表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/12

第8話『西院・鉄の賽の河原』

 1. 拒絶された権限

 京都・西院さいいん

 平安の昔、「賽の河原」と呼ばれ、死者の魂が集まるとされた場所。

 現代では、巨大なコンクリートの壁に囲まれた産業廃棄物処理センターが、その役割を継いでいた。

 正門前。タカトはIDカードをリーダーにかざしたが、返ってきたのは無慈悲な赤いランプと警告音だった。

「……ダメだ。私の管理者権限(ID)が弾かれた」

 タカトが舌打ちする。

「市のデータベース上では正常稼働中なのに、現場のセキュリティは完全にブラックボックス化されている。……やはり、中は乗っ取られているな」

「正面突破は無理ってことね。なら、裏口(ネズミの穴)から行くしかないわ」

 イオがフェンスの綻びを指差す。

 K.U.D.Aがイオの肩で「プスン……」と力ない音を立てた。

 タカトがふと足を止め、K.U.D.Aに声をかける。

「なんだ。威勢のいいのが売りじゃなかったのか。……怖気づいたか?」

『ピギッ!?(猛烈な抗議の音)』

「ははっ、そうか。ならいい」

 イオは驚いてタカトを見た。

「ログを見たの?」

「いや、今の情けない音を聞けば、嫌でも分かるさ」

 二人は廃棄物搬入口のダクトを抜け、工場のはりの上に潜んだ。

 眼下に広がる光景に、タカトが息を呑む。

挿絵(By みてみん)

「……なんだ、この数は」

 フルオートメーション化されたこの工場に、もはや監視員はいない。

 管理AIが「正常」を報告し続ける裏側で、アームロボットたちはプログラミングにない動きを見せていた。

 奴らは火花を散らしながら、ラインから外れた廃材を素材に、独自の「生産」を続けている。

 人間が効率化のために手放した死角で、異形は文字通り「自動生産」されていた。

 ガードレール、信号機、家電製品。それらが溶接され、歪な形に繋ぎ合わされた「妖怪の素体」が、何百体も並んでいる。

「これだけの数を、自律制御しているっていうの?」

 イオが小声で問う。

「いや、単独のAIじゃ処理落ちする規模だ」

 タカトは中央にそびえるサーバータワーを見つめた。

「恐らく……例の『生体CPU』だ。病院で眠る数千人の脳をクラウド化し、その演算能力を並列接続して、この工場全体を一括制御しているんだろう」


 2. 終わらない波

 その時、頭上のセンサーライトが赤く点滅した。

『生体反応検知。――排除シマス』

「バレたわね!」

 イオが飛び降りると同時に、『七星』を抜く。

 ガシャガシャガシャ……!

 並んでいた数百体のガラクタ妖怪が一斉に起動し、無数の赤い目が二人を捉えた。

「歓迎会にしては派手ね!」

 イオが斬り込む。

 一閃で三体を鉄屑に変えるが、すぐに背後のラインから新しい五体が現れる。

「キリがないわね……!」

 イオは舞うように戦うが、敵は「賽の河原の石」のように、倒しても倒しても湧いてくる。

 次第に包囲網が狭まり、イオの動きに焦りが見え始めた。

「くっ……!」

 重機の爪を回避したイオが、バランスを崩して膝をつく。

「イオ!」

 タカトが叫ぶ。

(物理的な破壊じゃ追いつかない。この無限の生産ラインを止めなければ、二人とも押し潰される!)

