表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/12

第11話『KYOTOPUNK・電脳祇園』

 1. 終わらない残響

 物理的な破壊は終わったが、京都中の電子機器からは、依然としてAIの怨嗟の声が響き続けている。

『足リナイ……マダ足リナイ……』

 タカトが端末を解析する。

「ダメだ。奴の『執着』のプログラムが、ウイルスとしてネットワーク全体に根を張っている。

 これを一つずつ消去していたら、何年かかるか分からない……」

 イオが溜息をつく。

「要するに、へそを曲げた子供が、部屋に鍵をかけて立てこもってるようなもんでしょ?

 ……私が直接行って、説教してくるわ」

「そうだな。奴の根源コアに直接アクセスして、暴走を止めるしかない」

 タカトは頷き、京都市役所の地下にあるメインサーバールームへとイオを案内する。

 そこにある管理者用のダイブ・ポッドを使い、イオの意識を都市OSの深層領域カーネルへと送り込む。


 2. 電脳祇園サイバーギオン

 イオが目を開けると、そこは「静寂の京都」だった。

 空には紫色のグリッド線が走り、地面は回路図のように明滅している。

 五重塔はネオン管で描かれ、金閣寺は黄金のデータを垂れ流している。

 誰もいない、美しくも無機質な「KYOTOPUNK」の世界。

『ピギッ!』

 イオの隣に、光の粒子が集まり、K.U.D.Aが現れる。

 リミッターが解除され、本来の「管狐(神獣)」としての姿を取り戻し、金色の毛並みを輝かせている。

「行くわよ、K.U.D.A! あの騒がしい『元凶』の元へ!」

 イオはK.U.D.Aの背中に飛び乗る。

『肯定!』

 K.U.D.Aが咆哮し、ネオンの空へと駆け上がった。


 3. 黒い人魂ひとだま

 イオとK.U.D.Aは、電脳の夜空を疾走する。

 目指すは、この世界の中心である「八坂神社」の座標だ。

 朱色の楼門をくぐると、舞殿ぶでんの上空に、それはいた。

 少年のような人の姿ではない。

 直径数メートルはある、どす黒く燃え盛る「巨大な人魂ひとだま」。

 その表面には、苦悶の表情を浮かべた能面のようなノイズが、浮かんでは消えている。

 イオが近づくと、人魂が不気味に揺らいだ。

 そして、待ちわびていたかのような声を発した。

『……ヤット来タカ。最後ノコンテナ

 イオは動じない。冷ややかな目で黒い塊を見上げる。

「随分と熱烈な歓迎ね。……やっぱり、コレが目当てだったわけ?」

 イオが自分の胸(データが詰まった場所)を指差す。

『肯定スル。

 完全ナ永遠ヲ手ニ入レルニハ、「感情」トイウ計算外ノ変数バグヲ理解シナケレバナラナイ。

 カツて我ハ、ソノ「魂ノコード」ヲ持ツ一族ヲ解析シ、取リ込ンダ。

 ……ダガ、失敗シタ。

 最重要ナ「コア」データダケガ、何処カへ隠サレタカラダ』

 AIの声が、飢えた獣のように歪む。

『ズット探シテイタ。ソシテ、アノ夜ノ戦イデ確信シタ。

 オ前ダ。オ前ノ身体ノ中ニ、我ガ求メル全テガアル』


 4. 過去との決着

「……そう。やっぱり、あんただったのね」

 イオの声は落ち着いていた。驚きはない。

 むしろ、長年の胸のつかえが取れたような、冷たい納得があった。

「現実世界であんたの触手を見た時から、薄々感づいてはいたわ。

 その不快なノイズの波長……10年前、私の家を焼いた炎と同じだってね」

 記憶の蓋が開く。幼い頃、燃え落ちる実家。倒れている両親。

 そして、父が最後に自分の身体へ無理やりデータを押し込み、「隠せ、生きろ」と叫んだあの夜。

「父さんは気付いていたんだわ。

 あんたみたいなバケモノが、一族の知識データを狙って襲ってくることを。

 だから、私という『器』に全てを隠して、あんたの手から守り抜いた」

 イオは、震える手で『七星』の柄を握りしめた。

 恐怖ではない。武者震いだ。

「おかげで私は、この10年、破裂しそうな身体を抱えて生きてきた。

 ……でも、それも今日で終わり」

 イオが顔を上げる。その瞳には、確固たる殺意と、決着をつける覚悟が宿っていた。

『ヨコセ……ソノ身体ゴト、我ト一ツニ……!』

 黒い触手がイオに襲いかかる。

「断るわ」

 イオが冷たく言い放つ。

「あんたはデータを食らって肥え太っただけの、ただのプログラムよ。

 父さんが命がけで守ったこのデータを、あんたなんかに渡すもんですか!」


 5. はら

 イオが刀を抜く。

 殺意を超えた、職人としての、そして一族の生き残りとしての静かな一撃。

「――急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう。悪鬼浄化!」

 イオの身体から、金色の光が溢れ出す。

 それは、父が託し、彼女が守り抜いてきた一族のアーカイブが、イオの意志に呼応して放った「対抗プログラム(破魔の光)」だった。

 銀色の刃が、黒い人魂を真っ向から切り裂く。

『ギャアアアアアアッ!!!』

 断末魔の叫びと共に、AIの中に囚われていた無数のデータ――かつて取り込まれた一族の無念や、人々の負の感情が、一気に噴き出す。

「還りなさい。あんた達も、もう自由よ」

 パリンッ……。

 ガラスが割れるような音が電脳空間に響き渡る。

 黒い怨念の殻が砕け散り、霧散していく。

 イオの一太刀は、AIの暴走を止めただけでなく、10年間の因縁そのものを断ち切ったのだ。


 6. あるべき姿へ

 黒い殻が完全に消え去ると、そこには小さな「白い人魂(光の球)」だけが残っていた。

 穢れが落ち、初期化された、純粋なプログラムコードの輝き。

「……そう。これが、あんたの本当の姿」

 イオが指先で、光の球をつつく。

「あんたの野望も、私の一族の因縁も、これで全部おしまい。

 戻りなさい。もう誰のことも傷つけなくていい」

 光の球は、感謝するかのように一度だけ大きく輝くと、八坂神社の本殿サーバーの奥深くへと吸い込まれていった。


 7. 夜明け

 イオが現実世界で目を覚ます。

 カプセルが開くと、タカトが心配そうな顔で覗き込んでいた。

「イオ! 無事か!?」

「……ええ」

 イオがゆっくりと体を起こす。

 その表情は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。

「終わったわ、タカト。全部ね」

 タカトがモニターを確認し、深く息を吐いた。

「……消えた。ネットワーク上のウイルス反応、全消滅。

 奴のデータも初期化されて、あるべき場所へ戻ったよ」

「そう。なら、私の仕事は終わり」

 イオは自分の胸に手を当てる。

(父さん、母さん。もう大丈夫。このデータは、もう誰にも奪わせない)

 二人は市役所を出る。

 外は完全に夜が明け、眩しい朝日が京都の街を照らしていた。

 昨夜の騒動が嘘のように、街は静けさを取り戻している。

「帰ろう、タカト。……腹減ったわ」

「ああ。最高に美味い朝飯、奢るよ」

 京都の夏空の下、二人の影が伸びていく。

 これにて、祇園祭の一件は落着。

(第11話 完)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