第十六話 聖女は疲労困憊
「マジで無視してますねー………覚えとけよ、【剣聖】」
ソフィア・メパラクス、【帝王】所属の幹部の一人。死の一歩手前ならば生き返させられる、奇跡にも等しい回復魔法を行使できることから、【聖女】の二つ名を付けられた。
のんびりとした話し方で、聞いていると思わず寝たくなるような声を持つ癒しの存在だが、今ばっかりは、クロスに対して殺意を募らせていた。白と桃色が入り混じった髪を逆立たせながら、戦いに巻き込まれた怪我人を癒す。重症のように見えた青年の傷が一瞬で埋まり、死の淵から蘇った青年は目を白黒させていた。
「はーい、治りましたよー」
「あ、ありがとうっ。恩に着るよ!」
「いえいえー、お気になさらずー………元はと言えばこっちのせいですし」
頭を下げて礼を告げる青年に対し、どこかバツの悪そうな顔をして、前線で行われてる戦いを遠い目で見つめる。
「うおーっ!敵ッ!戦いッ!斬る斬る斬る!!」
「このスロート・カフライドに相応しい戦場だ、そうは思わないかい君達!」
「………うるさすぎー」
何の因果か【帝王】屈指の問題児、【狂剣】サバルト・ラージュと【空蝉】スロート・カフライドと王都西方、商店街が立ち並ぶ経済の中心で、三人組を組むことになってしまった。
方や敵味方関係なく戦うことしか考えない戦闘狂、方や舞台の上にいるかのように大袈裟な反応をする目立ちたがり屋………地獄かここは?
「二人共ー、倒すのは白い服を着て武装している怪しさ満点の人ですからねー。間違えないでくださいねー。オーマ様のルールに従ってくださーい………聞いてないし」
さっきからずっとこれだ。幾ら注意を呼び掛けても聞きやしない。一般人相手でも容赦なし、普通に斬ってる。この場に私がいなかったらどうしていたのだろうか………いや、私がいるせいか?回復魔法の使い手である私がいるせいか?だからアイツ等躊躇せずに暴れてるのか?
「一般人に被害を出すのは、ルール違反なんですけどー?」
【帝王】クランマスター、オーマ・グライアンドが作った派閥のルール。『一般人に被害を出さないこと』、至極当然で当たり前のことではあるのだが、戦意が高すぎる【帝王】はそれを破りがちになってしまっている。オーマがその場にいたら多少はマシになるが、それでも被害数ゼロは今まで一回もない。
「私の仕事が増えるだけなんでー、できればやめてほしいなーって」
「スロートッ!どっちが多くの敵を斬るか勝負だッ!」
「いいだろう【狂剣】。このスロート・カフライド、逃げも隠れもせず、堂々と戦うとしようか!」
「………ハァー」
人の話聞けよ、頭まで筋肉びっしりの脳筋共。オーマ様に後で愚痴ろう、うんそうする。ついでに甘やかしてもらおう、膝枕もしてもらって、耳元に愛の言葉囁いてもらおう。
「そうじゃないと、割に、合わないんでっ」
「グハッ!?」
「何ッ!?」
「気付かれていたのか!?」
手に持っていた杖を無造作に後ろに振るうと、隠密行動をして近づいていた『白夜』の構成員を吹き飛ばした。吹き飛ばされた構成員は、他の仲間の下に転がっていき、隠れていた仲間は驚きのあまり声を出していた。
「暗殺者が姿出すのは禁忌でしょうに、三流以下なんですねー?」
「き、貴様ッ!回復術師風情が何を偉そうに!殺れッ、同志たちよ!」
首を傾げながら思っていることを言うと、リーダー格の男が吠える。四方八方から襲い掛かってくる。わー、すんごーい。
「この程度の人数で倒せると思ってるなんて、凄いですねー」
杖を支柱代わりに地面に突き刺し回し蹴り、そのまま槌を扱う要領で頭部を勝ち割る。指揮棒を振るうかのように縦横無尽に杖を、体を回し、リーダーを除いた全ての敵を倒した。
「ばッ、馬鹿な………!?」
「何を驚いているんですかー?」
死屍累々の光景に言葉を失う男に、不気味なくらい可愛らしい声でテトテトと歩いていく。
「私は【帝王】の冒険者ですよー?」
【皇帝の王】は、他のどのクランよりも超実力主義。殺し合い同然の戦いをクランメンバー内で行い、唯一無二の絶対王者【英傑】オーマ・グライアンドに従う猛者が集う場所なのだ。故に、他の冒険者よりも対人戦に、戦いに優れている。それは、回復術師でも同じことだ。
「回復しか能のない回復術師なんて、オーマ様の配下に相応しくない。あの方の王道を邪魔する存在を潰す為には、力こそ求められる………だから」
俯き、長い髪が顔を覆い表情が見えなかったソフィアは勢いよく頭を上げると、憤怒の顔で告げた。
「消えろ犯罪者共ッ、あの方の目に入るなッ!汚らわしい汚物共ッ!!」
一歩踏み込む。石畳が沈み、粉砕しながら爆発的なスピードでリーダーの首筋を叩き伏せ地面に埋める。たった一撃で相手を屠る、その姿は、彼女も間違いなく【帝王】の一員であり、幹部としての実力を示していた。
「………いけない、つい怒りに飲まれましたー。ごめんなさいー、ストレス溜まっていてー」
我に返ったソフィアは、まるで取って付けたかのような間延びした声で誰に聞かせるでもなく、言い訳するかのように語り出した。
「まぁお陰でいいストレス発散になったので、ありがと―――」
倒れ伏している相手に、礼を告げようとした瞬間、背後で何かが吹っ飛んでいった。吹っ飛んだものを確認しようと、ぎこちなく首を動かすと、吹き飛ばされた構成員に巻き込まれた一般人がいた。どちらも白目を向いて気絶している。
「うおぉーッ!俺が一番だーッ!!」
「いーや、このスロート・カフライドこそ不動、不変、絶対のトップ!お前より倒したのは私だ!」
倒れている一般人とは反対側の遠い方からそんなやり取りが聞こえてきた、未だに争っているのか、あの馬鹿共は。
「………ハァー」
やっぱり、私には無理。アレの手綱を握れるのはただ一人なのだ。




