ると、どうやら本当に兄妹らしい。えっ、兄妹なの?そんな設定なかったはずなんだけど………てか、アインスって呼ぶんじゃなくて、アイってあだ名で呼ぶんだ。
なんだか可愛いけど………雰囲気おかしくない?とても『生き別れの兄と妹、感動の再会!』みたいな感じじゃないんだけど。怪訝そうに二人の様子を見ていたら、セノルが振り向き歩き出した。
「待って、お兄ちゃ―――「来るな!!」っ!」
手を差し伸ばしてセノルを追いかけようとしたアインスに、鋭い叫びで妹の足を止める………何で?兄妹なら一緒に帰ればいいじゃん。
「俺とお前は、もう家族じゃない」
あっ(察し)………そーいう感じね、成程………いや、重いっ!?空気が澱んでるよここ!呼吸するたびに具合悪くなりそう。しんどい。重苦しい空気にげんなりしていると、アインスが肩を震わせた。
「何でっ!?どうしてなの!三日前に何があったの!?いきなり家族じゃないって言われて………意味わかんないよ!」
えっ、三日前?それにいきなり?もっと長ーい時間で積み重なった問題に我慢できなかったとか、取り返しのつかないことがあったのかとばっかり思っていたんですけど。そんなこと考えている間にも、二人はどんどんヒートアップしていった………アレ、僕完全に置物じゃない?もう暫く声出してないんだけど、いないものとして扱われてる?
「ちゃんと理由を説明してよ!お兄ちゃん!!」
「………理由なら言っただろう―――女神の御意志だ」
…………………あー。はいはい、そゆことね。理解した。そっちか。
「そんなんじゃ納得できないよっ!お願いだから、本当の事を―――「何度も言わせるな!お前とはもう赤の他人だ、二度と兄呼びするな!!」」
尚も追い縋るアインスに、決別の言葉を告げるセノル。涙を流して石畳を濡らす少女など気にも留めず、そのままそこを去ろうとして―――。
「おい、待てよヒョロガリ」
灰色の狼に行く手を塞がれた。
「な、何ですか貴方?というか何時からそこに………」
戸惑った様子で二の足を踏むセノル。うん、分かるよ。僕何てついさっきまで目の前にいたのに、フェルスが声を出すまで気付かなかったんだから。泣いていたアインスが目を丸くしてセノルとフェルスを見ている。何でフェルスがセノルに突っかかているのか気になるのだろう。僕は分かっているけどね、何せ彼は―――。
「テメェ、あのガキの兄なんだよなぁ?」
「………元ですよ、元。今はただの知り合いです」
「そうか―――なら死ね」
造作もなく槍を一閃するフェルスに、セノルは何とか避ける。正確には避け切れてはいない。槍の矛先が腹部を掠め血が染みていた。焦燥に駆られたセノルは腹を抑えながら叫ぶ。
「な、何をするんですか!?」
「見りゃ分かるだろ、お前を殺ろうとしているだけだ」
淡々と、当然のように告げたフェルスの姿が一瞬で掻き消える。影すら残さない神速で槍の猛攻をセノルに繰り出す。だが、全て光の障壁に阻まれた。
「そこまでにしてもらおう、【灰狼】。それ以上の蛮行は見逃せない」
「邪魔すんなクソ勇者!」
杖から放たれる白い光がセノルを包み、フェルスの攻撃を尽く防いだ。まさに絶対防御。ありとあらゆる障害を防ぎ、闇さえも包もうとする浄化の光の力の前にはいかなるものも無意味だろう。
だが、フェルスは止まらない。効かないと分かっていても疾走を止めることなく、寧ろ勢いが増すばかりである。そしてそこに、紅い閃光がユーリを襲った。ユーリは今しがたやったように、光の魔弾で撃ち落として見せた。
「君もか【闇夜姫】」
「…………………」
ユーリの言葉に返すこともなく、ルナは無言で血の斬撃を放った。ユーリは光を杖に集め、光の両刃を形成して切り裂いた。
「止めなくていいのかい、オーマ?」
