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case009:親子


 昨日と同じように潜心機器の前には多くの特務隊員と立会いの職員がいた。今回は嵐司が令状を提示している。

「山岡瑛嗣さん、あなたに対する潜心許可状と捜索許可状です。これからあなたの心の中を探ります」


 息子の悟嗣とは対照的に、彼は落ち着いていた。

「はい。お願いします……」


 若干うなだれるように深いため息をつく山岡瑛嗣。 風祭が機器を頭にかぶると、続いて蓼瀬が山岡瑛嗣にも機器を被せた。


 

10時03分 令状執行

10時04分 潜心開始

指揮者:局長直轄特務課特務隊 監衛 屋敷 賢悟

執行者:局長直轄特務課特務隊 執行士 嵐司 右月

立会者:衛生部精神管理課 執行士長 小山田 紀美子

対象者:山岡瑛嗣

潜心官:局長直轄特務課特務隊 執行士 風祭 衛



▼▼▼▼▼

▼▼▼


 そこは教室だった。目の前の教壇には対象の山岡瑛嗣が立っていた。木製の机が整然と並んでいる。


 風祭は中央の席に座っていた。山岡瑛嗣が教師であったことがこの世界を作りだした要因だと判断できる。さらに黒板の左右には多くの表彰状のような額縁が飾られている。


「視界は良好。自己の精神状態異常は無し。目の前に対象を確認。潜心を開始します」

 目の前の山岡瑛嗣に対して風祭は座ったまま告知を始めた。


「僕は特対庁の風祭衛。階級は執行士。潜心官の資格を持っています。刑事訴訟法102条の2、第2項2号、3号により、あなたの心の中を探ります。あなたには精神防衛権があるため、僕に危害を加えることを妨げませんが、僕に危害を加えてきた場合、必要範囲内で防衛、迎撃します」


 山岡瑛嗣はじっと風祭の方を見ている。


《私は間違っていましたか?》

《やはり、私のような弱々しい男よりも、男らしい人の方が女性は好きなのですか?》


 唐突な問いに風祭は一呼吸置いて答えた。

「それは人によるんじゃないでしょうか? あなたはどう思いますか?」


《私は、30年以上教育に力を入れてきました。普通の子も、不良も、優秀な子も、みんな話せば理解してくれる。心からぶつかれば分かり合える》


 彼の声は消え入りそうなほど弱々しい。



―親が犯罪者だって関係ない―

―育つ環境でいくらでも真っ当に生きることができる―


 彼の声が精神世界に響く。

 彼が信念としていたこと。遺伝子は直接の素行には関係しない。


 親が犯罪者だろうと屑人間だろうと、教育がしっかりと機能すれば真っ当な道に子供を導くことができる。だからこそ彼は教師が社会にとって重要な役割であると誇りを持っていた。


《そうして私は、ありがたいことに教育者として皆から尊敬をされるようになりました》


「すばらしいです」


《でも……》


 山岡瑛嗣が言葉に詰まると、飾られていた額縁が次々と落ち始める。華々しい額縁はガラス片となり、粉々になる。


《悟嗣はそうではなかった》


箱が展開されるように教室の四方の壁が倒れると、暗い廃墟の情景が辺りを包んだ。

―やめてっ……!―


 女性の悲痛な声。彼の息子はというと、興奮と悦びに卑劣な笑みを浮かべながら、女性の上衣を引きちぎっている。

 山岡瑛嗣は直接犯行現場を見ていたわけではないが、おそらく、何度もその情景を想像しては絶望していたのだろう。


《私は否定したかった。遺伝子など行動に関係がないと》

《私は否定したかった。奴の子ではないと》

《でも……》


 強く嚙み締めた彼の口からは血が滴っている。


《私は分かってほしかった。この息子は私の息子ではないことを……!》


 女性を襲っている悟嗣のそばから、2人の男女が彼現れた。

 一人は瑛嗣の妻であり、悟嗣の母でもある山岡潤奈(じゅんな)。彼女の恰好は胸元が大胆に開けた半透明な黒色のラグジュアリーだった。

 もう一人は、短い金髪でガタイのいい中年の男。黒色のタンクトップを着ていて顔つきは悪い。


 彼の妻、潤奈は目を見開いて、作り物のような笑みを浮かべる。


《あなた、ありがとう。まんまと私に引っかかってくれて。ちょろくて助かったわ》


 金髪の男も薄ら笑いを浮かべて言った。


《この悟嗣。あんたが育ててくれて助かったわ。こんなの手に負えねえよ》


 山岡瑛嗣は教卓を両手で思い切り叩き、叫んだ。


《潤奈! 前の男とは出所しても合わないって言ってたじゃないか! なんで……!》


《うざっ……あんたがそんな甲斐性無しだから愛想つかせたんでしょうが。普通に考えて14も年下のホステスがアンタに惚れると思う? 勘違いも甚だしいんだよ!》


 山岡は喉が壊れるのではないかと思うほど叫び声をあげると、息子の悟嗣、妻の潤奈、金髪の男は炎に包まれた。


《死ね! 死ねっ! みんな死ね!》


 山岡瑛嗣は泣きながらそう吐き捨てている。


《私の経歴に傷をつけるな! 私がどれだけ大変だったと思ってる!!》

《悟嗣はお前の息子だからこんな犯罪者に育ったんだ! 私のせいじゃない!!》

《私の血さえ流れていれば……!!》


 炎が燃え尽きるまで山岡は狂ったように笑い続けていた。それは笑い声というよりは悲鳴に近かった。

 鎮火したのを見て、風祭は彼に言葉をかけた。


「あなたは、息子さんを確かに愛していたと思いますよ」


《は……はは……》


 山岡は憔悴した状態で風祭の方にゆっくりと顔を向けた。顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。

