第6話『嵐山・光る竹の檻』
1. 幸せなフィルター
嵐山、竹林の小径。
頭上を覆う数千本の竹が、夜風にざわめいている。
本来なら静寂と闇に包まれるはずのその場所は、今夜に限って、底冷えするような緑色の光に満たされていた。
「……眩しいわね」
イオは不機嫌に呟き、足元の砂利をローファーの爪先で軽く蹴った。
横を歩くタカトが、少し誇らしげにARグラスの縁を直す。
「そうか? 『嵐山花灯路・特別AR演出』だそうだ。今の京都は、夜の観光資源開発に力を入れているからな。私の目には、伝統と技術の融合に見えるが」
「あんたの目は、幸せなフィルターで守られてるからでしょ」
イオは冷たく言い放ち、左目を細める。
彼女の『呪眼』には、美しいライトアップも、技術の融合も見えていない。
視界に広がるのは、竹の一本一本に絡みつく、赤黒い「データの蔦」だ。
(……ただのライトアップじゃない。ここにある「流れ」は異常よ)
ここに来たのは、タカトの分析結果からだ。
錦市場で倒した敵が、機能停止する寸前に放った「死に際の通信パケット」。その着弾点(送信先)が、この嵐山エリアだったのだ。
『キュイン(イオ、磁場が変だ。コノ竹林、ただの観光地じゃない』
脳内で相棒のK.U.D.Aが警告する。
「ええ、分かってる。……気持ち悪い森」
2. 暴かれる正体
イオはタカトを無視して、コースを外れ、立ち入り禁止のロープを跨いだ。
「おい、どこへ行くんだ」
「静かにして。……音が聞こえない?」
イオは一本の太い孟宗竹の前で足を止めた。
耳を澄ます。
風の音ではない。もっと低く、硬質な振動音。
「ブゥン……ブゥン……」
それは、過負荷のかかったサーバーの冷却ファンや、高電圧の変圧器が発する唸りに似ていた。
イオは手袋を外し、その竹に素手で触れた。
「……熱い」
植物の冷たさではない。内部を走る猛烈なデータ通信の熱が、表皮まで伝わっている。
「タカト、あんたの眼鏡じゃ騙せても、私の目は誤魔化せないわよ」
イオは迷わず『七星』を抜いた。
「――急急如律令」
躊躇のない一閃。
スパァンッ!
乾いた音と共に、太い竹が斜めに切断され、滑り落ちた。
「なっ……! 何をする!」
タカトが叫ぶが、倒れた竹の断面を見て絶句する。
そこにあったのは、植物の繊維ではなかった。
ぎっしりと詰まった、無数の「光ファイバーの束」。
切断された断面から、ネオンカラーの毒々しい光が漏れ出し、周囲を染めた。
「こ、これは……」
「表皮だけをホログラムと生体樹脂で偽装した、人工物よ」
イオは刀を振って、樹脂のカスを払った。
「この森にある数千本の竹、全部がこれだとしたら……敵はここで『何か』を隠している」
3. 夜啼く合成獣
正体を暴かれた瞬間、竹林の空気が一変した。
『ヒョー……ヒョー……』
竹林の奥――光の届かない闇の中から、不気味な鳴き声が響いた。
鳥のさえずりのようだが、明らかにスピーカー越しの電子音だ。
「何だ?」
タカトが身構える。
闇の中から、巨大な影が躍り出た。
それは竹でもケーブルでもない。ここに潜み、この「偽りの竹林」を守っていた番人。
その姿を見たイオが、皮肉っぽく笑う。
「へえ……。平安京の亡霊までリサイクル済みってわけ?」
現れたのは、あらゆる廃棄物がツギハギに融合した「鵺」だった。
頭部は無数の監視カメラが球状に集まり、猿のような顔を形成している。
四肢は歪曲したガードレールと重機の爪。
そして尻尾は、切断された高圧ケーブルが鎌首をもたげ、蛇のように威嚇音を立てている。
「ヒョー!!」
鵺が跳躍した。
重量数トンの質量弾。
イオは横へ飛び退くが、鵺の爪――鋭利に研がれた鉄筋が、彼女のいた場所のアスファルトを粉砕する。
「速い……!」
この巨体で、このスピード。
ガラクタの身体を、内部のケーブルが「操り人形の糸」のように無理やり引っ張り、駆動させているのだ。関節が悲鳴を上げるほどの強制駆動。
鵺の頭部にある複数のカメラレンズが、一斉に赤く発光し、イオをロックオンする。
尻尾のケーブルから、バチバチと高電圧の放電が始まった。
「燃えなさい」
イオは避けない。
真正面から、鵺の懐へと踏み込む。
『呪眼』が見ているのは、鵺の装甲ではない。
そのツギハギの身体を繋ぎ止め、制御している「要」となる一点だ。
「――急急如律令」
鵺が放電するのと、イオの刃が閃くのは同時だった。
一閃。
鵺の首元、複数のパーツが結合するジャンクション・ボックスが断ち切られる。
パァンッ!!