「ん?」
僕じゃ絶対についていけない戦場を見つめていると、隣にいたクロスが尋ねてきた。
「【帝王】と【極光】の仲の悪さは今更だが、何も王都が襲われている状況で敵対しなくても―――」
「別にいいよ」
今更過ぎるし、あぁなった以上はフェルスもルナも暫く止まらない。このまま中途半端に抑え込んだら、どこかで爆発しかねない。下手したら一般人とか仲間であるはずの他の冒険者を襲う可能性がある。
それならば、ここで適当にストレスを発散させておくべきだ。本当ならクランマスターの選択としては間違っているだろうけど、皆の性格上ではこれが最善だと今までの経験で分かっている。
「クロスも皆も、静観で構わない………二人みたく戦おうとしないでね?」
主に、今にも参戦しそうなエスとエレンに向けて言った言葉だが、血の気の多い【帝王】には全員に言い聞かせといたほうがいい。エスは不機嫌そうな顔をしていたが、他の皆と同じように黙って頷いた。良かった、どうやら最悪は免れそうだ。
そんなことをしている間にも、フェルスとセノルの方は白熱していた。超高速で動き回るフェルスについていけないセノルは叫んだ。
「何なんですか。貴方達は!こんなことして何の意味があるんですか!」
「理由だぁ?んなもん、ムカついただけだ。だからテメェを殺す」
「なっ………!?」
傍若無人、自分勝手な物言いに絶句したセノルは言葉を失っていた。
「そ、そんな理由で俺を殺そうと―――」
「テメェが言うんじゃねぇ!!」
信じられない者を見たかのように声を震わせ、憤怒に燃えようとしたセノルの炎は、フェルスの鋭い恫喝によって消化された。疾走しながら、光の障壁を打ち破ろうとする。無謀かと思われた連撃も徐々に光の障壁に罅が入っていく。常なら間違いなく入らない、だがルナの相手をしていることもあり、光の障壁の力が下がっていたのだ。
「何が女神の意志だ、ふざけたこと抜かしてんじゃねぇ!!」
最速の冒険者は、妹の為に強くなった男は吠える。自身と妹をセノルとアインスに重ね合わせられるからこそ、その言葉を言うことができるのはこの場で彼だけだ。
「妹泣いたまま放置する兄が、何処にいるっていうんだッ!!」
そしてついに、ユーリが生み出した光の障壁が砕かれた。信じられないような顔をしたセノルに向かって、フェルスは止まらずに槍を突き刺そうとして―――白銀の盾に防がれた。
「そこまでにしてもらう」
「ッテメェ!?」
全身を鎧で覆った騎士のような姿で、兜の中から女性のくぐもった声が聞こえた。白銀の盾がセノルとフェルスの間に入り、絶死の攻撃を防いでいた。
「邪魔すんなアバズレェッ!」
「喧しいぞ野蛮人、鏡を見ろ鏡を」
完璧な防御を見せた鎧女に臆することなく、引くこともなく、力を今以上に込めて盾を破ろうとするフェルスの下に、光の柱が襲った。咄嗟に後ろに大きく下がり、攻撃を避けて見せたフェルスは、物凄い形相で光の柱を放った張本人を睨んでいた。
「礼を言う、助かった。ラメリィ」
「貴方様のお役に立てたなら良かった、我等がマスターよ」
ルナの猛攻を振り払い、ラメリィと呼ばれた鎧女に礼を伝えると、ラメリィは膝を付き恭しく頭を下げる。まさに王に忠誠を誓う騎士のような姿は、絵本の一ページを切り取ったかのような光景だった。ついぞユーリの牙城を破れない所か、逆に喰われかけたルナは傷を癒しながら呟く。
「………【煌騎士】、厄介」
【煌騎士】ラメリィ・ネヴィア。【極光】の幹部の一人で、勇者の盾とも呼ばれる聖騎士として知られている。数少ない、ユーリについていけるかもしれない一人でもある。ラメリィを労いながら、ユーリは両手を広げる。