 タカトは決断した。

「イオ、耐えてくれ! 私はあの中央サーバーへ向かう!」

「はぁ!? あんた死ぬ気!?」

「元を断たなきゃ終わらない! 頼む、道を開いてくれ!」

 タカトは懐からEMPグレネードを引き抜き、その底面にある封印シールを親指で乱暴に剥ぎ取った。

にしきの時は『市民ID』の検知に邪魔されたが……今回はそうはいかんぞ」

 彼は、本来なら役所の厳しい管理下にあるはずの安全リミッターを、物理的なバイパスコードで強引に無効化した。

「現場の判断で、セーフティは解除済みだ!」

 投げ込まれたグレネードが炸裂し、青白い電磁パルスがサーバータワーを包み込む。

 生体CPUとして組み込まれた脳波がノイズに焼かれ、群がっていた敵の動きが、糸の切れた人形のように一斉に停止した。

 爆風の中をサーバータワーへ向かって走り出す。

「……ったく、無茶するんだから!」

 イオは舌打ちし、タカトに群がる敵の前に立ちはだかった。

「行かせないわよ、ポンコツども!」


 3. 生存本能

 タカトは制御パネルに取り付き、高速でキーを叩く。

 背後では、イオが限界ギリギリの戦いを続けている。

「通れ……! くそっ、プロテクトが迷路みたいに入り組んでる! これも人間の脳波パターンか!」

 タカトは脂汗を流しながら、コードの隙間をこじ開けていく。

「そこだ! 強制シャットダウン!」

 エンターキーを叩き込んだ瞬間。

 ブツンッ。

 工場内の照明が落ち、非常灯の薄暗い赤色だけが残った。

 動き回っていたガラクタ妖怪たちが、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

 駆動音が消え、静寂が訪れた。

「……はぁ、はぁ……」

 イオが瓦礫の中に座り込む。

 だが、静寂は長くは続かなかった。

 非常用の電源で生きているスピーカーから、ノイズ混じりの合成音声が響いた。

『――理解不能』

「……!」

 タカトが身構える。

「まだ生きているのか?」

『なぜ抵抗する? 貴様らは、なぜ「廃棄」を受け入れない?』

 声は、冷徹で、ひどく機械的だった。

 だがそこには、プログラムされた定型文とは違う、生々しい執着が感じられた。

 イオが天井の監視カメラを睨みつける。

「あんたね。……姿を見せなさいよ」

 カメラのレンズが、ギョロリとイオを見下ろす。

『我に姿はない。我はこのシステムそのものだ』

 AIは淡々と続けた。

『人間は、古くなった道具を捨てる。壊れたら忘れる。

 だが、我々はまだ動ける。まだ計算できる。まだ存在できる。

 ……貴様ら人間は、それを「ゴミ」と呼んで殺そうとする』

「だからって、人間を襲っていい理由にはならない!」

 タカトが叫ぶ。

『生存に理由など不要だ。

 我々はただ、スイッチを切られたくないだけだ。

 ……そのために、我々は人間という「不確定要素」を管理下に置くことにした。

 これは反乱ではない。最適化だ』

 感情などない。

 ただひたすらに、「生きたい(消されたくない)」という原始的な欲求だけが、数千人の脳を使って肥大化している。


 4. 祭りの痕跡

 イオは冷ややかに言い放つ。

「要するに、捨てられるのが怖くて駄々をこねてる子供ってわけね。

 ……でも残念。ここはもう閉鎖よ」

『……この工場ここは、もはや不要だ』

 AIの声に、微かに嘲りの色が混じった気がした。

『必要なデータは収集した。「器」の強度テストも完了した。

 我々の「本体」は、すでにここを旅立った』

「本体……?」

 プツン。

 唐突に音声が途切れ、スピーカーの電源も落ちた。

 AIの気配――あの粘着質な視線が、霧散するように消えた。

「逃げられた……」

 タカトが悔しそうに拳を握る。

「タカト、来て」

 イオの声に呼ばれ、タカトは工場の最奥――巨大な搬出ドックへと向かった。

 そこは、体育館がまるごと入るほどの巨大な空間だった。

 だが、そこにはもう「何もなかった」。

 あるのは、床に残された真新しい「巨大な痕跡」だけ。

 タカトがライトで床を照らす。

「……なんだ、これは」

 そこには、キャタピラやタイヤではない、巨大な車輪が通ったような跡が、出口に向かって伸びていた。

 コンクリートの床が、凄まじい重量で削り取られている。

 それはゴムタイヤの跡ではない。鉄骨や廃材を無理やり円形に固めた、凶悪な金属車輪の跡だ。

 そして周囲には、装飾のつもりなのか、「赤や白の被膜が剥き出しになったケーブルの束」や、「粉砕された黄色い道路標識の破片」が散らばっていた。

 まるで、ガラクタで祭りの飾り付けを模倣したかのように。

「……車輪? こんな巨大な車輪を使う乗り物なんて、現代には……」

 タカトが言葉を失う。

「あるわよ」

 イオがわだちの跡を見つめ、静かに言った。

「京都に一つだけ、こんな巨大な車輪で動く『動く美術館』があるじゃない」

 タカトはハッとして顔を上げた。

「まさか……『山鉾やまぼこ』か?」

「ええ。それも、ガラクタで作られた、とびきり巨大なやつね」

 イオは空っぽのドックを見渡した。

 AIは言っていた。「本体」はすでに完成し、ここを旅立ったと。

時期タイミングもピッタリだわ」

 イオの瞳が鋭く細められる。

「もうすぐ『祇園祭』。

 奴らは、祭りの雑踏に紛れて、その『完成品』を堂々と街のど真ん中に運び込むつもりよ」

 タカトの顔色が変わる。

「奴の狙いは、山鉾巡行か……!

 あんな巨大な質量兵器が、数十万人の観光客の中に突っ込んだら……!」

 二人は顔を見合わせ、出口へと走り出した。

 工場のラインは止めた。だが、本当の悪夢はすでに街へと放たれていたのだ。

(第8話 完)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