「これからどうするのですか? 息子さんと縁を切るという道もあります」


 その問いに返事はなかった。


「潜心を終了します」



 燃やし尽くしたはずの灰の中心には、一人だけが 無傷で立っていた。


―パパ、おいしいよ―

―ボク、パパみたいなせんせいになる―

―パパ、ありがとう―



10時17分 潜心終了

潜心対象:異常無し

潜心官 :異常無し




 特務隊執務室。席に着いた風祭に屋敷が声をかける。

「ご苦労だった、風祭」


 風祭は下唇をかみしめると、静かに言った。

「山岡瑛嗣は……自分の名誉のためだけに息子を隠避したわけではありません」


「そのようだな」

 屋敷は風祭にホログラムを表示させた。

「さっき蓼瀬から報告があった。やはり山岡瑛嗣はDNA検査をしていないようだ。まあ潜心を見れば明らかだったが」


「不倫をされて壊れてしまったのは可哀そうではあるが、罪は罪だ」

「そうですね」

 屋敷の言葉に風祭は自身を言い聞かせるように静かに何度も首肯した。



〜警視庁捜査一課〜


「特対庁が押さえた心理データ見て、ちょっとだけ山岡悟嗣がかわいそうに思えました」

 井崎は悲しそうな顔でそう言った。彼の上司である平岡はその言葉に顔を顰めた。

「ふざけんな。殺害されずに済んだ長浜透の調書読んでもそんなこと言えんのか?」


 平岡は、山岡悟嗣による性的暴行の被害者で彼の友人でもあった長浜透の供述調書を読み、怒りを募らせていたのだ。


「野郎は、自分の子を妊娠するよう迫って拒めば殺す、受け入れれば監禁だ」

 山岡悟嗣の犯行は悪質極まりない、凶悪なものだった。


「長浜透は、助かりたい一心で“はい”と言ったが、そこから監禁だ。あんなバケモノに汚されたこと、そのバケモノの子を孕むんじゃないかって恐怖を感じながら」

 平岡の言葉は一切遠慮のないストレートなものだった。


「過去の事件の被害者の中には、山奥の小屋で監禁されてそのまま遺体で見つかったらしい。お腹には胎児のご遺体がいたってよ、胸糞悪い」

 平岡はマグカップの冷えたコーヒーを一気に飲み干した。


「あいつの父親の特異能力が暴かれなきゃ、そんな悍ましい事件も判明しなかった。かわいそうだろうがなんだろうが、そんなの被害者には関係ねぇ」


 井崎は被害者の無念を思うと、先ほどの“犯人がかわいそう”という言葉を言うべきではなかったと後悔した。

「父親は特異能力を使って犯人隠避……無期懲役ですね」

「あぁ。だが当の息子の方は……」


「失礼します」

 男性の低い声が捜査一課の入口から聞こえる。


「屋敷……!」

 捜査一課に来たのは特務隊の指揮官、屋敷だった。


 彼は平岡に歩み寄ると、目の前で止まり、強い眼差しを向けた。

「平岡係長、後は頼みます。俺たちでは山岡悟嗣に罰を与えることはできない。山岡悟嗣に正当な罰をお願いします」


「判決下すのは俺達じゃないけどな」

 平岡は屋敷の依頼を手で払うような素振りをして、自席に座った。


 山岡悟嗣は誘拐監禁をしていたものの、それは能力発現前のこと。

 能力が発現した時は、感情の暴走状態と認められたことから制圧の緊急執行をしている。


 そのため、人質への傷害や、特務隊員への公務執行妨害は心神喪失状態での行為で免責となる。


 監禁は継続されていたとはいえ、暴走状態では特異能力を使用した監禁とは認められないだろう。


 山岡を裁くには警察による捜査が必要だった。


 屋敷はカバンからクリアファイルを取り出すと平岡に手渡した。

 それを見た平岡はため息をつく。


―肯定確率は99.999999993%です―

―被験者同士は生物学的に親子であると判断されます―


「世の中は皮肉だらけだな」



「では、お願いしますね」

 そう言って屋敷は頭を下げると、入口に向けて歩き始めた。


「屋敷」

 平岡の声に屋敷は振り返る。


「あの若い潜心官なんていうんだ?」

「風祭衛、階級は執行士です。まだまだひよっこですよ」

 平岡は表情を変えることなく、言葉を発した。

「そうか」


 屋敷は再度軽く頭を下げると、部屋を出ていった。

「またいいのが特対庁の方ばっか入りやがって」





[事件対応ファイル]


【事案対応部署】

特務課特務隊

【事案番号】

51-17

【事案名】

クロマチンコード目的の厚生労働大臣実孫に対する誘拐立てこもり

【対応者】

屋敷賢悟(監衛)以下8名

【対象者】

山岡悟嗣

【執行結果】

制圧(緊急)

潜心捜索差押

【特対法以外の罪】

監禁、傷害、公務執行妨害(暴走状態につき免責)

【措置】

警視庁引継ぎ



[事件対応ファイル]


【事案対応部署】

特務課特務隊

【事案番号】

51-18

【事案名】

厚生労働大臣実孫に対する誘拐立てこもり事件被疑者にかかる能力使用の犯人隠避

【対象者】

山岡瑛嗣

【対応者】

屋敷賢悟(監衛)以下8名

【執行結果】

制圧

潜心・捜索差押

【特待法以外の罪】

犯人隠避、偽計業務妨害

【措置】

検察庁引き継ぎ



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