「ここまでにしないか、【帝王】諸君。お互いに消耗しているのは明らか、それ以前に今も尚王都は襲われている。我々が対立する理由はないのだから」
至極当然な意見、正論過ぎて何も言えないよ。ただね、ウチがそんなことで黙るような人たちではないんだよ。
「黙れクソウザってぇ光共、そこのヒョロガリを殺すまで、俺は止まらねぇぞ」
「………私も、まだやれる」
「【灰狼】は兎も角、【闇夜姫】。君は何故そこまで拘る?」
「………私にも兄がいる、義理だけど」
ルナが後ろに目を向けなくとも、気配だけで僕を捉えながら二の足で立ちユーリの問答に答える。
「………説明もなしに一方的に家族の縁を切る。そんなの、絶対におかしい。そんなの………家族じゃない。家族ってもっと温かいものの筈………私は、そう教わった」
誰よりも家族に飢え、家族を求めたが故に闇堕ちした少女の言葉と、妹を守れなかった後悔から悪に染まってしまった兄の言葉は何よりも重い。この場にいる誰もが本来の歴史を知らない、だけど僕だけはその事を知っている。
だから、僕は止めない。今二人を止めたとしたら、それは僕の心を寂寥に包んだ、あの時の感情をくれた、フェルス・モバルトとルナ・ヴァイアを裏切る気がするから―――ただ、流石に潮時かもしれない。
「ふむ、譲れないものがあるから引かないと………確かに、冒険者である以上大切な事だ。だが、こちらも譲れない」
ユーリは強者二人に殺気を向けられても、膝を付くことなく、目を逸らすこともなく、前を向き障害を乗り越えようとする少年を守ろうとする。
「彼は私のクラン【究極の光】の一員だ。そんな彼を害そうというのなら、私は君達の前に立ち塞がる壁になる。セノルは冒険者の才能がある。ひょっとしたら私を超えかねない程に、だから私は彼を奪わせるわけにはいかないのだ」
あっ、【極光】入ったんだ、主人公。良く見れば、セノルの服装は【極光】の制服だった。主人公が二人いることに驚いて全然気づいていなかった………成程、この世界ではそのルートか………マズいかも、よりによって鬼畜コースじゃん。まぁそれが正規のルートなんだけども。
というか、主人公凄くない?ユーリにそこまで言わせるなんて。やっぱ世界を救えるのはお前だけだよ。もう少し戦いを見守りたい気もするけど、生産性のない戦いを続けても意味がない。僕達は敵同士じゃないんだ。まぁ要するに―――。
「退くよ、皆」
「ボスっ!?」
「オーマっ!?」
踵を返し帰ろうとする僕に、フェルスとルナが抗議の声を上げる。うん、君達の気持ちは分かるんだけどね?もしこれ以上戦いが長引くと、僕にも流れ弾が来る可能性があるんだ。そうなったら死ぬ。あの光の魔弾が掠っただけでも死ぬ自信がある。今日はもう虎の子でもある『王族の盾』も使ったんだ、僕の生命線ガガガ。
「ボス、もう少し時間をくれ!直ぐにあのヒョロガリの首を刎ねてやる!」
「私も、このまま引き下がれない」
「………オーマ、私も参戦していい?あのすかした勇者の顔、切り裂いてやりたいんだけど」
食い下がるフェルスとルナだけでなく、エスも戦おうとする始末だ。よく見ると、エレンどころかザックも不機嫌そうな顔をしている。プライドの高い【帝王】からしたら、上から目線で話すユーリを殴りたくてたまらないだろう。
僕はこの世界に来てからとっくにプライドとか捨て去っているので、その気持ちは少し羨ましい。とはいえ、これ以上長引かせるわけにはいかない。僕は首からぶら下がっている蒼銀のネックレスに触れる―――よし、切り替わった。
「二度は言わない、従え」
「「「っ!?」」」
僕の言葉遣いが変わったのを感じた皆は、顔を固まらせたが、直ぐに気を取り直したように揃って頭を下げた………いつまで経っても慣れないよ、それ。