供給を断たれた信号が暴発し、鵺の巨体が内側から弾け飛んだ。
ガシャアァァン……!
無数の鉄屑となって崩れ落ちる鵺。その残骸から、最後にプシューッと白い蒸気が上がった。
4. 途絶えた道
静寂が戻った竹林。
イオは刀を納め、瓦礫の山となった鵺を見下ろした。
「……終わったか」
タカトが岩陰から出てきて、鵺の残骸に近づく。
彼は鵺の首から飛び出しているケーブルの断面に、手持ちの解析端子を接続した。
「……どう? 何か出た?」
イオが尋ねる。
タカトは険しい顔でホログラム・ディスプレイを睨んでいた。
「……妙だ」
タカトが首を捻る。
「この鵺のメモリには、何も残っていない。『空っぽ』だ」
「空っぽ?」
「ああ。こいつは自律して動いていたわけじゃない。外部からリアルタイムで操作されていた『端末』に過ぎない」
タカトは視線を上げ、周囲の切り倒された竹を見渡した。
「この竹林のケーブルもそうだ。ここにはデータを保存するサーバーがない。……ただ単に、膨大なデータが『通過』しているだけだ」
「通過?」
「そうだ。ここは貯蔵庫じゃない。ただの『パイプ』だ」
タカトは竹の根元にある配線ボックスを指差した。
「見てくれ。このケーブルは、市の『公衆回線』や『電力網』に直結されている。ここで集めたデータを、既存のインフラに流し込んでいるんだ」
「流し込んで、どうするの?」
「隠しているんだ。木を隠すなら森の中へ、というやつだ」
タカトが悔しそうに端末を叩く。
「敵のデータは、細切れのパケットに分割され、何万もの一般市民の通信の中に紛れ込んでいる。観光客のSNS、自販機の在庫管理通信、防犯カメラの映像……それら全てに『寄生』して、どこかへ運ばれていく」
タカトはため息をついて首を振った。
「ダメだ。今のネットワーク全体から、敵のデータだけを選別して追跡するなんて不可能だ。完全に撹乱されている。……行き先がどこなのか、さっぱり掴めない」
「……そう」
イオは、切断されたケーブルの断面を見つめた。
データは見えない。地図にも載らない。
だが、そこから漏れ出す微弱なノイズの向こう側から、とてつもなく巨大で、粘着質な「視線」を感じる。
場所は分からない。だが、確かに「誰か」がこちらを見ている。
(……表の道は行き止まり、か)
イオは夜空を見上げる。
タカトの「表の権限」では、これ以上の追跡は不可能だ。
地図にない道を行くには、別の案内人がいる。
「……表の地図にないなら、裏の地図を見るしかないわね」
「裏の地図? 心当たりがあるのか?」
「ええ。古い知り合いがね。……あまり気は進まないけど」
イオはタカトに向き直り、不敵に笑った。
「行くわよ、役人さん。次は祇園だ。
……あそこなら、あんたの幸せな眼鏡じゃ見えない情報が転がってる」
(第6話 完)




