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第12話(最終話)『送り火・金継ぎの夜明け』

 1. 金継ぎ屋・お登勢

 祇園祭の騒乱から一ヶ月後。8月16日。

 京都盆地は、うだるような暑さのピークを過ぎ、晩夏の気配を帯びていた。

 九条の路地裏。

 看板も出ていない古びた町家、「金継ぎ屋・お登勢おとせ」の暖簾を、イオがくぐる。

「……ふぅ。これで全部かい」

 工房の奥で、お登勢が、手元の端末を操作する。

 イオの耳に装着されたニューロリンカーのインジケーターが緑色に点灯し、データ転送の完了を告げた。

「ああ。随分と頭の中が軽くなったわ」

 イオがニューロリンカーを外し、首を回す。

 お登勢はまだ若く、鋭い眼光をした腕利きの職人だ。彼女はモニターに表示された膨大なデータ量を見て、呆れたように鼻を鳴らした。

「全くだ。アンタの親父さんもとんでもない事をしたもんだよ。

 一族の秘伝データ(アーカイブ)を、娘の小さな義体に限界まで詰め込むなんてね。

 データの『内圧』で身体が内側から弾け飛ばなかったのが奇跡だよ」

「……おかげで、ずっとこの『重石』が手放せなかった」

 イオが足元を見る。

 そこには、これまで片時も離さず身につけていた重厚な「拘束制御アーマー」が転がっている。

 身体が内側から破裂するのを、物理的に抑え込んでいたかせだ。

「でも、もう必要ない。中身は空っぽだ」

 今、イオが身につけているのは、タンクトップにホットパンツという軽装だ。

 露わになった両腕や太腿には、かつて内圧で生じた亀裂の跡が走っている。

 だが、それはもう痛々しい傷跡ではない。

 お登勢の職人技によって高純度の金で修復され、肌の上を走る「金色の幾何学タトゥー」のように、美しく輝いていた。

「……悪くないわね」

 イオは自分の脚を走る金のラインを見下ろし、微かに笑った。

 それは、彼女が壊れる寸前まで戦い抜き、生き延びた証(勲章)だった。

「フン、いい男に見せてきな」

 お登勢がニヤリと笑う。

 イオは肩をすくめ、軽やかな足取りで工房を後にした。


 2. 鴨川デルタの夕暮れ

 夕方。

 出町柳でまちやなぎにある鴨川デルタ。

 川の合流地点にある亀の飛び石には、今夜の「五山送り火」を見ようと、多くの人々が集まっていた。

「待たせたわね」

 イオが土手を降りてくる。

 ベンチで待っていたタカトが、顔を上げて目を丸くした。

「イオ……? その格好……」

 いつものゴツいアーマーがない。

 夕日を浴びて、手足の金継ぎがキラキラと輝いている。その姿は、以前よりもどこかあどけなく、それでいて凛として見えた。

「ああ、これ? 言ってたままでしょ」

 イオがタカトの隣に座り、瓶のラムネを開ける。

 カラン、とビー玉の音が涼しげに鳴った。

「タカト、あんたが前に言った通りよ。

 市議会で『AI倫理規定の改定案』が可決されるって話。

 ……あれが本当なら、もう私がデータを抱え込んで戦う必要もなくなる」

「……ああ、その報告を持ってきたんだ」

 タカトが嬉しそうに端末を見せる。

「正式に可決されたよ。

 『人間の生の脳波(情動データ)を、AIの深層学習に直接フィードバックさせることを禁止する』。

 この新しい条文のおかげで、あいつのように人間の『業』で暴走するAIは、二度と生まれない」

 タカトは鴨川の水面を見つめた。

「あいつの犠牲が、システムを変えたんだ」

 イオは静かにラムネを一口飲んだ。

 炭酸の泡が、喉を刺す。

「……そう。なら、あいつも少しは報われるわね」


 3. 点火

 午後8時。

 街の照明が一斉に落とされる(ライトダウン)。

 辺りが闇に包まれ、静寂が訪れる。

 次の瞬間。

 東山(如意ヶ嶽)の山肌に、ボゥッ……と赤い光が灯った。

 それは本物の火ではない。

 山肌に設置された無数のプロジェクターが投射する、巨大な「ホログラムの送り火」だ。

 デジタル制御されたプラズマの炎が、揺らめきながら繋がり、巨大な「大」の字となって夜空に浮かび上がる。

 五山送り火。

 お盆に迎えた死者の魂(お精霊さん)を、再びあの世へと送るための火。

 テクノロジーが進化したこの街でも、その「心」だけは変わらず受け継がれている。

 イオは、ネオンのように輝く赤い炎を見つめながら、心の中で語りかける。

(……見えてる? あんたの道しるべよ)


 4. レクイエム

 イオの胸に去来するのは、一ヶ月前に斬ったあのAIのことだ。

『消エタクナイ……忘レラレタクナイ……』

 生きたいと願い、人間に絶望し、それでも人間と一つになろうとした孤独な魂。

 それを断ち切った感触は、今でも『七星』を持つ手に残っている。

(後悔はしていないわ。それが私の仕事だから)

 イオは目を閉じる。

(でも、忘れてなんてやらない。

 あんたが抱えた痛みも、願いも、私が全部覚えていてあげる。

 ……だから、迷わず行きなさい)

 それは、かつて呪いを背負って孤独に生きてきたイオだからこそ捧げられる、優しく切ない鎮魂レクイエムだった。

 やがて、松ヶ崎の「妙・法」、西賀茂の「船形」、大北山の「左大文字」、そして嵯峨鳥居本の「鳥居形」へと、デジタルの火が次々と灯っていく。


 5. 新たな日常へ

 全ての送り火が消えかけ、人々が帰り支度を始める頃。

 イオがふと、自分の手の甲にある金継ぎの跡を見つめて言った。

「ねえ、タカト」

「ん?」

「……一人って、案外寒いもんね」

「え?」

 タカトが聞き返す。

 晩夏の風が吹き抜け、イオの髪を揺らす。

 イオは夜空を見上げたまま、ぽつりと言った。

「アーマーを脱いだら、風が直接当たるから。

 ……だから、背中くらいは預けてもいいかなって。少しだけ思ったのよ」

 それは、彼女なりの精一杯の信頼の証だった。

 恋人などという甘い言葉ではない。

 死線を共に潜り抜け、互いの背中を守り合った「戦友」への宣言。

 タカトは穏やかに微笑んだ。

「……イオ。君はもう自由だ。

 体も治ったし、システムも変わった。もう、危険な『陰陽師』なんて稼業、続けなくてもいいんだぞ?」

 イオはきょとんとして、それから吹き出した。

「何言ってるのよ。

 千年続くこの街から、不思議バグが完全になくなるわけないでしょ?」

 イオは立ち上がり、パンパンと服の砂を払う。

「それにね。この仕事、嫌いじゃないの。

 ……あんたとなら、退屈しなさそうだしね」

 イオが手を差し出す。

 タカトは苦笑し、その手を取って立ち上がった。

「分かったよ。

 これからも頼むよ、最高の『相棒』さん」

「ええ。期待してるわよ、名オペレーターさん」

 イオの手足の金継ぎが、街灯の光を受けてキラリと輝く。

 二人が並んで歩き出し、ネオン輝く京都の夏の夜へと消えていく。

 コンチキチンの音色はもう聞こえない。

 代わりに、秋の虫の声が、新しい季節の訪れを告げていた。

(第12話 完)

【完結】


『KYOTOPUNK・電脳祇園』

 著者:よしと

(Thought Partner: Gemini)


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