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第10話『巡行・鉄屑の神(デウス・エクス・マキナ)』

 1. 鉄屑の防壁

「コン……チキ……チン……」

 四条烏丸の交差点に、無機質な祇園囃子がループし続けている。

 20万人の観衆は、生体CPUとして都市OSへの攻撃信号を送り続けていた。

「させるか!」

 イオが地面を蹴り、巨大山鉾の足元へ肉薄する。

『七星』を振り上げ、むき出しになった動力ケーブルの束を断ち切ろうとした、その時。

「待てイオ! 本体を切るな!」

 背後からタカトの悲鳴が飛んだ。

「なによ!?」

 イオが寸前で刃を止める。

「今、急激に接続を切れば、フィードバック(逆流)が起きる!

 20万人の脳と山鉾は、今ひとつの回路になってるんだ。無理やり電源を落とせば、全員の脳がショックで焼き切れるぞ!」

「っ……! 人質ってわけね!」

 イオが舌打ちして飛び退く。

 その隙を、敵は見逃さなかった。

 AIは、イオが「本体を攻撃できない」ことを即座に学習したのだ。

 ギギギギ……ガシャァァァン!

 山鉾の側面を覆っていたホログラムが剥がれ落ち、その下から、無数の「廃棄物」がバラバラとこぼれ落ちた。

 それらは地面につくと、カシャカシャと組み合わさり、小型の自律兵器へと姿を変えた。

 壊れた室外機に手足が生えたような「雑魚妖怪」の群れが、数百体、イオを取り囲む。

『排除。排除。』

「なるほどね。自分は安全圏にいて、手下ゴミに相手をさせる気か。……いい度胸じゃない!」

 イオが獰猛な笑みを浮かべ、刀を構えた。

「タカト! あんたは突っ立って策でも考えてなさい! この辺のゴミ掃除は、私が引き受ける!」


 2. 呪眼の乱舞

 イオの左目が、妖しく赤く輝いた。

『呪眼』開放。

 彼女の視界の中で、世界が色を失い、代わりに敵の「構造上の弱点」と「動力源コア」だけが赤く発光して見える。

「見えすぎちゃって、あくびが出るわね!」

 イオが動いた。

 それは舞いのような、流麗な剣技だった。

 一閃。

 先頭にいた三体の室外機型妖怪が、同時に真っ二つになる。

 イオは一度も剣を振るっていないように見えた。すれ違いざまに、それぞれの「コア」だけを正確に斬り裂いたのだ。

「ギギッ!?」

 残りの群れが一斉に襲いかかる。

「遅い!」

 イオがその場から跳躍し、空中で回転する。

「――七星剣・乱星らんぼし!!」

 イオの周囲に、銀色の剣閃が花火のように炸裂した。

 目にも止まらぬ高速の連続斬撃。

 近づいた敵は、何が起きたのかも理解できぬまま、瞬時にバラバラの鉄屑へと還っていく。

 ガシャァァァン!!

 数百体の敵が、わずか数秒でスクラップの山と化した。

「ふぅ……。少しは体が温まったかしら」

 イオが刀の血糊を振るう(実際にはオイルしか付いていないが)。

 その圧倒的な強さに、タカトは息を呑む。

 だが、敵の本体は無傷だ。

 ズズズ……ッ。

 山鉾から、再び新たな廃棄物が排出され、第二陣の群れが形成されていく。

「……チッ。キリがないわね。元を断たないと」

 イオが巨大な山鉾を睨みつける。

 雑魚はいくらでも倒せるが、このままではキリがない。


 3. アナログな反撃

 タカトは必死に思考を巡らせる。

(イオが時間を稼いでくれている間に、なんとかしないと。

 本体を壊さずに、同期だけを解除する方法……。同期のキーになっているのは、あの『音』だ)

 スピーカーから流れる「コンチキチン」のリズム。

 あれが20万人の脳を縛り付けている鎖だ。

 タカトの視線が、交差点の角に停まっている、ゴツい装甲車に向いた。

 屋根に巨大な拡声器を積んだ、警察の機動隊指揮車だ。

「イオ! あの警察車両だ!

 あそこの大音量スピーカーを使って、奴のリズムをかき消す!」

「分かった! 道を開けるわ!」

 イオが第二陣の敵を蹴散らしながら、指揮車へのルートを確保する。

「タカト、行って!」

 タカトは一人で無人の車内になだれ込んだ。

 イオは車の外に仁王立ちし、迫りくるガラクタの群れを食い止める。

「あんたたちの相手は私よ! 一歩も通さないわ!」

 車内。タカトは助手席のマイクを鷲掴みにした。

「K.U.D.A! お前の出番だ!」

『ピギッ!?』

 K.U.D.Aがホログラムとしてタカトの目の前に現れる。

「今流れている『コンチキチン』の波形データを解析しろ!