僕がどうして強気な言葉を使ったのかって?それはだね、天授物、『明鏡止水』の力なんだ。効果は脳みそを冷却し、冷酷な口調になるだけの一体どこで使うんだってアイテムだ。とはいえ、僕はこのアイテムを使う機会が多い。今回みたいに突然襲われて、非常事態に良く曝される僕は、これを使って慌てやすい脳みそを冷やして、冷静な判断を下せるようにするのだ。
デメリットは口調が冷たくなること。どれだけ優しい言葉をかけても冷たくなってしまうのだ。例えば、「いつもありがとう、助かっているよ」と言う言葉が「当然のことを褒めるつもりはない、今後も励め」という、何がどうしてそうなったのか分からない言葉になる。意味が分からない。
後、強いて言えばだがこのアイテム、声色が冷たくなるだけで表情は変わらない。なので『明鏡止水』使用中にくすぐられたら笑いながら強い言葉を吐くという、何ともまあ奇妙な光景が見れる。なので、普段は『無表情』と共に併用しないとおかしなことになる………アインスと会った時は、冷たい言葉を言う訳にはいかなかったので、使わなかったが。
だけど、こういう状況では結構使える。話を聞かないことで有名な【帝王】にはこれくらいの方が言う事を聞かせやすいのだ。現に今にも噛みつきそうだったフェルス達を鎮めることができたのだ………不服そうな顔はしてるけど。『無表情』も未だに続いているので、今の僕は『冷酷な【帝王】のクランマスター』になっている。
「どうやら、分かってくれたみたいだな」
「勘違いするな【勇者】、僕の目的は既に果たされた。これ以上ここに長居するのは時間の無駄だ、失せろ」
「うん、僕達は帰るよ。またね」って言おうとしたのに、どうしてこんな風になるんですかねー!?『明鏡止水』に助けられている部分もあるけどさ、こういう匂わせじみた一言は止めてもらっていい?お陰で変な事に巻き込まれるんだよ。
「その目的を教えて欲しい所だね」
「言うか愚弄、自分で考えろ間抜け」
なーんで、そんな強い言葉になるんだろうか。僕は「知りません、僕も困っています」って言っただけなのに。それに、最初から狙って目的を達成したって言ってますが、そんなことないよ。僕はただ、迷子になって偽主人公に会って、『白夜』に囲まれて、ユーリと【帝王】の皆が来て、新主人公に会っただけなんだ。
元を正せば、迷子だったんだよ。そこから主人公の在り処を知れただけで………怪我の功名どころか、棚から牡丹餅なんだ。心の中で必死に言い訳をしていると、罵倒されたのにもかかわらず嬉しそうな顔でユーリが明るく言う。
「フフフ、そうか………やっぱり、面白いな君は」
何が面白いねん、こっちは冷や汗ダラダラなんですけどぉ!?
「分かった、君の言う通り私達は帰るとしよう。また会おう、オーマ、いや、【英傑】」
「二度とその不細工な面を見せるな、疾く去れ【勇者】」
………もうツッコまないぞ、このポンコツ(仕様です)。笑いながら去っていくユーリに無言で後を付いていくラメリィと、バツの悪そうな顔をしたセノルが続いていく。残されたのは僕と【帝王】の皆、そしてアインスだけだった………さて、と。
「おい、泣き喚くことしかできない小娘」
「………ふぇ?」
涙で目元が真っ赤な子供にかける言葉じゃねぇだろテメェ!?この馬鹿、阿保!!自分で自分を罵倒するという奇妙なことをしていると、アインスが僕を上目遣いで見上げてきた。可愛い。
さっきの怒りが消えうせて………そんなことねぇや、こんな可愛い子に何酷いこと言ってるんだよお前は。まぁ、いいや。もう僕にも止められない、一度発動したら暫く止まらないんだから。いい加減、本題を話そう。
「付いて来い、拒否権はない」
「………へ?」
………今回は上手くいったかも?