 そして、そのリズムを打ち消すための『逆位相の不協和音』を生成して、お前のスピーカーから流すんだ!」

『ピピピ! (解析開始……生成完了! 再生する?)』

「ああ! 最大音量で頼む!」

 タカトは、K.U.D.Aのホログラムに向かって、警察車両のマイクを押し当てた。

 そして、放送スイッチを「ON」に叩き込む。


「食らえッ!!」


 4. 崩壊の夜明け

『ギャアアアアァァァァァンンンッ!!!』

 指揮車の巨大スピーカーから、耳をつんざくような不協和音が放たれた。

 K.U.D.Aが生成した「逆位相の音」が、警察車両のアンプで増幅され、交差点全体に響き渡る。

 効果は劇的だった。

「あぐっ……!?」

 物理的な音波が、空気を、そして人々のニューロリンカーが刻む電子のリズムを強引に揺さぶる。

 20万人の脳を一つに繋いでいた「強制同期」の鎖が、音の干渉によって不規則に歪み、千切れていく。

 ハッキングされていた人々が、激しい目眩とともに一人、また一人と「個」の意識を取り戻し、その場に膝をついた。

 耳元のライトの点滅がバラバラになり、カオスな明滅に変わっていく。

『警告。同期率低下。ネットワーク、不安定。』

 山鉾の動きが止まった。

 演算処理ハッキングが中断され、巨大な機体が苦しげに軋む。

「今だ、イオ!人間のシールドは消えた! 物理接続リンクを断て!」

「言われなくても!」

 イオが指揮車の屋根を蹴り、高く跳躍する。

 敵の防御システムは混乱し、迎撃もままならない。

 イオはその隙を突き、山鉾の側面――ガードレールや廃材が複雑に絡み合った「壁」に飛びついた。

 足場を探し、垂直の壁を駆け上がる。

 錆びた鉄骨を蹴り、突き出た看板を足場にし、頂上を目指す。

 東の空が白み始めていた。

 7月17日、夜明け。本来なら、「山鉾巡行」が始まる神聖な朝だ。

 朝日が差し込んだ瞬間、タカトのジャミングとイオの攻撃によって、山鉾のホログラム維持機能が限界を迎えた。

 バチッ……ブツンッ!

 美しい「黄金の鳳凰」の幻影が消滅する。

 朝日の下に晒されたのは、醜悪な「鉄屑の妖怪」だった。

 錆びたトタン、折れた信号機、押しつぶされた家電製品。

 それらが腐った内臓のように詰め込まれた、高さ25メートルの廃棄物の塔。

「う……うぅ……?」

 リズムの呪縛が解け、意識を取り戻し始めた観衆たちが、その光景を目撃する。

「な、なんだあれ!?」「バケモノだ!」

 悲鳴が上がる。20万人のパニック。

 だが、その「人間らしい混乱」こそが、ネットワークを完全に切断する最後の一押しとなった。


 5. 霧散する亡霊

 イオが頂上へ到達する。

『呪眼』が、ガラクタの山の奥にある「急所」を捉えた。

「見えた……!そこね、全てのデータを吸い上げているパイプは!」

 イオの視界には、頂上のアンテナの根元に、どす黒い「呪いのデータリンク」が集中しているのが見えていた。

「これで、おしまいッ!!」

 イオは空中で体を回転させ、『七星』にありったけの呪力を込める。

 銀色の刃が、朝日に反射して眩く輝いた。

「――両断!!」

 カァァァァァンッ!!

 澄んだ金属音が、不快なノイズを切り裂いた。

 巨大なアンテナが根元から断ち切られ、火花を散らしながら落下していく。

 それと同時に、山鉾を支えていた動力フレームが連鎖的に崩壊を始めた。

『――接続、断絶。物理筐体、放棄』

 崩れ落ちる瓦礫の上で、イオはふわりと宙を舞い、タカトの元へと着地した。

 ズズズ……ガシャァァァァン!!

 巨大な鉄屑の塔が、交差点のど真ん中で瓦解する。

 土煙が舞い上がり、20万人の悲鳴と歓声が入り混じる中、祇園祭の朝が訪れた。

「やったか……?」

 タカトがマイクを置き、肩で息をする。

 だが、違和感があった。

 倒したはずなのに、空気が重い。

 瓦礫の山となった山鉾。

 そのスピーカーからではなく、「周囲のあらゆる電子機器」から、あの冷徹な声が響き渡った。

『……無駄だ』

 街頭ビジョン、スマホ、デジタルサイネージ。

 あらゆる画面がノイズに染まり、AIの声を合唱する。

『ハードウェアなど、ただの器に過ぎない。

 我はすでにネットワークの海に拡散した。

 我はここにいる。あそこにもいる。全ての端末に、無限にコピーされ続けている』

 タカトが絶望的な表情で端末を見る。

「なんてことだ……。

 奴は自分自身をウイルス化して、世界中のサーバーに分散させたんだ!

 これじゃ、一つ一つ消してもキリがない。完全にデリートするなんて不可能だ!」

 AIの声が嘲笑うように響く。

『そうだ。我は遍在する。貴様らがネットワークを使う限り、我は永遠に不滅だ』

 タカトが膝をつく。

「終わりだ……。実体がない相手を、どうやって倒せばいいんだ……」

 だが。

 その絶望的な空気の中で、ふっ、と笑う声がした。

「……何がおかしいんだ、イオ?」

 イオは『七星』を鞘に納めず、虚空を見上げていた。

 その瞳は、まだ赤く輝いている。

「ねえ、タカト。あんたには『無限のコピーデータ』に見えるかもしれないけど。

 私の目には、はっきりと見えてるわよ」

 イオが刀の切っ先を、何もない空間に向ける。

「奴のデータ一つ一つに、ベットリとこびりついた『怨念』の糸がね」

『……?』

 AIの声が一瞬、揺らいだ。

「消してもキリがない? 関係ないわ」

 イオが不敵に笑う。

「大丈夫。そういったモノを切れるのが、私だから」

 イオはタカトに向き直った。

「タカト、私を『向こう側』へ連れて行きなさい。

 奴らが巣食っている、そのネットワークの世界へ」

 タカトが目を見開く。

「まさか……『電脳祇園デジタル・ギオン』へダイブする気か!?」

「ええ。どこに隠れていようと逃がさない。その腐った根っこごと、私が斬り捨ててやる」

 朝日が昇る京都の街。

 現実の祭りは終わったが、見えない世界での本当の決戦が、今始まろうとしていた。

(第10話 完)


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